78話 練習試合VS大阪桐葉①
「おお」
「まじか……」
突然目の前に現れた、日本一への挑戦機会だ。春の日本一、大阪桐葉との試合を告げられたみんなは、それぞれの方法で驚きを表した。
「あちらは元々、別の高校へ遠征する予定があったみたいなんですけど、それがキャンセルとなり急遽別の相手を探す、と言う中で真っ先に千庄を掛けてくれました。元々このグラウンドで練習の予定だったんで、こっちも是非と、申し出を受けることにしました。審判とかもあっちが用意してくれるそうです」
顧問の芹沢先生の話を聞いている間、私の胸はせわしなく脈動していた。そのドキドキが何が理由か、自分でもよく分からなかった。
「突然の話でとにかくびっくりしましたが、これは良い機会です。大阪桐葉とは秋の近畿大会以来の対戦で、どれだけ差を縮められたか。そして現在の日本一との差がどれほどか。私たちの立ち位置を知ることができる。そういう気持ちで、試合に臨みましょう!」
「はい!」
日菜子先輩の言葉に、部員たちが声を揃える。ミーティングを終えたみんなは、今さっき告げられた練習試合のことを話題にしながら、ガヤガヤと部室に向かっていく。もちろん私と明日葉の話題も、そのことで持ちきりだった。
「びっくりした。ホント、急すぎだって」
私が言うと、明日葉は少し笑みをたたえて、
「嬉しい? それとも嫌?」
と、聞いてきた。少し考えたけど、
「めっちゃ嬉しい。わくわくする」
大阪桐葉との約半年ぶりの試合を聞いてからのドキドキは、きっと、武者震いだ。今までの野球人生で、こんな気持ちを味わうことはなかった。私も、野球バカになってきたのだろう。
「ふーん」
「何その反応。ていうか明日葉はどう思うの?」
「わたしはもちろん、嬉しい。待ってました、って感じ」
「……まあ、明日葉ならそう言うってわかってたけど」
「去年の秋、巻島乃梨子に三振しちゃったから、そのリベンジがしたい。あと――」
そこで、明日葉は歩く足を止めた。薄暗い辺りの背景に、ライトに照らされた明日葉が浮かんだ。
「最近、いろいろとゴタゴタしてて調子悪かったから」
「ゴタゴタ?」
「全部あなたのせいなんだけど」
「お互い様だよ、それは」
「……とにかく、でも全部解決したから。久しぶりに気持ちよく暴れたい」
日本一のチームを相手に「暴れたい」と言えるのは、全国見渡しても数人しかいないと思う。
「うん。二人で、桐葉相手に暴れてやろう」
突然降ってきた大阪桐葉との再戦、またとない機会で、めちゃくちゃ楽しみだった。
◇◇◇◇
当日は少し曇りがちの天気だった。午後からは多少、雨が降るそうだけど、試合ができる程度のものだろう。
既にランニング、体操などアップを終え、キャッチボールで肩を温めているころだった。180センチと超高身長の恩田れに主将を先頭に、大阪桐葉の面々が千庄グラウンドに現れた。
「よろしくお願いします!」
両チーム挨拶を交わした後、彼女らは日菜子先輩に案内され、彼女らは更衣室に向かう。その際に、目が合った私に向かって頭を下げる部員が一人いた。
上橋沙音璃の妹、詩音璃だった。選抜決勝の日に言っていた通り、詩音璃は、大阪桐葉女子野球部の一員となっていた。
白と紺のユニフォームに替わった大阪桐葉部員たちが、試合への準備を進めていく。そのそつのない動きを横目に、こちらも体のテンションを高めていく。
試合前、スターティングメンバー表の交換が両キャプテン、日菜子先輩と恩田さんによって行われた。日菜子先輩は決して小さくない。むしろ平均よりも高い方なのだけど、180センチある恩田さんと並ぶと、まるで大人と子供に見えてしまう。
