77話 球技大会
「五分後ぐらいにどの種目に出場したいか希望を聞くので、それまで友達と相談したりして、決めておいてください」
黒板前の男女二人の体育委員はそう言って、わいわいと相談し始めたクラスメイトの中へと入っていった。
春と秋の年二回開催の球技大会は、学園祭の次ぐらいに学校が盛り上がるイベントだと思う。今は、その出場種目を決める時間で、黒板にはテニスとかバレーとか、球技大会で行われる種目の名前が羅列されている。
あちこちで話し合いの輪ができ、教室が騒がしくなり始めた。モチベーションはそれぞれ違うだろうけど、大会は基本、全員参加だから、どの種目に出るかみんな相談し合っているのだろう。
どれに出るかはまだ決めていない。とりあえず、明日葉の席の方をうかがう。周囲の空気に逆らい、明日葉は文庫本を広げ、静かに文字を追っていた。あの様子だと、どれに出るか、すでに決めているのだろう。
私の視線に気づいた明日葉は、おもむろに文庫本を机に伏せると、両手を上げ何かのジェスチャーをした。それは、どこか目標に向かって大きなボールを投げ入れる、シュートの動きだった。
私がうんうんと頷くと、明日葉は文庫本へと視線を戻した。
「桜希は何に出るの?」
そこへ、女子二人組がやってきた。
「バスケかな」
「あ、ホント? うちらもバスケにしようと思ってたんだ」
「ちょっとガチで優勝狙えるメンバー集めようと思って誘いに来たんだけど、手間がはぶけて良かった」
わざわざ私の席まで勧誘に来たらしいのは、バレー部の尾崎さんとテニス部の森村さんである。二人とも、二年生ながら部の主力を務めるほどの運動能力を持っている。尾崎さんは、明日葉の方をちらっと見て、
「もしかして、明日葉ちゃんもバスケに?」
「うん、そうだよ」
「よし、これで優勝間違いなしのメンバーが揃った!」
「えっ、あと一人は?」
「あとはいけもっちゃん。小中、バスケやってたんだって」
「ふーん」
いけもっちゃんこと、池本さんは私たちの視線を感じたのか、こちらに手を振ってきた。池本さんは陸上部の長距離ランナーである。それでいて競技の経験者となれば、かなりの戦力になるのは確かだ。
「というわけで、優勝目指して、がんばろ!」
尾崎さんと森村さんは二人で「おー!」と盛り上がっている。私は「おー……!」と恐縮気味に続いた。
◇◇◇◇
体育館の半分には、バスケットボールが床を叩く重そうな音が響く。反対のコートでは、空気みたいに軽いピンポン球が、ラケットに叩かれ打ち出される音が、リズミカルに鳴る。
球技大会を前にして、体育の授業はそれぞれの種目の練習時間となった。やっぱり普段の授業とは違って、どこか楽しげな雰囲気が体育館に漂っている。みんな好きなことを緩く、やっている感じがする。
ただ私たち二年六組、バスケ女子メンバーである尾崎さん、森村さん、池本さんの三人の目の色は違った。部活の練習さながらに、“ラン”からのパス、シュートを繰り返し、ボールはテンポ良くネットに吸い込まれていく。
「気合い入ってるなあ、あの三人。優勝できなかったらやばそう」
私がそう言うと、横にいた明日葉はボールを衝きながら、
「わたしたちがバスケ出ないって言ってたらどうなってたのかしら。強制的に入れられてた?」
「さすがにそれは……あり得るかも」
「まあ球技大会でも負けるのは嫌だから、いいメンバーが揃うのは歓迎だけど」
明日葉はぐっと沈み込み、シュートを放った。ボールは綺麗な放物線を描き、リングをくぐり抜けた。
「ナイシュー」
私もシュートを放った。狙い定めたシュートは、しっかりとゴールを捉えた。明日葉は、そんな私の様子をずっと見ていた。なぜか、シュート後もずっと、見ていた。
「なんか変なとこあった?」
「べ、別に……」
「なにその反応。気になる」
「なんにもないって、もう」
明日葉は、あからさまにごまかそうとやけくそ気味にシュートを放った。珍しく、ゴールから大きく外れた軌道をボールは通った。
「ほら、やっぱりなにか隠してる。私の顔になんか付いてる、とか?」
「そうじゃない」
「なら、何? 隠し事はなし。付き……その、そういう関係になったんだから」
“付き合ってるんだから”って言いかけたけど、他人の存在を思い出し、なんとか留まった。
「……じゃあ、言うけど。後悔しないでよ。両方、得しないことだから」
そう言って、明日葉はこちらに寄ってきて、私の耳元に口を寄せた。誰にも聞かれないよう、こそこそ話。
