37話 一回戦VS洛総①
月曜、火曜、水曜と日付を越えていく。山々が赤に染まっていき、季節の変わり目をひしひしと感じる。近畿大会はもうすぐそこまでに迫っていた。
来春の全国高等学校女子硬式野球大会に出場できるチームは、全国で32チーム。そのうち近畿地方の出場枠は6チームだ。近畿大会に参加するのは各府県の代表16チームだから、二回勝ってベスト4に入れば選抜は確実となる。二回戦で負けたとしても、試合内容次第では選ばれる可能性も出てくる。
初戦の相手、洛総とは以前練習試合で対戦し、こっちが完勝した。とはいえ、部員たちに相手を舐めてかかるような様子はまったく無い。しっかりと気を詰め、試合に向けてやるべき事をこなしていた。
「二人はどう思う?」
練習後の部室では、私と明日葉、日菜子先輩とすみれ先輩のキャプテンと副キャプテンコンビ、それに芹沢先生が一つに寄り、打順についての話をしていた。私たちはすでに着替えていて、部室内の冷たい空気が、素足に堪えた。
日菜子先輩の質問に、私と明日葉は顔を見合わせた。新チームになって以降、上位打線は固定されていない。主に一番から三番、私たちとすみれ先輩の順番が流動的となっている。
「私はどこでもいいですけど」
そういうしかなかった。日菜子先輩は「うーん」と唸りながら、
「すみれや明日葉ちゃんがよく出塁してくれるから、さっちゃんには三番に打ってもらって二人を帰す役割をして欲しいけど、でも……」
日菜子先輩はその先を言うのが憚れるのか、口の動きを止めた。すみれ先輩がその先を代わって、
「後が今の不調な星奈だと、桜希が歩かされ放題になっちゃう、でしょ」
日菜子先輩はうなずいた。この場に、ずっと四番を務めてきた星奈先輩がいない。彼女の打順を下げるべきかってことも、この場の議題の一つだってことを示している。
「じゃあ、やっぱさっちゃんが一番かなあ」
「で、日菜子か乃愛が四番で、星奈は六番がいいんじゃない」
「いやでも、私は四番なんて……乃愛ちゃんはピッチングのこともあるし。もう、さっちゃんが九人いれば悩まなくて済むのに。一番から九番まで青見桜希。これなら最強なのに」
「……それだと日菜子、試合に出てないけど、いいの?」
すみれ先輩の突っ込みに、日菜子先輩は「あ、そうか。それは嫌だ」と言った。シリアスが詰め込まれていた部室が、少しだけ和んだ。
「先生はどう思います?」
「難しいけど、桜希さんの後もだけど、前も大事なんじゃないかしら」
「ちょっといいですか?」
ずっと黙っていた明日葉が話に割って入った。
「わたしが一番で、桜希が二番、すみれ先輩が三番。四番は星奈先輩のままでいいと思います」
「それはどうして?」
「桜希が避けられにくくて、かつ上位での大量得点が狙える打順だと思うからです。わたしが出塁したときに、桜希を歩かせれば、足の速いランナーが複数いる状態ですみれ先輩と対決しなくちゃいけなくなる。これは相手にとって嫌だろうから、桜希が勝負される確率が上がります。それで、もし避けられたとしても、あとのバッターが打てばいいだけの話ですから」
「簡単に言わないでよ」
すみれ先輩が言う。
「でも、わたしたちは、ある程度点が取れないと勝てないと思います。そのためには、みんなが打たないといけない。星奈先輩に関しても、このまま不調のままだったら、どっちにしろ勝ち上がるのは難しい、四番は星奈先輩しかいないと思いますから、復調を願うのが一番だと思います」
きびきびと紡がれる意見に、みんなは黙ってしまった。が、やがて、
「いいんじゃない。すごくしっくり来たし、ね?」
日菜子先輩に同意を求められ、すみれ先輩も「いいと思う」と同意した。先生も「賛成です」と言い、私もうなずいた。
