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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
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68話 決勝戦 神戸海稜VS大阪桐葉①

 窓に浮かんでは消えていく光景は、地元を離れるにつれ田舎から都会なものへと変わっていく。向かいの席に座る明日葉と私は、電車に揺られていた。


「試合が終わってからだと、帰りの時間もあるから、二時間ぐらいしか遊べないね」


 今日3月31日は、女子硬式野球の選抜大会の決勝の日だ。その会場こそ、私たちの旅の目的地、高校野球の聖地、甲子園である。甲子園はこの時期、男子の選抜大会がずっと開催中であるけど、十年ほど前からその休養日に女子の決勝も行うようになった。


「別に、遊びなんてどうでもいい。決勝観ることの方が大事だわ」


「なんでそんなこと言うの? せっかくの誕生日なのに」


 明日葉の誕生日は、奇しくも選抜の決勝が行われるまさに今日、この日だ。だから決勝を観た後、球場隣のショッピングモールで二人で遊ぶ予定を私の中では立てているけど、なぜか明日葉は不満げだった。


「わたしは、決勝まで勝ち残って誕生日を迎えたかった。それが出来なかった時点で、自分の16歳を祝おうなんて気分にはなんないもの。

 それに、昔から誕生日というのが好きじゃ無かった。3月31日なんていっつも春休みでみんなに忘れられてたし」


 その気持ちはわかる。私の誕生日も4月3日で、いつも学校の春休みに被っていて、よっぽど仲の良い友達以外には祝ってもらえなかった。


「それに、こんな年度の終わりに生まれて、同級生でも桜希みたいな四月生まれとはほぼ一年も差がある。わたしの成長が遅かったのはこんな日に生まれたせいだわ。いっそのこと、もう二日遅く生まれてたら……」


「生まれてたら?


「……桜希と同級生じゃなくって先輩後輩の関係だったのに。もしかしたら、そっちの方がいいかも」


 考えてみれば、私たちは二人とも年度の境目に生まれている。ほんのちょっとのボタンの掛け違いで、今とは違う関係になったかもしれない。後輩の明日葉っていう想像をしてみると、やっぱり違和感が凄い。


「私は、なんか嫌だな。明日葉が後輩って」


「桜希先輩は、そう思うんですかぁ?」

 

 明日葉は急に口調と表情を甘くし始めた。


「わたしはぁ、その方がいいと思ったりします。同級生だからって桜希先輩と自分を比べて惨めな思いもしないし、それにもうちょっと素直になれてた気がしますね」


「……後輩とか関係なくキャラ変わってない?」


「そうですかぁ?」


「やっぱ違和感凄い……」


「……まあでも、最近思うのはさ」


 表情も口調も女優さながらに瞬時に元に戻し、外の風景に視線を転じて明日葉は続ける。


「先輩と後輩だったら、学年が一年違ってたら、高校生活、二年しか被らないけど、同級生だったから、三年間もいっしょにいられるし……」


 次第に語気が弱っていくのは、自分の言っていることの恥ずかしさに気づいていったからだろうか。やっぱり、こういう明日葉の方がいい。


 私は立ち上がり、明日葉の隣の席に座った。腕を伸ばし、明日葉の体に絡みに行くと、なんでか、露骨に嫌がられた。明日葉が暴れ、腕を振り落とされた。


「やめてよ、くっつかないで」


「そっちがその気にさせたくせに」


「なんでいつもわたしにハグしてくるの? 別に他の人でもいいじゃない。例えば星奈先輩とか、抱き心地良いいんじゃない? 体型的に」


「なんでって、明日葉のことが好きだもん。他の人じゃ嫌」


「好きって……」


 ずっと窓を向いていた明日葉が急に振り向いた。私へ、なにかを訴えるような視線が浴びせられた。


「好きって何?」


 強く、真剣な瞳で射貫かれている。心臓が一回、大きく跳ねた。


「好きなんて……そのままの意味だけど」


「……もういい。戻って」


 明日葉は再び向きを変え、外の風景へと視線を転じた。こっちを見向きもしなくなったので、しょうがなく元の席へと戻る。それから目的の駅までずっと、私たちの間に気まずい雰囲気が横たわっていた。


◇◇◇◇


 電車を降り、駅の構内で目的の人物を探した。上橋沙音璃さおりの妹とここで合流し、一緒に決勝を観戦する予定となっている。


 沙音璃からは特に妹さんの身体的特徴、服装なども聞いていない。ただ待ち合わせの場所と時間しか聞いていなくて、妹の連絡先とかも教えてもらってない。これでちゃんと会えるのかなあと思ったけど、杞憂だった。


