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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
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70/101

66話 準々決勝VS東京成龍学園④

 七回表、私のタイムリーツーベースで二点差を追いつき、試合は裏の守りへと入る。成龍は五番からの攻撃だ。土壇場で追いついた千庄としては、三人で守りを終え延長戦を迎えたいところだったけど、そう思惑どおりにはさせてくれない。


 五番の小山さんはワンストライクツーボールのバッティングカウント、舞香ピッチャーの甘く入ったストレートを叩いていった。打球はレフト前に抜けていくヒットとなり、サヨナラのランナーが出塁する。


 六番のピッチャー道元さんは、バントを試みた。一球できっちり決め、ランナーは二塁、一打サヨナラの場面を作ってくる。


 しかし舞香は、七番バッターを三振に切って取る。今日一のガッツポーズが出た。さらには、八番をピッチャーゴロに抑え、三つ目のアウトを取る。千庄と東京成龍学園の試合は、延長戦へと突入する。


◇◇◇◇


 八回の表の千庄の攻撃は、四番の星奈先輩から。先輩は今日ヒットを打っている。かなり期待が持てた。


 ただ前の回、同点に追いつかれた道元さんは鬼気迫る投球を見せた。ストレートと変化球のコンビネーションで、星奈先輩を寄せ付けない。バットに触れることすらかなわず、三球三振となる。


 五番の日菜子先輩は、なんとかバットに当てはしたが、まったく力の無いピッチャーフライだった。道元さんが掴み、一瞬でツーアウトを取られてしまう。


「同点に追いつかれても、変わんないな」


 明日葉は、マウンドの躍動する敵エースを見つめながら言った。


「延長になんとか持っていったけど、やっぱあっちが優位よね」


 この先、道元さんから千庄がチャンスを作れるかどうかはわからない。逆に成龍は舞香に対し、毎回のようにチャンスを作っている。点差では4-4の同点とはいえ、どちらが有利かは、誰が見ても明白だった。


 ツーアウトとなり、打席には六番の遥先輩が立つ。道元さんは二球ストレートで追い込み、最後はチェンジアップで空振りを奪い、三振、スリーアウト。さっき攻撃が始まったと思えば、もう終わり、体感一分間ぐらいの攻撃だった。


「我慢するしかない。チャンスは絶対来るから」


「うん」


◇◇◇◇


 八回の裏、成龍の攻撃、先頭の九番バッターは打ち取った。ここから打順は上位に回っていく。問題はここからだ。


『一番セカンド、陽さん』


 成龍の一番、陽さんは打席にて、大声で何かを言い放ったけど、もしかしたら日本語ではなかったのか、聞き取ることが出来なかった。


 その陽さんへの初球、決して甘い球ではなかった。内角低めのスライダーを陽さんはすくい上げ、レフトオーバーのツーベースとなった。この回もサヨナラのピンチを作られる。


 陽さんは今日の試合、五打席で四回出塁をしている。彼女の活躍が成龍に勢いをもたらしている。


 二番の栗原さんはセカンドゴロとなった。その間に陽さんは三塁に進む。次のバッターは三番、春野さんで、千庄はタイムを取った。内野陣がマウンドの一カ所に集まる。


「どうする?」


「……三番も四番も敬遠しましょう」


 日菜子先輩キャッチャーが聞くと、舞香が言った。ここは一点でも取られた負けが決定する場面、二人目以降のランナーは無視して良いし、むしろ守りやすくすることができる。

 ランナーが二塁で内野ゴロが転がったとき、二塁ランナーをアウトにしたければ、直接ランナーをタッチする必要がある。ランナーが一二塁とのとき、二塁ランナーアウトにしたれば、ランナーを直接タッチする必要はなく、ボールを持って三塁を踏むだけで良い。


 要するに前にランナーが詰まっていれば、ランナーを簡単にアウトにできる選択肢が増える。すべての塁が埋まっている満塁の場合、内野ゴロが転がったら、どこの塁に送球しても、またはどこの塁を踏んでもアウトを取ることができる。


 だから三四番を敬遠し満塁を意図時に作ると、私たちにとっては守りやすくなる。単純に力のあるバッター二人と勝負しなくていい利点もある。


「五番の小山さんは今日一本も出てないですから」


「押し出しは大丈夫……?」


「大丈夫です!」


 ただし欠点もある、ここは一点でも取られれば負けの場面。満塁でフォアボールを出せば、押し出しでサヨナラ負けとなってしまう。リスクも充分ある。


「わかった。よし、それでいこう!」


「はい!」


 バッテリーは三四番に連続で申告敬遠を行った。一塁側の成龍スタンドからはちょっとしたブーイングみたいな声も聞こえたけど、すぐに五番を応援する声援へと変わった。


『五番ファースト、小山さん』


 ツーアウト満塁、一点でも勝ち負けが決するという重大な場面が続いている。舞香への疲労も尋常じゃないはず。でも、ここは粘って欲しい。


 舞香は気力を振り絞り、ストライクを投げ込んでいく。だけど、なかなかバッターも空振りしてくれない。ツーストライクワンボールで迎えた五球目、快音が鳴った。


 レフトへと至りそうな、痛烈なゴロ。私は飛び込み、捕った。すぐに立ち上がり、右手に持ち替え、一塁へと送る。


「アウト!」


 一塁審の右腕が上がる。私のワンバウンドの送球は、まさに間一髪のタイミングだった。ギリギリで、サヨナラの危機を脱した。


「助かったー、ありがと!」


 ベンチに戻り、舞香に抱きつかれた。毎回のようにピンチを抱えているせいか、舞香はめちゃくちゃ汗をかいていた。


◇◇◇◇


「九回です。ここで点を取って、勝ちましょう! 成龍を倒して準決勝に進みましょう! 絶対勝つぞ-!」


「おー!」


 試合時間は二時間半に迫ってきている。守る時間が長かったせいか、体感ではもっと時間が経った気がする。もし、九回でも決着がつかなければ、十回からは、ノーアウト一二塁から攻撃をスタートするタイブレーク方式となる。舞香の疲労度を考えると、この回で決めたい。


