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54話 ご利益

 12月は慌ただしく、光みたいに一瞬で過ぎていった。初雪が降って大はしゃぎしたり、クリスマスをみんなでパーティーしたり、もちろん部活も頑張っていたら、いつのまにか年の瀬、大晦日である。


 今日は自分の部屋を掃除していた。午後の三時間ぐらいを使って、細部にもとことんこだわった。普段はあんま掃除をしない私だけど、やるときは時間をかけてとことんする。


 それが終わると、開けっ放しにしていた窓を閉めた。部屋は見違えるぐらい綺麗になった。適度な疲れと充実感を得ることができ、新年を気持ちよく迎えられる気がした。そんなとき、スマホが鳴った。


「もしもしどうしたの?」


「今お婆ちゃん家で、暇だったから。そっちはどうしてる?」


 それは、明日葉からの電話だった。


「私? さっきまで部屋の掃除してて、今終わったとこ」


「ふーん」


 明日葉はそこで黙ってしまい、しばしの沈黙が流れた。


「……なんか、私に用事あるから電話したんじゃないの?」


 私がそう聞くと、


「用事無かったら電話しちゃ駄目なの?」


 なんて返ってきた。実際のところ、掃除を終えた私に次の予定は無く、なにしようかと悩んでいたところだった。


「ううん、嬉しい。ちょうど、暇になったから」


 それから、学校の宿題が終わったかどうかとか、大晦日のテレビ何見る? とか、他愛も無い話をした。作業中、ずっと窓を開放していたから体は冷え切っていたけど、さっき暖房を付けたので、体がだんだん暖まってきた。


「明日二時だから、遅れないでよ」


 そろそろ話を締めようかというとき、明日葉は言った。私たちは明日、初詣を一緒に行く約束をしていた。


「うん、大丈夫だって」


「じゃあまた。良いお年を」


「うん。良いお年を」


 私は今年の残りの時間を家族と過ごした。リビングでまったりしながら、スマホとテレビを行ったり来たり。でも、なんだか無性に明日葉の声が聴きたくなり、年が明ける数分前に電話を掛けた。私たちは年越しの瞬間を共有して、「あけましておめでとう」を言い合った。


◇◇◇◇


 今年最初の日、太陽は堂々とみんなの前に現れてくれた。正月は冬らしからぬ、晴れの天候に恵まれた。といっても、身を凍らすように大気は冷たい。厳重な装いをし、私たちは初詣に行った。


 明日葉はお父さんに送ってもらい、うちまで来た。そして二人で歩いて十五分ほどの神社に向かった。神社に近づくに連れ、人の姿が増えていく。神社の境内まで至ると、行き来する人々の大きな流れが生き物みたいにうごめいていて、その中に入るのを躊躇したくなった。


「人多いなあ」


「そりゃそうでしょ」


 そこで明日葉は、すっと私の手を握る。手袋の柔らかな感触が伝わり、私たちは足を踏み出し、鳥居をくぐった。人々の塊に飲み込まれた私たちは、身を寄せ合って、流れに逆らわず進んだ。途中からは前がつっかえているのか、立ち止まっている時間が多くなった。


「明日葉は何お願いするの?」


「こういうの、人にいっちゃ御利益が無くなるわ」


 なんてあしらわれていると、私たちの番が来た。ご神前に立ち、お賽銭を入れ、二礼二拍手一礼、今年の目標を頭に浮かべ、それが叶うように祈った。


「で、何をお願いしたの?」


 それが終わり、ようやく私たちは人の流れから抜け出した。次は絵馬を書くか、おみくじを引くか、どうしようかってところだけど、やっぱり明日葉のお願い事が気になった。


「まず、自分からさらけ出すのが礼儀じゃないの?」


「私は、“日本一”になれますように、と。明日葉が、“好き”っていってくれますように、って」


「もー。今年も“バカ”なんだから」


「バカで結構です。で、明日葉は?」


「わたしは……桜希と似たようなもん」


「似たようなもん? 日本一になりたい?」


「そ。それより、早く絵馬書きに行こ」


 次に私たちは絵馬を買った。ペンを借り、願い事と自分の名前とかを書いた。


「ほら」


 明日葉は自分の絵馬を見せてきた。そこには、“日本一になれますように 関長明日葉”と書かれていた。


「似たようなもんっていうか、一緒じゃん」

 

 私の絵馬にも、“日本一になりたい! 青見桜希”とほぼ同じお願いごとが書かれている。なんだかおかしくて、私たちは笑った。


「似たようなもんなのは、もう一個のお願い」


「もう一個のお願い? なになに教えて?」


「さてと、さっさとこれ、かけにいきましょ」


「ちょっ、ずるい!」


 明日葉は逃げた。といっても本気じゃないから、すぐ追いついたんだけども。私のもう一個の願いは、“明日葉に好きって言われたい”、これに似たようなもんって……どういうことだろう。