 考えてみれば、圧倒的存在感で周囲の目を惹く、上橋沙音璃の妹である。スタイルは当然いいし、顔立ちは濃くて、駅の周囲の光景にそぐわぬオーラを纏っている。姉に似てどこもかしこも日本人離れした造形をしているから、すぐに彼女が探している人物だってわかった。唯一違うのは、ロングな姉のヘアスタイルに対し、妹は、ブロンドヘアをショートに整えていた。


「詩音璃……ちゃん?」


 彼女は私たちをスマホに目を落とし待っていた。私が呼びかけると、


「あっ……初めまして桜希さん、明日葉さん。上橋詩音璃しおりといいます。よろしくお願いします」


 予想通り、彼女こそ、上橋沙音璃の一個下の妹、詩音璃だった。


「明日葉さん、お誕生日おめでとうございます。今日は、私のわがままを聞いてくださり、わざわざこんなところまですみません」


 詩音璃はペコリと頭を下げた。その様子が、上橋沙音璃のイメージと全然合致しない。


「礼儀正しい!?」


「ホントにあれ(・・)の妹?」


「よく言われます。性格は全然姉に似てないって」


 私たちに連続で言われた詩音璃は苦笑いを浮かべた。


「さて行きましょう」


◇◇◇◇


「野球やってる、のよね」


 明日葉が聞くと、詩音璃は「ええ、もちろん」と頷いた。


「はい」


「ポジションは?」


「ショートです」


「ピッチャーは?」


「残念ながら、私には姉ほどの才能が無かったみたいで」


「ふーん」


 明日葉の質問が終わったようなので、今度は私が、


「私に会いたかった、って沙音璃が言ってたけど。ホント?」


「桜希さんに会いたいって言ってたんですけど、本当を言うと、お二人に会いたかったんです」


「わたしたち?」


「そうです。実は去年の夏の兵庫県大会決勝、千庄と神戸海稜の試合を見に行ったんです。そこで私は初めて見ました。姉が泣いている姿を。

 だからお二人に興味が湧いて、ずっと会いたいって思ったんです。姉を負かした人たちは、どんな人なんだろうって。それに同じショートを守るっていうのもありますし」


「そんなに珍しいことなの? 沙音璃が泣くのって」


「少なくとも私は一回も見たことがないです。自己中を体現した存在ですからね。女王様で、逆に誰かを泣かせるのは大好き、私は小さいころから数え切れないぐらい姉に泣かされてきました」


 そう言う詩音璃は、過去を慈しむような小さな笑みを浮かべた。理路整然と話すし、なんだか落ち着いていて、とても中三には見えない。子供っぽいところのある沙音璃より、断然お姉さんに見えるし、大学生と言われても信じる。


 ここまでの感じ、詩音璃からはまったく沙音璃っぽさを感じられない。ただ、


「詩音璃ちゃんは――」


「私のことは“しおりん”と呼んでください」


「……沙音璃とおんなじこと言ってる」


「えっ!?」


「あれも、自分のことは“さおりん”と呼べって」


「やっば……恥ずかしいです」


 そこだけ、姉とおんなじだった。バスでの移動中、それなりに親睦を深めた。彼女はまったく癖の無い良い子で、打ち解けやすかった。


 甲子園に着くと、外にはかなりの人の動きが見えた。決勝だけあるのか、言い知れない雰囲気を感じる。中に入りグラウンドを一望すると、なおさら熱気が渦巻いていた。


「すっごい人多い……」


 外野席は解放されていないけど、内野席は満員だ。別会場で行われた準決勝までより断然多い人が、今日の決勝を見るために集まっている。


「決勝は甲子園でやりますし、テレビも地上波で中継されますから、注目度も段違いです。それに今年の両校には華やかな選手も多いですし、特に上橋沙音璃。あれは有名人ですから」


 姉を他人のように話す詩音璃は、いつのまにか帽子を被っている。私たちの席はグラウンドを真正面から一望できるバックネットで、ありがたいことに上橋姉妹が用意してくれていた。左に明日葉、右に詩音璃、三人は先に腰掛ける。