「その……シュートを打つ桜希の姿に見とれてた。こんなかっこいい人と付き合っているんだって思ったら、ドキッとした……」
あまりのはずかしさに、思わず私は飛び退いてしまった。でも、言われた私よりも、言った本人の方が恥ずかしそうだった。
「だから言ったのに……得しないって」
「……私たちも練習ちゃんとしよっか」
「うん」
◇◇◇◇
そして球技大会当日がやってきた。室内競技の私たちには関係ないけど、スポーツ日和のとてもよく晴れた日だった。
競技が始まってみると、二年六組バスケ女子は敵無しだった。苦戦する様子もなく、トントン拍子に準決勝まで勝ち上がった。
準決勝の相手は三年三組だ。準決勝は十分間、途中に休憩はない。ここまで勝ち上がっている相手だけあって、最初の五分間は接戦となった。
大体にして、こういう学校のイベントは三年生の方がモチベーションが高い。ベスト4に残っているのは私たち以外、三年生の組だ。運動のできる人、それにバスケ経験者を揃えてきた感じがあった。
しかし後半は私たちが優勢だった。背の高い私とバレー部の尾崎さんでリバウンドをとって、経験者の池本さんがボールを運び、テニス部の森村さんと明日葉が最後を決める。これまでどおりの戦略で、最終的には点差が開いた。
ブー、と試合終了を告げるブザーが鳴った。結果は13ー8で、私たちの決勝進出となった。
たくさんのクラスメイトが試合を見に来てくれていて、担任の先生中心にかなり盛り上がっている。クラスはすでに、テニスとかバレーとか、他の全部の競技で敗退してしまっているから、必然的にバスケ女子への注目が集まってしまう。
「いやー負けた」
たった今対戦した三年三組には、女子野球部の先輩、ピッチャーの奈桜先輩がいた。
「決勝、たぶん五組だろうけど、めっちゃ強いよ。経験者が二人いて、あとすみれとバレー部の主将と。ついでに日菜子も」
「日菜子先輩はついでですか?」
「まあ、あれはそんな上手くないかな」
ひらひらと手を振って、奈桜先輩はクラスメイトの元へ戻っていった。コートでは準決勝の第二試合、三年七組と一組の試合が始まろうとしていた。私は明日葉とともに体育館の壁にもたれこんだ。休憩しながら、決勝の相手を偵察することにした。
「決勝進出おめでとう!」
持ってきた水筒で喉を潤していると、どこからともかく乃愛がやってきて、私たちの横に座った。
「どうだった、テニス?」
「準決勝で三年に負けちゃった。わたしたちの組は勝ったけど、あとの人たちが負けてさ」
「あー残念」
「やっぱ三年は強い。一組は、競技全部負けちゃったし、二人の応援に来た。ていうか六組のバスケ女子のメンバー見たけど、なんか、クラスのスポーツ1軍集めてみましたって面子じゃん」
コートの準決勝は盛り上がってはいたものの、両陣営ともに熱気があるわけではなかった。早々に試合の主導権を握られた三年一組の人たちは意気消沈し、ゴールが次々と決まる七組陣営の声援は途切れることがない。乃愛が、
「あれもクラス一軍の集めた感じなのかな?」
奈桜先輩の予想通り、日菜子先輩、すみれ先輩のいる七組が圧勝しそうだ。全員がボールを運べるし、しっかりシュートも決めてくる。決勝は厳しい戦いになりそうだった。
◇◇◇◇
試合の流れは特に変わることなく、大差をつけて三年七組が勝利し、決勝進出を決めた。決勝戦は二十分後ぐらいに始まる。連戦となる相手は体力回復に努めているけど、私たちはコートで軽く練習を行う。
「青見さん」
私を呼ぶ声がした。振り返ると、星奈先輩だった。
「あ。どうも。見に来てくれたんですか?」
「うん。面白そうなことになってきてるって聞いたから。女子野球部の主将アンド副主将の三年生二人VSチームの中心の二年生二人。勢力争いをかけた、重大な決戦」
「そんな大げさな」
でも辺りを見回すと、部のメンツみんな来ている感じがする。
「ちなみに先輩は、どっち応援します?」
「二人を応援してる」
「二人って……どっち?」
「百合な方」
「百合……?」
「あなたたちのこと」
星奈先輩と話している間に、決勝開始の時間が迫ってきた。出場選手に招集がかかった。
「じゃあ行ってきます」
「頑張って」
明日葉らチームメイト、そして相手の面々がコートの端っこに集められた。そこで日菜子先輩とすみれ先輩と対面した。
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、すみれ先輩、日菜子先輩が順に答える。
「うん。お手柔らかにね」
「わかってるでしょ。あなたたちは後輩なんだから、先輩に花持たせてね」