相手のスタメンを見たとき、ひとつ、驚くべきことがあった。上橋詩音璃と、スタメン表にある。一番ショート上橋詩音璃、彼女もう、桐葉のレギュラーを射止めたということだ。普通の強豪校でもこの時期に一年生がレギュラーになることはあんまりない。ましてや、日本一の高校ならなおさらだ。
でも、それはいったん置いておいて、私がまず最初に気にするべきは、相手の先発ピッチャーだ。
「先発は藤堂さんかあ」
桐葉には左右のダブルエース、二年生の右ピッチャー巻島乃梨子と、三年生の左ピッチャー、藤堂香織さんがいる。秋のときには藤堂さんがエースナンバー背番号1で、巻島さんが10番、春の選抜時にはその逆となっていた。
二人とも全国トップかそれに準ずるレベルの投手だから、どちらが来ても厄介なのは確かだ。ただ本音で言うと、より厄介なのは巻島さんの方だと思う。
向こう、三塁側に目をやると、藤堂さんがギアを上げてピッチング練習を行っている。遠目でもキレが伝わるほどの球を、捕手の恩田さんに対し放っていく。練習試合とはいえ、まったく調整に抜かりがない。
それに対し、千庄の先発ピッチャーはというと、
「だ、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
こちらのスーパールーキーであり、今日の先発でもある森下綾乃は、顔面をひきつらせていた。
「大丈夫には、見えないけど……」
「……やっぱり相手があの桐葉だと思うと、ボコボコにされるんじゃないかって……」
初めての対外試合こそガチガチに固まっていた綾乃だけど、近頃は慣れが出てきたのか、極端な緊張を見せることはなくなってきた。それでも今日はこの様子である。やはり、桐葉の貫禄がそうさせるのだろう。
「別にボコボコにされてもいいじゃない」
「明日葉先輩……」
尋常ならざる様子の綾乃に対し、明日葉が言った。
「だって、どうせ誰が投げたって打たれる可能性高いし。去年の秋のときだって、みんな打たれてたし。去年秋から今年春にかけての桐葉の打撃成績知ってる? ほとんどの試合で五点以上獲ってる。公式戦に限って言えば、4点以下に抑えられたのは、上橋沙音璃が2点で抑えた選抜決勝だけ。打たれるのが普通なの」
「そ、そうなんですか」
「やっば……」
そんな情報知らなかった。どんな強い打線でも、好投手に当たったり、調子が悪かったり、運が悪かったり、様々な要因のせいで点が取れないことが多々あるのが野球だ。安定して5得点以上取ることができるチームなんて、どんなレベルの野球でも滅多に無いと思う。
「だから、何点取られるとか気にせず、自分の球をストライクゾーンに投げ続けば良いと思う」
「そう……ですね。ちょっと楽になってきました」
見方を変えれば、明日葉は相手の恐ろしさを伝えただけのように思える。でも、綾乃の表情は少しだけ明るくなって、口元には笑みも見えた。明日葉にあんなに優しくしてもらえるなんて羨ましいし、嫉妬しちゃうけど、とりあえずはよかった。
でも、私は、綾乃なら桐葉を抑えてしまうのではと思う。明日葉が言ったよう、この世代の桐葉を最も苦しめたのは沙音璃に違いない。その沙音璃のタイプに、綾乃は近い。沙音璃のように、ストレートのスピード、球威で押せる綾乃なら、もしかしたら、と思う。
◇◇◇◇
「これから、大阪桐葉と千庄の練習試合を始めます」
「お願いします!」
後攻めの千庄ナインは、各ポジションへと散っていく。私がショート、明日葉がセカンド、美月がサード、星奈先輩がファーストと、この春から布陣が内野に敷かれる。
マウンドの綾乃が投球練習を終えた。日菜子先輩の「しまっていこー!」と言う声に「おー!」と、ナインが呼応した。
