72話 紅白戦
「青見桜希先輩に憧れてこの高校にやってきました!」
堂々と自己紹介でそう言い放った新入部員、瀬尾美月は、練習中ずっと、私に付きまとっている。それはもうべったりで、お陰で、いろいろな話が聞けた。
「去年の夏の県大会決勝、千庄と神戸海稜の試合を見たんです」
「はあ……」
「そのとき先輩の勇姿をお見かけして。この人と、一緒にプレーしたいって……もう、完全に一目惚れです」
「でもあなた、西宮の人でしょ。どうやって……あそこから通ってはないよね?」
美月は自己紹介で、自分は“甲子園のお膝元”、西宮出身だと、なぜだが自慢げに言っていた。
「それはなんと、偶然、あたしのおじいちゃんおばあちゃんがこの辺りに住んでて。これは運命だと思いました! こんな都合良くものごとが運んでいいんでしょうか? あたしは高校三年間、おじいちゃんおばあちゃんのお世話になることを決めました」
テンションが高い。瞳は自分を疑うことを知らぬかのように純粋な輝きをもっている。顔を整っていて、可愛いと評する人もいるだろうし、生意気そう、と感想を抱く人もいるような、気の強そうな面立ちだ。長めの黒髪は、日常では綺麗に垂らしているけど、部活の時はゴムで一本に纏め上げている。まるで、私の真似をしているようなスタイルだ。
大胆で、怖いもの知らずな美月の態度の裏には、自信の裏付けがあるのだろう。今年の女子野球部の新入部員は、千庄のここ一年の実績を知った上で入部してきている。みんな、それなりの自信と実績を胸にここにやってきている。そんな粒ぞろいな新入部員他の中でも、美月のプレーは群を抜いている。
体格的には、そんなに目立つほどじゃない。パワー、力強さよりかは、動きの俊敏さ、テクニックで魅せていくタイプだ。
瀬尾美月、そしてもう一人、森下綾乃、この二人の新入部員は夏にはチームのレギュラーに加わっていてもおかしくない。しかし、美月の場合は、ポジションの問題がある。
“希望するポジションは、セカンドです!”
美月が自己紹介で発した言葉、これもまた衝撃的だ。美月はセカンド――明日葉のポジションを奪い取ると宣言したようなものだ。私に憧れる(?)なら、当然、明日葉の実力も知っているはず。その上で美月はかのような宣言をしたのだ。
明日葉が負けるなんて、まったく思っていない。でも、万が一のことを思うと、心が苦しい。
◇◇◇◇
「じゃあ今から紅白戦のスタメンを発表していきます。レギュラー関係なく、両チーム均等に戦力を分けました。新入部員も入ったことだし、いったん今までのレギュラーは白紙です」
日菜子先輩が、30人を超えるほどとなったチームの前に立つ。新入部員が入ってから一週間ほどした土曜日、今日は紅白戦を行われる。
チームを紅組と白組の二つにわけ、試合を行う。毎年この時期の恒例イベントとなっているらしいが、どうしてか去年の記憶がない。
「今までレギュラーだった人も、そうじゃない人も、私も含めて、立ち位置は同じです。この紅白戦を含めて今後のアピールが大事になってくるので、頑張っていきましょう!」
「はい!」
部員たちの重なった声は、ちょっと前の返事より断然大きく、心なしか若々しい。一年生たちが加わり、チームの雰囲気がまた違ったものになった。
日菜子先輩は紙を見ながら、
「それじゃあ紅組、一番セカンド、瀬尾美月」
「はい!」
美月のシャキッとした返事が響いたあと、部員たちの間で小さなどよめきが起きた。いきなりの一年生の抜擢に、それに一番打者としての指名である。ただ、私の中にそれほどの驚きはなかった。美月の実力を考えれば、当然といえる。
「二番サード、宮田遥」
「はい!」
「三番ショート、青見桜希」
「は、はい!」
一瞬返事をするのが遅れた。考えてみると当たり前のことだ。千庄の戦力を均等に二つにわければ、私と明日葉は別チームになるのが普通だ。だけど、やっぱり、明日葉以外の人と二遊間を組むのは嫌だった。
美月がこちらに視線を向け、親指を立てて“グッド”のポーズをしていたが、無視をしておいた。その後もメンバー発表は続く。
「九番ピッチャー、佐伯奈桜」
「はい!」
「で、紅組は一応五回からは舞香に投げて貰います。いい、舞香?」
「はい」
「じゃあ次は白組、一番ショート、関長明日葉」
「はい!」
明日葉の返事はいつも通りな、明朗さがあった。今、あなたは何を考えているのだろう。
「五番レフト、森下綾乃」
「……はい」
その後、もう一人の有望な一年生、森下綾乃の名も呼ばれる。
「綾乃には、五回からマウンドに上がって貰います。OK?」
