61話 二回戦VS神山学園③
神山学園との試合は、点を取り合う展開となった。二回に千庄が先制したかと思えば、四回、神山は同点に追いつく。五回、私のホームランなどで三点を勝ち越したが、裏に一点を返され4-2、試合の流れを完全に引き寄せることができない。
そして六回の裏、この回も神山学園は粘りを見せる。
乃愛の負傷交代を受け五回にマウンドに上がった舞香は、それ以上の追加点を許さず回を閉めた。しかし、六回は相手の粘りに屈してしまう。
三番のツーベースを皮切りにチャンスを作られた。なんとか四五番を打ち取りツーアウトを取ったものの、六番バッターにタイムリーを許し、4-3、一点差へと詰められてしまう。
やはり相手もさるもので、こちらが点を取っても、一切のあきらめを見せず、追いすがってくる。残された攻防は七回の攻守だけ。リードしているのは私たちだけど、勝利の女神がどちらに微笑むのか、少し先の未来はまだまだわからない。
七回の表、最後の私たちの攻撃は八番からだ。誰か一人でも塁に出れば、私の第四打席はやってくる。
「いい試合だね」
水分を摂り、一息付いていた私の横へ、乃愛が座った。「足大丈夫?」と聞くと、「うんまあ」と返ってきた。五回に足に打球を受け医務室に行っていた乃愛だけど、治療を終えたのか、いつのまにか戻ってきていた。
「やっぱり野球はこうでなくちゃ」
「そんな他人事な」
「だって、端から見たら凄い良い試合なんだもん。これぞ高校野球って感じ、できれば、その中心にずっと居たかったけど」
乃愛の瞳は、まっすぐグラウンドの攻防を見つめていた。
「まあ、この回、千庄が点を奪えれば駄目押しってところかな。さすがにここで点を取られたら、あっちも気持ち削がれちゃうと思う」
「だといいけど」
この回の先頭、八番の結衣先輩がショートゴロに倒れた。次はラストバッターの舞香で、その次が明日葉だ。
私は立ち上がった。
「もう一本、大きいの頼むよ」
四回目の打席は必ず来る。たぶん、チャンスの場面で。
◇◇◇◇
『一番セカンド、関長さん』
明日葉が打席に入った、マウンド上は、迫田さんから二番手のピッチャーへと変わっている。オーソドックスな右ピッチャーで、これといった特徴は感じられない。
三球目、ストレートを明日葉は捉えた。甲高い音が響き、完璧な放物線を晴れ渡った空に描く。三塁線一番先に切り立つ、レフトポールに向かって軌道を進める。
これはもしやと、レフトフェンスを越えること、ホームランを期待させた。でも、ボールはあと少しというところで滞空を止め、ワンバウンドしてフェンスに当たった。
「おっしー!」
無意識に声が漏れてしまうほどには、期待十分の大飛球だった。それでも明日葉は二塁まで進み、やはり、四回目の打席はチャンスでやってきた。
『二番ショート、青見さん』
左打席に入り、軽くバッターボックスを整える。もちろん打つ気は満々ではあるけど、ここは試合終盤の緊迫の場面、しかも一塁が空いている。どうしても勝負を避けられることが頭をよぎってしまう。
神山学園の立場から考えると、もし私を歩かせればランナーが溜まり、複数失点への危険性が増す。ただし私と勝負しなくていいんだから、0点で終われる可能性は高くなる。
やはり相手としては、絶対に無失点でこの回を終え、最後の攻撃に繋げたいだろう。だから逃げられてもしょうがないと思った。だけど、
「ストライーク!」
割と甘いコースへとストレートがやってきた。このピッチャーはそんなにストレートに自信があるように思えなかったから、ストライクを取ってくるにしても変化球を予測していたから、手を出すことはできなかった。
「なにやってんだ!」という声が二塁の方から飛んでくる。言うまでもなく明日葉の声だ。私も内心“しまった”という想いも浮かんだが、それより、勝負してくれて嬉しい、という想いの方が強かった。
一回戦は三打席連続四球と全然勝負してくれなくて、正直つまんなかった。それが今日の相手バッテリーは毎回勝負してくれる。
はやる気持ちを抑え、勝負に集中する。さすがに次は変化球だろう。このピッチャーはあんまりデータが無い。ここまでストレートとスライダーしか投げていない。まだまだ武器を隠し持っているはず、どんな球にも対応できるよう準備する。
二球目、ピッチャーの力感あるフォームから放たれたボールは、減速とともに落ちていく。チェンジアップ――予想外な球で、しかもめちゃくちゃ良いボールだった。
一瞬絶好球かと勘違いし、体はすでにスイングの指令を出していた。バットは止まらない。これは――大きいのは無理だ。
しょうがないから、なんとか右手一本でバットを投げだすようにし、なんとかボールを拾った。
コーンと軽い音を立て、ボールはセンター前に落ちていった。明日葉は当然二塁から三塁を蹴ってホームへと生還、千庄に待望の追加点が入った。
