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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
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58話 ミサキさん 

 一回戦を終えた私は、球場内において、知らない人に声をかけられた。


「アオ、ミサキさん」


  声のする方向を振り返ると、ユニフォーム姿の女の人が、強く私を見つめていた。力あふれる瞳から、見るからに勝ち気そうな性格が伺える。背が高くて、目線は私と同じぐらいだ。


「アオミ、サキなんですけど」


「あら。これは失礼」


 彼女は手のひらで口を隠し、悪役みたいに「オホホ」と笑った。その様子から、この人はわざと間違えたのだとわかった。


「一回戦見させて貰ったけど、なかなかやるじゃないの。さすが、世代ナンバーワンショートだけはある」


「私が?」


「ええ。でも、あくまで世代・・、今年の一年の中でね」


 ところでこの人は誰だろう。ユニフォームの胸には、SEIRYUの文字が刻まれている。この人が、東京成龍学園の選手だろう。


 東京成龍学園は、言わずと知れた東京、関東最強の名門校である。西の大阪桐葉、東の東京成龍といわれ、全国制覇の回数は桐葉のそれに次ぐ。


 そしてこの人の顔、どこか見覚えがあるような。


「あなたとの対戦、楽しみにしてるわ。精々、神山かみやまに足をすくわれないようにね」


 岐阜女子との一回戦を制し、全国の舞台での初勝利をゲットした千庄の次なる相手は、鹿児島代表の神山学園である。その次が準々決勝で、順調に向こうが上がってくれば成龍との試合となる。


「じゃあね。ミサキさん」


「ミサキじゃなくて、桜希です……」


 宣戦布告というやつだろうか、彼女は手をひらひらさせ、そのまま去っていこうとする。また、変な人に絡まれてしまった。相手が誰か、わからないのは気持ち悪くて、その背中に向かって聞いた。


「あの、すいません。あなたの名前、教えていただけませんか?」


 その人は、しばらく立ち止まった。ようやく振り返ったその顔は、真っ赤に紅潮していた。


「なるほど、そっちは私のことなんか眼中にないってことね」


「そ、そういうわけじゃないんですけど。顔、見たことあるようなないような」


 彼女は思いっきり顔をしかめた。怒らせたかと思って、弁明態勢に入ったけど、その人は、


「なら、教えてあげる。あたしの名前は……」


 言葉は、そこで途切れた。


「名前は……?」


「いや。いい。あなたが相応の人なら、またいつか出会うでしょうから」


「はい?」


「じゃあね。ミサキさん」


 妙に芝居がかっていた彼女は、ようやく消えた。ホント傲慢なしゃべり方と仕草な、悪役みたいな人だった。


「だから“みさき”じゃないって」


 最後まで私を“みさき”と呼んだ彼女が誰なのか。それは数日後分かることになる。


◇◇◇◇


 大会は続いていく。一回戦が初日の登場の千庄は、二回戦までは時間があった。調整と二回戦の相手、神山学園の分析に時間を費やし、戦いに備えた。


 二回戦の前日、夕食を終え、旅館の一室を借りミーティングを行った。神山学園の試合の映像を確認する。


「何度目の確認かわかんないけど、相手のエース、迫田さこたさんは、癖のあるピッチャー。左でインステップしてくるからクロスオーバー気味になって左バッターには打ちにくい。逆に右バッターが多いうちにとっては組みやすいかもしれない

 決め球はスライダー。カウントを取りにくる小さいスライダーもあって、この二つが基本」


 映像を見ながら、日菜子先輩が相手エースの特徴を述べていく。確かに左には打ちにくそうなピッチャーだ。千庄打線には、私と星奈先輩しか左がいないから、うちにとってはやりやすいのかもしれない。


 しかしそんな相性的なことは言い訳にせず、私ももちろん打つつもりだ。ここ最近毎日映像を見て、対戦のイメージを完全に作り上げた。あとは打席に立って、最後の微調整をするだけ。


「打線はこれといって抜きんでた人はいないけど、全員ねばり強く、小技を交えて点を取ってくる。守備は堅い。あっちはおそらく、ロースコア展開を狙っているはず」


 あっちの戦力分析は短めに終わった。最後に、


「戦力的には、こっちが勝ってるはず……絶対! おそらく。たぶん……」


「こらこら、語気が弱くなってる」


 なぜか言葉が弱くなっていく日菜子先輩に、すみれ先輩が突っ込んだ。今日のミーティングは短めに終わった。


◇◇◇◇


 あとは入浴をし、明日に備えて寝るだけ。私たちには少しの自由時間があった。部員たちは五人、四人の部屋に別れていて、それぞれの部屋で、リラックスした時間を過ごしていた。


 乃愛は一人、畳に寝そべっていた。なにやらシャーペンを持ち、雑誌かなにかに向き合っている。


「何してんの?」


「数独」


 すうどく、という文字の響きだけだと全然わからなかったけど、乃愛の開いていた冊子を見ると、それが何なのかはっきりとわかった。1~9の数字を縦横9マスにいれていく、数字のパズルを乃愛はしていた。


