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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
四章 秋の近畿大会
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41話 一回戦VS洛総⑤

 どんどん視界がクリアになっていく。秒が重なるほどに、集中が、より鋭利になっていくような感じがする。試合はクライマックスのときを迎えていた。最大五点まで広がっていた点差は、もう一点だけしかない。最終回、ワンアウト二塁、私たちはここまで来た。


 マウンドには園田渚、なぎちゃんが上がる。彼女にとっては今日、三回目の登板である。これまでは(二番)のとこで登場し、星奈先輩(四番)までを投げたところで桐谷さんにスイッチをしていた。


 千庄の打線で左打ちは私と星奈先輩だけ。だから左投げのなぎちゃんは私たちのところ、あとは桐谷さんの二人で抑えていこうというのがここまでの相手の作戦だった。しかしここで今までの方針を変え、なぎちゃんを明日葉(右打ち)のところで投入してきた。疲れの見える桐谷さんよりかは、初対決となるなぎちゃんの方が明日葉を抑える算段がある。あっちの思惑はそういうことだと思う。


「実は小学校のとき、あの人と対決したことあるの」


 なぎちゃんの投球練習が続く間、ネクストバッターサークルでじっとそれを見つめていた明日葉は言った。


「結果は?」


「いい当たりだったけど、相手のショートにファインプレーされた」


『一番セカンド、関長さん』


 投球練習が終わり、明日葉が打席に向かう。こんな両者の運命を分かつ場面だというのに、堂々としていて、とても頼もしかった。


 明日葉となぎちゃんが対戦したことあって、その結果がショートのファインプレー。明日葉の言う“相手のショート”は、考えてみると、私の可能性しか無い。


 昔見た光景が、頭の中に湧いてきた。河川敷での試合。私がショートで、なぎちゃんがピッチャー。相手の代打に女の子が出てきた。


 こんな子、バットをちゃんと振れるのかな、なんて思うぐらいには小さくて、幼い女の子だった。その子は、いきなりなぎちゃんの球に合わせていった。その打球は私のところにやってきて、なんとか処理したけど、その打球の鋭さに驚いた。


 記憶の片隅にあった古い思い出が、現在へと繋がる。あの子は、明日葉だったんだ。


「プレイ!」


 場が仕切られていく。重たい雲の隙間から光が抜け出し、マウンドを照らし出した。なぎちゃんは、明日葉相手にも小細工をろうしていった。


 投球のリズムは細かく変化させ、明日葉のタイミングを崩そうとした。でも、小細工が通用する明日葉じゃなく、しっかりと投手なぎちゃんのタイミングに付いていく。カウントはワンストライクツーボールとバッター有利になった。


 あんなことしたって無駄だと思う。変な小細工せず、堂々と、自分の一番の球を放ればいいのに。


 四球目、甘く入ったカーブを明日葉は見逃さなかった。痛烈なライナーがレフト線を襲った。明日葉は余裕をもって二塁に到達する。二塁ランナーの結衣先輩が本塁を踏み、ついに同点に追いついた。五点差を追いついた私たちはお祭り騒ぎだった。

 

「このまま行っちゃえー!」


 ベンチからの誰かからの声、言うまでもなくそのつもりだけど、ここで相手は最後の守備のタイムをとった。おそらく、私を敬遠するかの相談だろう。そもそも二塁ランナーの明日葉がホームを踏めばサヨナラだ。私を歩かしたって何のデメリットもない。ここは敬遠してくるはず。


 と思っていたんだけど、タイムが解かれ守備についた彼女たちは、私と勝負するという意思表示を見せた。また、サードがレフトのポジションへ移る。右中間が外野三人に占められる。再びの外野四人シフトだ。キャッチャーも座り込んだ。勝負だ。


 あっちのナインは「渚」とか「渚先輩」とか、しきりに叫び、マウンドにある背中を押している。その当の本人、なぎちゃんは遠目でも分かるほど複雑な表情をしていた。


「プレイ!」


 案の定、なぎちゃんの投じた球は私を打ち取ろうという意志の欠けたものだった。ストライクゾーンに構えていたキャッチャーのミットを大きく外れる球が三球続けてやってくる。これでノーストライクスリーボール。


 なぎちゃんは力なくキャッチャーからの返球を受け取る。彼女は、私を敬遠することを望んでいるように見える。


 ここで、嶋村さんがマウンドに向かった。一言掛けると、なぎちゃんはそれに反論するかのよう、強く何かを言い放った。次の瞬間、嶋村さんは、なぎちゃんをビンタした。


「えっ……」


 そして嶋村さんはなぎちゃんに強い剣幕で何かを言い、ポジションに戻った。なぎちゃんは叩かれた頬を触ったまま呆然としていた。球場のざわざわが止まらなかった。


「渚!」


 キャッチャーの声で、ようやくなぎちゃんは我に返った。セットポジションに着く。球審の「プレイ」という声のあと、四球目、


「ストライク」


 十二分な威力をもったストレートが外角低めに突き刺さった。たった今のなぎちゃんのフォームは一切の小細工などなく、本来の力強いフォームだった。嶋村さんの言葉で、なぎちゃんは変わった。