「よしっ」
次のすみれ先輩は倒れてしまい、七回表は一点だけで終わる。でもそれはとても貴重で、大きな一点だった。
「ナイスバッティング」
ベンチに戻り乃愛とハイタッチし、最後の守備に向かった。チームのみんなにも、笑顔がたくさん見られた。
七回裏、ここまで追いすがってきた神山学園だったが、表の一点で気力を失ったのか、あっさりとツーアウトとなる。
最後のバッターが放った打球は、私へのフライ、落ちてきた球をしっかり掴んだ瞬間、私たちの準々決勝進出、全国ベスト8が決まった。
◇◇◇◇
「なんていうんだっけ、二人が一緒にホームランを打つこと」
宿舎での夕食を終え、私たちに幾ばくかの自由な時間が与えられた。私と明日葉は、廊下の長いすに肩を寄せ合ってボーッとしていた。
「アベックホームラン」
私の疑問に、明日葉が答えた。
「ああ、それそれ。惜しかったね、あと少しだったのに」
七回表の明日葉の打球、あれがフェンスを越えていれば、私と明日葉のアベックホームランとなっていた。
「アベックか、なんか……」
明日葉が言いよどんだ。
「なんか?」
「なんか、いいな」
こんな、ゆったりとした時間、肩越しに明日葉の体温を感じながら過ごしていると、安心が心地よく全身を包んでいく。昼間の試合によって張り詰めた心が、どんどん風船がしぼんでいくように、安寧を取り戻していく。
「まーたイチャイチャしてる」
そんな私たちの元へ、乃愛がやってきた。明日葉が、
「イチャイチャって何よ」
「端から見るとイチャついてるようにしか見えないけど。で、ちょっと、私も混ざっていい?」
明日葉の横へ乃愛は座った。
「今日も二人は大活躍だったね。二人がいなければわたしは負け投手だった。そもそもここまで来れてなかったんだけど」
「そんな褒めてもなにも出ないから」
口々に言う私たちに、乃愛は「ううん」首を振った。
「昔さあ、お父さんに星空を見に連れてってもらったことがあってさ。そこで夜空に広がる満天の星空を見たわたしは、とても綺麗だったから、星を掴もうと手を伸ばした」
「アホじゃん」
「ちっちゃいころの話だからね。で、それを見てお父さんが笑ったから、聞いたんだ。でも小三ぐらいかな、それがまったくの大嘘だってわかった。どんなに頑張ったって、夜空に輝く星にはたどり着けない。少なくとも現在の技術では……月以外には」
「……面白い話だけど、なんで今そんな話を?」
明日葉の疑問も当然で、話の終着点が見えない。
「ちょっと待ってね。もう話は終わるから。で、今日、というか二人をずっと見てると、二人は、夜空に輝く星たちみたいで、それに届かないって知ったときのような気持ちになる、人間が、わたしには限界があるってこと。以上、わたしの話は終わり」
乃愛の語り口はとても神妙で、ついつい聞き入ってしまった。ただし内容は、わかったようで、いまいち理解できてはいない。
「そんなしんみりした話するためにここ来たの?」
「うん、面白かったでしょ」
「……もしかして全部作り話?」
「ほとんどホントの話。でも、星に手を伸ばしたのだけは嘘」
「はあ。そこ、ちょっと可愛いなって思ったのに」
乃愛は笑っていた。でも、明日葉は真剣な眼差しで、
「悪い癖出てる、ちょっとだめだったくらいで、自分を卑下するような真似、しない方がいいわ」
「……だって、実際全然ダメだったし」
「あのねえ、壁にちょっとぶつかったぐらいで泣き言、言わないでよね。ピッチャーやって一年もたってないくせに。せめてあと一年ぐらい頑張ってから自分の才能を測った方がいいわ」
「……」
「わたしが去年の春、乃愛のことを見て、この人、性格は悪いけど、野球に関して言えば特別なものを持ってるって思ったのに。勝手に限界決めつけて諦められたら、わたしの見る目が無かったみたいじゃない」
ずっと俯いていた乃愛は、顔を上げた。明日葉の方だけを目を細め、見つめた。頬が赤い。
「やっぱり、明日葉ちゃんは、わたしのことよく知ってる」
「別に……ただ、適当に言っただけよ」
乃愛は立ち上がった。さっきまでの様子は消えて、いつもの乃愛の表情に戻っていた。
「さて、そろそろ風呂の時間だ」
乃愛は、痛めた足をかばっているのか、不自然な足取りで歩き出した。その背中を見て、明日葉は、
「乃愛」
「ん」
乃愛は上体だけで振り返った。
「あ、えっと。あ、足、大丈夫なの?」
「まあ大丈夫」
「準々決勝間に合うの?」
「たぶんね」
明日葉も乃愛と一緒に歩き出し、遅れて私も続いた。
「よかった。二人がようやく仲良くなってくれて」
私が言ったら、二人は同時に否定してきた。
「何言ってんのよ。仲良くないんだけど」
「何言っての。ずっと仲良いよ」
そのハモリ具合がおかしかった。思わず笑った私につられてか、二人も笑顔を見せた。今日は、とてもいい日だったと思う。