「それは無理です。わたしたちが優勝します」
明日葉が宣言すると、先輩たちがフッと笑った。
ビブスを私たち二年六組が着て、試合の準備が整った。決勝戦ということで、クラスメイ
トたちはほとんど見に来てくれていた。それは向こうも同じで、会場は熱気に包まれていた。
長いブザーの音が鳴り、ジャンプボールで試合が始まった。
◇◇◇◇
「きっついなあ」
ハーフタイム、尾崎さんは眉をしかめた。決勝戦だけは前半後半十分ずつの計二十分の試合となる。前半終わって8-10、私たちは終始、リード許す展開だった。
「やっぱ、リバウンド取れないときついな」
準決勝ぐらいまでは、私と尾崎さんでずっとゴール下を支配できていた。ところがこの決勝戦は、リバウンドが全然とれない。
「あの人、あんま激しく接触するとあとでうるさそうなんだよなあ」
尾崎さんの言う、あの人とは相手チームのバレー部のキャプテン、北川さんのことだろう。177センチあるという北川さんは、圧倒的存在感でゴール下を支配している。
それに、向こうの経験者二人も厄介だ。二人ともそこまで上背があるわけでないけど、コース取りがめちゃくちゃいい。ボールが落ちる場所を予測するスキルは、やっぱり経験者の方が何枚も上手だ。
「どうする、いけもっちゃん?」
尾崎さんは言う。チーム唯一の経験者、池本さんの指示を仰ぐしかない。
「……経験者二人をマークしてたけど、あの野球部の……名前誰だっけ?」
「相庭すみれ先輩?」
「そう、相庭さん。あの人が起点にフィニッシャーにもなってるから、マークした方が良いと思う」
向こうの10点のうち、6点を経験者二人、4点をすみれ先輩が取っている。
「相庭さんは、森村さんがマークして」
「OK」
「経験者の小さい人が関長さん、大きい方を青見さんが。内に切り込まれたらわたしがなんとかするから、外から打たれるのだけ阻止して」
「うん」
「わかった」
「で、尾崎さんは、バレー部の先輩を」
「あの人は今だけは先輩じゃない。赤の他人だと思うことにする。怪我させていいぐらいの気持ちで行く」
「それは、赤の他人でもまずいような」
たった二週間ほどのチームだけど、ずいぶん息が合ってきたように思う。今日はまんべんなく五人で点を取っている。なかなか、チームワークがよくなってきた。
「ずいぶん苦しい感じがするけど、まだワンゴール差、まだまだこれからだわ」
ずっと黙っていた明日葉が言って、みんな、うなずき合った。やっぱり最後は、優勝で終わりたい。ハーフタイムが終わり、私たちは再び、コートに立つ。そして私は思った。日菜子先輩は誰がマークするの?
◇◇◇◇
後半開始早々、私は相手陣地でボールを持った。目の前の行く手を塞ぐのは、経験者の大きい方だった。
パスの出しどころがない。相手チームも疲れているだろうに、全然足を止めない。みんなにしっかりと張り付き、パスの供給先を消している。
その時、ボールをもらおうと明日葉が動いた。一瞬、ディフェンスの意識がそちらに向く。私はその逆に動く。一人目は躱した。すぐに二人目が寄ってくる。でも、穴があいた。ボールをそこへとパスした。
空いた場所に池本さんが動き、私のパスをもらった。落ち着いてシュートをリングへ沈めた。これで同点となった。
しかしその後すぐ、すみれ先輩が森村さんを抜き、そのまま尾崎さんもブロックも躱してゴールを決めた。
「先輩、さすがですね」
「どうも」
その後、両チームが点を取り合った。16ー16で迎えた、残り一分を切った局面、
「あっ……」
お手本のような弾道を描き、最後、ボールはリングを通過した。打ったのは日菜子先輩だった。それもスリーポイントラインの外からのシュートだった。相手に一気に3点が入り、16-19になった。
「やったやった!」
日菜子先輩はめっちゃ喜んでいて、クラスメイトたちとハイタッチしまくっている。ディフェンスは頑張っていた先輩だけど、オフェンスではまったく目立っていなかった。たぶん、この試合初のシュートだったと思う。
「見た!? 見た!?」
「まぐれ……じゃない。凄かったです」
ついつい口が滑りそうになったが、めっちゃ喜んでいる先輩はほっとかないといけない。試合はまだ終わってないのだ。
次の攻撃、私たちは時間を使わされた。それでも明日葉が一人で敵陣を突破していき、レイアップシュートを決めた。これで一点差となる。
「やっば……」
今の明日葉プレー、もの凄い速さだった。それでいて、ボールは明日葉の支配下をまったく離れない。とても未経験者とは思えない、明日葉の運動能力の高さがにじみ出たプレーだった。
