71話 新入部員
春休みが終わり、私は二年生となった。とはいえ、未だなんの変化も感じられない。
纏っている制服はもちろん一緒だ。自転車を漕ぐ私の横にはいつもどおり乃愛がいて、視界に入ってくる風景も変わらない。ただ、ようやくそれを見たとき、学年が変わったことを実感した。
「6組か……」
校舎入ってすぐの掲示板に張り出された紙には、私の名前が確かにあった。学年が変わって最初のイベントにして、最も重要ともいえる、クラス分けの発表である。今登校したばかりであろう生徒たちが、私たちと同じように喜びや悲しみや、いろんな感情を吐き出している。
「わたしは1組」
自分の名前を確認し、乃愛が言う。理系の乃愛が、文系の私と違うクラスなのはわかってはいたけど、やっぱり少し寂しい気がする。
「あ、桜希。明日葉ちゃんと一緒じゃん。良かったね」
“あ”から始まる私の名は、6組の名簿の一番上に書かれている。それからちょっと下に、“関長明日葉”という名前が見つかる。一年に続き、明日葉と同じクラス、一年間一緒。
「あれ、どうしたの? あんまり嬉しくない?」
異変を感じ取ったか、乃愛が私をまじまじと見つめる。
「ううん、嬉しいよ」
「ふーん」
乃愛は興味なさげに言ったが、きっと気づいているのだろう。私と明日葉に生まれた、不自然な距離について。
◇◇◇◇
「おはよう、同じクラスだね!」
乃愛と別れ、新たな自分のクラス、6組に向かう。教室に入ると、一年のとき同じクラスだった人たちや女子野球部の仲間たちが寄ってくる。その中に、明日葉の姿は無い。
明日葉は騒がしい集団に呑まれることなく、自分の席で文庫本に視線を走らせている。新年度のそわそわして様子は見られない。これも一年のときと一緒の光景だ。電車通学の明日葉は私より登校が早い。毎朝、教室に入ると、読書をしている明日葉の姿が確認できた。
「おはよう」
生徒たちの塊がようやく去った頃、思い立って明日葉の元へ行く。明日葉は、本から視線を離さず、
「おはよう」
と返してくる。これも一年のときと同じ光景。変わっていない。
「同じクラスだよ、私たち。知ってた?」
「知ってるに決まってるでしょ。6組の名簿の一番上に思いっきり“青見桜希”って書いてあったから」
多少、素っ気なくも見えるけど、取り立てて変わった様子は見えない。そう。四月に入ってからの明日葉と何度か会ったけど、別に普通だ。私の誕生日の日には、部の練習があった。明日葉もみんなと一緒に私の“17歳”を祝ってくれた。でもそれだけだ。
なにもかも特別じゃない。明日葉の振る舞いは、3月31日になにも無かったとでも言いたげだ。ここまで来ると、私の方がおかしいのかもしれない。明日葉が私にキスをしたというのは、私の妄想からくる勘違いなのかもしれない。
「何してんの?」
「い、いや。何でも無い」
咎められ、慌てて自分の席に戻る。どうしたらいいかわかんない。あれは決して幻じゃない。ちゃんと私は、明日葉の唇の感触を今でも覚えている。
◇◇◇◇
私たちが二年生になったということは、新たに一年生が千庄高校に入学してくるというとである。始業式から数日たつと、新入生たちが女子野球部の練習を見学する姿が見受けられるようになった。
なんと十四人もの新入生が来てくれた。私たち二年生の部員数は八人、三年生の先輩たちは九人しかいない。まだ全員が入部と決まったわけではないけど、例年に比べ、新入部員の数は多くなりそうだ。新入生オリエンテーションでの部活紹介も頑張ったし、部員勧誘のビラ配りも頑張ったけど、やっぱり、その一番の理由は、大会の好成績だろう。
「新入部員、大量ですね」
私がチームのキャプテン、日菜子先輩へそう言ってみると、先輩は「うん」と頷きながらも、