そして、相手の一番、上橋詩音璃が左打席に入る。沙音璃は右打ちだけど、妹はその逆で、右投げの左打ちみたいだ。
「プレイ!」
両足は平行にし、バットを持つ両手は目の高さに置いている。沙音璃の構え、バットを大きく掲げ、自己の存在を大体に示すそれとは対照的な、オーソドックスを体現したような構えだ。
初球、綾乃は勢いよく腕を振る。ストレートが、日菜子先輩のミットに突き刺さる。詩音璃は反応せず、球審は右腕をあげ、ストライクを宣告する。
申し分ない。あれだけ緊張してた割に、威力、キレ、スピード、申し分ないボールだった。これなら、いかに桐葉打線といえども、なかなか簡単には打てないだろう、そう思った矢先の二球目、快音がほとばしる。
綾乃のストレートを完璧に捉えた詩音璃の打球は、強烈なライナーとなり、一二塁間を割っていく。
決して甘い球でなく、それどころか内角低めの厳しい球だったように思う。しかし詩音璃は簡単にそれを打ち返した。さすが沙音璃の妹であり、桐葉のスタメンをあっさり手に入れただけはある。
ランナーが一塁に一人、綾乃は出鼻をくじかれて動揺したのか、二番バッター相手には制球を乱した。フォアボールを与えてしまい、ノーアウト、ランナーが一塁二塁、綾乃に早速の試練が訪れる。
「ナイスバッティング」
「どうも」
二塁にやってきた詩音璃を褒めてやると、彼女は軽く頭を下げた。
ここで迎えるのは三番の近藤さん、おそらく日本一嫌らしいバッターだ。ボール球には全く手を出さず、ストライクゾーンの厳しい球を突いても空振りせず、ファウルにする技術がある。甘い球が来たら、鋭い一振りで仕留める。
「綾乃」
明日葉が声を掛け、肩を動かし「楽に楽に」的なジェスチャーを送る。綾乃も頷いて応じた。
再び仕切り直し、セットポジションからの一球目、外角低めにストレートが投じられる。
「ストライーク!」
球審は力強くコールした。二球目以降も文句の付けようがない、良い球が続いた。しかし、ことごとくファウルにされ、なかなか仕留められない。いつのまにかカウントがスリーボールとなり、10球目、四つ目のボールを与えてしまう。ノーアウト満塁となり、打席には四番、恩田さんが入る。
近藤さんに神経を使った挙げ句歩かせてしまい、次の恩田さんに大きいのを打たれる、桐葉の最強コンボだ。全国の強豪校たちが、この二人によって敗北に追い込まれてきた。
勝負は、初球で決した。綾乃の威力抜群の高めのストレートを、恩田さんは豪快なスイングで迎え撃つ。金属音が不快に響き、打球は高々と舞う。振り返って、センター方向、遠くを舞うボールを目で追う。ようやく落ちてきたボールは、定位置からかなりバックしたすみれ先輩のグラブに収まった。
センターフライ、三塁ランナーは本塁に帰る。二塁ランナーも三塁に進む。結果としては一点先制を許したわけだけど、“良し”とするべきだろう。最悪の場面で最強打者を打ち取り、アウトカウントを一個手に入れることができた。
「ナイスピッチ。一個ずつよ」
「はい……!」
私が声を掛けたとき、まだワンアウトしか取っていない綾乃は、すでにかなり疲れた顔をしていた。凄い勝負だった。綾乃は恩田さんを完璧に詰まらせた。しかし恩田さんも詰まりながらもあの飛距離だ。パワー対パワー、どっちも凄かった。
バッテリーは五番バッター相手にもストレート勝負を挑んだ。四球目を五番を打ち、打球は綾乃の横を抜く。明日葉が一瞬でボールに回り込み、追いつく、そのままグラブトス、私はボールを受け取り二塁を踏み、一塁へ送球した。
「アウト!」
二塁審が宣告し、遅れて一塁審も右腕を上げる。ゲッツーが完成し、一気に二つのアウトが加わる。ピンチを脱した。
