67話 桐葉ぶっ倒す
選抜はいよいよ佳境に入っていく。準々決勝から中一日が経った今日、決勝進出を掛けた準決勝が行われる。勝ち上がった二校は、決勝の舞台、聖地甲子園への切符を手にすることになる。
準々決勝で敗れ、指をくわえて観ることになったのは悔しい。けど、単純に視聴者の一人として、大会の行方や残り四校のどこが優勝するかはとても気になる。
ピンポーンと、家のインターホンが鳴った。玄関まで出て、ドアを開けると、明日葉がいた。
「さ、入って入って」
「あれはまだ来てないの?」
明日葉をリビングに招き入れた。二人して待っていると、再びインターホンが鳴った。
「やっほー」
今度のお客さんは乃愛だった。私たち三人は、選抜の準決勝を一緒に観戦する約束をしていた。
「おそい。もう試合始まるんだけど」
「だって、足が痛いんだもん」
「だったら、早く家を出なさいよ。近所に住んでるくせに、なんでわたしより全然遅いの」
二人の言い合いを背中に、私はパソコンを部屋の中央のテーブルに置き、電源を入れた。選抜は全試合ネットで生中継されていて、もちろん今日の試合も見ることができる。
「明日葉ちゃんは第一試合、どっちが勝つと思う?」
「……桐葉じゃない? わたしたちを基準にして考えれば」
二人の会話は、準決勝の展望に移っていた。
第一試合には、私たち千庄を準々決勝で破った東京成龍学園と、昨秋の近畿大会で千庄に圧勝した、昨年の春夏連覇の絶対王者、大阪桐葉が登場する。
第二試合は、千庄を倒し秋季兵庫県大会を制した神戸海稜と、愛知代表の師学館の戦いで、四校中三校が千庄を破り、ここまで勝ち上がってきたチームとなる。
「桜希はどこが勝つと思う?」
乃愛は私に話を振った。
「んー。できれば、海稜か成龍に勝って欲しいかな。この二つが優勝してくれるなら、千庄にも希望が見えるし」
成龍には負けたとはいえ、接戦での惜敗だった。海稜には直近の対戦では負けているけど、その前の昨夏には勝った経験もある。この二校が日本一に手が届いたならば、私たちにチャンスがあると思える。
「どこが勝って欲しいかじゃなくて、どこが勝つと思うかを聞いてるの」
「だったら、桐葉だと思う」
明日葉に詰められ、私は言った。正直、桐葉に優勝して欲しくはない。近畿大会で千庄に圧勝した桐葉が、順当に優勝してしまうのは夢も希望も無い。でも、客観的に見れば桐葉の優勝は堅い。
一回戦は12-0のコールド、二回戦は7-1、準々決勝は6-0と、ここまで相手に付け入る隙を与えていない。地方大会ならともかく、選抜という、全国の猛者が集まった舞台におけるこの圧倒的な勝ち上がりは、恐怖さえ覚える。
攻撃力、守備力、投手力、すべてにおいて不安要素が見当たらない。王者の壁は厚く、高い。それを崩すとすれば、海稜のエース、上橋沙音璃が神がかった投球をした場合だけだと思う。
「で、乃愛はどう思うの?」
私が聞くと、乃愛はきっぱりと、
「桐葉でしょ」
◇◇◇◇
三人ともが優勝すると予想した大阪桐葉は、そのポテンシャルを存分に見せてくれた。
成龍の先発はエースの道元さんだった。その全国屈指の右腕は、マウンドでずっと苦しい顔をしていた。別にボコボコに打たれたわけではない。ただじわりじわりと粘られ、出塁したランナーを確実に進められ、いつのまにか五点を失っていた。
桐葉の先発はダブルエース、藤堂さんと巻島さんではなく、三番手の古賀さんだった。それでも千庄投手陣をあれだけ苦しめた成龍打線を前に、失ったのは一点だけで、古賀さんは一試合を投げきった。結果的には5-1、ダブルエースを使うことなく、桐葉は決勝進出を決めた。
私たち三人は、パソコンの画面上で行われる試合を最初はあーだこーだ言いながら観戦していた。でも次第に口数は少なくなっていった。
ため息しか出ない。二日前はあれだけ勇ましく見えた成龍の選手たちから、まるで強さを感じられない。さすがに春野さんだけは桐葉相手にも存在感を示していたけども、千庄相手には大活躍だった陽さんとか、まったく仕事をさせてもらえなかった。
その後、もう一つの準決勝、神戸海稜と師学館の試合が行われた。この試合は終始桐葉ペースで単調だった第一試合に比べ、展開がめまぐるしくて面白かった。
海稜のマウンドに上がったのはエースの沙音璃じゃなくて、背番号10の前田さんだった。その前田さんは一回に先制点を許す。しかしその裏、三番サードで出場の沙音璃のタイムリーですぐさま同点に追いつく。
取ったり取られたりが続き、三回裏を終わって3-3と、白熱の試合だった。ただ四回表に沙音璃がマウンドに上がると、試合は急転回し、引き締まった様相を見せる。沙音璃が完璧な投球を見せ、師学館の打線はチャンスすら作れなくなる。ただ、師学館の背番号1、黒田さんも立ち直りを見せ、海稜のスコアボードに0を並べていく。
フィナーレはやっぱり、沙音璃の手によって打たれた。3-3のまま迎えた延長八回裏、サヨナラタイムリーツーベースで試合を決めた。決勝は大阪対兵庫対決、秋季近畿大会決勝と同じ組み合わせとなる。
