35話 秋季県大会準決勝VS東望大姫路戦
学園祭が終わると、一気に気持ちを部活へと傾けていく。徐々に涼しいと感じる日が増えていく中、秋季県大会が始まった。
夏の覇者として迎えた私たち千庄高校は、序盤を圧倒的な強さで勝ち進んだ。危なげなく、投打ともに充実した内容で大会を進めていった。準々決勝の南加古川高校戦は、さすがに圧勝とはならなかったが、4-2で勝利し、四強へと名を残した。
小さな不安はあろうと、ここまでの歩みは順調そのものだった。ただ、今日の準決勝、東望大姫路戦。勝てば近畿大会出場が決まるこの試合。私たちに、ある試練が訪れることとなった。
◇◇◇◇
「おーい、桜希ー」
私を呼ぶ声が聞こえたのは、球場入り直前のときだった。その馬鹿でかい声は、周囲の注目を一瞬にしてこちらに寄越す。走り寄ってきたのは、上橋沙音璃、神戸海稜高校の背番号1だった。
「びっくりした。もう、声でかいって」
「だって、桜希の姿が見えたから、ひさしぶりに会えて嬉しくて」
ユニフォーム姿の上橋さんは、ホントに嬉しそうに見えた。彼女たちの試合は、私たちの後、今日の午後からである。
この人、数回しか会ったこと無いのに、すごく馴れ馴れしい。私の方はそんなに心を許したつもりはないのに、グイグイと来る。
「どう、調子は? こっちは絶好調だけど」
「うーん……」
調子は良かった。でも、今日の試合で発揮できそうにない。私は怪我をした右足を見ながら言った。
「実は、一昨日の練習で着地ミスって、右足グネっちゃって。今日の試合スタメン外れるんだ」
「えっ……?」
ずっとご機嫌な表情だった彼女は、ただでさえぱっちりと大きな瞳を、さらに大きく見開いた。
「軽い怪我だから、我慢すれば試合に出れなくもないけど。先生は無理するな、って……戦況が悪かったら、代打ぐらいはあるかもだった」
口惜しい。こんなに大事な試合に、見ていることしかできないなんて。
「それは……千庄にとっては大ピンチだね。君のいない千庄なんて、はっきりいってたいしたことない。ソースのないお好み焼きみたいなものだもの」
「ちょっと言い方……」
「ホントのことよ。あしたばちゃんだって、確かに良い選手だけど、君がいないとその能力を生かしきれないだろうしね」
「“あしたば”じゃなくて、“あすは”だって」
「あれ、そうだったっけ。とにかく、君がいれば東望大姫路なんてまったく問題ないけど、いなかったらちょっと厳しいっていうこと」
手厳しい言い方だけど、彼女の言うことには一理ある。今日の千庄はしんどい戦いを強いられるに違いない。
「てことは、桜希は今日勝っても明日出ないってことだよね」
「そうなると思う」
「ふーん。まあ明日はあたし投げないから、まあいいか」
「上橋さんは――」
「そうそう、“さん付けは”やめてよ。あたしのことは“さおりん”って呼んで」
語尾にハートが付いてるような、甘ったるい声で彼女は言う。
「……沙音璃は今日投げるの?」
沙音璃こと、上橋さんは「うん。絶好調だからね。完全試合してみせるよ」と言った。
「ごめん、そろそろ行くから」
「うん、頑張って! 近畿大会でまた対戦できたらいいね。君との対決が今、人生で一番の楽しみだから」
別れ際に沙音璃は言った。日本で一番の投手かもしれない人に、そう言ってもらえるのは嬉しかった。
「私も、沙音璃と対決したいな」
「ありがと。see you!」
最後まで彼女は笑顔だった。なかなか突飛な言動の人だけど、話していて楽しい人だと思った。
◇◇◇◇
『守ります千庄高校。ピッチャー佐伯さん』
晴れているわけじゃない、でも、雨が降る気配もまったくない。どっちつかずな空模様が続いている。千庄ナインがポジションに散っていく。
『キャッチャー、弓削さん。ファースト、高村さん』