「助かりました!」
明日葉のファインプレーに、綾乃も興奮していた。ノーアウト満塁になったときはどうなるかと思ったけど、一点でくぐり抜けることができた。
◇◇◇◇
一回裏の千庄の攻撃、勢いそのまま、すぐに追いつきたいところだったけど、先頭の明日葉はショートゴロに倒れた。
マウンド藤堂さんのスライダーを芯で捉え、打球はセンターに抜けるかと思った。けど、詩音璃の優雅な身のこなしで、明日葉のヒットは消えた。
「うっま」
やっぱり、上手い。無駄がなく、その上で、ダイナミックだ。技術と身体能力の高さがあふれ出たプレーだった。
左打席に入る。バットを前方からゆっくりと左肩の前に持っていき、マウンドの藤堂さんを見据える。
「プレイ!」
初球から行く。低めのスライダーをすくい上げ、右中間へと飛ばす。ボールの行方と守備の動きを見ながら、一塁を蹴る。二塁打となった。
「ナイスバッティング!」
一塁ベンチからの声に応える。そんなに甘くない球だったけど、うまく打つことができた。でもそんなことより気になることが、
「いつまでタッチしてるのよ。しかも、そんなとこ」
外野からボールを受け取った詩音璃が、私の胸にずっとグラブを押しつけていた。
「いや、意外とあるなって思って」
「……意外と、って何よ」
詩音璃はようやく私へのタッチ(?)を止め、ピッチャーにボールを返す。
「ナイスバッティングでした」
「どうも」
続く三番、すみれ先輩は四球目をうまく打った。ショートとレフトの間に打球が落ちるヒットで私が生還し、すぐに千庄は同点に追いついた。
◇◇◇◇
二回三回と、綾乃は無失点に抑える。両イニングともに三者凡退と、調子が出てきた感じがある。
「綾乃が頑張っているうちに、逆転しないと」
三回裏の攻撃は一番から、明日葉はそう言って、打席に向かった。
藤堂さんは調子良さそうには見えなかった。それでもそれなりの球をストライクゾーンに集めてくるけど、付け入る隙はたくさんありそうだった。
明日葉は粘った。まるで桐葉の三番、近藤さんのようにボールを選び、カットし、フルカウントまで持っていく。八球目、藤堂さんの投球はコントロールを失い、明日葉の体へ直撃した。
「あ、明日葉!」
背中にボールを受けた明日葉は顔をしかめた。でもすぐに「大丈夫」とアピールし、一塁へと走っていく。
デッドボールでランナー一塁、私の二打席目を迎える。
実のところ、明日葉の体に当てた藤堂さんにめっちゃ怒っている。どうにかして仕返してやりたい。ピッチャーライナーでも打とうかと思ったけど、さすがに止めとこう。
ここで必要なのは大きいのより、確実にランナーを進めていくことだ。そんな思いで四球目、内角のボールを払った。打球はライト前ヒットなり、一二塁とチャンスが広がる。我ながら、怖いくらいに上手くいった。思った通りのスイングで、思った通りの打球となった。
すみれ先輩がバントで送り、私と明日葉がそれぞれ一個塁を進める。そして、ワンアウト二三塁から四番、星奈先輩のセカンドゴロで、明日葉がホームに還る。2-1、千庄は逆転する。
◇◇◇◇
ここまで日本一相手に互角以上の戦いができている。もちろんベンチの雰囲気は最高だった。
三回裏の攻撃が終わり、守備につく直前、明日葉は言う。
「いい感じだけど、桐葉が怖いのはここからだわ。桐葉の得点は、二巡目以降がほとんどだから」
私もこの流れのまま終われるとは思っていない。ここまでの桐葉打線は、獲物に狙いを定めひっそりと鳴りを潜める猛獣のようで、不気味だ。このままあっさりと食い下がるはずがない。
ポジションにつく。四回表、桐葉の攻撃は三番の近藤さんから始まる。




