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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
64/101

60話 二回戦VS神山学園②

 五回の表、1-1の同点という局面、明日葉のタイムリースリーベースが飛び出す。千庄が再び一点を勝ち越した。


『二番ショート、青見さん』


 ツーアウト三塁、なおも得点のチャンスで私は打席に立つ。勝ち越しを奪われたばかりのマウンドの迫田さんだけど、心の切り替えがすぐにできたのか、光の灯った視線を私にぶつけてきた。


 ここまでの二打席はどちらも凡退に終わっている。内容がめちゃくちゃ悪いわけではない。でも、強くインステップしてくる左ピッチャーは、どうしても左バッターにとっては分が悪くなってしまう。


 球審が“プレイ”をかけ、場が仕切られる。三塁ランナーの明日葉がリードをとるのが視界に入る。ピッチャーはセットポジションから、第一球を投じた。外角への、速い球――ストライクぎりぎりだった。


 コースの一番端っこに決まった、完璧な投球だった。やはり、表情が物語るとおり、相手に動揺は見受けられない。全国まで上がってくる相手だから、それ相応の場数を踏んでいる。一点勝ち越されたぐらいで気持ちを乱すはずがない。


 二球目、一塁側にステップしてくる左投手サウスポーの球は、背中から来たと思うほどの角度を伴う。ボールは横へ滑るように軌道を変えていく。真ん中から外へ――スライダーだった。


 右足を内に踏み込み、ボールを捕まえにいく。バットの芯でボールを迎える。キーン、と綺麗な金属音が鳴った。綺麗な流し打ちが決まった。しかし、左バッターのレフト線への打球は、ファウル側へとスライスしていってしまう。


「ファウル!」


 打球はレフト側ファウルゾーンに、およそ一メートルほど入り込んだ。バッティングとしては完璧だったけど、外へ逃げていく球、それもボール気味のをフェアゾーンに飛ばすのは、少し無理があったかも。


 なにはともあれ、これでツーストライクと追い込まれたことになる。ここまで相手バッテリーの配球を分析した感じ、強気なリードをしていることがわかる。


 ここぞのときは内角へ厳しい球を放ってくる。なにより、この一塁の空いたピンチの状況で、私相手・・・に逃げ球無しで勝負してくるのだから、相手バッテリーの気持ちの強さは相当強いのだろう。


 次の球は、おそらく内角へのストレートだと思う。それも、私に当てることも辞さない厳しい球。内角への印象を植え付け、次に外への球で決着をつける為への、布石としての球。


 ピッチャーは、セットポジションにおいて一呼吸をする。右足が上がる。インステップによって生まれた変則的なボールは、予想通り、内角を襲ってくる。高い、たぶんボール。でも。


 体近くをえぐろうとしてくるボールに対し、体を素早く回転させ、腕を畳んで迎え撃つ。窮屈なところでボールを捕まえ、バットに乗せる。後は思いっきり腕を伸ばし、体全体でバットを振り上げる。


 カキィィーン――凄い気持ちよかった。バットから腕へ、そして脳へ、足先へ、全身にそう快感が行き渡る。


 打球の行く末は、誰にも邪魔できない。ぐんぐん飛距離を増していき、最後はライトスタンドの緑色の芝生に、無造作に落ちた。


 一塁審が腕を上に伸ばし、ぐるぐる回す。私の、公式戦二本目のホームランとなった。


 なんだかそわそわしながらダイヤモンドを一周した。この、球場中の観衆の注目が一身に集まる感じが、二回目だけども、やっぱり慣れない。


 本塁を踏んだ。ツーランホームランで一気に二点が入り、これで4-1となった。


「ナイスバッティング」


 最初に出迎えてくれたのは、ランナーだった明日葉で、その後、チームメイトにもみくちゃにされる。ようやく現実が戻ってきた感じがした。


◇◇◇◇


 私のホームランで、あちらのベンチが慌ただしくなっていくのが見えた。ブルペンにて二人の投手が準備を急いでいる。


 相手の背番号1、迫田さんは続投をした。けれど、三番、すみれ先輩相手にまったくストライクが入らない。今日彼女は、一度も四球を許していなかったのに、ボールが四球続き、フォアボールとなる。


「ナイス」


 キャッチボールをしていた乃愛が戻ってきて、私にハイタッチを求めてきた。


「ピッチャー視点から言わせてもらうと、あの球をあそこまで持っていかれたら、もうパニックになっちゃうかも。相手を仰け反らせようと思った球で」


 実際あの球はボール球だった。ただ、そういう球が来るだろうと予測してたから、構わず打ちにいった。


 続く星奈先輩にも二球ボールが続いた。そこで神山学園の監督が動き、ピッチャーは背番号10の右ピッチャーへと変わる。


「つくづく、桜希が敵じゃなくてよかったなあって思うよ。あの時、野球に誘っといてよかった」


「なんでそんな昔の話」


「いや、後悔した時期もあったから。桜希があっという間にわたしより上手くなったから、誘わなきゃよかったって。でも今は微塵も思ってないよ。こんなに力強い味方いないし。こんな全国の舞台とか、わたし一人じゃ見れない景色に連れてってくれたし。なにより楽しかった」


