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83話 練習試合VS神戸国際②

 乃愛の調子がどこまで持つかという私の危惧は、早くも、五回表に現実としてやってきた。


 この回の先頭打者、神戸国際の五番を一球で、サードフライに打ち取る。でも六番打者には追い込んだ後の、決めに行ったスプリットを打たれた。正確に言うと、スプリットは落ちず、ほぼ打ちごろのスローボールと化していた。


 六番のレフト前ヒット、さらに七番にもスライダ-を狙い打たれ、ワンアウト一二塁で、八番を迎える。


 八番打者の初球はストレートでファウル、二球目はスライダーで空振りを取る。良い形でまたも追い込んだ。が、勝負を決めにいった三球目、スプリットは制球を失い、日菜子先輩キャッチャーの捕れる範囲を大きく外れ、パスボールとなった。


 もう一球ストレートが大きくゾーンを外れた。ツーストライクツーボールとなった五球目をバッターは強くはじき返した。


 痛烈なライナーが一閃し、ショートの右側を襲った。飛び込み、左手グラブを伸ばし、ボールを掴んだ。


「アウト!」


 すぐさま立ち上がって一塁と二塁、二人のランナーをうかがったが、どちらもすばやく戻っていて、一気に二つのアウトとはいかなかった。


「ナイスキャッチ!」


 乃愛はグラブを叩きながら言った。今のもスプリットのなり損ないのスローボールだった。


 投球数は七十球ほどで、いつもならまだまだ余力がある数字だ。でも、慣れない、そして握力を要する新球スプリットを何球も投げている。体には、相当の負担がかかっているだろう。限界、という言葉が頭に浮かぶ。


 しかし九番バッターにはスプリットを多投し、空振り三振でピンチをくぐり抜けた。


 これで五回無失点、本人も手応えを感じているのか、チームメイトたちと上機嫌そうにハイタッチを交わしていた。


「助かったよー。いつもありがとうございます」


 乃愛は茶化すように私へ言った。


「うん……それより、大丈夫なの?」


「ん?」


「スプリットが落ちなかったのが何球もあったけど」


「ああ……うん。あれはちょっとすっぽぬけただけ。まだまだ精度が甘いってことかな」


 乃愛は自身の右手を見つめる。やせ我慢がその言葉に含まれているかはわからない。


「疲れとかは――」


「今日は絶対完封する」


 今度は私の瞳へと向いた乃愛の瞳に、はっきりとした決意を感じた。


「実績と、自信が欲しい。ここでやり遂げて、殻を破りたい」


 有無も言わさぬ迫力に、何にも言葉が思い浮かばなかった。ここまで熱さを剥き出しにする乃愛は出会ってからずっと見たことがなかった。


「わたしの心配はいいから。桜希は、自分のプレーに集中して。いつも通り、打って守ってくれてればいい。それがわたしにとって一番ありがたいし、一番うれしい」


「……りょーかい」


 五回裏、ツーアウト一塁で打順は一周し、一番の明日葉が右打席に立つ。明日葉が四球フォアボールで歩き、チャンスで私の打席となった。


 神戸国際のピッチャーは二人目の左腕に代わっていた。球の威力もあり、角度の付いた球は左バッターにとっては打ちづらそうなピッチャーである。


 初球、外角低めにストレートが決まる。


「ストライク」


「え……」


 球審は私へ「なにか?」と一瞥を与える。体の遠くを通る軌道で、私はボールと判断したのだけど、球審はストライクを宣告した。


 文句も言いたくなる不可解な判定だったけど、切り替えて二球目に備える。経験上、対私におけるサウスポーが、外角でストライクを取ったときの次は、内角をえぐりにくるパターンが多い。


 内角といってもストライクではなく、完全にボールの体付近の球だ。私が内角を得意とするのは、たぶん、対戦するバッテリーのほとんどが知っている。


 だから内角ではなく外角で勝負したい。決して打てないであろうボール球で私をビビらせ、内角を意識させ、勝負球の外角のボールへの伏線としたいのだろう。


 あまりにこのパターンを目にしすぎて、思ったことがある。ピッチャーが体付近を意図したボールが仮に少し狙いが逸れ、ストライクゾーンに近くなったならば、狙うべきなのでは、ということだ。


