34話 ラッキーパーソン
「怖いのだけはやめて……」
千庄高校の学園祭は、最初の二日間は文化の部、最後の一日が体育の部として、3日間にかけて行われる。
今日はその初日で、私と明日葉は、各クラスや部活の催し物を見て回っていた。学校の中庭にはたくさんの生徒たちがいる。九月になったといえど、まだまだ暑さが残る中、学校中を生徒たちが動き回り、お祭りの雰囲気を作り出している。
「ふーん」
明日葉は悪い顔をしていた。事の発端は、明日葉が次はお化け屋敷行こうみたいなことを言い出したことだ。ホラー、絶叫、そんなのが嫌いな私は当然、猛反対した。
「怖いのもだけど、驚かしてくるのが無理。心臓止まるかも」
しかし明日葉は、「無理無理!」ってわめく私の手を、強引に牽いていく。
「所詮、高校生の文化祭レベルだし、大したことないって」
「でも……」
「もう、へたれなんだから。わたしが隣にいてあげるから」
◇◇◇◇
お化け屋敷を催していたのは三年生のクラスだった。中の様子について廊下から知ることができたのは、すべての窓に黒い布が掛けられ、外からの光が一切入っていないこと。暗黒の空間が、段ボールでしきられ、迷路みたいになっていることだ。
受付を済ませ、二人同時に中に入る。私は強く明日葉の腕に自分のを絡ませた。明日葉が私を見捨てて逃げたりしないよう、強く腕を巻き付けた。
「ちょっ、痛いんだけど」
「に、逃げないでね」
明日葉がどんどん先へ進もうとするのを必死に拒否し、恐る恐る歩を進める。とにかく暗い。道は狭く、かなり密着しないと、横並びで歩けない。前の方からは女子生徒の叫び声も聞こえてくる。
そんなとき、私の腕に触れるものがあった。ニチャ、って音がした。
「ひっ……!」
水気があって、つるんとした質感のものだった。恐怖で飛び上がりそうになった。
「な、なにあれ……」
「大げさだって」
さらに進んでいき、角をゆっくりと慎重に曲がったとき、私の恐怖は最高潮に達した。突然、白くて大きななにかが襲ってきた。
「ぎゃ、ぎゃーー!!」
しかもそいつは、あろうことか私に向かって突っ込んできた。そのまま私をなぜか抱きしめてきた。我を忘れ、甲高く叫び、必死で体を暴れさせ、そいつを剥がそうとした。思いっきりそいつの背中も叩いてやった。
「なにしてるんですか、陽子先輩」
明日葉の声で我に返った。陽子先輩……?
「いたた、ごめんごめん」
「せ、先輩!? なんで……?」
白いなにかの正体は陽子先輩だった。真っ白な、幽霊みたいな格好だった。
「いや知っている声で、なんかラブラブな二人組が来たから、もしかしてと思って見たら青見ちゃんだったから、つい」
「つい、じゃないですよ! 心臓止まるかと思ったじゃないですか!」
「ごめんなさい、そんなに驚くと思わなくて。来場者に触れるのは禁止だから、内緒にしてね」
「……先輩のこと思いっきり叩いちゃったけど、謝りませんよ。先輩が悪いんですから」
こんなところで立ち話を続けるわけにもいかず、私たちは先を急ぐことにした。一時の間、忘れていた恐怖が戻ってきたので、私は再び、明日葉の腕に絡んだ。
◇◇◇◇
その後も恐怖と戦いながら、なんとかその場を出た。幽霊に抱きつかれるという最強の恐怖を経た私は、エアコンの効いた寒々とした空間だったのに、汗が大量に吹き出してきていた。
「さて、次は」
「ま、待って、休みたいんだけど」
「なにいってんの。これからでしょ。次は星奈先輩のとこ行こ」
「そこはなにやってるの?」
「占い」
◇◇◇◇
“占いの館”って看板を掲げている二年七組の教室は、ひっそりとしていた。近くの教室はカフェをやったりしていて大盛況なのに、ここだけお客さんが少ない。逆に、怪しげな雰囲気を作り出すのに一役買っている気がする。そもそも占いって学園祭ぽくないような。
受付の女子生徒に聞いてみると、占いは占星術だとか、タロットカードだとか、何種類かあるらしい。
「先輩はタロットだって。先行く?」
「いや、先いって」
得体の知れない催しである。ドアが閉め切られていて、中の様子がわからない。受付に連れられ、明日葉が中に入っていく。
待つこと三分くらい、やっと明日葉が出てきた。
「どうだった?」
「……」
明日葉はなにも答えてくれなかった。不安が強くなってきた。
「次の人ー」
受付の指示に従い、教室の中に入ると、中には怪しげな音楽が流されていた。薄暗い中、しきりによって作られた小さな部屋みたいなのが三つある。真ん中の部屋に入ると、そこにはイスと机が置いてあり、奥には星奈先輩がイスに腰掛けていた。
「ようこそ」
制服姿の先輩は頭の上にローブみたいなのを掛け、それとなく占い師ぽかった。「どうぞ」と促され、私はイスに腰掛ける。
「はじめまして、マダムセイナです」
「ぷっ……」
