91話 兵庫県大会決勝VS神戸海稜③
三回の裏、明日葉と私の連続三塁打で、待望の先取点が入った。なおもツーアウト三塁というチャンスだったけど、すみれ先輩が三振に倒れ、チャンスは潰えた。
「ナイスナイス!」
ベンチに戻った私は、ハイタッチだったり頭を叩かれたり、手荒い歓迎を受けた。もみくちゃにされながら、最後には明日葉と、お互い「ナイスバッティング」と言い合いながらハイタッチをした。
「さあ、この一点守っていくよ!」
「おー!」
盛り上がりそのままに、千庄ナインは守備に着く。あの上橋沙音璃から一点を奪い、先制した。その事実はただ先取点を取ったこと以上の効果を、千庄ナインにもたらした。
『四回の表、神戸海稜高校の攻撃は、一番センター、中嶋さん』
海稜の打順は一周し、トップバッターからの攻撃を迎える。ここまでの三回、乃愛はすべて三者凡退、完璧に抑えている。とはいえ、やはり相手は選抜の準優勝校だ。もはや乃愛のスプリットへの対策も練ってくるはず。要注意だ。
バッテリーも警戒心を持って、バッターに望んでいた。丁寧にコースを突いていき、勝負を焦らない。追い込んだのち、ストライクからボールへと変わっていく変化球を振らせにいく。
ところが相手も全国二位チームのリードオフマン、まったく誘いに乗ってこない。ボールカウントが増えていく。
フルカウントとなった六球目、ボールは甘く入っていく。高めにスライダーが浮く。ここまでコントロールミスの無かった乃愛だが、ついにほころびが出た。ようやく打てる球が来たと、バッターはこの打席最初のスイングで、ボールをレフト前へ運ぶ。
ノーアウト一塁、二番打者はセオリー通りの送りバントで、ランナーは二塁へ進む。スコアリングポジションにランナーを置き、一番厄介な打者を迎える。
『三番ピッチャー、上橋さん』
沙音璃が打席に立った瞬間、三塁側スタンドは一気に盛り上がりを得る。一点を先制されすぐの攻撃で、すぐに作ったチャンス、そこに沙音璃だ。盛り上がりも当然だ。
「一個ずつね」
日菜子先輩が声を掛けると、乃愛は頷いた。今日初のピンチである。
沙音璃への初球、バッテリーはいきなりスプリットを選択した。
「ストライーク!」
完全に意表を突かれたのか、沙音璃は振るそぶりを見せない。一個目のストライクで、一塁側スタンドも負けじと盛り上がる。
二球目もバッテリーの選択は同じだった。スプリットを続ける。少し甘めに見えたが、またもや沙音璃は手を出さなかった。
これでツーストライクと、追い込んだ。私は牽制のサインを出す。乃愛はくるっと振り向き、二塁へ牽制をする。ランナーがアウトになるはずもないが、リズムを変え、間を作る。
スプリット連続、なんて大胆なリードだろう。しかし、これからが困るはず。決め球をもう二球も見せてしまったのだ。不用意な球ならば、間違いなく捉えられるであろう全国トップクラスの打者が相手、どう決めにかかるか、わからない。
バッテリーが選択したのはスライダーだった。ストライクゾーンを上下に割るよう、横へ変化していく。真ん中から外へ逃げていく球を、沙音璃は強引に引っ張る。
決して完璧な当たりでないゴロは、飛んだコースが良く、ちょうど私と美月の間を抜けていこうとする。
私は本能のままに飛び込んだ。かろうじてグラブの先で掴む。瞬時に立ち上がったが、二塁ランナーはすでに三塁に到達し、一塁も間に合いそうにない。内野安打でワンアウト一三塁、ピンチは広がる。
「ナイスショート」
乃愛は私へ言った。実際私が届いてなかったら、無造作にレフトへ抜けていき、二塁ランナーが還り、同点となっていただろう。間一髪だった。
『四番ライト、西川さん』
四番を迎え乃愛が投じた初球、一塁ランナーの沙音璃はスタートを切る。
「ストライーク!」
日菜子先輩は三塁ランナーの動きを気にし、二塁へ送球しなかった。盗塁が成功し、ワンアウト二塁三塁、さらに状況は悪くなる。
「やあ」
二塁に着いた瞬間、沙音璃は私へ言った。
「君は、サイン盗みでもしてるのかな?」
と、少し私を睨む。
「してないけど」
「じゃあ、何でそんな簡単にあたしの球を打てるの?」
「さあ?」
乃愛は海稜の四番相手スプリットを連発した。
「ストライクッ! バッターアウト!」
空振り三振に切って取り、ワンアウトからツーアウトへ、状況は一気に好転する。
「厄介な球覚えちゃってさあ。あいつ、良いピッチャーになったわ」
「でしょでしょ」
