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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
四章 秋の近畿大会
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51話 デート

 午後一時半、駅にて待ち合わせ。私は三十分前には自転車で家を飛び出し、二十分前には駅に着いた。練習が休みな日曜日、私たちは、二人でどっか行こうっていう約束をしていたのである。


 当然、明日葉はまだ来ていなかった。電車でやってくる明日葉は、私みたいに何十分も早くやってくることなんてないのだ。


 一人冷たい風の吹く中をぼーっとしたり、スマホを眺めたりしていた。しばらくして、ようやく明日葉はやってきた。


「もしかして待ってた?」


「うん、二十分ぐらい」


「はぁ?」


「だって、家にいてもやることないし、落ち着かないし」


 明日葉の服装は、厚手のパーカーに、ゆったりしたワイドパンツで、結構似合ってると思った。そういう私も上はトレーナーに下はデニムで、いつも通りの地味な格好だった。


「自転車取ってくるから」


 明日葉は駅の駐輪場へ自転車を取りに行く。一分後には戻ってきた。


「さ、いこ」


「うん」


 手で自転車を押し、先をいく明日葉に付いていく。駅の敷地を出ると、明日葉は急にこっちを向き、


「どこに?」


「えっ?」


 私は口を開け、アホみたいな声を出した。


「“えっ”じゃない。どこ行くか決めてないの? そっちがどっか行こうとか言ってきたのに」


「いや、明日葉が日曜に行かない? って誘ってきたから、行きたいところあるのかと」


「……じゃあ、言い出しっぺがどこ行くか決めて」


「いや、これあなたの快気祝いも兼ねてるから、決めていいよ」


 私たちのデートは、早くも行き詰まった。不満げな明日葉は、


「じゃあ、行きたいところはあるの?」


「デートで行くようなところ」


「もっと具体的に言って」


 そうは言っても、二人で行ってみたいところは多く、一つには絞れなかった。


「……そういう明日葉は行きたいところないの?」


 明日葉は、「んー」と腕組んでうなった後、


「カラオケは……?」


「ああ、うん、いいんじゃない。行きたいなら早く言えば良かったのに」


「別に行きたいわけじゃない……ただ――」


「ただ?」


「普段行かないし。それでデートっぽいので思いついたから」


◇◇◇◇

 

 カラオケ店は駅の近くにあり、すぐに着いた。以前部のみんなと行ったこともある店で、道には迷わなかった。受付の女の人に二人と伝えると、端っこの狭い部屋に押し込まれた。


「ねえ明日葉が先歌って。私、歌には自信ないし」


 以前、部のみんなと行ったときは、先輩たちもいたから、私は遠慮してあんま歌わなかった。強引に一曲だけ一人で歌わされたものの、みんなの反応は微妙だった。歌について、私は大して上手くもないし、たぶん、どっちかというと下手な部類だ。


「それに、あなたの歌ってるとこみたいし」


 その場に明日葉はいなかった。そもそも明日葉の歌声を聞いたことが無い。


「それなら、わたしも桜希の歌ってるとこみたことないんだけど」

 

「お願い!」


「しょうがないなもう。順番だから、次はちゃんと歌ってよ」


 明日葉はため息をつくと、タッチパネル式のリモコンを操作する。モニターに曲名が表示する。最近流行っている男性4人組のバンドの代表曲だった。


「なんか、意外と普通な曲」


「うるさいな、黙って聞いときなさいよ」


 イントロが終わり、明日葉が息を吸い、歌い始めた途端、私は息を飲んだ。これは私とはレベルが違うと思った。真に通る力強い歌声で、心地よく耳に溶け込んでくる。歌い終わり、思わず私は拍手した。


「上手……」


「……じゃあ次はそっちね」


 急に明日葉は楽しそうな顔となった。逃げることはできない。覚悟を決め、私は曲を選ぶ。数年前に流行ったラブソング、一番上手く歌えそうなのを選択して、マイクを持ち、立ち上がる。


 無我夢中に歌った。メロディーが途切れると、明日葉は、小さく拍手してくれた。


「ど、どう?」


「あんま上手くなかったけど、恥ずかしがらず一生懸命歌ってたから、よかった」


「それ褒めてんのけなしてんの、どっち?」


「褒めてる」


 次はまた明日葉の番だ。私はスマホを取り出し、明日葉へ掲げた。


「録らないでよ」


「記念に。だって明日葉の歌ってる姿凄い良かったから、永久保存版にしたい」


「……じゃあ、他の奴らには見せないで。恥ずかしいから」


「そんな勿体ないことしないって。私だけのモノにするから」


 そうして歌い始めた明日葉の歌には、“君が好き”みたいな歌詞があった。この前、私がお見舞いに言ったとき、明日葉は私のことを“好き”って言ってくれた。当の本人はそのことを熱にうなされてたから覚えてないと言う。けれど記憶があることを示唆する言葉も吐いてはいる。真相はわからない。


「桜希」


「ん」


「なにボーッとしてるの。次、歌って」


 またあの時のことを思い出してしまった。スマホの録画を止め、慌てて選択した曲は、またラブソングだった。


◇◇◇◇


 一時間ぐらい交互に歌い合った後、私たちに限界が来た。そもそも歌いたがりでない二人でカラオケは無理があった。あとの一時間は注文したものの飲み食いしている時間の方が多かった。


