30話 新チーム
今日は三年生が引退し、新チームとなった最初の練習日だった。朝、練習に集まった部員たちの数が見知った風景よりも少ない。一部分が欠けたジグソーパズルを見ているみたいで、もどかしかった。
「今日から新チームとしての活動が始まります」
練習前のミーティング、みんなの前で新主将、弓削日菜子先輩が言う。
日菜子先輩は前のチームでもキャッチャーのレギュラーだった。ポジションがポジションだけに、結構背が高くて、体格もいい。目が柔和に垂れていて、ふわふわの髪質。外見の印象通り、優しい性格をしている。
「まず、ここで新チームでの目標、目指すところを決めていきたいと思います。前チームでは全国出場を目指してやってきました。私としては、全国で勝利する……ていうのがいいと思うんですけど……なにか、意見がある人はいますか?」
日菜子先輩は少々遠慮がちに言った。意見ある人いますかと言われても、なかなか挙手なんかしづらいところである。
案の定、誰も反応せず、しばらく沈黙が流れた。しかし、勇敢にもその流れを切るものが現れた。
「日本一です」
それは明日葉だった。
「やっぱり前のを達成できた以上、次はもっと高い目標を立てるべきだと思います」
「なにか、関長さんの意見に対して、意見がある人とかいますか?」
日菜子先輩が問うも、誰も反対意見など出せるはずがなかった。日本一、とてもとても高い目標だけど、それを達成できるかもと皆に感じさせるのに、充分なほど凛と響いた、明日葉の声色だった。
「……決まりですね。では、私たちは日本一を目指していきます。まずは春の選抜につながる、秋の県大会、近畿大会。そこを勝ち上がっていけるよう、頑張っていきましょう」
「はい!」
こうして、私たちの新たな旅が始まった。
◇◇◇◇
新チームとなると、いろいろ変わることも出てくる。まずはポジションである。
まずは前までは光先輩に頼りっぱなしだったピッチャーについて。とりあえずは、前のチームでは二番手だった二年生の佐伯奈桜先輩がエースとなりそうだ。
その後に次ぐ投手陣は、一年生の二人、中学時代に投手を経験している古谷舞香と、乃愛だ。
舞香は前から投手としての練習をしていたから当たり前の話だけど、乃愛については私もめちゃくちゃ驚いた。確かに乃愛は小学校のときはピッチャーやっていたこともあるけど、中学以降はマウンドに一回も上がっていないはず。なんでも、
「わたしも大きいことをやりたくなった」
と言って、自らピッチャーの志願をしたらしい。
前チームからのレギュラー、キャッチャーの日菜子先輩、セカンドの明日葉、ショートの私、センターの相庭すみれ先輩、ライトの乃愛あたりは変わらず、残りのファーストとサードとレフトに関しては二年生の先輩たちが入ってくる。
結果的には前レギュラーが半分以上残ったことになる。三年生たちの穴、特に陽子先輩や光先輩が抜けた穴は確かに大きいけど、それでも戦力の低下は他のチームよりは小さいのかもしれない。
「ショート!」
練習は進んでいき、今はシートノックを行っていた。部員たちが各々のポジションに着き、かけ声とともに芹沢先生のノックを受ける。
「はい!」
そうかけ声を発し、“ショート”としてノックを受けたのは私じゃない。明日葉だった。彼女は小柄な体を躍動させ打球を処理し、一塁へ鋭くボールを送る。
「セカンド!」
「はい!」
今度は“セカンド”の番、私の番。いつもと違う景色でノックを受ける。
明日葉がショートで、私がセカンド。どうして私たちのポジションが反対になったのか。どうしてこうなったのか、真相は一時間ほど前に遡る。
◇◇◇◇
「打順……ですか」
練習の休憩タイム。私と明日葉は、相談したいことがあると、芹沢先生と日菜子先輩に呼ばれた。その相談内容というのが新しいチームとなってからの打順のことについてだった。
「二人には、一番から三番のどこかを打ってもらおうと思う」
先生が言う。先の作凛戦では、私が一番、明日葉が二番だった。
「明日葉さんが二番で、桜希さんが一番か三番で考えてるんですけど、二人の意見が聞きたくて」
「わたしはどこでもいいです。どこでも、与えられたところで自分の仕事をするだけです」
明日葉はきっぱりと言った。
「さっちゃんは?」
日菜子先輩はさっちゃんこと、私にも問う。
「私も、どこでもいいです」
前の打順、一番は陽子先輩にどこ打ちたいか聞かれ、自分で決めた打順だった。でも、もう私もそんな立場じゃない。一番チームに貢献できるような、与えられた場所で頑張らないといけない。
「まあ、まだ本番までは時間があるし、いろいろ試していきましょうか。とりあえずは今度の練習試合では前の形でいきましょう」
