87話 悪役
兵庫県大会はベスト4が出そろった。大会はつかの間の休養日に入り、準決勝決勝は今週末に行われる。その間は学校に登校し、いつも通りの学校生活を送る。
とはいえ、平常通りの心持ちではいられなかった。どこかそわそわしてて、今週末のことがずっと頭の隅に居座っている。イメージが絶えず生成される。神戸海稜のエース、上橋沙音璃との対決を何度もシミュレーションする。
放課後になった。からっと晴れたグラウンドに飛び出す。ここ最近は晴れが続いていて、準決勝決勝の予報も最高の野球日和だった。
「今日、先輩の特集ありますよね。あたし、ちゃんと予約してきましたよ」
バッティング練習を終え、部員たちは休憩をとる。美月が話しかけてきた。
「別に私の特集じゃなくて、沙音璃のおまけ、だって」
今日、地元のテレビの夕方のニュースで、女子高校野球の特集がある。この前、千庄にも取材が来た。私もいくつかのインタビューを受けた。注目選手として沙音璃と私が紹介されるらしい。
「だったら最悪です。あたし時間計るんで、上橋沙音璃の紹介のほうが長かったらクレームいれます」
「絶対やめて」
「そういえば先輩、その前もテレビの人来てたような気がするんですけど、それはいつ放送されるんです?」
「ああ……あれは、沙音璃に密着する番組があって、一応宿敵というか、ライバル的な立場としてコメント求められただけ。沙音璃の夏大会に密着するんだから、夏終わったぐらいに放送されるんじゃない」
それは全国的に放送されている、将来有望なスポーツ選手を紹介する内容の番組だ。
「どんなこと聞かれたの? あれ」
すると明日葉が話に入ってきた。
「えっとね……」
◇◇◇◇
――上橋さんについての印象は?
「えっと……球が速くて変化球も凄くて、コントロールも良くて、あと……モデルさんみたいな容姿」
――上橋さんはあなたを一番のライバルだと言ってました。そのことについて。
「嬉しいです。凄い選手なんで……はい」
――上橋さんとあなたはとても仲が良いと聞きました。
「」
――夏の大会では上橋さんと対戦が予想されます。去年はあなたの勝ちでしたが、今年はどうなると思いますか?
「去年も個人的には勝ったとか思ってなくて、チーム全体で勝てたという感じなんで。今年もチームみんなで勝てるように頑張りたいです」
――では上橋さんの……
◇◇◇◇
「てな感じで、沙音璃のことばっか聞かれた」
「番組では、沙音璃が主人公で、完全に桜希が悪役ってことね」
「失礼な人たちですね! 先輩を悪役に仕立て上げるなんて」
「悪役っていうか、ただの引き立て役だと思うけど……」
「いっそのこと、ヒールに徹して“あいつをぶっ潰してやります!”とか言えば良かったのに。回答がつまんない」
「つまんないのは……ごもっともだけど、でも、変なこと言えるわけないでしょ」
今思うと、完全に沙音璃に関するコメントが聞きたいだけで、私に対する関心を番組のスタッフは持っていなかった。番組的にそれがスタッフの仕事だから、仕方ないのかもしれないけど。
「ていうか、あいつが自分より注目されるの、嫌なの?」
明日葉に問われ、ハッとした。沙音璃へ、対抗意識を持っていることに私自身、驚く。
派手な容姿、派手なプレースタイル、野球で一番目立つピッチャーというポジション、小学生のころからメディアに顔を出していたから知名度もある。沙音璃が私よりも注目を集めるのは、当たり前だ。
「嫌、かも」
だけど、比較されて引き立て役みたいに扱われるとどうにも納得いかない。明日葉は「ふーん」と言って、少し笑っていた
「そういえばだけど、すみれ先輩が、わたしと桜希に話あるから練習後残って欲しい、だって」
明日葉が話を変えた。私が返事をするより先に美月が、
「話ってなんでしょう。説教とか」
「ないと思うけど、そんな人じゃないし」
「あたし、あの人苦手です。この部で唯一の体育系って感じで、怖いです」
「そうかなあ」
「あなたにも、怖いものがあるのね」
明日葉が、口角を上げて笑った。美月は「明日葉先輩も同じぐらい怖いですけどね」と返した。
◇◇◇◇
「先輩、話って……?」
決戦間近なので、練習は調整程度で短く終わった。夏の日は長く、まだ太陽の光がグラウンドに残っている。この場に立つのは、私と明日葉、すみれ先輩に、日菜子先輩の四人だけだった。
