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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
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68/101

64話 準々決勝VS東京成龍学園②

『二番ショート、青見さん』


 明日葉のホームランで同点に追いついた。防戦一方だった千庄にも活気が出てきた。この大きな波に乗りたいところ。


 マウンドの背番号10、高山さんはなかなかキャッチャーのサインに頷かない。動揺の色を隠し切れていない。


 初球、二球目とボールが続く。三球目、絶好球――私の一番好きな内角へ、スライダーが食い込んでくる。腕をたたみ、打つ。ライトへの大きな飛球、感触は完璧、打ち上げ角度も完璧で、一瞬、連続ホームランを予感した。


 でも、打球は強烈な向かい風に煽られ、失速に至る。バックしていった右翼手ライトが足を止め、ボールを掴んだ。スリーアウト、同点止まりとなる。


◇◇◇◇


 風が無ければライトオーバーのスリーベースといったところだったけど、仕方ない。右打者の明日葉に味方してくれた風は、左の私にとっては敵だったということ。


 その後すぐ、三回の裏の成龍は、二番からの好打順だ。ピッチャー奈桜先輩は、一回の慌てように比べるとだいぶ落ち着きを戻したように見える。二番の左打者相手に、二球でツーストライクと追い込んだ。だけど、


「ボールフォア」


 さすが成龍の上位バッター、簡単に空振りしてくれない。どんな球もファウルにし、いつのまにかスリーボールと、フルカウントに戻す。そして最後は奈桜先輩が根負けし、十球の勝負の末に、歩かせてしまう。


『三番ショート、春野さん』


 ここでの彼女の登場、同点に追いつき、ようやく私たちの流れかと思ったのに、嫌な展開。でも、またしても明日葉は試合の風向きを支配する。


 一球目を春野さんが叩く。見事に捉えられたそれは、一筋の線となって、一二塁間を襲う。でも、明日葉はボールを阻んだ。跳ねていく難しいボールを飛び込みながら処理し、一塁へと送球、間に合う。


 抜けていたら、ノーアウト一二塁のピンチに陥っていた。でも持ち前の技術が溢れ、俊敏なる守備で、明日葉は最悪の展開を防いだ。


 なんか、明日葉の一人舞台という感じがする。この試合で一番目立っている。私はもちろん、春野さんよりも。負けてらんない。


『四番サード、中村さん』


 とはいえ、まだまだピンチは続く。ワンアウト二塁で四番の登場である。


 味方のファインプレーに勇気づけられたか、奈桜先輩は強気に攻めていった。先ほどタイムリーを放っている主砲に対し、ツーストライクと二球で追い込む。最後は内角へのシュートで詰まらせ、サードフライに打ち取った。


 五番には内角を攻めすぎデッドボールを与えたものの、六番の道元さんから三振を奪った。この回もピンチを作ったが、無失点で切り抜けた。


◇◇◇◇


「ナイスナイス! 大活躍じゃん」


 四回表前、ベンチに戻った私は明日葉に声を掛けた。明日葉は喜びに応じるわけでもなく、

「これ見て」


 といって、お尻のポケットにいれていたバッティンググローブを取り出し、私に見せた。黒色のそれには、ぽっかりと穴ができていた。


「打った瞬間ビリッとした」

 

「ホームランの瞬間に?」


「うん。ずっと使ってたからしょうがないけど……ホームランの代償だと思えば安いかな」


 明日葉は口元を綻ばせた。胸の底からの喜びを抑えきれない感じだった。


「嬉しい?」


「そりゃあ。初めてのホームランだもの、嬉しいし、こんなに気持ちいいとは思わなかった。ていうか、桜希も打ってよ」


 二回戦、私はホームランを打ったけど、明日葉は惜しくもフェンスを越えられず、アベックホームランとはならなかった。リベンジのチャンスがこんなに早くやってくるなんて、思いもしなかった。


◇◇◇◇


 四回の攻防は両チームともに三者凡退となった。相手投手、高山さんは相変わらず高テンポで打者を切っていく。対する奈桜先輩もようやく落ち着きを見せたか、ストライク先行で下位打線を打たせて取った。


