49話 準決勝VS大阪桐葉④
六回表の千庄の攻撃。相手のピッチャー巻島さんは、あっさりと一個目のアウトを取る。
『一番セカンド、関長さん』
打順は一周し、明日葉の三打席目となる。点差は九点、現実的に考えてここから試合をひっくり返すのは難しい。それでも可能性が残っている限り、勝ちを目指す。負けるとしても、このまま無抵抗で終わりたくない。
巻島さんは、最初に明日葉にフォアボールを与えた以外はまったくボールが乱れない。スピード溢れる直球、切れ味するどい変化球をストライクゾーンに重ね続けている。精密機械のような、一ミリの狂いも無い投球の繰り返しだった。気づけばここまでの打者九人に対して、ノーヒットピッチングである。
明日葉相手には、さらにギアを上げた感じがあった。ストレートも、変化球も、さらなるキレを加え、波状攻撃のように連続して襲いかかってくる。甘い球がいっさい来ない。隙がまったく無い。明日葉は当てるのが精一杯で、最後は、縦のスライダーにバットが空を切った。
三振、明日葉のそれを見たのはいつ以来だろう。少なくとも近頃はまったく記憶が無い。
「後は任せた」
すれ違い様に、明日葉はそう言った。私は左打席に立った。マウンドの方を見ると、ご馳走がやってきたみたいに、嬉しそうな巻島さんの顔があった。こんなに点差がつけば当然だろうけど、余裕綽々だった。
ゆっくりと投手の右足が上がる。右足が頂点に達すまでは、打者を焦らしたいかのように遅い。でも右足を下ろす中で加速度を得ると、一気に速度が増していき、右腕が振られる。フォームの緩急によって生まれた投球は、正確にストライクゾーンの片隅を突いた。
外角低めいっぱいのストレートがストライクとなった。この球じゃない。私が待っているのは、縦スラだけ。
バッテリーのサイン交換は時間がかかった。キャッチャーの提示するサインに対し、巻島さんはことごとく首を振った。三回首を振った後、ようやく彼女は首を縦に振った。そして私へ視線を与える。“望み通りの球を投げてあげるから、打ってみて”とも言いたげな挑発的な視線だった。
二球目、無言の宣言通り、縦のスライダー。ボールはストライクゾーンを縦に割っていく。低く落ちていくボールをバットで拾う。バットはボールを真芯で喰い、右中間へとあっという間に到達した。
私は三塁を陥れた。スリーベースヒット、本来は喜ぶところだけど、相手にボールを予告された結果だから、あんまり喜べなかった。
「ナイスバッティング」
そう後ろから私に声を掛けたのは、三塁のカバーに回っていた巻島さんだった。今さっき打たれたばかりだというのに、全然悔しそうじゃなく、むしろ嬉しそうに、
「でも、ホームランにしてほしかったかも。沙音璃なら打ったかもね」
そう言葉を残し、マウンドに戻った。あまりの上からの物言い。がらにも無く、イラッとした。ただ、手を強く握るしかできなかった。次の打者、すみれ先輩は三球三振に倒れ、六回表は終了した。
◇◇◇◇
「ありがとうございました!」
試合後の整列。六回裏、桐葉が一点を奪ったところで試合は終わった。1-11、六回コールド、完敗だった。
「じゃあね、青見さん」
巻島さんはにこやかな笑顔で手を振ってきた。そして私の反応を見ないまま一塁側のスタンドの方へ向かった。
千庄も三塁側スタンドにあいさつをしに行った後、ベンチに戻った。この後、準決勝の第二試合、履彩社と神戸海稜の試合が行われる。神戸海稜の面々は、すでにグラウンドへと入っており、三塁側ダグアウト前でスタンバイしていた。
「桜希!」
その明るく、大きな声は、みんなの視線をこっちに集めた。視線を向けてみると、やっぱり声の主は沙音璃だった。荷物を抱えた私は、彼女のところへ行った。
「最後、ナイスバッティングだったね。あいつから打ってくれてありがと」
なぜだか、沙音璃は凄い喜んでいた。でも当の私は、そんなに喜べない事情がある。
「うーん。あの人、わざわざ視線でこの球投げてあげるって教えてくれてさ。だからそんな嬉しくないし。それにその後、沙音璃ならホームラン打ってた、なんてこと言ってくるし」
「ああそう、あいつはそういう奴よ。人の神経を逆撫でする天才。しかも悪意無しにやってくるからたちが悪い」
あなたもたいがいでしょ、って思った。それが顔に出ていたのか、沙音璃は、
「あたしは悪意あるから。あいつとは違うよ」