「二人に言いたいことがある」
すみれ先輩ははっきりと、私の目を見て言う。美月の言葉が浮かんで、心臓がきゅっと摘ままれたように、ドキッとした。
「な、なんですか……?」
「二人とも、あたしがランナーの時、盗塁、遠慮してない?」
「え?」
「明日葉は、桜希がバッターの時は遠慮なく盗塁してるのに、あたしの時は全然しない。桜希はそもそも全然しない。普通に考えれば、もっと盗塁できるのに」
とりあえずは説教じゃなくて、正直ホッとした。
「あたしに遠慮してる?」
「してるつもりはないです」
明日葉につられ、「私も」と返す。
「なら、二人はもっと走るべきだと思う。あたしは全然気にしないから。一応三番打たせてもらってるけど、チームのために自分を犠牲にする覚悟はできてる。星奈と日菜子につなぐつもりだから、どんなときでも、いけると思ったら盗塁して」
すみれ先輩はチームの主軸で、核だ。その人に、ここまで言われて、「無理」とはいえなかった。
「……わかりました」
「はい」
「一個だけ、二人が走るつもりなら、サインだして。そうだなあ、ヘルメットを左手で二回叩いて。それみたらあたしは、二人をアシストするから」
盗塁に関して、今まで思うところが無かった、といえば嘘になるかもしれない。高確率で成功すればかなり有利な場面を見込める場面でも、バッターの事を考え自重することもあった。意思疎通の上で、盗塁ができるならそれにこしたことはない。ただ、すみれ先輩の打撃に影響は間違いなくある。
ずっと神妙な面持ちで見守っていた日菜子先輩が、口を開く。
「すっちゃん……いいの?」
「その呼び名はやめろってずっと言ってんじゃん……いいよ、別に。あたしは脇役なので。っていうわけで話はそれだけ。じゃあね」
すみれ先輩は歩き出し、グラウンドをあとにしようとした。ただ、その前に、
「ああそうそう。桜希の特集、楽しみにしてるから、もう録画済み」
「別に見なくていいです……」
手をひらひらと振って、グラウンドを去っていく。その綺麗に揃えられた短い黒髪が、空からの自然の光と、電灯からの人工の光を反射し、茶色に光って見えた。私と明日葉、日菜子先輩は呆然とするまま取り残された。
「すっちゃ……すみれがあんなこと言うなんて、意外」
静まりかえったこの場に、日菜子先輩の呟きがよく響く。
「まあ確かに意外ですけど……」
私が同意してみせると、日菜子先輩は首を振った。
「あなたたちは知らないと思うけど、昔のすみれはめっちゃ自信満々な態度で、簡単に言うと、調子に乗ってた。実際、同級生でダントツで天才だったし。高校入ってもすぐレギュラーになったし、調子に乗ってもおかしくないけど」
日菜子先輩とすみれ先輩は、中学女子のクラブチームから一緒の戦友だ。先輩は昔をなつかしむように目を細め、続ける。
「でもここ一年はそんな感じも鳴りをひそめた。大人になったのかもしれないけど、あなたたちみたいな本物見て身の程を知ったのかも」
「本物とか……やめてくださいよ」
「とにかく当時のすみれを知っている人からすると、今のすみれにはびっくり。選抜負けた時、“あたしのせい”的なことを言ったのもびっくりしたけど。結構プライド高かったから。 あとそれと、出会った当初、そのプレー見て、天才! 凄い! って思った私からすると、少し歯がゆいかも。今のあなたたちくらい、凄くなると思ってたから。あっ、この話ナイショね。絶対すみれ怒るから」
「どんな感じだったんですか? 昔のすみれ先輩」
明日葉に聞かれ、日菜子先輩は「うーんとね」とどこか嬉しそうに話し始める。
「出会った時のこと、当時のすみれって、今よりも髪短かったし、それにあの顔でしょ。ホント少年みたいだった」
今の中性的なすみれ先輩がそのまま幼くなった姿をイメージをすると、確かに少年のようになった。
「それで、“なんで男子がいるの?”って、私は思わず口を滑らせた」
「ええっ……」
「そしたら、すみれは私の胸倉を掴んで“喧嘩売ってんの? いい度胸してるじゃん”って一言。」
「日菜子先輩に全面的に非があると思いますけど、すみれ先輩も初対面でその言い様はなかなか悪いですね」
と、明日葉は言った。入学すぐのあなたも私に因縁ふっかけてたような。それはさておき、私は先輩の話がとても面白かった。
「そっから、どうやって仲良くなったんですか?」