綾乃は言葉を発さず、頷くだけだった。なかなかよろしくない態度ではあるが、日菜子先輩はスルーした。
日菜子先輩は両チームのスタメンを発表し終わったあと、
「あ、そうそう言い忘れてたけど、負けたチームには罰ゲームもあるから、勝ちにもこだわってね」
というわけで、千庄女子野球部の紅白戦は始まった。
◇◇◇◇
「いやー桜希先輩と二遊間組めるなんて、夢みたいです」
紅白戦開始前、美月は終始、ご機嫌なようすで私に付きまとってきた。別に彼女のようなタイプは嫌いではない。でも、ずっと横にいられるとちょっとうざったい感じもある。
そして試合が始まった。先攻は紅組、私たちからだった。一番バッター、瀬尾美月が打席に入る。
白組のマウンドには乃愛、キャッチャーは日菜子先輩、このバッテリーとの対戦も楽しみではある。
なによりも、相手のショートのポジションに明日葉がいることの違和感が凄い。去年の秋季大会で私が怪我したとき、ショートを明日葉が守った。でも、あのときと違って、今は敵同士だ。
「プレイ!」
そうプレーの開始を告げたのは、球審をつとめる、芹沢先生だ。一塁二塁三塁のアウトセーフも全部、先生が判断する。
乃愛が投じた一球目、美月は大胆にも初球から振り抜いていった。
甘く入ったストレートを打ち返す。打球はサードの横を抜け、レフト線を転がっていく。美月は快足を飛ばして二塁へと到達した。
「よっしゃあ!」
ここまで届くぐらい、大声で美月は叫んだ。電光石火のツーベース、期待に恥じない、鮮烈なデビューだった。
二番の遥先輩はセカンドフライに倒れた。ワンアウト二塁で三番、私の打席はやってきた。
「お願いします」
日菜子先輩と芹沢先生に会釈し、左打席にて構える。少し、乃愛と視線を交わす。悪いけど、手加減なんかしてられない。
バッテリーは慎重に攻めてきた。ワンストライクスリーボールの五球目、低くへと落ちていくチェンジアップを拾う。
バットの芯にうまく乗った打球は、低空ながらも空を飛んでいく。センター前へと抜けそうだったけど、明日葉が飛び込み、ボールを捕まえた。
センター前ヒットを確信していたか、美月は完全に二塁を飛び出していた。明日葉がセカンドに送球し、ゲッツーが完成する。明日葉の手により、紅組は一気に二つのアウトを取られた。やっぱり、変な感じ。
◇◇◇◇
四回表終わって1-1、随所にいいプレーもあり、紅白戦は白熱としたものとなった。試合前の日菜子先輩の言葉が効いたのか、みんな、気合いがこもっている。だけども、私はその雰囲気に乗ることができなかった。
別に私はレギュラー確定だから、アピールなんて必要ないでしょ、なんて思っているわけじゃない。ただなにか歯車がかみ合ってない。三回にはエラーをしてしまった。一打席目こそ良い当たりだったけど、二打席目は三振に倒れた。私を三振に切って取った乃愛は、大喜びをしていた。
四回の裏、白組の攻撃。先頭の七番バッターが出塁した。問題はその次。
八番が放った打球はボテボテの私へのゴロだった。一瞬にして打球との距離をつめ、捕球し、送球しようとする。
そこで二塁に入ろうとする美月の姿が入り、送球を躊躇した。いつもと、明日葉と二塁へ入るタイミングが違う。結局ワンテンポ遅れてボールを送った。結果、二塁こそアウトにできたものの、一塁はセーフになった。
「あたし、入るの遅かったですか?」
美月が問うてきたので、
「うん、明日葉とならゲッツー取れてた」
我ながら意地悪な言いかたをしたものだが、美月は全く気にしてない様子で、
「そうですか。修正します」
と、ポジティブに言う。
九番は当たり損ないのピッチャーゴロ、残ってしまったランナーは二塁へと進む。ここで迎えるは一番、明日葉だった。
第一打席も第二打席も明日葉はヒットを放っていた。ショートの守備でもファインプレーを見せつけている。私と違い、明日葉は普段どおりの実力を発揮している。それがなぜか、寂しかった。
奈桜先輩の四球目を明日葉は捉えた。左中間へのツーベース、二塁ランナーが余裕で還り、白組が一点勝ち越した。
打った明日葉は二塁へ、その横顔に、私はとりあえず声をかけた。
「ナイスバッティング」
「どうも」
私が声をかけても、目も合わせてくれない。いつも通りといえば、いつも通りだけど、今の私には、きつい仕打ちだった。
「私、やっぱりあなたがセカンドじゃないと変だ。全然、調子でない」
私は、そんな弱った言葉で、明日葉の気を引きたかったのかもしれない。それはともかく、明日葉はようやく私に目を合わせてくれた。でも、
「いいじゃない。仲の良い後輩と二遊間組めて」