私がラインナップから消えたことによって、打順やポジションに変更が必要だった。ずっと五番を打っていた日菜子先輩が今日は三番に入った。星奈先輩は、変わらず四番を張ることになった。
『セカンド、川瀬さん。ショート、関長さん』
ショートは当然、明日葉が努めることとなった。空いたセカンドには、一年の川瀬友恵が入る。
「ほら、ポジション入れ替えて練習してて良かったでしょ」
私が怪我をし、試合の欠場が決定したとき、明日葉は言っていた。今日の打順はいつもの二番ではなく、一番での出場である。
『センター、相庭さん』
いつもは私と入れ替わりで一番と三番を打っている相庭すみれ先輩が、今日は二番に入る。
次々と紹介されていくみんなの姿をこうして三塁側ベンチから見ていると、なんだか新鮮な気持ちになった。考えてみれば、高校入学してからずっと、大きな大会の試合を欠場したことがない。
「たまには、外から試合を見てみるのもいいものですよ。それに他の人たちにとっても、桜希さんがいるってことの意味を知ることのできる、いい機会だと思います」
ベンチで芹沢先生は言った。確かにそうかもしれないけど、負けたら意味がないんじゃないかとも思う。
この試合の敗者は三位決定戦に回る。近畿大会における兵庫県の出場枠は三つ、すなわち、その試合が最後の枠をかけた戦いとなる。もう一つの準決勝、神戸海稜と成徳学園の敗者とプレッシャーのかかった試合に臨まなければならなくなる。当たり前だけど、この試合で近畿大会への切符を手に入れたい。
「プレイ!」
球審の声とともに、試合が始まる。スコアボード横の時計の針は、10時5分を指していた。
◇◇◇◇
両先発は対照的な立ち上がりだった。東望大姫路の先発の佐藤さんは、三回までを完璧に抑えた。対して、奈桜先輩の投球はあまりピリッとしなかった。コントロールが定まらないときも多く、何本かヒットを許した。それでもバックの守りにも助けられ、なんとか三回までゼロを並べた。
先に先取点を取り、奈桜先輩を楽にしてあげたい。けれど、膠着を破ったのは相手の方だった。四回表、先頭バッターがツーベースで口火を切ると、続く打者は、セオリー通りの送りバントでランナーを三塁に進めた。
千庄は内野を前進させ、ホーム突入を防ぐシフトを敷く。しかし、続く打者の打球は、それをあざ笑うかのよう、強く内野の間を抜けていった。両チームが喉から手が出るほど欲しかった先制点は、東望大姫路のものとなった。
四回裏、千庄はすぐさま反撃に出た。先頭の明日葉が粘って四球で出塁し、すぐさま盗塁を決めた。ピッチャーはすみれ先輩も歩かした。少しだけ相手の歯車も狂い始めたような感じ。
ノーアウト一二塁、今日は三番の日菜子先輩は、ショートへのボテボテの当たりを放った。しかし飛んだコースが良く、ランナー全員セーフの内野安打となる。
ノーアウト満塁。同点、逆転への絶好のチャンス。
『四番ファースト、高村さん』
星奈先輩が打席に入る。初球、甘くやってきたストレートを、先輩はスイングで迎え撃った。だけど、
「アウト」
「アウト」
二つのアウトが積み重なる。先輩の打球はセカンド真っ正面へのゴロだった。セカンドは二塁への送球を選択し、その後のボールのやりとりも滞りなくダブルプレーが完成した。
その間に三塁ランナーの明日葉が生還し、ひとまず同点に追いつく。でも、大量点を期待していた千庄ベンチは、今日の天気のような、どっちつかずな微妙な雰囲気となった。その後はどうにか抑え、最小失点でこの回を終えた。←最後の一文が相手目線になってます。抑えられた、たった1点で攻撃を終えた、みたいにするのが良いと思います。ここまで一気読みして、めちゃめちゃ面白いです!この先も楽しく読ませていただきます!