「えーと、なんだっけ、なんか自然と仲良くなったような。なんだかんだ、いい奴だからね。すっちゃん、じゃなくて、すみれは」
「ずっと思ってたんですけど、日菜子先輩。わたしのことをあっちゃん、あとはせっちゃんとかさっちゃんとか、そんな感じで人を呼びますよね」
明日葉が言った。
「それは親しみを込めたあだ名」
「じゃあわたしたちのこと、親しく思ってるってことですか?」
「当たり前でしょ。でも呼ばないから親しく思ってないわけじゃないよ。先着制だから。人によっては親しくてもあだ名で呼べない。昔、のどかって友達にのっちゃんを上げたから、乃愛はのっちゃんって呼べない」
「めんどくさいですね……」
「あとは、さっちゃんとかあっちゃんはいいけど、人によっては変な感じになるから。昔“おとは”って友達におっちゃんって呼んだら、やめてって言われた」
「あはは」
「すっちゃんも昔は許してくれたのに、いつだかに、“なんかアホみたいだからやめろ”って、悲しいわあ」
どれぐらい話していただろう。昔話に花咲かせ、ずいぶんと時間を喰った。グラウンドには夜が訪れていた。
「やばい、そろそろ帰ろ。私もさっちゃんの特集、早くみたいから」
日菜子先輩はそう言うと、そそくさと部室へ歩き出した。私たちもそれに続いた。
「わたしも早く見たい」
明日葉が私の手をとって言った。
「録画してるから、DVDに焼いて永久保存版にする」
「やらなくていいって……」
◇◇◇◇
「ただいまー」
家に帰り着きリビングの戸を開けると、テレビを見ている母と父の姿が目に入った。テレビの画面には案の定、私の姿があった。
「おかえり」
「私たちもう二回見た」
「そう」
「いい感じに映ってたわ。もちろん、桜希も見るでしょ?」
「見るけど……それよりお腹減った、ご飯食べたい」
母は台所に向かった。私は手を洗って部屋着に着替え、テーブルについた。父親が、
「最初から見るか?」
頷くと父親がリモコンを操作し、テレビ画面が切り替わった。男女二人のアナウンサーの姿が映ると、女の人のほうが、女子硬式野球について言及し始めた。
すでにベスト4が決定していること、その顔ぶれ、そして、二人の注目選手がいることが話された。そして画面には、私と沙音璃の映像が出た。
まずは沙音璃についてのVTRだった。沙音璃の魅力が一目で伝わるような、豪快なピッチングとバッティングの様子が映し出される。さらには幼少期から野球を始め、小学生の時から天才野球少女として有名だったこと、明るい性格でクラスでも人気者など、エピソードたちがナレーションベースで語られていく。
「この子、前うちに遊びに来たでしょ?」
「うん」
母が食事をテーブルに並べる。今日はハンバーグで、心なしかいつもより量が多いような気がした。
「仲良いの?」
「まあ、ちょっと」
映像の雰囲気が少し変わり、去年の話になった。沙音璃が神戸海稜の一年生エースとして望んだ夏の兵庫県大会、決勝で千庄に負けたことが悲劇のように語られる。
「自分の人生のなかで一番悔しい経験で……あの日の悔しさを晴らすことができるよう一年間、努力、してきました」
沙音璃はシリアスな映画に出演する女優のような、迫真な様子で答えた。
「この子、かっこいいねえ」
母や父は沙音璃に感心しっぱなしだった。
「芝居じゃないかな、あれ」
「――千庄高校女子野球部の青見桜希さん、上橋さんと同じ、二年生です」
ナレーションは、去年の決勝で千庄の勝利の立役者として、私の名を上げた。今度は私のプレーが連続で流れていく。
「ほら、いい感じ」
「あれめっちゃやりにくかった」
取材に来た時、カメラさんは私のプレーだけをとり続けていた。その視線がむずがゆくて、プレーしづらかった。
続いて芹沢先生が、私について聞かれた様子が映ると、その次は簡単に私の過去の野球歴が伝えられた。
今度は私の学校での様子に切り替わる。沙音璃と対比されるように、クラスではおとなしめで、体育の時以外はあんまり目立たないなどと私のクラスメイトたちが証言をしていた。
画面に沙音璃が映る。沙音璃が、“青見さんについてどういう想いを持っているか?”という質問に答えた。
「全国に絶対負けたくない人が何人もいるけど、その中で一番負けたくない、一番のライバルです!」