「来い!」


 スリーボールとあっちは後がない。次もストライクを入れてくるはず。そっちがその気なら、全力で迎え打つ。


 なぎちゃんはセットポジションから腕をしっかり振り、五球目を投じてくる。あっちはもう普通のフォームで投げてきてるけど、私は新しいフォームのままだ。すべての動作がコンパクトになった。でも、しっかりと体重移動、溜め、回転、押し込みを一つに束ね、インパクトに集約させる。


 内角をえぐるスクリューを思いっきり引っ張っていった。今までにない快い感触が腕に流れていく。打球は、長い滞空時間を伴った後、外野のフェンスを越えていった。


「ファウル!」


 打球の落ちた先は、ライトのポールの外側だった。あと二メートルぐらい内側だったらホームランだったかもしれない打球。おそらく私が打ってきた中で、最も飛距離が大きな打球。球場が騒然とし出した。


「……」


 私は、惜しいとかそんなのよりも、快楽ともいうべき、インパクトの瞬間の心地よさに震えていた。人生で味わったことのない感触だった。


 早くそれをもう一回味わいたくて、すぐにバットを拾い、打席で構えた。なぎちゃんは、打球の消えていった先をずっと眺めていた。


 嶋村さんが再び声をかけ、なぎちゃんは軽くうなずき、投球モーションへと入っていく。ストライクがやってくるかこないか期待と不安が半々ぐらい。決着の球、


「ボ、ボール……!」


 球審は迷った末にボールを宣告する。特にホッとするわけでもなく私は一塁へ歩く。


 最後の球は外角低めギリギリへのストレートで、今日の球審が何度もボールと判定してきたコースだった。私はそれがボール球だと自信を持って見逃した。でも、審判の裁量しだいではストライクとなってもおかしくない、今日一の球だった。


 万に一つの可能性を考えたなら、私は振るべきだったかもしれない。でも、手が出なかった。振ったしてもファウルが精一杯だったかもしれない。それぐらいのいい球だった。


「……ナイスピッチ」


 続くすみれ先輩をなぎちゃんは当たり損ねのピッチャーゴロに打ち取り、強くガッツポーズをした。なんだか彼女の昔の姿にだぶって見えた。


『四番ファースト、高村さん』


 これでツーアウト、しかし私と明日葉はそれぞれ進塁し、二三塁となる。星奈先輩が打席に向かう。先輩は、これまでの打席とは雰囲気が違って見える。


 ストレート、初球を打ちにいった。低いゴロがグラウンドを這っていき、なぎちゃんの、ピッチャーの足下を抜ける。ただ、ショート、嶋村さんが飛び込み、追いついた。


 送球と星奈先輩がベースを巡って競う。先輩は最後、地面にダイブしていった。私は判定を聞く前に、先輩のところへ駆け出していた。


「セーフ!」


 サヨナラ勝ち、星奈先輩を中心に、歓喜の渦ができた。私は星奈先輩に思わず抱きついた。先輩は今までにないぐらい笑顔。でも、ベースに飛び込んだときに跳ねたのか、ほっぺに泥みたいなのが付いていた。


「せっちゃん……よかった。うん」


 日菜子先輩は泣きそうな顔で、星奈先輩の頬の泥を指で払った。星奈先輩はびっくりしてたけど、やがて日菜子先輩にハグをした。


「ありがと、日菜子」


 その後、私たちは試合後の整列に向かった。五点差を逆転された相手は、皆一様に沈痛な面持ちだった。


 その中でも、なぎちゃんは必死に涙を堪えているように見えた。


「なぎちゃん、あとで話しよ」


 私が言うと、彼女はなにも言わずうなずき、すぐさま顔を背けた。三塁側の千庄応援団に向けても挨拶し、私たちは再び星奈先輩を中心に喜びの和を作った。私たちは、皆一様に笑顔だった。


◇◇◇◇


「最後の球、良い球だった」


「よく言うわ、余裕もって見逃した癖に」


「まあそうだけど、良い球は良い球だよ」


 私は、球場の外の広場でなぎちゃんと向き合っていた。彼女は、紺色のブレザーの制服に着替えていた。


「で、話ってなに? 手短にして欲しいけど」


「どうして野球をやめたの? どうして私と会った途端また始めたの?」


 ずっと聞きたかった。なぎちゃんは何かを逡巡するように口を噛んだが、やがて淡々と話し出した。


「一つ目の質問の答え、中学にもなってくると男子相手に昔みたいにできなくなって。それに、チームに女子はわたしだけ。つまんなくなってやめた。二つ目の質問の答え、あの時、洛総うちのグラウンドで見たあんたが羨ましくなったから」


「羨ましく?」


「そ、チームメイトと仲良くして、楽しそうに野球をしているあんたが羨ましかった」


 これで終わりかと思ったけど、なぎちゃんはなおも続けた。


「途中までは、わたしはあんたと同じ道歩いてたはずなのにって思った。あんたには乃愛がいて、わたしにはいなかった。いたら、違う道歩んでたかもしれないって思った。京都こっちに越すことがなかったら、千庄高校に入学してたら、あの輪に入ることもあったのにって思った。わたしが歩めなかった道を歩いているあんたが、羨ましくて、恨めしかった」