思わず吹き出しそうになった。先輩は真顔のままで、ギャグで言っているのか、それともキャラに徹しているだけなのか、判別がつかなかった。
「あなたのお名前、生年月日、血液型をどうぞ」
「青見桜希、4月6日、B型です」
私が言ったことを、先輩は紙にメモをしていく。眼鏡の奥底が、怪しげに光っていた。
「好きな食べ物は?」
「カレー……ですかね」
「では、好きな言葉は?」
それ、占いに関係あるんですか、とは思ったけど、先輩はとても真剣に返答を待っていた。
「……じゃあ、“あすは”です」
先輩はそれも書きとめる。今度は机の端に置いてあったカードを取り出し、おもむろにそれをシャッフルする。充分に切られたカードの上から、三枚のカードを取り出し、机に並べた。
「なるほど。あなたの未来、見えました」
三枚のカードを見る。羽が生えた天使みたいなのと、死神みたいなのと、王様みたいな奴。
「ど、どうなんですか?」
「あなたはこの先、試練を迎えるでしょう。しかしそれを乗り越えれば、きっと、見えてくる景色があります。あとラッキーパーソンは、眼鏡をかけた人です」
眼鏡をかけた人が、そう言った。やり方合ってんのかな、といぶかしんでいると、先輩は何かを訴えかけるように私を見ていた。
「終わりです」
「そ、そうですか」
やっぱり、先輩とは噛み合わない。「ありがとうございました」と一礼し、教室を出た。
すぐに明日葉と合流し、占いの内容を全部話す。
「試練があるとかなんとか、先輩、適当に言ってるじゃないかなあ」
「わたしには、あなたはこのまま我が道を進んでいけば、未来は開けてくるからって。あと、“待ち人来る”とか」
「おみくじみたいね……」
「あと、ラッキーパーソンは眼鏡をかけた人だって」
「それ、私にも言ってたんだけど」
大丈夫なのか、この催しは。しかし、さっきまで教室の方を見ると、徐々に人の数が増えていった。
「面白い人でしょ、星奈先輩」
「うん、ホント」
◇◇◇◇
私たちはクレープ屋をやっているクラスに来ていた。
一つの机を挟んで座り、クレープを頬張る。いつもすましている明日葉だけど、甘いものを食べているときだけは、とても幸せそうで、子供みたいである。はっきりいって、めっちゃ可愛い。
「そういえばだけどさ、園田渚のことなんだけど」
突然、明日葉は言った。びっくりして、口からクレープがこぼれそうだった。
「あの人のこと、みんなに聞いたら、あの人は桜希よりすごかったって。わたしは、そうは思わなかったけど」
「なぎちゃんは、私より凄かったよ……たぶん」
「お願い、聞かせて。昔の話」
明日葉は、食べるのをいったん止め、私を見つめた。
「どうしても聞きたいの?」
「うん。わたしも、桜希のこと占ってあげようかと思って」
◇◇◇◇
「ほら、泣くなって。毎週連絡するっていったでしょ」
なぎちゃんが京都へ旅立つ日、私は泣いていた。
「だって……」
「隣の県だよ。すぐそこだよ。夏休みとかには帰ってくるし。一生会えないわけじゃないんだよ」
そんなこと、事実としては認識してはいたけど、泣いていた。
「桜希も中学に入ったら、シニアで野球をやりなよ。わたしもやるからさ。今度は敵チームとして、対戦しよう」
ただ、この約束だけが、当時の私には唯一のなぐさめだった。
◇◇◇◇
私は短くだけど、なぎちゃんとの過去を語った。明日葉はうなずきながら、真剣に話を聞いてくれた。
「では、占ってあげます。青見桜希さん、あなたは、園田渚との再会に動揺している」
少し芝居じみた調子に戸惑ったけれど、「はい」と頷いた。
「それは、あなたが一皮向けようと、脱皮しようとしているからです。成長しようとしている途中に、あんまり好きではない過去の自分をよく知る、さらに昔の自分を形作った要因となったような、過去の亡霊みたいな人と再会したから、動揺したのです。……どう?」
「どうって言われても……」
内容どうこうより、そんなことを言う明日葉の方に驚いた。
「なんか、明日葉って変わったね」
「そ、そうかな……」
明日葉は照れくさそうに頬を掻いた。
「……まあ、わたしも、大人になってきた……のかも。って、頬、なんか付いてるよ」
明日葉の指すところを指で拭ってみると、クリームが口元に付いていた。舐めてみると、やっぱり甘かった。
◇◇◇◇
最近来た、洛総の嶋村さんからのメッセージ。
“今日は龍山大平京高校と練習試合があったんだけど、渚が初めて試合で登板してさ、結果はというと、2回を3奪三振の無失点。ちなみにチームも4-0で勝利だった。部員たちにも大歓迎で迎えられているみたい。まあ、主将の私が連れてきたんだから当然かもしれないけど”
“渚が桜希さんとの昔の話を話してくれた。チームメイトでライバル。それで渚が引っ越すときにはまた対戦を誓い合ったなんて、健気な関係だね。なんか萌えちゃう”




