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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
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69/101

65話 準々決勝VS東京成龍学園③

 風が、ようやくましになってきた気がする。六回の裏、成龍の攻撃は、七番から。一点差を追いかける千庄としては絶対に三人で終わりたいところ。


 マウンドには前の回から登板の舞香が続投する。奈桜先輩が降板し、乃愛が負傷中である以上、後は彼女に託すしか無い。


 初球、バッテリーはスライダーを選択した。が、七番はそれをあっさりセンター前に持って行った。


 悪い球では無かった。舞香の球のキレが足りないわけじゃない。ただ、うまく打たれただけ。下位打線であっても、これほどの打者がいる。


 八番はバントで送ってきた。ワンアウト二塁、打席には九番打者。なにか幸運が訪れなければ今日二安打の一番、陽さんに回ることになる。


 九番は三球目を叩いた。高いバウンドの明日葉セカンドへのゴロ、落ち着いて捌き、ツーアウト二塁と状況は、ほんの少し改善される。


『一番陽さん』


「タイム!」


 日菜子先輩がタイムを取った。内野陣がマウンドに集まる。みんな一様に険しい表情だった。


「歩かせるっていうのは……どう?」


 日菜子先輩が舞香に向け言った。次の陽さんは今日二安打と、成龍打線で最も気を吐いている打者、避ける選択肢は自然だ。その次、二番の栗原さんは今日の試合、四球とバントしか記録しておらず、バッティングの調子ははかりにくい。


 それでも陽さんは右打者で、栗原さんは左打者である。サウスポーの舞香にとっては逃げる方が得策か。でも、栗原さんにつながれたら、その次は三番の春野さん、四番の中村さんとランナーを複数抱えた状態で臨まなければならない。万が一大量点を喫したら、私たちにそれを跳ね返す力は無い。私たちの最後の攻撃で対峙するのは、成龍の絶対的エース、道元さんだから。


 陽さんを敬遠する、という提案に、舞香は答えを決めかねているのか、うつむいた。なかなかここで決断を背負わせるのは、酷な話だと思う。日菜子先輩もそう察したのか、


「ごめん、なかなか答え出しにくいよね。敬遠しよう。どんな結果になろうと、私が責任取るから」


 先輩は胸を張り、舞香の右肩に手をやっていった。星奈先輩が、


「責任を取るって、どうやって責任を取るの?」


「……土下座とか? いやそんなことはどうでもいいでしょ!」


 笑いが起きた。張り詰めた空気が、少しゆったりとした。


「とにかく、ここは絶対ゼロで終わる。一点差のまま最終回へ、いい?」


「はい!」


 内野陣の声が重なり、円が解けていく。球場に再び陽さんの名前がコールされ、グラウンドに熱狂が帰ってくる。しかし、その熱は冷や水を浴びせられたように一瞬で消えた。千庄が申告敬遠を宣言したからだ。陽さんは労せずして一塁に歩く。


『二番レフト、栗原さん』


 陽さんが敬遠されたことで、成龍への応援のボルテージはますます大きくなっていく。

ここは私たちにとっても勝負所、全神経を総動員して、打球を待つ。


 一球目はストレートを見逃した。その間に一塁ランナーの陽さんは盗塁を成功させる。ツーアウト二三塁。


 二球目はストレートが低めに外れ、ワンストライクワンボール。ここまで打者はまるっきり反応を見せていない。


 三球目、左打者にとって外に逃げていく――シュートが捉えられる。ゴロが舞香ピッチャーの横を抜けていく。そのままセンターへと抜けていきそうな当たり。私は回り込んで、飛び込み、腕を伸ばした。なんとか捕った。


 一塁を見る。十中八九、投げても間に合わない。二塁ランナーが三塁を回りかけていた。今一塁に投げて、悪送球になれば、ホームに帰ってしまう。どこにも投げることができなかった。


 三塁ランナーは当然、ホームを踏んだ。これで点差は広がる。一塁側ベンチ、スタンドが喜ぶ姿が見える。でも音が遠い。光景しかない。


「……っ」

 

 もう少し打球に早く回り込んで、飛び込むこと無く捕球できていれば、一塁で刺せていたかもしれない。自分の至らなさが招いた結果。強く唇を噛みすぎて、痛い。


「ナイスキャッチ。抜けてたらもう一点入ってたわ」


 呆然と立ち尽くしていた私のお尻を、明日葉はグラブで叩いた。


「でも……」


「でもじゃない。みんな、桜希のファインプレーだと思ってるから」


 ようやく我を取り戻すと、いろんな声が聞こえてきた。追加点を喜ぶ声が大半を占めているけど、私のプレーを賞賛する声もある。日菜子先輩とか舞香とか、みんなの声。


「まだまだこっから。ここで止めるの」


「……うん」


 もう一回集中し直す。打席には敵主将、春野さん、押せ押せの成龍の盛り上がりは尋常ではなく、とてつもない圧力を感じる。


 ツーアウト一三塁、これ以上の失点は絶対に避けたいバッテリーは、簡単にストライクを取りに行かなかった。初球、低めのカーブを見送られる。その後の球も、ギリギリを攻めていくも、ことごとく見送られ、