 まくし立てられる。確かに彼女の言うことには同情の余地もある。でも、


「それで、私が仲間に恵まれただけとか言ったわけ?」


「そうよ」


 なぎちゃんは、大切なことを見過ごしている。


「……高校以前は知らないけど、高校に入ってから嶋村さんが――侑季さんがいたじゃない」


「侑季……?」


「侑季さんがずっとあなたのことを想って、野球部に入らない? って手を差し伸べくれてたのをずっと拒否してたくせに。自分の境遇を呪って、悲劇のヒロイン気取りしないで」


 溜まってた鬱憤を吐き出すよう、最後は早口でまくし立てた。なぎちゃんは瞳を大きく開き、ホントびっくりした表情を浮かべていたが、数秒後、観念するかのように瞳の力を解いた。瞳には、涙みたいなのが見えた。


「桜希に、説教されるとは思わなかった……」


「私だって、もう昔とは違うから」


 遠くで私たちを見ている人たちがいた。遠くに見える洛総の面々は、多くがこちらを眺めていた。その中でも、侑季さんはとても心配そうになぎちゃんの様子を見つめていた。


「でもさ。ほら」


 私が侑季さんたちの方を指すと、なぎちゃんはそっちを見た。


「自分のことを想ってくれる友達も、チームメイトも、なぎちゃんはちゃんと手にいれられたんじゃない」


 そこで、なぎちゃんの頬を涙が伝った。私の言葉を聞くと、必死に声を抑えながらも、感情が露わになるのを止めなかった。子供みたい。


「侑季さんって、ホント、あんな良い人いないと思う。なぎちゃんのこと、大切に思ってくれてる。だから、あなたも大切にしてあげて」


 なぎちゃんは、両手で涙を拭いながら「うんうん」って答えた。私は黙ってその様子を見守っていた。そしたらなぎちゃんは、目を赤くしたまま、話し出した。


「ずっと言いたかったんだけど、桜希に、謝りたいことが……ある。一つは、最近、桜希にいろいろ暴言みたいなの言っちゃったから、謝っとく」


 彼女は「もう一個」と付け足す。


「昔の話だけど、わたしが言った“あんたはわたしより才能ない”っていうの嘘だから。桜希は、わたしより野球の才能、あるよ。あんたは褒めたらもっと成長しそうだから、負けたくなくて、嘘いってたのよ。ごめんなさい」


「今更そんなこと言われても」


「特に、桜希がピッチャー始めてわたしの背番号1を奪うのだけは絶対嫌だったから、あんたがピッチャーを練習し始めたその日に“才能ない”とか先手で言っておいたの。桜希は、それを真に受けてたけど、それも嘘。ピッチャーやっても、いい線いってたと思う。少なくとも、わたしよりは」


「……私たちの才能がどっちが上とかはわかんないけど……でもピッチャーは、あきらめさせてくれてむしろよかったと思う。ピッチャーやってたら、きっと中途半端になって、こんなに上手くなれたかわかんないもの」


 私はピッチャー向いてないと思う。やっぱりピッチャーは、なぎちゃんみたいな人じゃないと。


「言いたいことはそれだけ?」

 

「うん」


 心に積もっていたことはすべて言えたつもりだった。さよならを言おうかと思った。でも、まだ言うべき言葉があった。


「なぎちゃん。またいつか会えるよね? もう消えたりしないよね」


 なぎちゃんは顔を上げた。目に、力強さが戻っていた。


「うん……今度は、絶対負けないから」 


「そっか」


 時間が作り出した、私となぎちゃんの間の大きな壁は、これで全部が壊れた。


「またね」


 私は背を向けて歩き出した。しばらくして後ろをちらっと見ると、侑季さんが、なぎちゃんの元へ駆け寄っていた。


◇◇◇◇


“ビンタしたときなぎちゃんに何て言ったんですか?”


“自分を変えたいと思ってるなら、おとなしくストライク投げて思いっきり打たれなさい、って。”


“なるほど。侑季さんみたいな人がいてくれてなぎちゃんは幸せ者だと思います”


“どうも。あと、ずっと言いたかったんだけど、渚に野球をやらせるためにあなたに会わせてさ。なんだかあなたを利用したみたいになってごめんなさい。”

 

“そんなことないです。私はあなたに感謝してます。なぎちゃんとまた会えたこと、最初は嫌でした。なんか人が変わったみたいに私を攻撃してくるし。昔の楽しかった思い出が汚されていくような気がして。でも今日対戦できて、また会えてよかったと今は思ってます。あなたのおかげです”


“そっか。ならよかった。頑張って明日の試合。勝って選抜に行ってね。応援してるから。私はあなたのファンだから。”


“ファンって、本当なんですか? 嘘っぽいです”


“本当だよ。いつか、今日対戦できたことが自慢になるような選手になってね。”

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