「でも、綾乃がいないんだよね。千庄に入るって言ってたのに」
「誰ですか、綾乃って」
「森下綾乃。私の中学校の後輩で、一緒のチームでやってた子」
「へえ」
日菜子先輩が中学時代所属してたチームと言えば、“プラネッツ”という地元の女子軟式野球クラブチームで、全国有数の強さを誇るチームである。日菜子先輩だけでなく、三年生ではすみれ先輩や奈桜先輩、二年生では舞香などもプラネッツ出身だ。ちなみに先月千庄高校を卒業した、女子野球部の元キャプテン陽子先輩や、元エースの光先輩も同じく所属していた過去を持つ。
プラネッツがあるからこそ、この辺りでは女子野球が盛んであり、出身者が多く進学する千庄高校も県内屈指の強豪のなったと言っても過言じゃない。
「綾乃が入ってくれれば、めっちゃ戦力になってくれるの間違いなしなんだけど」
「そんなに凄いんですか?」
「うん。ピッチャーなんだけど、体格がよくて、球のキレも申し分ない。バッティングもいいし、プラネッツの監督の話では、歴代のチームの選手たちの中でも一番の才能だって」
「……ってことは、光先輩よりも凄いと?」
「ということになる」
あの光先輩より上のピッチャーならば、今すぐにもこのチームのエースを獲ってもおかしくない。チームにとっては喜ばしいことだけど、乃愛や舞香、奈桜先輩の気持ちを想うと複雑だ。
「まあでもあくまで才能の話だし。私の綾乃のイメージも私が中三の時、あれが中一のときしかないからね。人となりはおとなしくて引っ込み思案なイメージないし。投げる球はもちろん凄かったけど、ピッチャー向きの性格じゃないとは思う」
◇◇◇◇
結局、噂の森下綾乃さんは入部する方向となった。日菜子先輩など、彼女の直属の先輩たちが、入部を迫った結果、首を縦に振ったとのこと。結構危うい真似だと思うが、日菜子先輩の話では、森下さんは一応快く首を縦に振ってくれたらしいので、何も言わないでおこう。
「東中から来ました、一年三組、福間真紀です! ピッチャーをずっとやってきたので、この高校のエースを目指したいです! よろしくお願いします」
一年生たちが意気揚々と自己紹介を続けていく。練習前のミーティング、入部を決めた一年生たちが前方に並び、私たち先輩たちを前に物怖じせず、声を張っている。
結局入部した新入生は森下さんを含めて十三人だった。全員が経験者だそうだ。夏春連続で全国出場を果たした千庄に入りたいだけあってか、みんな、自らの腕に自信がありそうにみえた。
ただ、一番自己紹介の態度が弱々しかったのが、森下綾乃さんである。
「えっと……森下綾乃です……よろしくお願いします」
下を向いたまま、ぶつぶつと籠もった声だった。
前髪は目に掛かるぐらい、深い。肩口までのふんわりとして茶色がかった髪は、ボリューム感がたっぷり。彼女は新入生の中でも群を抜いて背が高い。おそらく、私より高いから170センチ中盤はあるかもしれない。こんな立派な体格、日菜子先輩たちが期待するのも無理はない。
体育会系らしい、はきはきとして他の者とは、あきらかに違った様子。本人の意思に反しているのだろうけど、彼女は目立ってしまっていた。でも、そんな森下さんより、最も印象の残る奴がいた。おそらくそれは、その人の意思通りの結果だと思う。
「よろしくお願いします!」
一列に並んだ新入部員たちの右から二番目の人が挨拶をし終わった。その次が彼女だった。最後の番となった彼女は、その場から一歩、歩み出た。
「甲子園のお膝元、西宮からやってきました!」
彼女の自己紹介は、そんな一言から始まった。声量は森下さんの十倍ぐらいで、心臓が一瞬、キュッとなった。
「瀬尾美月です! 青見桜希先輩にあこがれてこの高校にやってきました! 希望するポジションはセカンドです! よろしくお願いします!」