「練習試合あるんですか?」
「あっ。まだ言ってなかったですね。全国に行ったことでいろんな高校から、試合をしたいと声をかけて頂いて。
なかでも京都の洛総高校の顧問さんが凄く熱心にお願いされたので、とりあえず、そこと試合することに決めました。夏京都ベスト4の強豪校です」
話は以上です、という先生に対し、明日葉が、
「一つお願いがあるんですけど。たまにでいいんで、わたしがショート、桜希がセカンドでノックを受けさせてもらえませんか」
隣で私は面食らっていた。私への相談も無しに、なにを言い出すのだろう。
「それは、どういう理由で?」
「互いに逆のポジションを経験しとくほうが連携も深まるし、刺激にもなって、マンネリも防止できると思うんです。それに、本番でどっちがどっちかなんて、まだ決まってませんから」
最後のは、私への宣戦布告と言っていい。先生が「桜希さんは?」と聞かれ、
「……いいと思います」
ここで“嫌です”なんて言えるわけがなかった。明日葉はずるい。先生は明日葉の考えを了承した。
それで話し合いは終わった。先生と明日葉が消えた後、日菜子先輩は言った。
「かっこいいわあ、明日葉ちゃん。次のキャプテンはあの子で決まりね」
なんだか陶酔した表情だった。
「ちょっと気が早くないですか?」
「そうなんだけど……さっちゃんはどう思う?」
「まあ私も、明日葉がいいと思いますけど」
「でも、陽子先輩は“青見ちゃん”がいいって言ってた」
陽子先輩は、私本人にもそのようなことを言っていた。
「さっちゃんもいいと思うけど。でも、私は明日葉ちゃんの方がいいと思う。陽子先輩の人を見る目はちょっと疑わしいから……なんたって、私をキャプテンに指名するぐらいだから」
日菜子先輩は憂いのこもった表情で言った。妙に納得してしまって、そんなことないですよって、否定するのも忍びなかった。
「今、納得って顔してたでしょ」
「えっ……そんなこと」
「いや、絶対してた。さっちゃんの顔、わかりやすいもの」
「違うんです。陽子先輩が私をキャプテンに、ってことで、見る目無いなって」
先輩は「はあ……」ってため息をついた。
「……どうして私なんだろう。すみれかと思ったのに」
本気でへこんでしまった。日菜子先輩を選んだ理由を、今度陽子先輩本人に聞いてみようと思った。
◇◇◇◇
そんなこんなで私はセカンドでノックを受けている。確かにこれは定期的にやるべきかもしれない。
ショートのときとは景色が違う。新鮮な感じがする。今まで意識してなかったセカンドの動きや考え方に気づけた。これは二遊間の連携を深める意味ででかい。
明日葉はいろいろと考えているのだなあと思った。練習後、グラウンド整備を行っているときに、その本人は言った。
「荒木と井端がポジション入れ替えたことあったでしょ。あれ参考にしてそのこと思いついたの」
「あらき? いばた?」
二つの人物名らしきものについて、私の中には、はてなマークが浮かんでいた。
「荒木と井端知らないの?」
「う、うん……」
明日葉が言うところによると、荒木選手と井端選手はプロ野球、中日ドラゴンズで活躍した名二遊間。荒木選手がセカンド、井端選手がショートとして活躍していたけど、ある時、当時の監督、落合監督の発案でポジションを入れ替えた。
「落合監督はわかるけど……」
「ほんと、野球のことなにも知らないのね」
私に野球の知識が欠けているのは事実だ。その辺からして、私は明日葉に負けている。野球の情熱が足りない。
「明日葉は……日本一、目指してるの?」
ミーティングで言っていた“日本一”という目標。その本気度を知りたかった。
「それは、“ついで”。わたしは青見桜希を倒したい、ついでに日本一の選手になりたい」
日本一の選手になりたい、ついでに私を倒したいならわかるけど。それだと、私を倒せば勝手に日本一が付いてくるみたいな言い方だ。
「わたしから野球をとったら、なにもないから」
「明日葉から野球をとっても、“可愛さ”とかいろいろ残ると思うけど」
「……暑さで脳が溶けてんじゃないの? で、そっちは? 日本一、目指してないの?」
「私は……」
どうなんだろう。チームとしては日本一を目指したい。でも、個人としては。目指した先に、なにがあるのだろう。
「そんな才能ありながら上を目指さないのは罪よ。あんたから野球をとったら……ただの、美人でスタイルがいいだけの女子高生じゃない」
「ええっ」
明日葉は少し照れていた。それでも、私から目を逸らさなかった。
「日本一、目指そ」
「……うん」
明日葉は頭を掻いた。「わたしの脳も溶けてしまった」てきなことを呟いていた。まだまだ暑い日、決意を新たにした、新チームの船出の日だった。




