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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
四章 秋の近畿大会
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関長明日葉の話③

 桜希といると、わたしの知らないわたしが出てきそうで、怖い。そいつが桜希の前に現れたら、きっとわたしは終わる。


 二人でカラオケに行ったりしたその日、家に帰り着いたのは七時前だった。食卓には夕食が並び、両親は既に食事を始めていた。


「ごはんできてるわ」


「うん」


 カラオケにて結構注文して食べたから、あんまりお腹は減っていなかった。しかしいらない、なんて言うと母親は露骨に不機嫌になるから、食べないという選択肢は無かった。


「この人誰?」


「モデルかなんかじゃないか」


 母親と父親が、テレビに映る芸能人について、あれこれ会話を交わす。家族全員で食卓を囲むとき、決まってわたしは無言である。母がなにか言って、それに父が反応する。わたしは我関せずな感じに箸を進める。


 そもそも親に話す事なんてないし、彼らの会話の内容はわたしに縁遠いものばかりで、話に入っていけない。たまにこっちに話を振ってきたら、素っ気なく返す。それが当たり前で、気楽だ。


「今日どこ行ってたんだ?」


「友達と、いろいろ」


 父が聞いてきたので、適当に返した。


「青見さんか?」


「そうだけど」


「あの子、お前のこと“優しい”って言ってたぞ」


 少しニヤケながらそんなことを言う父親が嫌だった。


「この前、近畿大会に行ったとき、あの子のお母さんと話したわ。お母さん、美人だったけど、ちょっと変わった人だった」


 今度は母も話に入ってきた。わたしの反応をよそに桜希のことで話が広がっていくのは、どうにもむずがゆかった。


「高校時代の友達は一生物だっていうしな、大切にしろよ」


 父の珍しい助言的なモノ、わたしは「うん」って曖昧に頷いた。


「ごちそうさま」


「もう食べないの?」


「ちょっと食べてきたから」


 席を立ち、二階へと上がる。自分の部屋に入るやいなや、ベッドに体を投げ出した。


「はあ」


 体をうつ伏せたまま、顔を横に向ける。視線の先には、わたしと桜希が二人で写った写真が見える。小さな額縁に収まったわたしは、普段では考えられないぐらいの笑顔をしている。


 いつからか、桜希と過ごす時間の中で、悶々とした思いを抱えるようになった。


 “大事にしろよ”という父の言葉。そんなことは重々承知だ。この関係を壊したくない。


 でも、それでいいの? 今の関係で満足? 本当の気持ちを伝えなくていいの? 今のわたしはいったい誰? いつからこうなったの?


 枕を抱え、強く抱き締めた。スマホを手に取り、イヤホンを耳につけ音楽を流した。でもやっぱり、わたしの知らないわたしの声は、消えてくれなかった。


◇◇◇◇


 翌日の学校、放課後の練習を終え、帰宅の途についた。近畿大会以降は、練習時間も短くなったから、前よりは早めの時間の電車に乗った。


「それで、日菜子が言ったの」


 隣に座る、星奈先輩が言った。


「“それじゃあ私が変態みたいじゃん”って」


「あはは」


 車内にはポツポツと中高生の集団があるだけで、わたしたちの声は妙に響く。わたしたちは通学に同じ路線を利用するから、行き帰りでいつも一緒になる。先輩と仲良くなったのはそういう理由だ。


「日菜子先輩って面白いですね。ちょっと天然っていうか」


「まあ日菜子は昔から、変わらない」


 先輩は目を細め、少し口角を上げる。その横顔を見て、思った。最近の先輩は、前よりも感情を表に出すようになった気がする。


「先輩、最近よく笑いますね」


 言ってから、こんなこと伝えて良かったのかと後悔した。ただ、先輩は、


「青見さんが、“私は先輩が笑ってくれるとうれしいし、可愛いと思います”って、言ったから」


「……」


 頬に両手を当て、ときめく乙女みたいな表情をしている。先輩らしさがまったく無く、本気でやっているのか、冗談なのか判別がつかなかった。頬に両手を添えたまま、こっちに視線を移し、


「青見さんには、人を変えていく力があると思う。わかる?」


「わかりませんよ、そんなの」


 わたしの言葉に説得力がまったく無いことはわかっていた。


「最近、女子野球の話考えてる。主人公は青見さんがモデル。明日葉ちゃんモデルのキャラも出そうと思ってる。ショートとセカンドの二人が絆を深めながら日本一を目指す話。どう?」


「どうって言われても。やめてください、としか言えないんですけど」


 先輩は、なんでも漫画創作に生かそうとする。それ自体は結構だけど、わたしたちのことをネタにするのは絶対辞めて欲しい。だけどその漫画の構想が、なぜか気になった。


「それって、最後どうなるんですか?」


「えっ?」


「物語の最後、二人はどういう風になるんですか?」


「さあ、そこまで考えて無かった。ただ普通なら、二人は日本一とか目的を果たして、そして次の目標に向かうとか、同じ道とは限らないけど。そんな感じで終わる。なんでそこが気になったの?」


「いや……別に」


 わたしは何を言っているのだろう。話を変えたかったけど、都合の良い話題が思いつかなかった。


「そういえば、青見さんが、“明日葉が好きって言ってくれないんです”、って言ってた」


「……頭おかしいんです、あいつは」


「何で“好き”って言ってあげないの? 青見さん、きっと喜ぶよ」


 両手を強く握った。なんかもういいやと思った。きっと星奈先輩なら、言っても大丈夫。


「あいつの“好き”は、わたしの“好き”と違うんです。言ったら、今の関係が壊れちゃうんです」


 顔を背けた。その先には車窓があって、唇が震えている自分の顔が映っていた。


「なるほど」


 先輩はすべてを理解したのだろう。それっきり口を閉ざしてくれた。駅に停まる度に人が減っていき、やがて先輩の順番がやってきて、わたしが一人になる時が来た。


 ブレーキがかかり、わたしは慣性に飲まれ、先輩の方に寄りかかった。先輩はわたしを肩で受け止めた。


「青見さんなら、あなたがどんな思いをぶつけようと、きっと受け止めてくれる」


 先輩はそっと立ち上がった。わたしは「さようなら」を言うタイミングを逃した。


「遠慮するなら、わたしが盗っちゃうかも」


「えっ?」


「冗談。じゃあね」


 “さようなら”という言葉が出ず、わたしは去りゆく背中をただ見つめていた。しばらく呆然としていた。先輩の瞳には光があった。ふと見た窓には、瞳に光のないわたしが暗黒の景色の中に浮かんでいた。

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