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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
六章 春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会
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61/101

57話 一回戦VS岐阜女子

『一回の表、千庄高校の攻撃は、一番セカンド、関長さん』


 明日葉が打席に立つ。試合は、私たちの攻撃から始まる。


 マウンドには、岐阜女子の背番号1が立つ。キャッチャーのサインを凝視すると、モーションに入る。足を上げ、第一球、試合の幕開けにふさわしい、気持ちの良いストレートが外角に突き刺さる


「ストライク!」


 球審は活気あふれる声でコールした。岐阜女子スタンドから、歓声とメガホンを叩く音が聞こえる。


 相手の投手は背の高い右ピッチャーである。体格の通り、スピードあふれるストレートを武器にしている。癖の見あたらない、オーソドックスなピッチャーだ。


 二球目、今度は変化球だった。カーブ――打者をあざ笑おうと、ゆったりと軌道を変えながら進む。


 明日葉は、下半身にためを作り、しっかりとタイミングを待ち、バットを繰り出した。快音を響かせ、守備陣をあざ笑おうかというように、レフト前へと鋭く抜けていった。


『二番ショート、青見さん』


 ランナー一塁、明日葉が一塁にいる状況での私の打席、このシチュエーションは幾度と無く経験したもので、十中八九明日葉が盗塁を試み、成功する。


 芹沢先生のサインはいつも通り、“二人に任せる”だった。明日葉は私へと目配せを送った。それはもちろん、いつも通り二塁を狙いにいくという意思表示である。


 一球目、相手バッテリーの選択した球は、決して私のスイングが届かないところへやってきた。キャッチャーは立ち上がり捕球した。

 

 明らかに明日葉の足を警戒したボールだった。ウエスト――キャッチャーの送球がしやすいところへ投げ、盗塁阻止の確率を上げる。しかし、明日葉は何かを感じっていたのか、一塁へ留まっていた。


 ピッチャーはセットポジションに入ると、明日葉を執拗に牽制した。明日葉の足が驚異的であることは、相手にとっては周知のことなのだろう。


 でも、次こそストライクを入れにくるだろうと、私は思っていた。明日葉は走るだろうけど、甘い球なら打ちに行く。


 三回の牽制を挟んだ二球目、私の予想とは逆に、バッテリーはまたもや大きく外した。遠すぎるボールを私は見送るしかできない。バッテリーの動きを読んでいたのだろか、明日葉はまたも走らなかった。これでツーボール、バッター有利となる。


 ここまで見た感じ、確かに全国へと上がってくるだけあって良いピッチャーだけど、これぐらいなら問題ないと思う。一球あれば十分。


 しかしこの打席、私はバットを振らせてもらえなかった。続く二球もボールが続き、フォアボールとなった。


 次の打者、すみれ先輩の放った打球は、ショートの前へのゴロ。守備ショートは問題なく処理し、二塁に送球、一個だけアウトを取る。一塁走者()は懸命に走ったけど及ばず、アウトになる。これでワンアウト一三塁となる。


『四番ファースト、高村さん』


 千庄の主砲、星奈先輩とピッチャーの勝負は、長い勝負となった。ピッチャーは冷静にボールを投じ、先輩もくさいところをカットしていく。ツーボール、ツーストライクで迎えた八球目、快音が響いた。


 痛烈な打球が飛ぶ。ファーストの正面へと飛ぶ。一回も地面に付くことなく、ミットに収まる。すみれ先輩は戻りきれなかった。ファーストはそのまま一塁を踏み、一気に二つのアウトが成立した。


「ああ……」


 千庄ベンチのみんながため息を漏らした。それは、こっちにとってはアンラッキー、相手にとってはラッキーだった。チャンスは一瞬にしてつぶれ、攻守が切り替わる。


◇◇◇◇


 試合は両チームのゼロ更新が続いた。両者が波を立てられない、凪のような試合だった。


 千庄の先発、奈桜先輩は安定の投球を続けている。たまに打たれはするものの、連打を許さず、四回まで危なげなかった。


 攻撃陣は奈桜先輩に援護点をあげたかったが、二回以降はなかなかその兆しを見せられない。岐阜女子同様に単発のランナーが出るだけで、得点には繋げられていない。


 そして五回の裏、岐阜女子の攻撃は下位打線、七番から。テンポよく三人で終わらせたいところだが、一人の出塁を許した。ワンアウトで迎えた八番打者。彼女の放った打球は弱々しく、なんてことない星奈先輩ファーストへの打球だった。


 しかしイレギュラー、打球は直前で不規則にバウンドを変え、星奈先輩の差し出すミットをすり抜けていった。


 九番バッターはワンアウトながら送りバントで、ランナーを二塁に進めた。ツーアウト二塁で、打順は一番、上位打線へと帰ってきた。


 今日ヒットを打っている一番バッター相手にバッテリーは慎重に攻めた。そして、勝負・・には勝った。一番の放った打球は、レフトとショートの間に、ふらふらと上がった。


 懸命に追い、最後は体を投げ出す勢いでグラブを出した。けれど落下点は絶妙で、無情にボールは落ちる。この間に二塁ランナーが還り、ようやく試合は動いた。待望の先制点は、岐阜女子のモノとなった。


