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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
四章 秋の近畿大会
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50話 覚えてない

 準決勝の翌日の日曜日は、久しぶりに何も予定が無かった。部活は休みとなり、何もすることなく一日を終えた。


 その翌日の月曜日、もちろん学校があって、朝、いつもの時間に登校した。教室に着いてすぐ、ある違和感を感じた。あるはずの光景が無かった。いるはずの人がいなくて、「おはよう」って言えなかった。


 明日葉がいない。電車通学の明日葉は、私たちより登校が早い。いつもなら私が教室に着くと、机で本を読んでいる。そこへ「おはよう」って声を掛けるのが、私のいつもの朝だった。


「どうしたんだろ?」


「遅刻なんじゃないの。そのうち来るでしょ」


 乃愛が言うように私も思っていた。ところが、ホームルームが始まっても明日葉はやってこなかった。私はホームルームと一限の間に、明日葉に“どうしたの?”ってメッセージを打った。


 返信はすぐには返ってこなかった。担任の先生に聞いてみると、


「関長さんなら、高熱が出たそうです」


「高熱……」


 つい二日前には“わたしは風邪ひいたこと無いから”なんて豪語していたのに。


 その後、安否を確認するメッセージを何回か送ってみると、昼休み、ようやくあっちから、“寝てた”というメッセージがやってきた。


 “大丈夫?”と聞いてみると、“大丈夫”とだけ返ってくる。“本当に?”と送ると、“しつこい!”っていう文面が送られてきた。


◇◇◇◇


 気に病んで、今日の授業はあんまり集中できなかった。知らないうちに放課後となり、部活の時間となった。


「明日葉ちゃん、やっぱ休み?」


 練習用のユニフォームに着替えようとしたとき、急に背後から声がした。振り向くと、星奈先輩がいた。


「休みです。熱出たの、知ってたんですか?」


「昨日の夜、熱が出たって、電話で」


「そうですか……」


 星奈先輩には昨日の時点で教えたのに、なんで私に教えてくれなかったんだろう。私が露骨に不快感を顔に示していたのか、星奈先輩は、


「わたしが、青見さんには知らせたの? って聞いたら、明日葉ちゃんは心配かけたくないからって、連絡しないって言ってた」


「……」


「青見さんなら、病気だって聞けば、夜でもすぐに明日葉ちゃんのところに飛んでいっちゃいそう」


 先輩は、微笑ましげに頬を緩ました。反論しようと思ったけど、実際その通りな気がしたので止めといた。今だって、すぐに明日葉の元に行きたい。


「お見舞い、行ってあげて」


「えっ……でも、練習……」


「日菜子だって、先生だって、あなたを止めないと思うから。行きたいなら、行った方がいい」


 正直、適当に言い訳をして練習をサボろうかとも思っていた。踏ん切りがつかず、ここまでやってきてしまったんだけど。


「わかりました。日菜子先輩に正直に話して、サボっていいか聞いてみます」


「明日葉ちゃん、喜ぶと思う」


 背中を押してもらい、決心がついた。私は荷物を持ったまま、日菜子先輩の元へ行った。


「先輩、今いいですか?」


「いいけど……どうかした?」


「実は――」


 正直に、ありのままに話した。先輩は、あの明日葉が病気になったという事実にめちゃくちゃ驚いていた。


「というわけで練習、サボらせてください!」


 一応、頭を下げる。


「いいよ」


「いいんですか?」

 