「やめてよ、もう。こんな時に」


 変わった投手は投球練習を終え、再度仕切り直し、星奈先輩が左打席に入った。


「……でもそれ言うなら、乃愛に誘われてなかったらたぶん私、野球やってなかったから。こんな、なんというか、居場所をくれてとっても感謝してる」


「ふーん、そりゃあよかった」


 乃愛はずっと私を見ていた視線を外し、グラウンドを見ながら言った。星奈先輩がファーストゴロに倒れ、ようやく五回表の千庄の攻撃は終わった。


◇◇◇◇


 “居場所”なんて言葉を使ったけども、野球をやっていなかった世界の私に、居場所はあったのだろうか。


 小学校低学年のころの記憶があんまり無い。ただ教室の隅っこで、クラスのお調子者を眺めていたのと、なんでか分からないけど私が泣いていて、困り顔の先生がこっちを見つめている、そんな風景しか思い出せない。


 野球と、というか乃愛に出会っていなければ、どうなっていたのだろう。なんやかんやで世界に適応して、それなりに楽しく生きていたのか、他のスポーツやっていたのか、わかんないけど、たぶん、明日葉とは出会ってないし、他の部員たちとも関わることすらなかったと思う。


 そう思うとやっぱり、今こんな選抜という舞台で、みんなと野球を楽しめている、この世界がいい。


『七番ショート、杉村さん』


 同点から一挙三点を勝ち越した裏の守り、神山学園は下位からの攻撃。前の回初めてランナーを許し、本塁に還してしまった乃愛は、この回も苦しかった。


 先頭にレフト前ヒット。続く八番はサードフライに打ち取ったものの、九番には粘られ、フォアボールを与えてしまった。点差がついても相手は決して雑にならず、しっかりとボールを見てきている。


 そして一番バッターへ、内角の厳しいところをついたものの。見事にはじき返され、打球はセンター前に落ちる。二塁ランナーがホームに還り、4-2、点差が二点に縮まった。


 千庄はここで一回目のタイムをとる。内野陣がマウンドに集まる。ベンチからは伝令の部員もやってきた。


「舞香があと少しでいけそうだから、なんとか粘って欲しいと」


「了解」


 乃愛は額の汗を拭った。


 ブルペンでは舞香が準備を進めている。元々千庄は投手一人に一試合を任せるという戦略を持っていない。だからこの辺りで乃愛から舞香にスイッチするのは予定通りといえる。だけど、乃愛に完投して欲しい気持ちもある。


 日菜子先輩が、


「とにかくランナー気にせず、一個ずつアウト取ってこう。取られた分は、またさっちゃんが取り返してくれるから」


 というわけで、ランナーを気にしない方針でいくことになった。最悪今いるランナー二人に還られても、まだ同点だ。


『二番センター、指宿いぶすきさん』


 珍しい名字だなあ、なんて思いながら守備位置を移す。三遊間を詰める。俊足の左バッターで、結構流し打ちをしてくるから、左方向を詰める。


 ワンアウト一二塁、ゲッツーを狙いにいきたいが、バッターも一塁ランナーも俊足だ。欲張るよりも、まず一つのアウトを確実にとる。


 そして二番打者への初球、乃愛のスライダーをバッターは捉える。鋭い打球がグラウンドに走る。が、それは一瞬にして勢いを失った。


 ボールは乃愛の足下を襲った。その勢いからしてそのままセンターに抜けそうだったけど、乃愛は咄嗟の判断か、右足を差し出した。ボールは乃愛の右足首に当たり、運動を変えた。


 ちょうど私のところへと、進行方向が変わったボールはやってきた。二塁側へすでに動いていたため逆を突かれそうだったけど、打球は勢いの大半を失っており、余裕を持って処理できた。捕って明日葉セカンドに送球し、一個目のアウト、明日葉はファーストに送ったが、バッターランナーはセーフとなる。


 センター前ヒットが、単なるショートゴロとなった。ただその代償は大きかったのかもしれない。プレイが止まったのを確認し、私は乃愛の元へ走った。


「大丈夫!?」


 乃愛はボールを受けた右足を押さえていた。明日葉も、日菜子先輩も、星奈先輩も、みんなやってきた。


「こりゃあ、ちょっと無理かもね。どっちにしろ、そろそろ舞香と代わる頃合いだったし」


 なぜかひきつった笑みを頬に浮かべ、乃愛は立ち上がった。そして、私たちのベンチ、三塁側ベンチへと歩き出した。足取りが怪しかった。だから、肩を貸そうと、駆け寄る。それは、明日葉が動いたのと同時だった。


 私が右から、明日葉が左から乃愛を支えた。球場から拍手が起きた。


「もう、なんかダサいじゃん。足痛めて交代して、自力でマウンド降りられないとか」


 自嘲ぎみな乃愛に、明日葉は言う。


「そんなこと無いと思うけど。今のあなたをかっこいいと思う人はいても、ダサいと思う人はいないと思う」


「そういう明日葉ちゃんはどう思ってるの?」


「わたしは……ダサかっこいいと思う」


「なにそれ。でもありがと」


 私たちが乃愛をベンチまで支えている間に、舞香がマウンドに上がっていた。乃愛を座らせた。


「あとは任せた」


 乃愛は言った。


「うん。乃愛の頑張りを無駄にはしないから、見てて」


 私は両手でガッツポーズを作って見せた。明日葉も無言で頷いた。


 対して乃愛は、親指を立て、どや顔で、

「グッドラック」


 と言った。私たちは守備位置に戻った。


「なによ、かっこつけて」


 途中、呟く明日葉を見て、私はちょっとニヤッとした。試合は4-2、ツーアウト一三塁、まだまだどう転ぶかわからない。

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