◇◇◇◇


 少し歩き、絵馬を掛けるところへ行くと、意外な顔ぶれが先客としていた。


「あれ、青見ちゃん……それと関長ちゃんじゃん」


「うわっ……おひさしぶりです。おけましておめでとうございます」


 私と明日葉は慌てて頭を下げた。そこにいたのは、陽子先輩、光先輩、美羽先輩、麗先輩、女子野球部の三年生たちだった。


「二人?」


「そうですけど……」


「そっかあー」


 陽子先輩はなにやらニヤニヤしていた。先輩たちはちょうど絵馬をかけ終わったところみたいだった。


「先輩たちは何お願いしたんですか?」


 そう聞いた私を、明日葉は軽く小突き、「決まってるでしょ」と囁いた。間抜けな私は、ようやく気づいた。先輩たちは受験生である。


「ほら」


 陽子先輩の絵馬には、“志望校に合格できますように 吉川陽子”とあった。


「先輩の志望校って……神大しんだいでしたよね」


「そう。五分五分ってところかな。うーんと、ちょっと失礼」


 先輩はなぜか、私の体をぺたぺた触り始めた。


「な、なにしてるんですか?」


「なんかあなたの体、御利益ありそうだから」


 腕やら背中やら太股やら、衣服越しにくまなく触られた。先輩はとても楽しそうで、抵抗しようにもできなかった。きっと受験のストレスでおかしくなってしまったのだろう。


「先輩頑張ってください!」


「うん。二人も、選抜頑張ってね。応援行くから」


 先輩たちと別れた。光先輩だけはスポーツ推薦で東京の大学が決まったそうで、とても気楽そうだった。ただ他の三人はまだ受験生であり、帰宅したら即勉強すると言っていた。この初詣の時間が、つかの間の一息つける時間だったみたいだ。


「受験生って大変だなあ。二年後が怖い」


 私がそうぼやくと、明日葉は私を、びっくりした顔で見た。


「何?」


「……ふつうに受験する気なの? 野球で推薦もらうとか」


「さあ、先のことだし。第一推薦もらえるかなんてわかんないし」


「桜希が貰えなかったら、誰が貰えるのよ」


「沙音璃とかじゃない?」


「……もういいや、おみくじ引こ」 


◇◇◇◇ 


 で、私たちが引いたおみくじの結果は、まさに対照的だった。


「やった」


 私が大吉で、


「……」


 明日葉が凶だった。


「なんでこんな、真反対の結果が出るのよ」


「日頃の行い、とか?」


「喧嘩売ってるの?」


「嘘です。ごめんなさい」


「あほくさ。帰りましょ」


 私たちはおみくじを境内に結び、神社を後にした。この後の私たちは、私の家で夕食まで過ごす予定である。帰りの道中、私は言った。


「今年の明日葉が運勢どおり“凶”の一年だったら、私は“大吉”の一年にはなんないと思う」


「どういうこと?」


「私とあなたは運命共同体だから、おんなじ運勢だってこと」


「……そんな恥ずかしいことよく……まあホント、そうかもしれないけど」


 ◇◇◇◇

 

 ずっと寒空の下にいたから、後の時間は部屋で過ごそうと思った。でも結局、私たちはまた外に出て、キャッチボールをした。今年最初の私たちのキャッチボール、とても寒く、手がかじかんだ。ボールを受けるたびに手がしびれた。けど、楽しかった。


 私の家族の前での明日葉は、とても礼儀正しかった。母親にも父親にも丁寧に接し、とても歓迎されていた。母親は「明日葉ちゃんはとてもしっかりしてるわねえ。それに比べてうちの娘は――」なんてことを言っていた。


 今日の家の夕食は、正月ということで豪華にすき焼きだった。いいお肉だったみたいで、ほっぺが落ちそうなぐらい美味だった。いつもはそんなに華咲くわけでもない一家の夕食も、明日葉がいることで賑やかになった。


「今日は、ありがとうございました」


「また来てね」


 夕食を終えしばらくすると、お父さんとお母さんが二人で明日葉を迎えに来た。いっそのこと泊まっていけばいいのに、と言ったけども、明日葉は「それは絶対嫌」と、なぜか、猛烈に嫌がった。


 明日葉の両親は、私の親へと挨拶していた。お互いにかしこまって、頭を低くしていた。


「今年もよろしくお願いします」


 別れ際、明日葉は、なぜか私へ、丁寧に頭を下げた。ホントに唐突で、私は戸惑った。けど、私も、


「よろしくお願いします」


 と言って、頭を下げた。


「じゃあね」


「うん、バイバイ」


 明日葉は、両親が乗ってきた黒い車の後部座席に乗る。車は動き出す。曲がり角を曲がり、その姿が見えなくなるまで、私はずっと手を振っていた。

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