「だって、私に止める権利ないし。それに“ダメ”なんて言ったら、さっちゃんなら私が“OK”って言うまで、武力行使してきそうだから」


「……私をなんだと思ってるんですか?」


「“愛しの明日葉”のためならなんでもやっちゃう、頭の中のほとんどが明日葉ちゃんで構成されてるやばい奴」


「……」


「冗談冗談。ていうか、もう荷物持って準備万端じゃない」


「じゃあそういうことで」


 あんまり突っ込むことはせず、すぐに退散しようとすると、


「先生には私から言っとくから。お大事にって、伝えといてね」


「ありがとうございます。伝えときます」


◇◇◇◇


 明日葉に行くことを伝えようかは迷ったが、サプライズで驚かせたい気持ちもあり、内緒にしておくことにした。


 しかし、そもそも私は明日葉の家に行ったことが無い。知り合ってから半年間、ずっと部活で忙しく、機会が無かった。私にある手がかりは、住所だけだった。


 とりあえずはと駅に向かい、電車に乗った。一人で電車に揺られることも初めてで、なんだか落ち着かず、ずっと窓の外の風景を眺めていた。


 駅を降りた後、まったく知らない風景が広がっていた。こんなところ、初めて来た。私はスマホの地図と睨めっこしながら、歩き出した。


 ふらふら道を歩き、道行く人にいろいろと訪ねながら、ようやく表札に“関長”と書かれた家に着いた。少し黄がかった壁に、赤色の屋根が被さった、二階建ての住居だった。


 私は家の敷地に入った。すると庭にいたのか、私を見た犬が急にめちゃくちゃ吠えだした。


「ひぃっ」


 明らかに敵意たっぷりの吠えっぷり。私を怪しい人だと判断したのだろうか。そういえば明日葉の家は雄の柴犬を一匹飼っていると言っていた。確か名前は“ハヤト”。


 玄関先にたどり着き、インターホンを押した。「はーい」と聞こえてきたのは男性の声だった。


「あの、明日葉さんの友達で、お見舞いに来ました」


「今開けるから」


 待っている間も、柴犬のハヤトはずっと吠え盛っていた。ドアが開き、出てきたのは私と身長が同じぐらいの男性だった。


「もしかして、青見さん?」


「あっ、はい」


「そっか。娘が仲良くしてもらってるみたいで。あっ明日葉の父です」


 お父さんには、童顔なところとか、明日葉の面影がしっかりとあった。


「ごめんね。ハヤトの奴、いつもは来客にあんなに吠えないんだけど」


「い、いえ。びっくりしたけど、大丈夫です」


 となると、ハヤトは私だから吠えまくったってことだろうか。なんだか飼い主に似ている気がした。


「さ、入って入って」


 招き入れられ、「おじゃまします」といい、足を踏み入れた。靴を丁寧に揃えた。なんだか緊張した。


「二階の部屋で、たぶん寝てると思うけど。階段上がって、すぐ左の部屋で」


「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げ、すぐ目の前の階段に一歩足を乗せた。すると、お父さんは、


「あんまり明日葉の友達がうちに来ることとか今までなくて」


「そうなんですか」


「まああんな性格だから。大丈夫? 明日葉にいつも振り回されてない?」


 お父さんは優しい目をしていた。おっとりとした柔らかな口調で、そこは明日葉に似てないと思った。


「いえ、明日葉は優しいです。とっても」


 階段を上り、すぐ左の部屋、おそらくここだろう。コンコンとドアをノックしようとした時、


「入っていいよ」


 と私がやってきたのをわかっていたかのように、中の人物は言った。「失礼します」と言って、ドアを開け部屋に入る。六畳ほどのスペースで、まず最初に目に入ったのがベッドだった。その人の頭は部屋の奥の方を向いていて、被っている布団のせいで顔は見えない。


 その横には学習机があり、ファイルとかプリント類が綺麗に整頓されている。スペースを大幅に取った大きな本棚には、マンガとか本がぎっしりと並べてある。全体的に野球にまつわるものがほとんどで、人によっては味気ない部屋だと表現するかもしれない。でも、私にとっては、想像した通りの部屋だった。


 夏の大会で撮った写真もあり、私と二人で映った写真もちゃんと飾ってあった。私は、床に敷かれたカーペットの上に正座した。布団を被った明日葉は寝返りを打ち、こっちを向いた。ようやく顔が見えた。