「ナイス」


「うん」


 明日葉と拳を打ち合わせた。


「九回か。もう、明日葉のホームランなんて昔の話に感じる」


「そうね」


「ていうか、九回入るのひさしぶりじゃない?」


「去年の夏、海稜とのとき以来だと思う」


「ああ。そうか」


 去年の夏、神戸海稜との兵庫県大会決勝も九回まで行った。あのときは九回に私と明日葉で決勝点をもぎ取り、千庄の全国初出場を決めた。


「さて、どうなるか」


 明日葉の視線の先、マウンドには道元さんが変わらず立つ。千庄の攻撃は七番の結衣先輩から、一人でも出てくれれば明日葉に回る。


『七番レフト、小野さん』


 結衣先輩は、五球粘った。一球目はストレートにファウル、二球目はカーブがボール、三球目はストレートがボール、四球はスライダーを空振り、最後はもう一回スライダーに空振りし、三振、ワンアウト。


 八番も空振り三振に終わる。ツーアウトとなって打席には、舞香が入る。


 二球ボールが続き、フォアボールの期待を抱かせた。でも道元さんはそこからストライクを二つ簡単にとり、ツーツーの平行カウントに戻した。最後は、


「ああっ……」


 力無い、弱々しいゴロがピッチャー前に転がる。無情にも一塁に転送され、スリーアウト、明日葉に回ること無く、九回表は終わる。そしてその裏、成龍は一点を奪い、私たちの負けが決定した。


◇◇◇◇


「夏にまた会いましょう」


 試合終了後の整列の後、春野さんにそう言われた。あんまり気の利いた言葉を思いつかず、「はい……」とだけ返した。


 4-5、延長9回の裏、サヨナラ負け、結果だけ見れば優勝候補相手にあと一歩、私たちはよくやったと言えるかもしれない。でも、やっぱり負けというのは、悔しくて、心苦しい


「ごめん!」


 目の前でそう言って頭を下げたのは、すみれ先輩だった。横に日菜子先輩を従え、私と明日葉を呼び、沈痛な面持ちだった。


 球場の外には、どんどん人が増えていっている。次の試合、大阪桐葉目当てのお客さんだろうか。それでも、建物が傘になり日陰なこの場所には、私たちしかいない。悔しさと悲しさが支配するこの場に、先輩の声はよく響いた。


「あたしが……二人の後を打つあたしが、打ててたら全然違う試合展開になったのに……最後二人にもう一回、回っていれば」


 涙声が混じっていて、頭を下げているので、ところどころ聞き辛かった。先輩の想いがにじみ出ていて、心臓を締め付けられるような気持ちになった。


「いつも相手のレベルが高くなると、二人の足を引っ張っちゃう」


 ようやくすみれ先輩は顔を上げた。濡れたまぶたを必死で拭っていた。


 私はどうしようも無かった。“そんなことないですよ”なんてことは言えなかった。それが、どんなに残酷な言葉かは、鈍い私でもわかる。


 明日葉も言葉を発しなかった。どうしようもない、心苦しい時間が続いたが、ようやく助け船が出る。

 

「そんなこと言われても困っちゃうよね。肯定もできないし、かと言って否定するのもね」


 ずっと横で見てた日菜子先輩が言う。私は何度も頷いた。


「だいたいそんなのすみれだけ限らないし。今日の試合、千庄のヒットは八本。その内六本のヒットがさっちゃんとあっちゃんが打ってる。全打点も二人が稼いだものだし、すみれに責任があるなら、同じように他の人たちにも責任がある」


「でも……二人の後を打つあたしに一番の責任があるのは確かでしょ。チャンスを三回も潰してるし」


「だと思うなら、謝るんじゃなくて、次はどうしたいかを言うべき。謝ったって、何も変わらない。過去じゃなくて、未来を見ないと」


「そう……だね」


 すみれ先輩は日菜子先輩じゃなくて、私たちに再び向き合った。もう一回涙を拭いて、強く瞳を開いた。


「二人ともこんな先輩でごめん……じゃなくて、次は足引っ張らないよう、頑張るから。見てて」


「わたしたちの後を打つのは、星奈先輩か、すみれ先輩しかいないと思ってます」


 明日葉は言った。私も横で、うんうんと頭を振った。


「……ありがとう、二人とも、あと日菜子も」


「さあ、行こ」


 日菜子先輩は、すみれ先輩の腕を取り、歩き出した。でも突然、日菜子先輩はこっちを振り返り、言った。


「薄々感じてたけど、今日、はっきりとわかったことがある。あなたたちがいるこの千庄が日本一になれなかったら、私たち……他の選手の力が足りなかったせいだわ」


 これには“そんなことないですよ”って言っても良かっただろうけど、先輩があまりに真面目に言うから、何も返せなかった。球場からは、拍手と声援が漏れ出した。そろそろシートノックが始まるところだろう。春の選抜は続いていく。だけど、私たちの選抜はもう終わり。ベスト8という結果で、一年の春は終わった。

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