五回の表、相手の先頭がヒットを放つ。続く打者の打球は、セカンドへのゴロ。友恵が捕って、二塁へ入った明日葉に送り、明日葉はすぐさま一塁へボールを転送する。けど、一塁は間に合わず、セーフとなった。
「あなたと明日葉さんなら、ゲッツー取れたんでしょうけど」
先生が言った言葉は間違いなく、事実だった。私は唇を噛んだ。
結局、ゲッツーが取れず、残してしまったランナーを本塁へ返してしまい、再びの勝ち越しを許してしまう。
「流れが悪いですね」
先生はちらっと私を見た。
「桜希さん、代打いけますか? 流れ変えましょう」
“いいえ”という選択肢はもちろん無かった。私は、次の回、九番奈桜先輩に回ってきたら出る、ということになった。
「あっ、さっちゃん出るの?」
守りを終え、ベンチに戻ってきた日菜子先輩が、ヘルメットを被り準備していた私に言った。強く、返事した。
「はい、いきます」
「そっか。よし! 遥! とにかく出て!」
日菜子先輩が、打席に立つ遥先輩へ叫ぶ。遥先輩はデッドボールを背中に受けた。痛がる素振りを見せず、ガッツポーズをしながら一塁へ向かっていく。ベンチの雰囲気が変わってきたような感じがした。
「救世主登場、みたいな」
いつのまにか横にいた明日葉が、少し笑っていった。
「なんか、アドバイスちょうだい」
「ストレートは早い。カットボールも切れてる。でも、いつもの桜希なら苦にするほどじゃない」
でも、私は“いつもの桜希”じゃない。足首の痛みがある中で、どれだけのスイングができるか。
「みんな期待してるけど、今日は、わたしに繋いでくれるだけでいいから」
「了解」
私はネクストバッターサークルに向かった。
◇◇◇◇
「とにかくランナー出してわたしに回せばいいから」
なぎちゃんはチームが苦しいとき、いつもそう言った。彼女の前を打つ、私ほかチームメイトたちは反感を持つことなく、彼女のために塁に出ようと必死になった。実際、なぎちゃんは打って欲しいときに打ってくれたから。
◇◇◇◇
日菜子先輩や明日葉とのやりとりで、昔のことを思い出した。私も、絶対に打たないといけない。みんなの期待に応えないといけない。
『九番、佐伯さんに代わりまして、バッターは、青見さん』
左打席を均す。バットを目の前に立て、相手の投手、佐藤さんを眇める。集中力を高める。
状況はツーアウト二塁。次が明日葉だってことを考えれば、歩かされることは考えにくい。私がスタメンから外れた理由を、相手は怪我ではないかと推測しているはず。そんな人を相手に、逃げるはずがない。
初球、内角のストレートだった。振りにいく。が、右足が踏ん張れず、力が外へ逃げていくような感覚があった。
「ファウル」
打球はふらふらと上がり、三塁スタンドへ入っていく。やっぱり、痛い。いつものスイングができない。でも、泣き言を言っている場合じゃない。
二球目、真ん中へと入ってきたボールは鋭角に軌道を変え、内側に食い込んでくる。カットボール――右足をかばいながら、払うようにバットを振るった。
小気味よい音を立てながら、ボールはピッチャーの横を抜けていった。しかし、セカンドが横っ飛び、ボールを抑えた。
私は痛みを必死で堪えながら、走った。最後は倒れこむみたいな感じで、一塁へと達した。
「セーフ!」
なんとか繋げた。すぐさま代走が出て、お役ごめんとなった。球場から拍手を受けた。
「ナイスラン」
打席に向かう明日葉が、足を引きずりながらベンチに帰る私に言う。“ナイスバッティング”ではなく“ナイスラン”か。
「あ、足大丈夫?」
「うーん、まあなんとか」
ベンチに戻ると、日菜子先輩はなぜか、涙目で私を見ていた。
「痛いだろうに。なんか感動しちゃった。絶対この試合勝つよ」
よくわからないけど、私のヘッドスライディングは、チームメイトの感動を呼び、士気向上につながったようだった。
明日葉がセンター前へとのヒットを放ち、遥先輩がホームを踏む。同点に追いつく。
「流れ、変わりましたね」
先生がいった。続くすみれ先輩もタイムリーヒットを放ち、ついに千庄は勝ち越しに成功する。二番手としてマウンドに上がった舞香がその後を抑え、私たちは勝利を掴んだ。
◇◇◇◇
その日の夜の、嶋村からのメッセージ。
“近畿大会出場決定おめでとう。私たちも今日、京都大会で決勝進出して近畿大会出場を決めたよ。対戦できたらいいね”