「そっちの方がたち悪くない?」
私の愚痴に付き合ってくれた沙音璃だったけど、やがて、表情を一変させた。
「で、あたしと乃梨子。どっちが上だと思った?」
真剣なトーンだった。少しだけ眉尻を下げ、私の答えを待っていた。こんな沙音璃は見たことが無い。普段あんなに軽い人が、こういう表情を作っている。答えを口に出すことを躊躇した。
「なるほど。乃梨子の方が上か」
「え? なんで?」
私が黙っていると、沙音璃はぱっと表情を和らげた。
「答えないってことはあたしに気使ってるってことでしょ。だったら答えは一つしかないじゃん」
「……あの、対戦した感じだとあなたの球の方がいいんだけど。でも、あの人はまだまだ本気出してないっていうか、底が見えない……から」
沙音璃は「うんうん」と頷いていた。
「まあ、そうかもね。でも、あたしも君に打たれてから成長してるからね。とりあえず、次の試合見といてよ」
◇◇◇◇
着替えを終え、私たちは履彩社と神戸海稜の試合を観戦した。神戸海稜が強いのは肌身を持って知っていたけど、対する履彩社もそれに劣っていなかった。大阪府大会で桐葉と接戦を展開するようチームだから、当然ではあるけど。
試合は1-0で神戸海稜が接戦をもぎ取った。沙音璃が被安打2、奪三振11の完璧な投球で試合を支配した。しかし履彩社の投手もエラー絡みで1失点しただけで、まったく内容では負けていなかった。守備のミスもまったく無い、緊迫したレベルの高い試合だった。
ベスト4に残ったチームの中で、私たちだけ場違いな感じがした。日本一を本気で狙える三チームと比べると、まだまだ課題は多い。
観戦を終えると、私たちは地元へと帰った。準決勝を終えた千庄部員の顔色は暗かった。力の差を思い知らされ、誰もが憂いを煩っているようで、帰りはみんな静かだった。
「今日の試合の結果は、とても辛いものだと思います。圧倒的な実力不足を感じました。私自身、向こうの主将と自分を比べてしまい、選手としても、チームを束ねる立場としても至らなさを感じました」
荷物を片づけ終わり、ミーティング。日菜子先輩は、沈痛な面もちで話す。
「だけど、ずっと嘆いていても仕方ありません。今日、自分たちと日本一との距離を知れました。選抜まで時間があります。もっと言うと、夏まではもっと時間があります。今日思い知った差をどこまで埋めれるか、これからの取り組みで変わってくると思います。明日は休みにしますけど、ゆっくり休んで。また明後日から頑張っていきましょう。じゃあ今日はこれまで」
「ありがとうございました!」
ずっと雲に覆われていた空は、今度は黒に染まりかけていた。夜が近い。冷たい風が体をひと撫でする。校門を出るまでの短い道を、私は乃愛と明日葉と歩いていた。道中、明日葉が「くっしゅん」と可愛いくしゃみをした。
「寒い」
スカートの下の生足が、寒さに堪える。冬の予感がした。野球シーズンはこれで終わりだ。
「風邪ひかないでよ」
「大丈夫。わたしは生まれてこのかた風邪ひいたこと無いから」
どや顔で話す明日葉に、乃愛は、
「ウィルスも明日葉ちゃんには近づきたくないだろうしね」
「どういう意味よ」
二人の会話をただ聞いていると、いつのまにか校門を抜けていた。駅へと向かう明日葉とはここでお別れととなる。
「わたし思ったんだけど」
乃愛が、急に立ち止まった。
「やっぱりベスト4に残った三チームと、千庄との一番の違いは投手力だと思う」
否定することはできない。今日の試合、舞香と乃愛と奈桜先輩は桐葉をまともに抑えられなかった。打力も守備力も、あらゆる部分で差があったけど、一番の差は投手力だった。
「だからわたし、全国でも戦えるピッチャーになれるよう、頑張るから。まずは舞香と奈桜先輩に勝ってチームのエースになるとこだけど」
私は困惑していた。おそらく明日葉もそうだと思う。長い付き合いだけど、乃愛がこんな熱い思いを吐露したことは初めて見る。
「わたしも二人に負けないよう、頑張るから」
「あっそ。まあ、頑張れば。それじゃあね」
明日葉は手をひらひらさせ、駅の方へと歩いていった。残された私は、まだ呆然としていた。
「何してんの、早く帰ろう」
当の乃愛本人は、いつも通りの様子に戻っていた。自転車をこぎ帰り道をゆく間、「急にどうしたの?」と乃愛に聞いたけど、「別に」って軽く返されるだけだった。