「じゃあ一番が明日葉ちゃん、二番がさっちゃん、三番がすみれ、四番が星奈、五番が私。これで決定です」
◇◇◇◇
ようやく打順が決定して、私と日菜子先輩は駐輪場までの道を歩いていた。電車通学組、明日葉とすみれ先輩は、電車の時間があるからと、早急に帰ってしまった。
「もうあの子がキャプテンやればいいのに」
ボヤく日菜子先輩に、私は苦笑いだった。
「でも助かった。あなたたちの打順はともかく、せっちゃんのことは私にはちょっと決めにくいから」
せっちゃんとは星奈先輩のことである。星奈先輩と日菜子先輩は小学校のときからずっと一緒だそうだ。
「星奈先輩って、四番を外されたりしたら、気にするんですかね? そんな感じには見えない」
「結構気にする。あんな感じだけど、カッコ悪いっていうのを嫌うから。全然気にしてない風を装うけど」
「星奈先輩、いつも無表情だから、よくわかんないです」
「せっちゃんはね、そういうキャラ作ってるの。確かに昔から無表情で、何考えているかわからないとこはあったけど、あそこまでじゃなかった。あれは、不思議ちゃんキャラ」
「ええっ……」
「それに、キャラ付けのために、ちょっとした嘘もつくし。もしかして、“私が野球を始めたのは野球漫画描きたいから”ってことも言ってなかった?」
「言ってましたけど……」
「それも嘘。野球を始めたときのせっちゃんは漫画の“ま”の字も無かったから。本人になんでそんな嘘つくのって聞いたら、そっちの方が天才感が出るからって、まったく」
聞きたくなかった真実たちが次々と羅列される。私が黙ってしまうと、先輩はフォローのためか、
「ホント、吐くのはちょっとした嘘だけなんだけどね。悪い子じゃないし」
悪い人ではない。わからないことだらけの星奈先輩だけど、それだけは確か。
「ああでも、漫画描きたいからっていうのは半分ぐらい合ってるかも。せっちゃんは中学のときは野球止めてたから、高校になってまたやり始めたのは、半分ぐらいはその気持ちだったんじゃないかな」
「残り半分は?」
「もちろん、野球が好きだからだと思う。小学校のとき、いつも、私たちはキャッチボールしてた。放課後が終わったら、いつも。あのころはもうちょっとせっちゃん、感情を外に出してた」
日菜子先輩は、遠い目をしていた。この前会ったときのなぎちゃんの、私とキャッチボールしてた過去を思い出している際の目にそっくりだった。
「苦しんでるけど、一皮剥けて欲しいですね。星奈先輩」
「うん。なんというか、巡り合わせって不思議だなって思うんだけど、洛総に園田さんいるでしょ。私たち、昔あの人に完全試合食らったの」
「あ……」
その瞬間、昔のことを思い出した。なぎちゃんが完全試合を達成した日。あの日は大騒ぎで、みんなで達成をお祝いした。
「私が六回に良い当たり打って、ヒットになりそうだったのに、あなたにファインプレーされたんだけど。覚えてる?」
「なんとなく」
「あの節はどうも。で、私の話はどうでもいいんだけど、せっちゃんは、全打席三振だったの。あの挫折が、野球を一回止めるっていう選択に至らせた原因の一つだと思う。本人は、オタク文化にはまって野球に興味なくなったから、って言うだろうけど」
確か、星奈先輩はなぎちゃんと昔対戦したと言っていた。そのことをあまり覚えてないとも言っていたけど、それは嘘だろうか。
「正直園田さんは、私たちにとってはトラウマレベルの相手だから。その人から打てれば、せっちゃんも一皮剥けてくれると思う」
日菜子先輩の話で、謎だらけの星奈先輩の実像が、少しだけわかったような気がした。
◇◇◇◇
大会の前日、嶋村さんからのメッセージ。
“いよいよ明日だね。お互いベスト尽くそう!”
“そっちの先発はなぎちゃんですか?”