「なかなか面白かったけど、桐葉がほくそ笑んでそうな展開だわ」
試合後の整列を見ながら明日葉がつぶやいた。海稜は沙音璃を出来るだけ温存したかったはずなのに、延長戦までもつれさせてしまい、結局五イニングも任せることになってしまった。決勝に行かなければ元も子もないからしょうがないけど、藤堂さんと巻島さんを温存できた桐葉相手に、大きなアドバンテージを与えたことになる。
「さて帰るか」
乃愛が突然言った。
「え、もう帰るの?」
「わたしはお邪魔虫でしょ。二人は明日の予定を立てたいだろうし」
「なんの話?」
「もう、明日は明日葉ちゃんの誕生日でしょ」
そう。明日、3月31日、年度末であるその日は、明日葉の16歳の誕生日だ。
「ていうわけで、じゃあねー」
乃愛は、私たち二人を残し帰っていった。本音を言うと、私は悩んでいた。明日をどういう風に過ごすか、大会に集中していたから考えていなかった。明日葉は、
「わたしも帰る」
「えっ?」
「別に誕生日なんてどうでもいいし、何もしなくていいから。それより、明日の決勝を観ることのが大事でしょ」
明日は選抜の決勝もあり、その模様はテレビの全国ネットで生中継される。気になるのは事実だけど、明日葉の誕生日の方が大事だ。
「そうかなあ……」
明日葉はそそくさと帰り支度を整え、玄関まで出て行った。その背中を追う。
「やっぱ明日二人でどっか行こ。誕生日だよ」
「たどり着けなかった場所が、決勝がまさに行われているときに遊んでなんかいたくない。余計みじめだと思う」
「そんなこと言わずにさ。どっか行って、で、決勝も見よ。私が予定立てるから。サプライズも用意する」
「言ったらサプライズになんないでしょ」
「あっ、そっか」
今日ずっと笑っていなかった明日葉は、ようやく笑ってくれた。
「わかった。じゃあお願い。サプライズ楽しみにしとく」
「うぅ……サプライズのことは忘れて」
「それじゃあね。また明日」
「あ、待って」
ドアに手をかけ、外に出る寸前の明日葉を呼び止める。一つ、聞いておかないといけないことがあった。
「何?」
「あ、えっと。明日葉さあ、成龍との時、バッティンググローブ破れたじゃん」
「うん」
「あれ、どうするの、新しいの買ったりした?」
「いやまだだけど……それがどうかした?」
「いや何でもない。ちょっと気になって、それだけ。じゃあね、また明日」
◇◇◇◇
明日葉たちが帰った後、私は明日、どこ行くか考えていた。それと、サプライズの方もどうするか悩んでいたとき、ある人から電話がかかってきた。
「もしもし桜希?」
「あ、沙音璃、決勝進出おめでとう」
「ありがとー!」
声の主は神戸海稜のエース、上橋沙音璃だった。自らの手でチームの決勝進出を決めた彼女は、いつもよりテンションが高いように思えた。
「だいぶあぶなかったけど、なんとかね」
「今日は投げる予定だったの?」
「先発にギリギリ粘ってもらう予定だったけど。やっぱあの人じゃ厳しいからって四回から」
「できれば投げたくなかったでしょ。決勝に向けて」
「8割ぐらいで投げたから大丈夫。明日、桐葉ぶっ倒すために余力充分だから」
電話越しにもはっきりわかるほどの自信を感じる。沙音璃ならもしかしたら、と期待を抱かせる。
「で、明日のことなんだけど、甲子園に来てくれない?」
「えっ?」
「妹が、桜希に会いたいってずっと言ってて、めっちゃせがんでくるのよ。だからこの機会に会ってくれない? 桜希と一緒に試合を見たいって言って、甲子園に呼んでって」
「ああ妹いるんだっけ。何で妹さんは私に会いたいの?」
「さあ知らない。でも妹はどうでもよくて、あたしも君に見に来てて欲しい。君がいたらいつもよりも力が出るから。こっちの都合だから、交通費とかチケット代も払うし」
「……そこまでしてもらわなくともいいけど……でもさあ明日は――」
決勝を生で観たい気持ちはある。でも、明日はもっと重大なこともある。私は明日葉の誕生日だと言うことを沙音璃に伝えた。
「えー。間が悪い奴だな」
「ちょっと、やめてよ」
「じゃあさ、二人で観に来たら」
「二人?」
「うん。ホントは一人で来て欲しいけど」
確かにこれは盲点だったのかもしれない。決勝を観戦して、ついでどこかに立ち寄れば予定としては完璧だ。
「わかった、ちょっと明日葉に聞いてみる」
沙音璃との通話を切った。今度は明日葉へ電話をかけ、甲子園に決勝を見に行かないかと誘った。もちろん、沙音璃から誘われたことも含めて話した。明日葉は、二つ返事で「行く」と答えた。
再び沙音璃に連絡を入れた。すぐには出てこなかったから、メッセージを残しておく。しばらくして、沙音璃の妹との待ち合わせ時間、場所の情報が送られてきた。
何度かメッセージを送りあって、最後に私は、“頑張ってね。優勝して。応援してるから!”って打った。準決勝を見終わった直後は、桐葉が優勝する未来しか見えなかった。けど、沙音璃の声を聞いたら、考えが変わってきた。明日は、面白い試合になると思う。




