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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
四章 秋の近畿大会
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36話 しつこい人

 私の頭上を今にも通過していきそうなボールを、強く地面を蹴って飛び、空中で捕らえる。左足から地面に下りる。何の問題も無い。


 バッティング練習中、私は守備に就き、いろんな動きを試してみた。体重をかけても、少し捻ってみても大丈夫だった。この前痛めた左足は完治した。


「足、どう?」


 隣にやってきた明日葉が聞いてくる。


「大丈夫」


 これで近畿大会には万全の状態で望める。千庄にとっては不安要素が一つ取り除かれたことにはなる。けど近畿大会で勝ち進み、春の選抜大会の出場枠を確保するには、まだまだ私たちには課題が多い。


 先日の県大会の決勝は、予想通り、神戸海稜との試合となった。すでに近畿大会への出場を決めていた両チームは、エースを温存し、二番手ピッチャー同士の投げ合いとなった。


 結果は0-9。あっちの大勝だった。先発の乃愛は5失点、二番手の舞香も4失点。エースの奈桜先輩が投げていたとしても、結果が大きく変わったとも思えない。全国レベルを相手にするには、まだまだ投手力が乏しいという事実が浮き彫りとなった。


 近畿大会までは二週間ぐらいしかなくて、そう急にレベルを上げろとは言えない。私たち野手が守って打って、ピッチャー陣を少しでも楽に投げさせてあげたい。


 そしてもう一つ、明らかな課題がある。チームの四番、星奈先輩の不調である。


 今ちょうど、星奈先輩がフリーバッティングをしていた。あくまで投手は打ちやすい球を投じているのに、打ち損じる回数が多かった。もちろん先輩も自身の不調を自覚しているだろう。しきりに首を傾げたり、スイングの確認をしたりしている。


「星奈先輩、どうしちゃったんだろ」


「夏休み明けぐらいまでは調子よく見えたけど。わたしにはわかんない。でも、先輩も悩んでるっぽいから、話、聞いてあげて」


「なんで私が? 明日葉の方がいいんじゃ」


「わたしより、桜希の方がいいの」


「なんで?」


「なんでもよ」


◇◇◇◇


「星奈先輩」


 練習は休憩に入った。私は明日葉の言いつけどおり、星奈先輩の話を聞くことにした。


「足は大丈夫?」


「はい、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 この人との会話は難しい。どう話を聞き出せばいいかわからなかったから、先輩から話を振ってくれてほっとした。


「この前の青見さんの、準決勝の代打でのヘッドスライディング。とても良いシーンだったから、漫画で描いてもいい?」


「恥ずかしいんで止めてください……」


 先輩はいつもと変わらず、無表情でよくわからないことを言っている。なにか悩みを抱えているような様子は見えない。とりあえず、世間話を続けようと思っった。


「あ、でも。そういうシーンを描きたいってことは、先輩は野球漫画が描きたいんですか?」


「うん。野球漫画描きたいから、野球始めた」


「ええっ、そうだったんですか」


 それで高校では四番を打つようになるんだから、なかなか凄い。


「ちなみに、どんな内容とか、構想? みたいなのあるんですか?」


「女子野球もの。主人公は小学生の時、天才野球少女として有名だったけど、ある理由から野球を止めてしまう。しかし高校で再び野球を始めるって話」


 なんか聞いたことある話だなって思ったら、案の定、


「園田渚。最近ネットの女子野球好きの集まりで、彼女が復活したって話題になってたから。主人公っぽい設定でいいと思って」


「……先輩も、なぎちゃんのこと知ってるんですか?」


 星奈先輩は、「うん」ってうなずき、


「小学生のとき、対戦したことある。あんまり覚えてないけど。それで、主人公がかつてのチームメイトと対決する。これは盛り上がると思う」


 先輩はたっぷり間を取って、続ける。


「最初、主人公の方を負けさせて、次の戦いでリベンジさせる」


「あの、その話はいいです」


 なぜかその話は聞いてて、いい気分はしなかった。話題を変えたくなった。


「やっぱり物語を作る人って、いろんなとこからネタを探すんですよね」


「どんなことも話の元になったりするから。例えば、あなたのことも」


「えぇ……」


「青見さんのモデルのキャラも出したいから、取材していい?」


 私に「嫌です」っていう間を与えず、先輩は取材(?)をしてくる。


「打席ではどんなこと考えてるの?」


「えっと、狙い球とか」


「バッティングで心掛けていることは?」


「スイングが、点じゃなくて、ちゃんと線でボールを捉えられるようにとか」


「ふーん」


 先輩は表情を崩さない。考えていることはわかりにくい。ただもしかしたら、その質問たちは、漫画じゃなくて、野球・・の参考に聞いたんじゃないかと思った。


「練習再開するよー!」


 日菜子先輩の声が届いた。星奈先輩は歩き出した。私は先輩の背中に向かって、


「先輩、悩みとかあるなら、私で良かったら聞きますけど」


「強いて言うなら、最近部活が忙しくて絵が描けてないから、下手になっちゃいそうなこと」


「それは、私にはどうにもできないです。すいません」


 先輩は嘘つきだ。その表情の薄い仮面の下に、なにかを隠している。でも、その仮面を剥がすことは、なかなか一筋縄ではいかないみたいだった。


◇◇◇◇


 練習終わり。私たち女子野球部の一年生八人は、学校近くの喫茶店で決起集会を行った。決起集会とは名ばかりで、ただデザートを食べ、おしゃべりするだけの場だったけども、まあ、楽しかった。


 乃愛と別れ、玄関の戸を開けると、母親が血相を変えてやってきて、

 