今度は私が一人映った映像になる。“上橋さんについてどういう想いを持っているか?”という質問がテロップに出る。沙音璃に比べると明らかに“絵”が弱い私は、この特集で始めてしゃべり出す。
「えっと、対戦してて一番楽しい投手というか、一番負けたくない相手、です」
インタビューに「ライバル?」と問われ、「そ、そうですね」と私は答えた。
「こんなこと言ってたんだ私」
正直、なにを話したかあんまり覚えていない。今度は私たちに、“大会の意気込み”と“将来の夢”という設問が与えられた。沙音璃は、
「絶対桜希を抑えて、自分が一番だと証明して優勝したいです」
「将来の夢は世界中に自分の存在を知らしめることです」
と豪快に言った。対して私は、
「自分の役割を果たして……チームに貢献して優勝できるよう頑張りたいです」
「将来の夢……えっと、まだ分かんないです。今の生活に精一杯というか、とりあえずは、今に集中したいというか。はい」
なんだか締まらない私のインタビューでVTRは終わった。スタジオに映像が変わると、男のアナウンサーが補足するように両チームの春の選抜の結果、千庄がベスト8で、神戸海稜が準優勝という結果を伝える。
さらに今大会の私たちの情報、沙音璃が未だヒットを打たれていないこと、私が全打席出塁していることを男子アナウンサーが言うと、女子アナが「凄いですねえ」と返す。
最後に準決勝決勝の試合時間、会場が伝えられ、特集が終わった。母がニヤニヤして、
「桜希の、上橋さんに比べるとつまんない回答ねえ」
「あれより面白いことは言えないって」
「でも、結構いい感じに映ってたって、自分でも思うでしょ」
「さあ、どうだろ」
正直、沙音璃の特集のついでみたいな扱いかと思えば、ほぼ同格として扱ってくれていて、結構嬉しかった。
「手が止まるぐらい集中してたくせに正直に言いなさいよ」
「あ……」
テレビに集中しすぎて、箸を動かすことを忘れていた。少し冷めたハンバーグを、空腹なお腹に入れる。
食べ終わって、自分の部屋のベッドに倒れ込む。スマホを見ると、特集を見た人たちからのメッセージの通知がたくさん来ていた。
“良かった”“かっこよかった”など言う人と、“インタビューがつまらない”など言う人がいた。美月だけは“上橋沙音璃特集のほうが32秒長かったです”と報告してくれた。
ちゃんと返事をするのはめんどくさいので、全部スタンプで返しておいた。すると明日葉から、
“対照的な二人を見事に対比させてて、良い特集だった”
というメッセージがやってきた。
「悪役じゃなくてよかった」
と口で言いながら打ち込み、送信する。既読がついてすぐ、今度は電話がかかってきたことを示す、着信音が鳴る。相手は明日葉ではなく、
「もしもし……そろそろかかってくると思ってた」
「やっほー、久しぶり」
沙音璃だった。
「見たよね、あれ」
「うん、見たよ。相変わらず、凄いこと言ってたね。世界中に自分の存在を知らしめるとかなんとか」
「いっつもメディアに取材されるときはそう言ってる」
電話越しでも沙音璃のどや顔が見えて、なんだかおかしくなった。私の返事を待っているのか沙音璃が黙ったので、私は話題を変えた。
「ていうか、あんな特集して大丈夫なのかな。どっちかが負けて決勝いけなかったら、大恥じゃん」
「千庄と神戸海稜、どっちかが準決勝で負ける。そんなことあると思う?」
「……ないな」
うぬぼれでもなく、絶対決勝にはいけると思っている。同時に海稜が準決勝で負けてくれるという奇跡もないと思っているし、起きて欲しくもない。
「いつかはあたしと桜希の特集されると思ってたの。だってわかりやすい因縁あるから。マスコミはライバル関係とか好きだし。そういうのしかも二人ともめっちゃ美人で、メディア映えするし」
自分で言ってて恥ずかしくないのかな、なんて思ったけど、今さら突っ込むのは野暮だと思った。これを平然と言えるのが、上橋沙音璃という人間だ。
「ごめん、ちょっともう切らないといけないから、じゃあね、また今度」
「うん、じゃあね」
そう言うと、すぐにあちらから電話が切れた。沙音璃にしてはあっさりした電話だったなあと思った。ところがそれから一分もしない内に、沙音璃からメッセージが来た。
“言い忘れてた。ライバルって言ってくれてありがとー”
あれ、ほとんど言わされたようなものだけどなあ、と頭を掻いた。私は“こちらこそ”と返した。