 たとえボール球でも、後に来るであろう外角の変化球よりかは長打の確率は高い。今度機会があれば、狙っていこうと思っていたから、今回はチャンスだ。


 二球目、思った通りの球が来た。体付近へのストレート、でも決して体に当たりそうではなく、ストライクゾーンに近い内角高めだ。腰の回転で、折りたたんだバットを振り抜いた。

 会心の感触で、空高く待った打球は、ライトのフェンスを越えていった。ホームランで、千庄に一気に三点が追加される。


「な、ナイス……」


 ダイヤモンドを一周し、ホームベースを踏んだ私を待っていたのは、チームメイトの万雷の出迎えではなく、なんだか微妙な反応だった。


「ナイスバッティング、狙い通り?」


「すっごいです! 先輩!」


 気持ちのいい出迎えをしてくれたのは、明日葉と美月だけだった。


「打ったよ乃愛」


「お、おう……」


 ベンチ前で投球練習をしていた乃愛も、例に漏れず微妙な反応だった。


「なんなのせっかく“打って”っていうから、打ってあげたのに……みんなも」


「ドン引きしてるんだよ、みんな。だってボール球でしょあれ、それをあんなに飛ばすってねえ、気持ち悪い」


「ひどい」


「なにはともあれ、ナイスバッティング。これからも頼むよ」


 乃愛はグラブを差し出してきたので、右手でハイタッチをした。そして乃愛は、目を細めながら、


「やっぱり、わたしの親友はやっぱ化け物だ」


◇◇◇◇


 乃愛は六回表をランナー出しながらも、なんとか0に抑えた。有言実行の完封まで、あとアウト三つだ。


 七回表、神戸国際の先頭、五番バッターが打席に入る。一球、二球とストライクを続け、三球目、


「ストライッ、バッターアウト!」


 スプリットにバットが空を切る。この日、七個目となる三振を奪う。


 次の六番には内角のストレートで詰まらせる。が、ぐしゃっと鈍い音を奏でた打球は、美月サードの前へとの内野安打となった。


 ワンアウト一塁となって七番を迎える。追い込んだ後の五球目、スプリットは棒球と化し、バットにさらわれていった。


 打球はレフト線を痛烈に抜いていく。結衣先輩レフトが的確に処理し、なんとか一塁ランナーのホーム生還は免れた。


 ワンアウト二塁三塁、千庄は守備のタイムを取った。内野陣がマウンドに集まる。


「四点差あるんだから、ランナーは無視して、一個ずつ取っていこう」


 日菜子先輩がそう言ったのに対し、乃愛は、


「嫌です」


「ええっ……」


 予想外の反撃に、日菜子先輩は驚いたというか、ビビっていた。


「先輩、ここは0を目指しましょう」


 明日葉が言う。


「ここはリード一点、または同点で一点取られたらサヨナラ負けのような、緊迫した場面を想定するべきです。練習試合なんですから」


「うーん、そう言われれば、その通りだけど」


 ごもっともな説得で、日菜子先輩は納得したようだった。


「じゃあ一点も取られちゃ行けない場面。内野は前進バックホーム体勢ね」


 タイムを解き、内野陣は守備位置に戻る。その最中、乃愛は私と明日葉へ向けて、右手の親指を突き立てた。


 八番バッターには息を吹き返したように、乃愛はストレートで押していく。ファウル二球で追い込んだ。 


 三球目、外のスライダーを振らせにいったが、バットは止まった。判定はボールとなる。


 四球目、内角低めへのストレートが決まり、日菜子先輩キャッチャーのミットが気持ちの良い音を立てた。でも、


「ボール」


「うー」


 球審の判定は微妙だった。私はあからさまに声に出してしまったが、乃愛は動じず、日菜子先輩からの返球を受け取った。


 五球目はスプリット――見事に打者手前で落ちたが、バッターは見逃した。低い。


「ボール!」


 ツースリーフルカウント、バッテリーは六球目、ストレートを選択した。バッターは合わせていく。