 五回の表、千庄の攻撃、先頭の結衣先輩は三振に取られた。でも、続く八番打者、負傷の乃愛に代わって先発出場の美佳先輩は、体を張った。


「ぐえっ!」


 先輩への初球、くぐもった声がベンチまで届いた。スピードを持った硬球が、先輩の背中を直撃した。デッドボールが宣告される。


 当たりどころがよかったのか、先輩は痛がるそぶりを見せず、元気よく一塁に向かった。とにかくこれでランナーが出た。九番、奈桜先輩がバントで送り、ツーアウトながらランナー二塁、最も期待できるバッターに回る。


『一番セカンド、関長さん』


 先ほどホームランを放った明日葉が右打席に入る。ちなみにバッティンググローブは他の人に借りたらしい。


 そろそろ成龍のエース、道元さんが出てくるのではと思ったが、彼女はまだブルペンで投球練習を行っていた。準決勝に向けなるべく温存したい魂胆をひしひしと感じる。でも、投球をしているってことは、この試合のどこかで出てくる可能性がある。彼女の登場の前に、このチャンスを生かし、勝ち越したい。


「ボール」


 二球ボールが続く。明日葉へはあきらかに投げにくそうだった。まさかのホームランを打たれた相手だから当然ではある。


 でも、フォアボールはもっと嫌なはず。自分でも言うのはなんだけど、私相手にランナーを二人抱えて臨むのは回避したいところ。絶対にストライクはやってくる。


 その通り、三球目に甘い球がやってきた。明日葉はそれを簡単にセンター前に落とす。打球にはちょっとしたバックスピンがかかっていて、外野芝生に落ちた打球は、急に勢いを失う。センターが処理するのが遅れ、二塁ランナー、美佳先輩の走塁を手助けした。先輩がホームに余裕もって生還し、千庄の勝ち越しとなる。


『二番ショート、青見さん』


 私への初球、明日葉は走った。キャッチャーは慌てて送球したものの、ボールを受け取ったショートはタッチすることさえしなかった。完璧なスタートで、明日葉のである。成龍の正キャッチャーといえども、阻止できるはずが無かった。


 ホント、やりたい放題やってる感じ、この全国ベスト8という舞台でだ。再び得点のチャンス、シングルヒットでいい。明日葉の足なら余裕で帰ってこれる。


 バッテリーは慎重に攻めてきた。甘い球を待つのは得策じゃないと思い、三球目、ワンストライクワンボール、外角のボール気味の球を打ちにいった。


 会心とはいわなくても、爽快な当たりが三遊間を往く。抜けた! もう一点! と思った瞬間、ショートの春野さんが唐突に現れ、打球の行く手を阻んだ。


 飛び込んで捕球した春野さんは、送球までは至らず、ツーアウト一二塁とチャンスは続く。しかし、抜けてればほぼ確実に入っていた一点を阻止したのだ。結果としたら内野安打だけど、成龍サイドは主将キャプテンのファインプレーに大盛り上がりだった。


 ヒットを打ったのに、全然嬉しくない。嫌な感じがした。私の次、すみれ先輩が倒れ、一点勝ち越しでこの回は終わる。五回の表の成龍の攻撃は、一番の陽さんからだった。


◇◇◇◇


 前の回を三人で終えた奈桜先輩も、上位相手にはそうはいかなかった。一回の打席こそ初球を果敢に振りに来た陽さんだったけど、この回はボールを選び、粘ってきた。


「ボールフォア」


 最後は奈桜先輩が根負けし、フォアボールでの出塁を許す。次は二番バッター、成龍にとっては一点負けている場面で、後ろには三番、四番、五番、クリーンナップたちが控える。ここは十中八九バントだろうと考えていたが、


「走った!」


 陽さんは初球から走ってきた。日菜子先輩キャッチャーからの送球を受け取ったが、時すでに遅し、盗塁を決められ、ランナー二塁となる。


「ガンバです! せんぱい!」


 陽さんは、ほんの少しだけ発音が怪しい日本語で言った。その顔にははっきりとした自信が溢れていた。


 なんというか、余裕を感じた。成龍の選手たちは、一点を負けているのにまったく焦った様子が見られない。やることをやればまだまだ余裕で勝てると考えているのだろうか、これが、常勝チームの常勝たる所以か。


 二番バッターはファーストゴロに打ち取った。ワンアウト三塁、同点の危機で、三番の春野さんが打席に立つ。一塁側スタンドの声援の量があからさまに大きくなった。


 ただここで千庄は動いた。芹沢先生は奈桜先輩をあきらめ、舞香をマウンドに送ることを決めた。左バッターの春野さんに対し、サウスポーの舞香を当てる、セオリー通りといえる作戦だ。