その言葉に、何か硬いもので殴られたような衝撃を受けた。当てつけのような言い草。反論したかった。別にこっちは美月と仲の良いつもりもなく、ただあっちが引っ付いてくるだけ。でも、プレーは再開する。
◇◇◇◇
「ありがとうございました!」
紅白戦は思わぬ大差で終わった。私たち紅組が五回から七回にかけて六点を奪い、7-2で勝利を飾った。
というのも五回からマウンドに上がった白組のピッチャー、森下綾乃さんが失点を重ねたのだった。明らかに調子が悪く、四球を連発していた。私の最後二打席も連続フォアボールで終わった。
投球に対し、才能をまったく感じさせないわけではなかった。けどそれ以上にボールがストライクゾーンに入らなくて、見ていて可哀想だった。しかし彼女がコントロールに苦しむたびに、明日葉が声をかけていたのが気になった。
あの二人、なぜか仲が良い。私と美月が一緒にいるのより自然に、あの二人は一緒にいる感じがする。
それはともかく、考えてみれば、一年生なんてちょっと前まで勉強漬けの日々を送っていたはず。実戦から離れていたのだから、調整不足で結果が出なくても普通ではある。少なくとも、美月のようなのは例外だ。
「楽しかったです。高校レベルでもやっていく自信ができましたし」
グラウンド整備をしながら、美月は私に言う。今日の美月の成績は、4打席3安打打点2と、紅組のMVPともいえる活躍をした。
「自信って……あなた、ホントに明日葉からセカンドのレギュラーを取るつもりなの?」
「当たり前じゃないですか。思ってないと、あんなこと言いませんよ」
きっぱりと美月は言う。その目には曇りがない。
「あ、そうそう明日葉先輩といえば、あたし、一年のみんなに聞いたんですよ。桜希先輩と明日葉先輩、どっちが好きか、って。結果、どうだったと思います?」
「知らないって……そんなの」
「なんと……桜希派が四人、明日葉派が四人、どっちも好き、選べないっていうのが五人。結果は五分でした」
「ふーん」
「見る目ないですよね、みんな。あ、あたしは断然桜希派ですよ」
その無邪気に笑う顔を見ていると、後輩らしい愛らしさを感じないわけでもない。でも、セカンドのポジションを奪うかもしれない人を、ただの後輩のように接することはできるのだろうか。
◇◇◇◇
「ちょっといいですか、先輩」
「どしたの?」
片付けも終わり、着替えてあとは帰宅するだけというところ、私は日菜子先輩を呼び止めた。
「もしかして、セカンドのレギュラーに関すること?」
「な、なんでわかったんですか?」
実のところ、これから美月と明日葉、セカンドのレギュラーをどのようにしていくのか、主将様に聞きたかったのだ。
「だって、明日葉ラブのさっちゃんだから、今日、引き離されちゃって、もししたら不機嫌になっちゃかも、なんて思ってたら、案の定調子悪かったし」
「べ、別に今日の調子は明日葉関係ないです!」
「まあそういうことにしとこう。で、美月ちゃんがセカンドのレギュラー取るかも、ていう話だよね」
「はい……彼女、明日葉からセカンドのレギュラーを取る気満々みたいで」
「ふーん。あの子もなかなか自信家だね。でもさあ、逆に聞くけど、あなたは、美月ちゃんがあっちゃんのポジションを奪えると思う?」
そんなの答えは決まっている。
「無理だと思います」
「なら、なんにも心配することないじゃない。あなたの愛する人を信じてあげなさいよ」
先輩は明らかに私をからかってはいたが、その言葉には説得力があった。確かにまあ、明日葉が美月にセカンドのレギュラーを奪われることに関しては、心配しなくていいのかもしれない。
「それに私や先生も、そんなこと思ってないし。ただ今日は試しでやってきただけで」
「試し……」
「うん。もし、さっちゃんが怪我したら、あっちゃんがショートでしょう。逆にあっちゃんが怪我したら、美月ちゃんがセカンドだし。いろんな可能性は考えておかないといけない。ただ基本路線はね、美月ちゃんはサードに移ってもらうことになると思う。遥には悪いけど」
サードは遥先輩のポジションだった。誰かが入ってくれば、誰かが出て行かないといけないのがレギュラー争いの常だ。
「ありがとうございました。すっきりしました」
一応の用は済んだので私が帰ろうとすると、
「それにしても、あなたって、美月ちゃんとも仲良いよね。ほどほどにしとかないと、彼女が妬いちゃうぞ」
なんとことを先輩は言ってきた。
「彼女、じゃないです……」
突っ込みが弱くなってしまった。なんだか、突っ込んでてむなしかった。