時計を見ると、残り29秒、あれが外れていたら、万事休すだった。18-19、首の皮一枚繋がった。まだ希望はある。
相手は当然、時間をたっぷり使って攻める。ゆっくりとボールを回す。時計の針が進む。ただバスケは24秒以内にシュートを打たなければ相手のボールになる。どこかでスイッチが入って、ゴールを狙いに来るはず。
20秒ぐらいたち、突然、経験者(小)が中に入ってきた。対応するも、選択され、ボールはフリーの相手の元へ、すみれ先輩がフリーだった。
先輩は膝を少しかがみ、シュートを放つ。終わりを覚悟した。ところが、シュートはリングに嫌われた。リングに当たったボールは、ふわっと舞い上がった。
ボールが落ちてくる。落下点に陣取り、飛んだ。177センチのバレー部キャプテンよりも高く飛んで、ボールを奪った。
激しい体のぶつけ合いで体勢を崩しかけたが、なんとか踏ん張って、敵陣地へ思いっきり投げた。
思った通り、明日葉が反応してくれた。ボールを受けた明日葉は、無人のゴール下へ。それに、付いてくる人がいた。すみれ先輩だった。
ゴール下、明日葉がシュート体勢に入ろうとした。すみれ先輩が手を伸ばし、ブロックに入る。明日葉はそれを感知していたか、フェイントをかけ、躱す。勢いあまった先輩は床へと倒れ込んでいった。
もう一人シュートをブロックしにきたが、明日葉はそれを避けようと体勢を崩しながらシュートを放った。ボールは二三回リングを叩いた後、ネットに吸い込まれた。
その時、試合終了を告げる音が響いた。歓声が体育館を包んだ。私たちの優勝だ。
「やった!」
最後は体勢を崩した明日葉は倒れていた。一目散にそこへ向かった私は、明日葉の手を取って起こしてやり、
「イエイ!」
と言って、両手でハイタッチした。
「やばい、めっちゃ興奮した」
「パスがよかったから」
そう言いながらも、明日葉の表情は興奮を隠しきれていなかった。
「ホント、私の彼女、凄い!、って思った」
明日葉はそれを聞いて、瞳をまん丸にした。
「やめてよ……あんま人がいるとこでそういうの」
「この前の仕返し」
「……うー」
明日葉はなにか言いたげに口を尖らせていた。けど、今の興奮した私になにを言っても無駄だと悟ったのか、何も返してこなかった。そんな私たちの元へ、すみれ先輩がやってきた。
「くっそー。最後やられちゃったなあ。あれ決めてれば」
「あっ、先輩。大丈夫ですか。最後吹っ飛んでましたけど」
「ああ大丈夫、ちょっと擦っただけだから。それより、これじゃあいつもと一緒じゃん。二人の引き立て役」
先輩は膝に手を付きながら、本気で悔しそうに顔をしかめていた。
「先輩、すっごい上手かったです。特に途中のシュートが」
「へ、二人の方がよっぽど凄かっただろうに。こうして違う競技やってる二人見たら、改めて思うわ。ホント、化け物だわ」
なんて返していいか分からなくなっているところに、日菜子先輩がやってきた。
「勝てば私がMVPだったのに、どうしてくれるの? 先輩に花持たせろって言ったでしょ」
「そんな約束してないです」
「……もういい。あなたたちにキャプテンから命令。秋の時はバスケ以外で出て。私たちの邪魔だから。ねえ、すみれ?」
すみれ先輩は反応に困っていた。私と明日葉は顔を見合わせ、互いに笑った。私は、
「いいですよ別に。私たち、次は別ので優勝するんで。だよね?」
「うん」
二人は瞳を見開き、唖然として私たちを見ていた。やがて、すみれ先輩が言った。
「ホント、人生楽しそうで、なにより」
◇◇◇◇
球技大会を終えた放課後にも、もちろん部活動は存在する。何試合もバスケした後でさすがに疲労感はあるけど、なんとか練習を乗り切った。
「今日は、みんなお疲れ様でした」
練習後のミーティング、日菜子先輩が部員たちの前で話し始めた。
「球技大会で頑張って、お疲れの人も多いと思います。特に、バスケで大はしゃぎして、優勝までしちゃった二人はお疲れでしょう」
明らかに私と明日葉を指した言葉だ。先輩は、最後逆転されたのを相当恨んでいるのだろう。あなたも私たちと同じ数の試合に出て、私たちより大はしゃぎしてたでしょ、とは返さず、無視しとくことにした。
「それはともかく、来週の土曜日、このグラウンドで練習の予定でしたが、急遽、練習試合をすることになりました」
部員たちの間に、少しのざわめきが起きた。そしてその次の言葉は、もっと大きな波を起こした。
「相手はなんと、大阪桐葉です!」