◇◇◇◇


 五回裏、ついに均衡が破れた。相手に入った一点。たった一点だけど、結構重く感じた。


 不運で得点は潰えたものの、一回表にチャンスを作り、どこか今日はいけそうだと感じてしまっていた。というか、一回戦はいけそうだと、組み合わせが決まったときから思っていたように思う。やはり、全国に行くチーム、簡単じゃない。


 六回表の千庄の攻撃は、一番の明日葉から。


「だいぶあっちもへばってきてる感じだから、チャンスだわ」


 私たちに残された攻撃は二回しかない。それでも、明日葉の言葉で、私の中の敗北の予感というものは完璧に消え去った。


「行ってくる」


「うん。頑張れ」


 明日葉の打席。そして、その初球、相手の選択した内角いっぱいのストレートを、明日葉は強いスイングで迎え撃った。火花の舞うような鋭い打球が右中間を破っていく。


 ぐんぐん加速していき、明日葉は貪欲に先の塁を狙っていく。ボールが返ってきたがまったく間に合わず、三塁打となった。


『二番セカンド、青見さん』


 ノーアウト三塁での今日三回目の私の打席。実は今日の私の打席内容はフォアボール二つだけ。しかも、バットを一回も振っていない。ほとんど打席に立っていただけである。


 今度こそはスイングをさせて欲しい。現在、岐阜女子のリードは一点しかない。もし再び歩かせれば、私は逆転のランナーとなる。さすがにもう歩かされることはないだろう、そう思っていた矢先、


「ボールフォア!」


 球審はなぜか強めに宣告した。スタンドからは抗議の声みたいな、ちょっと荒げな声が飛び、球場の雰囲気が不穏となる。


 気持ちの折り合いをつけるのが難しかった。三連続四球なんて未経験、もちろん三打席、一回もバットを振れないなんて、野球人生で初めての経験である。でも、私にできることなんて無く、黙って一塁へと走った。


 このチャンスに、先輩たちクリーンアップ陣はしっかり仕事をしてくれた。三番のすみれ先輩がタイムリーヒットを放ち、明日葉が本塁を踏む。まず同点となる。


 四番の星奈先輩もヒットで続き、私がホームに還り。これで逆転。トドメに五番の日菜子先輩がレフトへの犠牲フライですみれ先輩が生還し、三点目が入った。


◇◇◇◇


 三点を奪い一気に逆転した裏の守り、千庄のマウンドには舞香が上がる。逆転したチームの勢いをそのままに、一個二個三個とテンポよくアウトを取った。


 舞香は暖かくベンチに迎えられた。チームの雰囲気は最高と言っても良い。


 緊張感あふれる選抜の初戦、むずかしい時間もあったけど、ここへ来て一気に試合の大勢をひっくり返した。おそらく、みんなの気持ちは高ぶっているだろうと思う。たぶん、私以外の人は。


「つまんない?」


 ベンチで水分を補給する私に、明日葉は言った。


「私、そんな顔してる?」


「うん」


「そっか……つまんないというか、やっぱ、物足りないかな」


 ここまでの打席、一振りもさせて貰ってない。もちろんチームが勝っているのはいいけど、どこか悶々としたものはある。


「それだけ警戒されてるってことでしょうけど、四打席目は、さすがに勝負してもらえるんじゃないかしら」


 さも当然のように私の四打席目に言及しているけど、それがあるかは未定である。私たちの攻撃は七回表の一回しかなく、八番からの打順となっている。三人で終わってしまえば、私は一回もバットを振らず試合を終えることになる。


 でも、明日葉にも回るのだから、たぶん、私の四打席目はあるのだろうと思う。


 先頭が倒れ、これでワンアウト。九番に入った舞香が左打席へ、明日葉はネクストバッターズサークルにおもむく。その背中へと、私は言う。


「一球あれば、一振りあれば充分だから。お願い」


 明日葉は何にも返さなかったけど、その背中はとっても頼もしく、“任せといて”って声が聞こえたような気がした。


 舞香が三振に倒れ、明日葉が右打席へと入る。ストライクとボールが一個ずつ続いて後の三球目、スライダーを明日葉は見事に打ち返し、センター前にボールが落ちる。


「ありがと」


『二番ショート、青見さん』


 私の四回目の打席、初球、ストレートが外へと逃げていった。ボールと判定された。それだけで球場がざわめいた。


 マウンド上、相手のエースはよく投げている。六回に三点こそ失ったものの、それ以外は文句の付け所が無い。


 二球目、カーブがストライクゾーンの下側、ぎりぎりを通過していった。


「ストライーク!」


 球審の強めのコール、球場はなぜか拍手が起きた。


 そして第三球、ストレート、あ、ストライクだ。


 甘く入ってきたボールに対し、自分のポイントまで呼びこみ、下半身と上半身のねじれによって溜まったエネルギーを一気に解き放った。


 冬の間に体をいじめ抜いた成果か、打球は面白いぐらいに鋭かった。右中間へと飛んでいった打球は、あっという間にフェンスに達した。


 私は三塁を陥れ、一塁ランナーの明日葉はホームに還った。これで四点目となる。ベンチに向かって右手を突き上げた。気持ちよかった。よくわかんないけど、球場もとても湧いてくれた。


 三点差となったリードは、試合終了のときまで変わること無かった。七回裏を舞香がきっちりと抑え、勝利、岐阜女子との一回戦を突破した。千庄にとっては全国の舞台で初の勝利だった。

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