「ボールフォア!」


 春野さんは手を叩き、次の四番に声をかけながら、一塁へ歩く。


 主力バッターなら、ここは絶対に自分が決めたいところだけど、春野さんは冷静そのものだった。私にいきなり因縁をつけてくるあたり、もっと感情が先走る人かと思っていたけど、プレーにおいてそうではないみたい。熱い声による鼓舞と、冷静なプレーでチームを引っ張る、理想的なリーダーに見える。


『四番サード、中村さん』


 満塁、すべての塁は埋まっている。春野さんからの声を受け取った四番が右打席に立つ。その初球、絹を裂くような快音が鳴った。


「センター!」


 ボールの行方を追い、振り返る。すみれ先輩(センター)が追っていく。打球は落ちない。理想的な角度を伴って、ぐいぐいと進んでいく。


 すべてを覚悟したが、すみれ先輩はなおも追っていた。最後は左腕を伸ばし、そのまま倒れ込んだ。白球が、消えた。


 静寂が球場中を流れる。先輩はすぐに起き上がり、左手のグラブを掲げた。白球は、しっかりとグラブの中にいた。


「アウト!」


 二塁審が大きく腕を上げ、力強くアウトを宣告する。今日一の歓声で、球場に音が戻った。


「ナイスナイス!」


 ベンチ前、戻ってきたすみれ先輩はみんなにもみくちゃにされていた。そんな先輩は、輪の中心で、


「全然打ててないから、せめて守備で貢献しないと」


 嬉しそうだったけど、少しだけ憂いた顔で言う。一瞬、みんなも戸惑ってしまったか一瞬変な空気になったけど、すぐに歓喜でかき消された。


 私たちは輪を作った。最後の攻撃に向けて、一つの方向を向く。


「二点差、絶対追いつくぞ!」


「オー!」


◇◇◇◇


 必ずやってくると信じて四回目の打席を待つ。バッティンググローブをつけ、バットを持ち、待つ。すると、バットを持ち、ヘルメットを被っている乃愛の姿があった。


「代打出るの?」


「うん。美佳先輩のとこ」


「お願い。私たちに回して」


「……もしここ(・・)にボールがきても、避けずに受けるつもりだから」


 乃愛は自身の足、二回戦で打球を受けたところを指さした。ゆっくりとした足取りで、ネクストバッターズサークルに向かう。


 私の横に、明日葉が立った。ヘルメットを頭に乗せ、バットを手に、強く乃愛の背中を見つめた。


「あいつは、こういうときやってくれるよ」


「だね」


『七回の表、千庄高校の攻撃は、七番レフト、小野さん』


 七番からの攻撃、一人でも塁に出てくれれば、明日葉に回る。成龍のエース、道元さんを私たちは攻略し、二点を奪わないといけない。


 マウンドの彼女は、佇まいからして存在感があった。打席の結衣先輩を見下ろしていた。ストレート二球で追い込み、最後は外のスライダーに手を出させ、空振り三振を奪う。試合終了まで、あとアウト二つ。


 芹沢先生が代打を球審に告げ、乃愛が右打席に向かった。足取りはいつも通りには見えなかった。果たして、どれだけ走れる?


 道元さんは変わらず、徹底的にストライクを投げ込んでくる。一球目、チェンジアップでタイミングを外し、打ち気にはやった乃愛のバットは空を切った。


 二球目、ストレートとほぼ変わらないフォームからのカーブ――ストライクゾーンをドロンと割っていく。意表を突かれたのか、乃愛は手を出さなかった。球審は、無情にもストライクを告げた。


 三球目、内角低めをストレートが完璧に突く。終わりを覚悟するほどには完璧な球で、捕球音が鳴ってからが一瞬のはずなのに長かった。球審が、


「ぼ、ボール……!」


「うわっ……」


 溜まっていた息が全部漏れた。ベンチのあちこちで「あぶねー」とか反射的な声が上がる。ギリギリの勝負、空気が重くて、息がしづらい。


 四球目は決めにきた、スライダ――遠ざかっていくボールを乃愛は見切った。ボールとなり、ツーストライクツーボール。 

 