「ていうか、あなたは姉の応援、海稜の応援席じゃなくていいの?」


「はい。両親は、あそこ座ってますけど。私はいいんです。姉の味方じゃないし、表立って応援できない事情がありますから」


 詩音璃は、私の質問に、ちょっとだけ意味深に微笑んだ。“事情”を詮索したくなったけど、


「どっちが勝つと思いますか?」


 詩音璃がそう聞いたので、機会は失われた。明日葉が返す。


「わたしは桐葉。姉の味方じゃないってことは、あなたも桐葉だと思うの?」


「そうですね。味方とか姉とか関係なく、海稜に勝ち目は無いと思ってます。桜希さんは?」


 詩音璃ははっきりと答え、私の方を見る。正直昨日準決勝終わった時点では。桐葉が勝つと思っていた。だけど、


「私は海稜が勝つと思う。沙音璃が、桐葉を完封すると思う」


「へえー」


 私がそう答えた瞬間、詩音璃は愉快なものを見たとでもいうのか、口角を少しだけ上げた。


「ふーん」


 そして明日葉の表情には、あからさまな不満が入っていた。


「たぶん姉は喜びますよ。桜希さんが応援してくれて」


 両チームがグラウンドに入ってきた。先攻が一塁側の桐葉、後攻が三塁側の神戸海稜だった。日本一を争う二校らしい、洗練されたシートノックを終え、ベンチ前に列を作る。審判団が出てきた。いよいよ始まる。


◇◇◇◇


「お願いします!」


 決勝にふさわしい満開の青空の下、双方の気合いの入ったかけ声と大きなサイレンで、試合は始まった。


 両チームともブラスバンドを含む大応援団がアルプススタンドにいて、盛んな音色と声が鳴り出した。球場を高校野球らしい熱気で彩っている。


 先に守る海稜のマウンドにはやはり、背番号1、上橋沙音璃が上がる。球場アナウンスが彼女の名を告げると、大歓声がこだました。


「海稜が勝つとすれば、姉が桐葉打線を抑えてロースコアな展開に持ち込むしかないでしょう」


 桐葉打線は準決勝まで毎試合、五点以上奪って勝ち上がってきている。超重量級、しかも打つだけじゃなく時には粘ってきたり、小技を絡めてきたり、高校生ではあるがプロフェッショナルとも言っていい集団相手に、どう投球を展開していくか。


 沙音璃は大注目を意に介さず、むしろ観客の視線を独り占めするのを楽しんでいるように、いつも以上に躍動がある気がした。桐葉の一番から二番を連続で空振り三振に切って取った。

『三番ファースト、近藤さん』


 全国トップといっていいミート力と選球眼を持つバッターが左打席に入る。去年の秋の近畿大会、私たちを大いに苦しめた近藤さんは、この選抜でもその実力を遺憾なく発揮しており、大会における出塁率は八割を超えている。


 このバッターからは簡単には三振を取れない、どう攻めるのだろう。でも海稜バッテリーは、近藤さん相手に変わらず攻めた。ストライク二球で追い込み、最後は、


「ストライク! バッターアウト!」


 スライダーを外角低めに完璧に制球し、見逃し三振。難敵をあっさりと料理し、三者連続三振となった。


「これは乗ってきますね。昔から、姉は調子に乗ると強いですから」


 そしてその裏、海稜は一番バッターが内野安打で出塁した。そのランナーを三番の沙音璃が返し、一点を先制した。


◇◇◇◇


 試合は沙音璃の一人舞台みたいになってきた。四回まで彼女のピッチングは無安打無四球無失点、八個の奪三振で一人のランナーも出していない。観客たちが極上のピッチングに酔いしれているのか、ほんのちょっと狂った、盛った興奮たちが球場を包み込んでいく。


 桐葉の先発、背番号10の藤堂香織さんも一回に沙音璃に打たれた以降は完璧に抑えている。試合は0-1のまま進み、投手戦の様相を呈している。


 だけど五回表、ここまで沙音璃に良いようにやられてきた桐葉打線に、ようやく良いところがでた。主砲、恩田さんがレフト前に運び、ようやく初ヒット、初めてのランナーが出た。さらに五番の梶田さんもヒットを放ち、ランナー一二塁となる。


 やっと訪れたチャンスに活気出す桐葉応援団だったけど、沙音璃は力づくで鎮火した。六番、七番を連続で三振に仕留めた。これで奪三振は二桁の十個となった。


 一球ごとに歓声が沸く。観客のボルテージが上がるごとに沙音璃のピッチングもギアが上がっていく。八番の藤堂さんを相手に、今日一のストレートで空振り三振を奪った。ノーアウト一二塁のチャンスは三者連続奪三振で幕が落とされる。


「凄いわ、あなたのお姉さん」


 私のつぶやきに詩音璃は、


「なんであんな球が打てないの? って思いますけどね。お二人もそう思うでしょ?」


 決勝は五回裏へと入っていく。あと二イニング、沙音璃が桐葉を0点で抑えれば、海稜の日本一が決まる。そうはさせたくないであろう桐葉は、五回裏のマウンドに背番号1、巻島乃梨子を送る。

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