「さっき、渚ちゃんがうち来てたわよ」


「えっ、いつ?」


「ホント、今さっきの話、まだその辺にいるんじゃない」


 追いかけるべきか、迷った。わざわざ来たんだから、なにか話があるのかあるのかもしれない。


「久しぶりに会ったけど、あの子、変わったよね。また、京都で野球始めたんだって?」


「ちょっと探してみる」


 母親のつぶやきを背中に受け、私は家を出た。あんまり会いたくはない。でも、一個だけ、なぎちゃんに聞きたいことがあった。


◇◇◇◇


 ほんの一分ぐらい近所を自転車で回っただけでなぎちゃんは見つかった。一人で歩いていた彼女は、パーカーにジーンズ姿で、この前会ったときと同じ格好だった。


「なぎちゃん」


 近づいて、後ろから声をかけた。なぎちゃんは、ゆっくりこちらを振り返った。


「何しにきたの? 何でここに?」


「こっちの親戚に不幸があったから。ついでに生まれ育った町の様子でも見ておこうと思って」


「私の家に来たの?」


「歩いてたら、懐かしい家があったから。あんまりこの辺も変わんないね。そうそう、ここでよくキャッチボールしたよね」


 なぎちゃんは遠い目をしていた。視線の先には公園があり、小さな子供たちがサッカーをしたり、キャッチボールをしたりしている。


「桜希は、高校生の今と小学生の昔、どっちの方が楽しい?」


「なんでそんなこと聞くの?」


 そんなこと、わかるはずがなかった。私は逆に問うてみたものの、なぎちゃんは口を閉ざす。答えは返ってこなかった。


 彼女はずっと公園の方を向いていた、こっちに視線を寄越さないまま、違う話を始めた。


「侑季と連絡取り合ってるんでしょ。あいつと、どんな話してる?」


「取り合ってるっていうか、ほとんどあっちが一方的に、“渚は凄い”って話だけ」


「あいつ、めんどくさいでしょ。しつこいし」


 なんて返せばいいかわからなかった。しばらく気まずい雰囲気が流れた後、ようやく彼女はこっちを向いて、


「わたしが、どうして野球部に入ったか、聞かないの?」


 まさしくそれは、私が聞きたかったことである。でも、なかなかタイミングが掴めなかった。


「じゃあ、聞く。どうして?」


「あんたが凄い活躍してるって聞いたから。桜希でもできるなら、わたしもチヤホヤしてもらえるのかなって思ったから。女子の野球って、簡単なのね」


 脳天を揺らされたような衝撃を受けた。言葉の軽さと裏腹に、彼女は目に力を込め、私を強く睨んでいた。確かになぎちゃんなら私と同じぐらい……私よりも活躍しちゃうのかもしれない。でも、


「馬鹿にしないで。舐めないでよ」


 “女子の野球は簡単”なんて言われて、部活の仲間たちを、今まで対戦してきた人たちを、全員を侮辱されたような気がした。


「そんなことを言いに、わざわざ家まで来たの?」


「いや……そんなつもりは無かったけど、あんたの顔見てたらイライラしてきたから」


 私から視線をはずし、早口でまくし立てる。


「周りに恵まれただけのくせして、あんたがそんな幸せそうな顔できるのは、全部周りの人間に恵まれたおかげ。わたしだって……」


 なぎちゃんはそこで口をつぐむ。理解が追いつかなかった。連続で衝撃を受け、視界がぐにゃぐにゃに歪んでいく。もう、この人とは話したくなかった。


「帰る。せっかく追いかけてきてあげたのに、こなければよかった」


「わたしも、どうしてあんたに会いに行こうなんて思っちゃったのか」


 しかし私が自転車に乗り、ペダルに足をかけたとき、


「近畿大会、楽しみだわ。昔みたいに、あんたをボコボコにしてあげられると思うと、嬉しい」


 せめてもの抗議で、私はなにも言わなかった。さっさとその場を去った。ペダルをひたすらに漕いだ。


◇◇◇◇


 昔の話。私はよく、チームメイトの一個上の女の子と勝負した。その女の子がピッチャーで、私がバッター。


 その子が投げる。私はバットを振る。真っ直ぐ進んでくるはずのボールは、なぜか曲がる。タイミングが合わず、バットは空を切る。


「空振り三振。またわたしの勝ち!」


「ちょっと変化球はずるいでしょ!」


「そんなルールないよーだ。これでわたしの72勝5敗ね」


 記憶のなかの光景が、どんどん汚れていく。絵の具をまぶされたように黒くなっていって、定かではなくなっていく。あの女の子は誰?


◇◇◇◇


 数日後、近畿大会の組み合わせが発表された。その日の夜、嶋村さんからメッセージが来た。


“まさか初戦から当たるなんてね。お手柔らかにお願いします”


“対戦できて嬉しいです。よろしくお願いします。”


“こらこら本音を漏らさないでよ。でも、練習試合で完勝した相手とやれるんだもん。そりゃ嬉しいよね。この前みたいにいかないと思うけどね。そっちのデータもあるし。特に君の対策はばっちりだよ。こっちもパワーアップしてるし。なにより今度は渚もいるしね”


“あなたはしつこい人みたいですね。なぎちゃんが言ってました。”


“そういえば渚そっちに帰ったんだっけ。しつこいだなんて人聞きの悪いなあ。でも渚を部に入れようと勧誘に必死だったから、そう思われててもしかたないかも”


“なんでそんなに彼女に野球をやらせたかったんですか”


“最初は単純に戦力になってくれそうだったからだけど、途中からは渚は絶対に野球をやらないと駄目、渚を部に入れることが私の使命だなんて思っちゃってね。結局私の力だけでは無理だったわけだけどね。ホント君のおかげだよ”

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