「あーむかつく。全然、あたしの思ってたのと違う。もっと、あたしのワンマンショーになるはずだったのに」
乃愛は五番に粘られ、四球を与えたが、続く六番をセカンドフライに仕留め、ピンチを脱す。
「ナイスピッチ、ナイスピッチ」
「うむ」
ベンチへ戻り際、乃愛とグラブタッチを交わす。ここまで四回無失点と、ナイスピッチとしか言いようがない。
打線は追加点を取り、乃愛を援護したい。四回裏、千庄の攻撃は四番の星奈先輩からだった。
星奈先輩は初球から打ちにいった。乾いた音が鳴り、力無くボールはセカンドの前へ転がる。足の遅い先輩ではノーチャンスで、まずワンアウト。
「なんかもう、前に飛ばすだけで凄いですよね」
星奈先輩がアウトになったのを見て、美月が言った。
「だって千庄が取られたアウト、ほとんど三振じゃないです……あたしもですけど……」
実際、一回のすみれ先輩、そして今さっきの星奈先輩、二人のセカンドゴロ以外は、取られたアウトはすべて三振だ。
「ホント、あんなのどうやって打てば良いんですか、教えてください先輩」
美月は小動物のようなつぶらな瞳で見つめてくる。力になってやりたいのはやまやまだが、なかなか万人がとれるような策を思いつかない。
「ストライク、バッターアウトッ!」
球審のジェスチャーにも、力が込めれているように見える。五番の日菜子先輩、六番の綾乃も三振に倒れる。これで沙音璃の奪った三振は二桁、十個を数える。でも、リードしているのは私たちだ。
◇◇◇◇
五回の表、神戸海稜の攻撃、乃愛は先頭の七番バッターへ、四球を出してしまう。
八番は送りバントで、ランナー二塁、四回に続いてピンチを迎える。しかし九番、一番と内野ゴロに打ち取り、この回もゼロに抑える。五回無失点、先発ピッチャーとしての大役を果たす。
裏の千庄の攻撃は、その乃愛から始まる。乃愛は沙音璃の初球、ストレートをはじき返し、快音が響く。
「おっしー」
ベンチから一斉に溜息が漏れる。乃愛が放った打球はショートの真っ正面、言ってしまえばツキがなかった。
「おしかったね」
戻ってきた乃愛に、私は言った。
「ピッチングの方が出来過ぎだし、そっちの方に運が吸われたのかも」
乃愛は落胆した様子もなく、軽口を叩く。
「運じゃないと思うけどなあ、ちゃんと実力で抑えてると思うよ」
「端から見るとそうかもしれないけど、ギリギリなんだよね、正直」
乃愛はマウンドをじっと見つめていった。
「そろそろ、綾乃にバトンを渡さないと」
沙音璃は八番の結衣先輩、九番の美月を当然のように空振り三振にとり、この回をなんなく終えた。
◇◇◇◇
1-0、千庄リードのまま試合は、終盤に差し掛かっていく。あと二イニング抑えれば、私たちの勝ち。二年連続の全国出場が決まる。
六回の表の海稜は上位打線、二番の佐藤さんからだった。佐藤さんは乃愛の二球目を叩き、痛烈な打球を放つ。幸いにして、打球は明日葉の正面だった。セカンドライナーでワンアウト。
『三番ピッチャー、上橋さん』
終盤の一点負けている場面、やっぱりこの人に託すしかないと、三塁側スタンドの海稜部員たちは盛んに叫ぶ。
乃愛は沙音璃相手に、スライダーを連投した。一球目は見逃し、二球目はファウルで早々に、追い込む。
確かに乃愛は“ギリギリ”に見えた。初回から全力投球で疲れがないはずがない。甘い球も増えてきて、二球を沙音璃に持っていかれなかったのは、たまたまに見える。
一球外にストレートを外した後の四球目、試合の袂を分かつ勝負は決した。
球威もなく、落ちない、半速球が中へと無防備に入っていく。沙音璃は見逃さず、獰猛なスイングで、ボールを攫う。不快な金属音を奏でながら、打球はレフトの頭を遥かに超えていき、フェンスへダイレクトに直撃する。
後ろ目の守備位置を取っていた結衣先輩は、フェンスから跳ね返ってきたクッションボールをすばやく処理した。捕ってすぐ中継へ送る。私も間を入れず二塁へ送る。最後にボールを受け取った明日葉は、沙音璃へタッチを出来なかった。悠々とセーフな、ツーベースだった。
ワンアウト二塁、またもやのピンチ。打って欲しい人が打ったことで、三塁側は大盛り上がりだ。
「ねえ」
外野から内野へと帰ってきた私に、沙音璃が言った。近くにいた明日葉も反応していた。
「あいつ、マメ潰してるんじゃない?」
沙音璃は、マウンドの乃愛を指さす。日菜子先輩がマウンドへと向かっている姿があった。




