59話 二回戦VS神山学園①
春の選抜の二回戦、神山学園との試合は朝から行われる。頭上の太陽は、しっかりと存在を示している。けれど、球場を包む空気はちょっぴり冷たい。
「先攻です」
試合前、日菜子先輩が、メンバー表の交換から三塁側ベンチへと、意気揚々に戻ってきた。
「また負けたんですか?」
試合の先攻後攻は、両チームの主将がじゃんけんをして、勝った方が決める。印象だと、日菜子先輩はいつも負けているイメージである。
定石とまではいかないけど、野球は後攻の方が有利だと言われ、プロ野球とかだと、ホームのチームが後攻となる。
だから、大抵のじゃんけんに勝ったチームの主将は後攻を選ぶ。先攻ってことはそういうことなのだろうと思ったけど、ところが、
「いや勝った。すっごい久し振りな気がする」
「じゃあ何で先攻に?」
「乃愛が先攻がいい、って。超絶優秀な一二番のおかげで、先制してリードした状態でマウンドに上がれるからだって」
「……」
確かに明日葉と私の一二番が初回にホームを踏む率は高いけども、百パーセントじゃないし、それを当てにされても困る。
「でもあの子は今大会初登板だし、リズムよく投げさせてあげたいから、お願いね」
日菜子先輩は、軽い感じで手を合わせた。
「まあ、そのつもりですけど」
当の本人、乃愛はブルペンにその姿が見える。投球練習を行い、試合への備えを万全としようとしている。
◇◇◇◇
『守ります、神山学園高校。ピッチャー、迫田さん。キャッチャー、梅野さん、ファースト――』
ウグイス嬢がシートを呼び上げていくたび、一塁側のスタンドから歓声と、太鼓とメガホンを叩く音が上がる。部員、保護者たちの軍団が、私たちを威圧するがごとくの迫力を轟かせる。
神山学園は鹿児島のチームであるけど、元の部員数が多いせいか、地元であるこっちと同じぐらいの応援団の数が見受けられる。
『一番セカンド、関長さん』
明日葉が颯爽と右打席に向かうと、今度は三塁側スタンドからの声が響く。明日葉は何度か右打席をスパイクで掘り、足場を固める。ピッチャーに相対する。
マウンドの、神山学園のサウスポーエース、迫田さんもホームに構え、準備が整う。
「プレイ!」
球審の開始の合図の後、ピッチャーは右足を上げる。インステップ――右足を内側に強く踏み込み、左腕を奮う。マウンドとホームベースの間に対角線を引くような軌道で、ボールは進む。
「ストライーク!」
内角へのズバッとくるストレート。明日葉が見送り、球審の右腕が上がった。クロスして、明日葉にとっては迫ってくるボール、かなり厄介である。
二球目、ピッチャーはボールに小さな変化を施し、外に軌道を逸らす。外角一杯に決まり、ストライクを奪われる。これで追い込まれる。テンポもいい。
三球目、体に当たりそうなほど内角をえぐったストレート、体を避けながら見送る。
ツーストライク、ワンボールからの四球目、迫田さんの決め球、スライダーだった。
ただでさえ急な角度のついたボールが、さらに明日葉の体に向かうよう、行き先を変える。それもかなりの変化量だった。外から内へと向かっていくボール、ストライクと判断したのか、明日葉は振りにいった。
金属バットの根元に当たったような、鈍い音がした。当たり損ねの打球は、ピッチャー前に力弱く転がる。一塁にあっさりと転送され、明日葉はアウトとなった。
明日葉は手がしびれたのか、両手を気にする仕草をした。クロスしてくる球、ただしそれだけではなく、球の質自体も充分高い。
『二番ショート、青見さん』
私への一球目は、いきなりのスライダーだった。
「ストライク」
打席に立って実際に相対してみると、初めての感覚を覚える。
迫田さんは背が高く、腕も長い。その人がインステップして、横振りにボールを投じてくる。横の角度がかなり付き、ボールが背中からやってくる感覚だ。
二球目は外へのストレート、手を出すも捉えきれず、打球は後ろに逃げていく。ファウルで、ツーストライクと追い込まれる。
三球目、遊び球は無かった。スライダー、どんどん遠くなっていくボールを、辛うじてバットの先に当て、またファウルとなった。