「驚かせようと思ったのに、全然びっくりしてないじゃん」


「だって、ハヤトが急に吠え出すから目が覚めて、そしたらピンポンが鳴って、下から桜希の声が聞こえたし。それに、なんか来てくれるような気がしてたし」


 明日葉は冷感シートをおでこに貼っていて、頬はりんごみたいに真っ赤だった。


「来てくれてめっちゃ嬉しい。ありがとう」


「うん。熱、どれぐらいあるの?」


「さっき測ったときは38度8分」


「めっちゃ高いじゃない。大丈夫なの?」


「大丈夫じゃ無かったけど、でも、桜希が来てくれてちょっと良くなった」


 明日葉は思いっきり歯を見せて笑った。あんまり見られない光景だった。弱っているせいか、声にいつもの張りが無い。でも、それはそれで可愛く思えた。


「あの柴犬、ハヤト、めっちゃ私に吠えてきたんだけど。なんか飼い主に似てるなって思って」


「飼い主に似て、可愛い?」


「……う、うん」


 そして、なんだかおかしい。高熱でおかしくなっちゃったんだろうか。


 明日葉のよくわからないテンションに怯んでしまい、何も話す言葉が浮かばなくなる。そもそも心配な気持ちだけでここまで来たから、取り立てて話したいことがあったわけでは無かった。


「うつっちゃうから、あんまり長居しないほうがいい。わたしを倒すほどのウィルスだから、めっちゃ強い」


「う、うん」


 私は立ち上がり、少しだけ部屋を回った。昔の明日葉の写真とかもあった。話を聞いてみたくなったけど、それはまた今度にしよう。


 部屋の出入り口の前に立った。ドアノブに手を掛けたけど、このまま帰っちゃうのも、なんだか嫌で、


「今度、二人でどっか行こ。デート、しよ」


「いいよ。なら頑張って治す。今日はホントありがと。嬉しかった」


 やっぱり、今日の明日葉は変だった。


「ねえ、私のこと、どう思ってる?」


 だから、もう一個思い切って聞いてみた。答えが返ってきた瞬間、心臓が、ドクンと跳ねた。


「好き」


「……相当熱がひどいみたいだから、ゆっくり休んでちゃんと治してね。無理しないで。じゃあ帰るから、お大事に」


「はーい」


 部屋を出て、階段を下りた。リビングから出てきてくれたお父さんに、「帰ります」と告げた。


「もしよかったら、また来てね」


「はい。おじゃましました」


 頭を一回下げ、靴を履き、外へと出た。瞬間、またハヤトに猛烈に吠えられた。でも、あんまり気にならず、駅の方へと、勝手に弾む足で向かった。


◇◇◇◇


「覚えてない」


 明日葉が学校にようやく来れたのは、お見舞いの二日後だった。私が明日葉の家に行ったことについて聞くと、


「来てくれたのは父親に聞いたけど、でも、そんな記憶なんてないわ」


「ホントに? 結構喋ったよ」


「だから知らないって、熱にうなされてたから」


「でも……」


「もう、しつこいって。わたしが覚えてないって言ったら覚えてないの」


 覚えてない、そんなの知らない、あの時のことについて、明日葉はその一点張りだった。あの時の明日葉はどこへ行ったのか、性格も元に戻っていた。結局、私は諦めた。


 ただ、その日の練習前、


「もう大丈夫なの? 無理しないほうが……」


「心配性なんだから。もう余裕だって」


 明日葉は、今日から練習に復帰すると言い張った。心配だったけど、元気そうだったし、こうなったら私の言葉なんて聞かないので、あんまり咎めるのは止めといた。二日前にはゆっくり休んでねって言ったら、「はーい」と返してくれたのに。


「ところで今週の日曜日、練習休みでしょ。なんか用事とかある?」


 私が「ないけど」と返すと、


「じゃあ二人でどっか行こ。()()()、するんでしょ」


「あ、うん」


「じゃあ日曜日ね。風邪引かないでよ」


 明日葉は、それだけ言って星奈先輩の元へ行き、会話をし始めた。


「えっ」


 私は、明日葉の矛盾にすぐには気づけなかった。どこまでが本当で、どこまでが嘘か、全然わかんなくなった。そんな私をよそに、明日葉は星奈先輩と楽しそうに会話をしていた。


「ずるい……」

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