 二時間弱が立ち、「あと十分です。延長しますか?」との連絡が来た。もちろん延長せず、私たちは店を出た。自分が歌っているのはそんなに楽しくなかったけど、明日葉の歌が凄い聴いてて心地よかったから、来て良かったと心から思う。


 私たちにはその後の予定も無かった。カラオケ店にて結構お金使ったから、お財布事情的に行ける場所も限られていた。またどこに行くかで揉めないといけないかと思ったけど、今度はそうならなかった。


「わたし、行きたいところ見つけた」


 私は明日葉に従うことにした。「どこに行くの?」と聞くと、「内緒」と返ってくる。「お金あんま無いよ」と言うと、「お金かかんないとこ」と返ってくる。少し不安に駆られながらも、明日葉について行った。


 しばらくすると、街の真ん中を流れる川が見えてきた。そのまま大きく開けた道を進んでいくと、河川敷の野球グラウンドがある辺りまでやってきた。明日葉は自転車を止めた。


「ここ?」


「ここ」


 明日葉は、土手を降りていく階段の上に腰を下ろした。


「何でここに?」


「お金かかんないし。ここで話しとこ」


 私もその横に座った。遠くを見つめながら、明日葉は話し始めた。


「この前の桐葉戦さ、わたし、凄い悔しかったんだ」


 意図的ではないけど、私たちは今日、野球の話をしていなかった。


「最後の打席、ある程度スライダーが来るってわかってて、その上でその球を空振りしちゃったから。しかも、その上、桜希は普通に打ちやがったし。今年一番の敗北感みたいなの覚えた。屈辱的だった。だからあの日、家帰った後、ずっとバット振ってた。そしたら、あんな熱が出た」


「ええっ」


「で、寝込んでいる間にずっと悔しさが頭を渦巻いてたの。巻島乃梨子に喫した三振の映像ばっか頭浮かんでさ。でも、なんかこんな気持ち、昔も感じたなあって思って。で、ここさ、昔わたしが初めて桜希を見て、意識したところ」


 明日葉が以前言ってた、少年野球で私たちが対戦したときのこと、その舞台はこのグラウンドだった。


「あの時、わたしは自分のことを上手いと思ってた。少なくとも、同級生の女の子に負けてるなんて思いもしなかった。だから桜希を見たとき、凄い敗北感を覚えた。でも、それでもっと頑張ろうと思えたし。今回もまた一から頑張ろうと、その時の気持ちを思いだしたくて、その張本人と、ここに来たかった。初心を思い出そうってね」


 言いたいことを言い切ったのか、明日葉は両手を組み、空に向かって伸ばした。たまにこういうことを言う。私は照れくさかった。


 眼下には誰もいない、茶色と緑色のグラウンドが広がっているだけだった。後ろの道路は自動車が入ってこないから、自転車とランニングしている人がたまに通りかかる程度で、全然人の気配がしない。視界の中で動いているのは川の流れと雲だけで、時がゆったりと流れている気がした。


「でも、無理するのは止めてよ。そんな病気になるほど練習するのはさ」


「わかってるって。あの、お見舞い来てくれたときの心配そうな桜希の顔見たから、もうやんない」


 それを聞くと、私は、


「……やっぱり、あの時のこと覚えてないとか言ってたくせに、ちゃんと記憶あるじゃん」


「あるよ。でも――」


 明日葉は肩をすくめるて、


「あの時のわたしは、幽霊みたいになって、幽体離脱って奴? 部屋の様子を俯瞰的に見てたの。死んだかと思ってたけど、ベッドに横たわってるわたしは、なんかわけわかんないこと言ってるし、桜希は心配そうに正座してるし、わけわかんなかった」


「意味わかんない」


「つまり、あの時わたしが言ったことは全部、わたしに乗り移った誰かが言ったことだから。だってそうでしょ。わたしの魂は、外に出てたんだもの」


 明日葉は、いたずらっぽく口角を上げた。


「なにそれ、ずるい。私は、“好き”って言ってくれて嬉しかったのに。私の純情、もてあそばないでよ」


「あのねえ、わたしが真面目にそんなの言うわけないじゃない。だいたい、冷静に自分を見なさいよ。友達に“好き”って言わせようとするなんて、異常者よ」


「別に異常者でもいいもん。日菜子先輩にも“やばい奴”って言われたし。ていうか減るもんじゃないし、“好き”って早く言って」


「減るの。わたしの場合は」


 そこで「どういうこと?」って聞こうと思ったけど、明日葉が立ち上がり、「さ、帰ろう」と言ったため、有耶無耶になった。


「あ、うん」


 スマホを見てみると、もう五時前だった。これから日が暮れ始めるし、気温も下がってくる。明日葉は、


「今度は、ちゃんと計画立ててどっか行こ」


「そだね。あ、私は明日葉の家、また行きたいな」


 今度はどこ行こう、みたいな話をしながら、私たちは駅に向かった。電車に乗り、去っていく明日葉を見送り、私は家に帰った。私たちのデートは、そんな感じだった。

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