四球目も同じ球、今度は見逃し、一個目のボールがカウントされる。なんと五球目もスライダーで、これはストライクゾーンの境界にやってきた。ファウルで逃げる。次々とやってくる決め球をやり過ごす。
バッテリーの意図はなんだろう。単にスライダー連発が一番の得策と考えているのか、それとも裏にもう一つの狙いがあるのか。すなわち、外へ逃げていくボールを印象づけ、ここぞのタイミングで内を攻めようと画策しているか。
六球目、予想通り、内角へのストレート、背中にぶつかることも一瞬よぎるような、厳しい球だった。腕を上手く畳んでスイングする。芯では捉えていたものの、わずかに差し込まれたのか、セカンドへのゴロとなった。
とりあえず、星奈先輩とか、後のバッターたちに迫田さんの印象を伝えた。ベンチに戻り、少し水分補給するころには、すみれ先輩も倒れ、初回が無得点で終わることが決まった。
◇◇◇◇
二回の表の攻撃、先頭の星奈先輩のヒットを足がかりに、一点を先制する。守りでは、乃愛が一回から三回までをパーフェクトに抑える、完璧なピッチングを披露した。
三回を終わり、1-0のリード。四回の攻撃、試合展開としては、追加点を狙いたいところである。
「珍しいね」
ベンチで乃愛が私に言う。
「桜希と明日葉ちゃんが、二打席で二人ともが一回も塁に出ないの」
「んー。まあ、そんなときもあるでしょ」
一打席目に続き、私たちの二打席目は、私がライトフライ、明日葉がサードゴロで、ともに凡退だった。
二人で四回連続の凡退、私たちの出塁率が六割ぐらいだとして、その確率は……全然わかんないけど、結構、低い確率だとは思う。
四回は三番のすみれ先輩から。クリーンアップからであったが、迫田さんを前にし、三人に切ってとられた。
裏の神山学園の攻撃では、完璧だった乃愛の投球に、小さな綻びが生まれた。この回の先頭、一番バッターに粘られ、四球を与えた。
セオリー通りのバントで、ランナーが二塁に進む。ここで登場した三番打者に今日相手チームの初ヒットを許す。それはタイムリーヒットとなり、試合は振り出しに戻った。
◇◇◇◇
五回の表の攻撃は七番からだった。私に回ってくるとしたら、チャンスの場面な確率が高い。
「お願いがあるんだけど」
乃愛が私の隣に座り、言う。今日初のピンチを終えた彼女は、少し息を荒くしていた。
「なに?」
「なるべく長いイニングを投げたいの。奈桜先輩と舞香が準々決勝に万全で望めるよう、今日はわたし一人で投げ抜きたい」
準々決勝までは中二日ほどの余裕はある。それでも、今日乃愛が完投できれば、二人にとって、チームにとって、とてもありがたい話だと思う。
「それにわたしにはピッチャーとしての実績がないからさ。完投して、自信につなげたい。でもたぶん、今みたいな点差じゃ、接戦ならたぶん変えられると思う」
「……もっと点差付けて欲しいってこと?」
「そういうこと」
八番の結衣先輩がワンアウトから内野安打で出塁し、ベンチが盛り上がった。
「簡単に言うけどさ」
「できるよ。桜希なら」
そう言って私を見つめる乃愛の瞳は、純粋で、綺麗だった。私が何を返すべきか迷っていると、
「期待をかけるような言葉。今まで桜希には言ってこなかったけど。桜希には、そういうの言わない方が良いと思ってたから」
思い返せば、チャンスの場面とかで乃愛がかけてきた言葉といえば、“楽に”とか“リラックス”とかで、“頑張れ”とか“いけるよ”とか、そんな期待を込めたものを掛けられたことがない。出会ってからの約八年。
「でも、今の桜希なら、やってくれると思うから。頑張れ」
「……わかった、任せといて」
柄にもなく、親指を突き立てた。
◇◇◇◇
ツーアウト一塁の明日葉の打席、迫田さんのストレートを見事に捉え、打球は左中間を大きく割っていった。
一塁ランナーが生還し、勝ち越した。打った明日葉は快足を飛ばし、三塁を陥れた。
『二番ショート、青見さん』
私の、今日ノーヒットで迎える三回目の打席。
左打席に入る。ゆっくりと息を吐きながら、目の前に掲げたバット越しにピッチャーを眇める。下から半円を描くようバットを回し、左肩の前に置き、構える。マウンドの迫田さんは、セットポジションから、第一球――。