 見ているだけでしんどい。でも、明日葉が私の手を掴んだ。ぎゅっと握ってきたから、おんなじぐらいの強さで握り返した。


 そして五球目、外角へのストレート。快音、ではないが打球は外野の前へと落ちた。 


「やった!」


 ただ気づいた。ボールはライトの前に落ちる。前進守備をしていたライトは、猛烈に前へ出て捕球し、一塁へと送球する。ライトゴロ――足が万全でない乃愛にとって、最悪の場所へ飛んだ。それでも乃愛は走り、最後は頭から滑り込み、


「セーフ!」


「よぉし!」


 待望のランナーが出た。すかさず乃愛には代走が送られる。明日葉が私を見るわけでも無く、グラウンドを見つめたまま言う。


「二点差、ランナーが一人いる。帰ったら一点差。もしわたしが出て、桜希が還してくれたら?」


 明日葉はようやく私を見た。答えを求める、強い瞳が私を刺す。


「同点?」


 私が言うと、明日葉は強く頷いた。「行ってくる」と残し、ネクストに向かう。


 九番の舞香は送りバントを試みた。一回ボールの勢いに押されファウルになってしまったけど、二回目はちゃんと転がした。送りバント成功で、ツーアウトランナー二塁。


『一番セカンド、関長さん』


 成龍バッテリーは今日二安打、ホームランを放っている明日葉をどう攻めるか。そして最高レベルの警戒に対し、明日葉はどう対抗するか。不安もあったけど、正直わくわくしている部分もある。でも、勝負は一瞬で終わった。


 初球、チェンジアップを繰り出すバッテリーに対し、明日葉は、バントを試みる。コンッ、と綺麗な音が鳴り、ボールは、三塁前に勢いなく転がる。慌てて三塁手サードは全速で前進し、捕球する。が送球はしない。明日葉はもう一塁に着いていた。


 芸術品にしてもいいぐらい完璧なセーフティバントで、ランナーは一塁と三塁に二人となる。長打が出れば同点、ホームランが出れば逆転の場面で、私に回ってきた。


「タイム!」


 成龍のキャッチャーはタイムにより、間を取った。マウンドに選手たちが集まる。春野さんが、道元さんを鼓舞しているのが見える。一塁ベンチからから伝令役の選手がマウンドに向かう。


試合の行く末は私にかかっている。乃愛の足をかばいながらのヒットも、明日葉の大活躍も、私が打たなければ、勝ちにつながらなかったことになる。


 みんなが私を見ている。一塁側の部員の親たちも、吹奏楽部も、私へと視線を注ぐ。たくさんの声が耳に届いているはずなのに、何一つ聞こえない。


 普通なら嫌なタイミングのタイムだ。こっちの勢いはそがれ、あっちは冷静さを取り戻してしまう。でも、なんだかこの空白な時間が心地よい。より視界が鮮明になって、自信が体を満たしていく。


陽子先輩の姿が目に強く入った。


 何か言ってる。聞こえない。口の動き的に、“青見ちゃん、リラックスしてリラックス!”かな。大丈夫、私はリラックスしてます。


『二番ショート、青見さん』


 タイムが終わった。道元さんと相対する。


「プレイ!」


 球審の大きな声。セットポジションに入った道元さんは一塁へ牽制した。


「セーフ」


 明日葉と目が合った。盗塁する気らしい。


 初球、私の顔めがけてボールは来た。必死に避ける。思わずバットを落とした。その間に明日葉は二塁を陥れた。


 今の危険な球に対し、球場が揺れる。汚い言葉も聞こえる。ただ、私の知ったことじゃない。次の球を、打てる球を待つだけ。ツーアウト二塁三塁。


 二球目、外からゾーンに入っていくスライダー、この球じゃない。


「ストライーク!」


 一塁が空いたことにより敬遠されることもよぎったけど、勝負してくれるらしい。それに今、ライトからレフト方向への風は吹いていない。私を邪魔するものはいない。


 三球目、内角のチェンジアップ――この球だ。バットで失速し落ちていくボールをすくい上げる。カキィーンと、快音が響く。


 ライト方向への、大きな当たりだった。一瞬走るのも忘れるぐらい、気持ちが良かった。ただ角度が低すぎたのか、フェンスは越えなかった。打球はワンバウンドしてフェンスに当たる。


 私は余裕をもって二塁に至った。ランナーが二人帰り、同点。土壇場に追いついた。球場は興奮の坩堝るつぼとなった。


「ドンマイドンマイ! まだ同点よ」


 春野さんが道元さんに声をかけている。そして彼女は、私に言う。


「お見事だわ。でも、あんまり嬉しそうじゃなさそうね」


 彼女は、とても強く私を睨んでいる。


「……嬉しいですけど。ホームランかと思ったから……」


「へえ」


 不思議な感覚だった。意識が研ぎ澄まされて、周りが静かだった。


 道元さんはすみれ先輩をしっかり仕留め、同点で七回表は終わる。試合は裏の攻防へと移っていく。

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