“それは明日のお楽しみ。でも、渚は君相手に投げさせるよ。君を抑えることができれば、渚は昔の自分を取り戻せるんじゃないかなって”
◇◇◇◇
土曜日となり、大会の初日を迎えた。私たちは朝一に出発し、会場に乗り込んだ。舞台は京都、洛総の地元だった。
球場は街の真ん中にあった。どこからかパトカーのサイレンが聞こえる。外野スタンド越しに、大きなホテルや百貨店が立ち並ぶ街の様子が見える。
シティな背景とは裏腹に、球場周りは緑が覆っている。総合運動公園にあるここは、球場全体を囲むよう木が植えられていて、柔らかな雰囲気を作っている。
球場は立派だった。外野は、天然芝によって鮮やかに緑色に塗りつぶされている。真っ黒の内野の土はとてもきめ細かく、内野手にとっては守りやすそうに思う。
一回戦とのこともあり、観客の数はそこまで多くなかった。しかし、地元ということもあり、洛総応援のほうが圧倒的に多かった。
試合前、私たちは試合に備え、集中力を高めていた。そんなとき、グラウンドとスタンドを分けるフェンス越しからの声が届いた。
「桜希ちゃん、乃愛ちゃん」
「……あ、なぎちゃんのお母さん?」
「久しぶり、二人が元気そうで良かった」
「お久しぶりです」
ちょうど一緒にいた私と乃愛に声を掛けたのは、なぎちゃんのお母さんだった。数年ぶりだから一瞬わからなかった。
「邪魔しちゃ悪いから手短に話すけど、わたし、凄く嬉しかったのね、あの子がまた野球を始めてくれて。侑季ちゃん、あっちのキャプテンが何回も誘ってくれてたのに、全部つっぱねて」
近くの会話ではないからわかりにくいけど、なぎちゃんのお母さんの目には涙を含んでいるように見えた。
「どういう風の吹き回しかわからないけど、急に野球部入るって言い出したから、びっくりしたけど、嬉しかった。でも、今日は桜希ちゃんと乃愛ちゃん、二人を応援してるから。大きな声ではいえないけどね」
「えっ?」
「だって二人はずっとがんばってたんでしょ、野球。ここ数年の渚なんてゲームしてばっか。そんな奴に負けちゃダメよ。一応あっちの応援席にいるけど、心の中で二人の応援してるから。頑張ってね」
お母さんは、昔と変わらない、明るい感じ。あの人は、ここ数年の自分の娘を見て、どんなことを思っていたのだろう。
しかしなぎちゃんは再び野球に戻ってきた。それは彼女の親友、嶋村侑季さんのおかげ。
「乃愛、ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「私って、周りに恵まれてると思う?」
「なんで急に?」
「この前会ったとき、なぎちゃんに言われたから」
“あんたは、周りの人に恵まれただけ、私だって……”この前のなぎちゃんの言葉。
「ふーん。よくわかんないけど、桜希は周りに恵まれていると思うよ。明日葉ちゃんがいるし。それに先輩たちとか、歴代の監督とか、みんな桜希のことを大切にしてくれたと思う。あと、わたしもいるしね」
乃愛は笑って言った。私は「だよね」って返した。
◇◇◇◇
「お願いします!」
試合開始の整列が終わり、洛総の先攻で試合は始まる。
相手の一番は、主将、嶋村さんだった。黒と緑の混ざったユニフォームを身に纏い、右打席に入る。
「プレイ!」
千庄の先発、奈桜先輩がゆっくりと間を作り、ボールを投じる。快音は、いきなり襲ってきた。初球攻撃、嶋村さんは迷わずバットを振ってきた。打球は、レフトの前へと落ちる。
ノーアウト一塁、相手は定石にしたがい、ランナーをバントで送る。ノーアウト二塁、バッターは、
『三番ファースト、園田さん』
ピッチャーではなく、ファーストで先発出場のなぎちゃんが、左打席で足場を固める。彼女は、左投げ左打ち。
「や、ひさしぶり」
「どうも」
嶋村さんの相手を適当にこなし、打席を観察する。
「びっくりしたんだけどさ、渚のバッティングフォーム、君のそっくりだよね」
前の足、右足をおおきく開く。右足と両手でリズムをとって、タイミングを計る。ピッチャーの挙動に合わせ、右足を高く上げる。あとはそれを強く下ろし、勢いをつけ、バットを振るだけ。
「ファウル」
初球からなぎちゃんは振ってきた。打球は高くあがり、彼女に対して真後ろ、バックネットへと飛んでいった。
記憶にあるのと、なんら変わりがないスイング。なぎちゃんのスイングが私に似ていると言うより、私のスイングがなぎちゃんのに似ているという方が適切。私は、彼女の真似をして上手くなったから。