『三番ショート、春野さん』


 投球練習が終わり、仕切り直す。春野さんは左打席にて、静かにルーティンな所作をし、舞香のボールを待つ。


 今日の彼女はあんまり目立ってはいない。守備では光るプレーを見せてはいるが、打席では四球とセカンドゴロ、一番の陽さんの方がよっぽど目立っている。だからこそ、不気味だった。


 初球、バッテリーは外角のカーブでストライクを奪う。バッターは興味を示さず、見送る。この反応をどう見るか。


 二球目、バッテリーは内角高め、速いストレートを放る。それはあきらかに春野さんの体近くを狙った球だった。バッターをビビらせる、体を起こす、意図を持った球だったが、春野さんは逃げなかった。


 腕を畳み、体に近いボールを巻き込むようなスイングで捉える。大きな当たりとなった。ホームランが頭をよぎった。向かい風が影響したか、打球はフェンスを越えることなく外野に落ちた。


 打った春野さんは三塁へ、三塁ランナーはホームインし、再び同点となる。三塁上の春野さんは喜びを爆発させていた。彼女のガッツポーズで、一塁側スタンドはさらに盛り上がった。


 今の打席、左投手サウスポーの背中からやってくる内角高めのボール球を、強引に外野の奥まで持って行った。ちょうど、私が二回戦で見せたホームランと似たような内容。あれも、迫田さん――左投手の、体に近いところを襲う球を打った結果だった。


 あれはフェンスを越えた。春野さんのは超えなかった。二つのバッティングの差はどこで生まれたか、上空をいたずらに舞う強風か、舞香と私と対した迫田さんの差か、それとも……。


 四番の中村さんはレフトへのフライを放った。これが犠牲フライとなり、成龍の一点リードへと局面が変わった。


◇◇◇◇


 勝ち越した直後、逆に勝ち越されてしまった。なんとか五回裏は二失点で止めた。そして六回の表、成龍はエースの道元さんを投入し、試合を締めにきた。常勝チームではない千庄部員たちには多少の動揺が見られた。


「あと二回の攻撃。打席には四番。わたしまでに六人」


 明日葉が隣で、私に言う感じでもなくつぶやいた。六回表の千庄の攻撃は四番の星奈先輩から。私たちの攻撃は二回しかなく、誰か一人でも塁に出てくれないと、明日葉に四回目の打席は回ってこない。すなわち、私の打席には二人の出塁が必要である。


 普通ならここまで悲観する必要ないかもしれないけど、相手は全国トップクラスのピッチャーである。私たちはもう何もさせてもらえず終戦という可能性すらある。


 とにかく一人でれば、という感じであったが、最も期待できる星奈先輩は道元さんの速いストレートに詰まらされ、ショートゴロに倒れた。


「まずいな」


 明日葉はつぶやいた。私も結構悲嘆にくれていたはずだった。でも、たった今ゴロをさばいたショート、春野さんが気になってしまった。


「ねえ、あの人と……春野さんと私、比べてどう思う?」


「ん?」


 私の突然の質問に、明日葉は“何で今そんなこと?”みたいな顔をした。ただフィールドの春野さんの方を見ながら、「んー」と唸った。なかなか答えは返ってこず、待つ私の心は、居心地が悪かった。


「桜希の方が美人だと思う」


 緊張して答えを待っていた私は、喜劇のようにズコーって前に倒れかけた。


「もう。そういうことじゃなくて、野球の話だって! 嬉しいけど……」


「ああ。そっちね」


 明日葉は笑っていた。今ここで“あれと私、どっちが美人?”なんて聞くわけがないこと、百も承知だろうに。確信犯だ。


「そうだなあ。わたしが贔屓目で見ているからだろうけど――」


 そう前置きし、明日葉は続ける。私は手に力を込めながら聞く。


「あの人、全国一のショートらしいけど、思ってたのより全然。たぶん、ずっと隣で良いショートを見てたからかもしれない。つまり、桜希の方が凄いと思う……真に受けて、調子に乗らないでよ。わたしの目は公平に見れてないから」


 明日葉は、私の方を見ず、グラウンドの方を見つめたままだった。私は「わかった」と「ありがと」とつぶやいた。


 結局、六回表の攻撃は三人で終わった。私たちに残された攻撃は一回しかなく、それも下位打線から、でも、一人でも出れば明日葉に回る。


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