「何で今?」


 明日の試合、乃愛は先発を任されている。本来なら試合のことで頭が一杯になってもおかしくない。


 乃愛は、こっちを向かず、パズルと向き合ったまま、


「暇だから」


「これ、どこが面白いの?」


 一応私もどこかで数独をやったことはあるけど、全然面白さがわからなかった。


「うーん、論理の連鎖がつながっていくのが気持ちいい」


「……よくわかんないけど……余裕なんだね。明日先発なのに」


「そう見える?」


 乃愛は、ようやく視線をこちらに寄越した。ずっと慣れ親しんできた彼女の瞳、でも今のそれは私が知っているものじゃない気がした。


「ちょっと歩こ」


 明日葉が私たちをそう誘った。乃愛は部屋に残ると言ったので、私と明日葉は部屋を出た。


◇◇◇◇


 歩くといっても、今から外に出るわけにはいかず、廊下をちょっと歩いただけである。その辺に置いてある長いすに腰掛けると、


「あいつ、ナーバスになってるんじゃないかしら?」


「あいつって?」


「末広さん」


「うーん、確かにいつもとは違うけど。乃愛って緊張とかしないし」


 あんまり乃愛がそういう、不安状態に陥ったところを見たことが無い。


「それは昔の姿。今のあいつは違う」


「どう違うのさ」


「前までは自分を隠して、飄々としてたでしょ。与えられた場所で、あんまり期待を集めず、適当にやる。自分を守るため、自分には期待しない。前まではそんな感じだった。 

 でも今は、自分からピッチャーやるって言い出して、自発的に努力をして、目指すゴールがちゃんとある。つまり、自分に期待してる」


「なんか、遊んで余裕そうに見えたけど」


「それはあいつがそういう奴だから、自分がナーバスになってるなんて思われたくないから、周りに余裕アピールしてるの。もしくは、自分の頭を明日のことから気を逸らそうと思っているのかもしれないけど」


 確かにそうなのかもしれない。どうして明日葉は、こんなに乃愛のことをわかっているのだろうと思う。そして、私は乃愛のことを分かっていないのかとも思う。


「よくわかってるんだね。乃愛のこと」


「別に、ただ、ひねくれ者の気持ちはひねくれ者が一番わかるから。それに、この前、あいつが自分で言ってたの」


 明日葉はちょっと前にあった、乃愛との会話について話し始めた。乃愛がピッチャーをやりたいと言った理由の話。


◇◇◇◇


「わたしは自分のことを凄いって思ってたんだ」


 会話は、乃愛の言葉で切り出された。


「だって、頭はいいし、運動も出来るし、友達も多いし。世界で一番凄い人だと思ってた。

 でも、野球を始めて、園田渚、なぎちゃんを見て、初めて敗北を覚えたというか、世の中凄い人いるんだなあって思った」


 なぎちゃんとは、少年野球チームで私たちと一緒にプレーしていた子である。


「そして、その後、男子にからかわれて泣いてた女の子を助けたというか、ちょっと男子を追っ払ってやったの。

 それでその子と仲良くなって、野球をやらせてみたんだけど、こりゃびっくりで、わたしより才能があった。ていうかなぎちゃんよりも凄いと思った。あっという間にわたしより上手くなったもの」


「それ、桜希の話?」


「そ。もうわたしはアホらしくなった。でも、なんかださいし、負けを認める感じにしたくなかったから、“本気”になるのをやめようかと」


「なんか、小説の主人公みたいね」


「ホントそう。でも明日葉ちゃんにもわかるでしょ。才能の差を見せつけられた時の気持ち」


「……まあわかんなくはないけど」


「とにかく、ずっとそうして生きていたんだけど。でも高校生になって、逆にダサいような気がしてきた。明日葉を見てると、そう感じた」


「……」


「とりあえず、擦れた自分はやめて、一念発起ピッチャーでもやってみるかな、と」


◇◇◇◇


「そう……だったんだ」


 明日葉の話を聞き、なんか、よくわかんない感情に襲われた。乃愛がそういう気持ちに至ったことは喜ばしいことかもしれない。


「これ、あいつには内緒よ」


「……わかった」


 でも、私は蚊帳の外で、乃愛がすべてを明日葉に打ち明けたことが、ちょっとだけ寂しかった。


「あと、これはあいつ自身の問題だから。末広さん自身が一皮剥けるために、あんまりあれこれ言わないほうがいい」


「わかった。ていうか、そんなに乃愛のことを想ってあげてるなら、いい加減“さん”付けはやめたら。名前で呼びなよ」


「変えるタイミングを逃したのよ」


「タイミングとかないでしょ。親を“パパママ”って呼ぶみたいな話じゃないんだから」


 明日葉に“末広さん”呼びをやめることを約束させ、私たちは部屋に戻った。まだ乃愛は数独をしていた。大浴場にて、体を暖めた後、部員たちは眠りに着いた。


◇◇◇◇


 朝、目が覚めると、既に起きている人がいた。


「おはよう」


「おはよう」


「何してんの?」


 乃愛が、なにやら布団の上で座り込み、目の前の虚空を見つめていた。


「宇宙の終わりについて考えてる。ビッグリップ、ビッグクランチ、熱的死、宇宙はどんな終わりを迎えるのかなって」


 寝起きの頭では、何を言ってるのか全然わからなかった。


 とりあえず、乃愛の頬を両手の平で、軽く押した。乃愛の顔がむぎゅっと潰れた。


「今日、勝つよ」


「むぐ……う、うむ」


 頬を解放すると、乃愛は言った。


「なんか、桜希のくせにかっこよかった」


「くせにって……」


「あんなに泣き虫だったくせに。わたし、感激しちゃう」


 乃愛は、今度は自分で両頬を抑え言った。


「うるさいな」


 今度は明日葉が起き、みんなが目を覚ました。集合時間になったら、部員みんなで朝食を取った。二回戦、神山学園との試合に向け、私たちは動き出した。

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