 マウンド右横を転がっていく打球、決して速くはなかったが、飛んだコースが良く、センターに抜けてもおかしくない。でも、私の守備範囲だ。


 腕を伸ばし、すぐさま送球の体勢を整える。三塁ランナーがホームを目指し駆けていることを察知し、本塁へ送球する。


「アウト!」


 きわどいプレーとなったが、日菜子先輩キャッチャーのタッチが、ランナーがベースを触れるより早かった。


「ナイスナイス!」


「あと一個だよ、乃愛」


 そして最後のアウトは、


「セカンド!」


 明日葉が一二塁間の打球を滑り込みながら処理し、一塁へ正確なボールを送った。スリーアウト、ゲームセット、4-0、完封での勝利だった。


◇◇◇◇


「綾乃ちゃんにばっか負担かけたくない。チームにとって、使えるピッチャーは多い方がいいから」


 今日の練習試合を終え、私と乃愛は帰宅への道中、自転車を漕いでいた。


「っていうのは建前で、本音は“一番”が欲しいだけなんだけど」


 そう言う乃愛の表情は、晴れやかだった。


「どう思う? わたし、一番もらえると思う?」


「さあ、どうだろう。五分五分ぐらいじゃない?」


「五分五分かあ。それでも評価上がった方なんでしょ」


「二週間前ぐらいまでは、百パー綾乃だと思ってたから」


「だよね。まあ、とりあえず今日、結果出て良かった」


「……ちょっと乃愛に言っときたいことあるんだけど」


 私は足を止めた。乃愛は意表を突かれたように急ブレーキをかけ、少し勢い余り前のめりになった。


「なに?」


「なんか、私がピッチャーするとかどうとか言ってたでしょ。私、ピッチャーやらないつもりだから」


「そんなこと知ってるけど」


「ううん」


 私は静かに首を振った。


「ピッチャーをやりたくないというか、ショートに集中したい。このポジションが好きだから、究めたいし、この道一本で頑張りたい。でも、もしチーム状態によっては、ピッチャー

やらされるかもしれない」


「ああわかった。もしわたしたちピッチャー陣が不甲斐なかったら、“私が”やらなくちゃいけなくなるかもしれないから、精々頑張ってね、ってこと?」


「そう」


「……なんちゅう身勝手な」


「私なりのエール」


「はいはい。まあ桜希にピッチャーやられたら、こっちのアイデンティティ崩れちゃうから、精々頑張るよ」


 私たちは再び走り出す。慣れた道を、ほとんど無意識のままに進んでいく。


「わたしも、桜希に言っときたいことがある」


 しばらく無言でペダルを回した後、乃愛が言った。


「ずっと、封印してた夢。小さい時思い描いた、星を掴むっていう夢を、また目指そうと思う」


「宇宙飛行士を目指すってこと?」


 乃愛は「うん」とうなずいた。


「わー凄い。めっちゃ応援する!」


「それで――」


 乃愛はブレーキを掛け、足をアスファルトに置いた。今度は私が勢い余り、急ブレーキをすることになった。


「まずは、一番近い“星”を掴みに行こうと思う」


 真剣な顔で明日葉は言うので、私は無い知識を動員して、


「月に行くの?」


 すると、乃愛は「違う違う」と指を振った。そして今さっきとは打って変わり、


「全国制覇、って言う星を掴みに行くの」


 と、満面のどや顔で言った。


「なーんてね」


 乃愛はそう言って、また自転車で走り出したが、私はあっけに取られ動けなかった。そんな私を振り返り、乃愛は言う。


「面白かった?」


「いや、面白かったというか……」


「自分でも、どうして言おうと思ったか謎だけど……明日葉ちゃんに言ったら、“寒い”とか“痛い”とか言われそうだから、桜希にしか言わないよ」


 その様子が安易に思い浮かび、おかしかった。


「さあ、帰ろう」


「うん」


 辺りは結構暗いのに、暖かい風が体を吹き付ける。夏の気配を、体が感じた。

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