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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
三章 真夏の全国高等学校女子硬式野球選手権大会
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24話 花火と私と明日葉

 なんとなく、家のカレンダーにペンでしるしを入れてみた。七月最後の日曜日が来るのが待ち遠しかった。


 全国選手権まであと少しであり、連日の猛暑が続く中も、スケジュールは練習で埋まっている。そんな私たちに与えられた束の間のイベントがお祭りである。


 今日の夜は、祭りの最後を飾る花火がある。部員のみんなも行く予定の人が多いみたいだ。私は明日葉と行くことになっていた。


 そして当日、親の車に乗せてもらい、待ち合わせ場所に向かう。とても楽しみで、今日ばかりは昼間の練習が早く終わってほしかった。


 学校や部活以外で明日葉と会うのは初めてだった。どんな服を着ていこうか、小一時間ぐらい悩んだ。浴衣は無い。たいした服もない。結局、いつもと変わらないシンプルな格好にすることにした。


「このへんでいいや」


 花火は、町を縦に分かつように流れる川で打ち上げられ、近くの大きな公園で楽しむのが基本である。公園近くは交通規制がかかっているから、少し離れた場所で車を降りる。早足で待ち合わせの場所へ向かうと、そこには、天使がいた。


「わっ……」


 明日葉はすでにそこにいた。周りをキョロキョロと見回していた。オレンジと黄色の花が咲く、浴衣姿だった。明日葉が私の姿を見つけたので、急いで彼女のもとへ向かった。


「おそい!」


「ごめんごめん」


 普段は下ろしている前髪を横に留めていて、おでこがはっきりと見える。とても、可愛い。


「なんか、わたしだけ気合い入ってるみたいじゃない」


 対して、私はいつもとなんら変わらない格好である。


「ごめん、でもそれ、めっちゃ似合ってるよ」


「いいから……早く行こ」


 明日葉はそう言って公園の方に歩き出した。私はそれに続いた。薄暗くなり始めた中、人の流れに逆らわず進んでいく。子供、中高生、大人、みんなが同じ方向へと歩いていく。


「本当は来たくなかった」


 明日葉は言った。周りのざわざわで、言葉が聞きづらかった。

 

「母親がうるさいの。せっかく浴衣があるんだから、友達と一緒に行ってこいって」


「だから、しょうがなく私を誘ったってわけ?」


「そう。だって桜希は、わたしのお願い断らないから」


 確かにそれは事実なんだけど、面と向かって言わなくてもいいのに。


 しばらく歩くと、公園が見えてくる。公園内の道には、いろんな出店がひたすら並んでいる。食欲をそそる匂いが漂い、自然と歩くスピードが緩くなっていく。


「なに食べようかな」


「わたしは綿菓子でいいや」


 明日葉はそう言って、綿菓子を買いに行った。私はそこについて行ったけど、すぐ横の美味しそうな香りに誘われた。


「たこ焼き……」


 即決だった。あんまり食べる機会無いから、こういうときに食べよう。店のおじさんに一つ頼み、お金を払う。お釣りを貰い、少し待つと、パックに詰まっているたこ焼きを受け取った。いい匂い。


「あ、あれ…」


 辺りを見回す。通りを歩く大勢の人に紛れたか、明日葉の姿が見あたらなかった。


「あれ、君、一人? 俺たちと一緒に花火見ない?」


 そんな中、変な男二人組に絡まれた。見るからにチャラそうで、やばいと思った。


「え……えっと」


 あたふたして、どうしていいかわからないでいると、私の手が強烈に握られるのを感じた。


「何してんの。早く行こ」


 どこからともなく現れた明日葉は、私の手を強く引っ張っていく。その力強い手に引かれ、私はナンパらしきものから逃げ切った。


「あ、ありがと」


「あんなの、さっさと適当なこと言って逃げればいいのに」


 片手に綿菓子を持った明日葉は、どんどん前を歩いていく。私は少しだけ走り、ようやく明日葉の横に並ぶことができた。


「だって、明日葉がいないから、どうしようと思って」


「そっちが勝手にいなくなるからでしょ」


「いい匂いして。ごめん、つい」


「もう」


 人混みをかきわけて進んでいくと、人々の話し声、お祭りの音たちが後ろへ次々に流れていく。魅惑的な食べものたちの香りも、現れては消えてを繰り返していく。でも、今の状態では興味本位で店に近づけない。右手が、しっかりと掴まれているから。


「ねえ。この手、繋いだままでいいの?」


 いつもの明日葉なら、一瞬でこの手は振り解かれると思った。


「……嫌なの?」


「嫌じゃないけど……」


「じゃあいいでしょ」


 明日葉はそう言って、手を繋いだままだった。


 ようやく通りを出ると、開けた場所に出る。多くの人が場所を取り、花火の始まりを待っている。


「この辺しかないか」


 あんまりいいところではないけど、残った場所はこの辺しかなかった。


 数分後、花火が夜空に上がり始めた。大きかったり小さかったり、カラフルな花たちが夜空へ咲き始める。


 綺麗だった。横の女の子はどんな表情を浮かべているのだろうとも気になった。ちらっと見ると、目尻をちょっとだけ下げ、柔らかな表情をしていた。瞳には、夜空の花が小さく写っていた。私は「綺麗」って呟いた。


「ホント」


 明日葉もつぶやいた。私の“綺麗”はあなたを見て言ったんだけども。


 来て良かったと心から思う。私はとても幸せ者だ。なにもかもが充実してて、毎日が楽しい。


 でも、私が一番望むことは何なのだろう。部活を頑張るとか、ざっくりとした目標はあるけど、確固たる目指すものはない気がする。


 私は何になりたい。そして、明日葉との関係がどうありたいと思っているのだろう。


「明日葉はさ、なんか、目標とか夢とかあるの?」


 私は訊いた。そしたら、明確な答えが返ってきた。


「あるよ」


「それって?」


「青見桜希を倒すこと」


 しっかりと私と視線を合わせ、明日葉はきっぱりと言った。


「それって野球で、ってこと?」


「当たり前でしょ。格闘技とかのわけないじゃない」


 続けて、


「小学生の時からずっと思ってた。青見桜希より上手くなりたいって」


「ふーん」


 今日の明日葉は言葉遣いがいつもより優しくて、少し饒舌な感じがした。夜空の花火がそうさせるのか、明日葉の性格自体が変化してきたのか、どっちなのかはわからない。


「そっちは、なんかないの?」


 問われて、少し考えて答えた。


「今は、三年生と一緒にやれる時間をちょっとでも伸ばしたい」


 花火はリズミカルに音を鳴らしていく。時々、私たちの言葉をかき消すこともある。でも、間が悪いのか、いいのか、私の次の言葉を消すことはなかった。


「それと、あなたと一緒に試合に出ていたいって思う。この前の試合、一瞬だったけど、一緒にプレイできて凄い楽しかったもん」


 この前の試合のあとからずっと言いたかった。一緒に二遊間を守った、たった三回の間、とても気持ちが高ぶったこと。


 明日葉は空へ顔を向けたまま、「変なの……」って呟いた。


 いつのまにか最後の花火になった。高くに上がっていき、大きく花を開く。しおれ、光が落ちていく。余韻がたっぷりと場を満たす。


 ぞろぞろと人々が動き出した。私たちも帰ろうと動き出した。


「あんまり、こういうとこに来たことなかったんだけど、結構……楽しかった、かも」


 明日葉は急に呟いた。


「最初は来たくなかったとか言ってたのに」


「嘘に決まってるでしょ。本気にしないで」


 その発言に、私は立ち止まった。


「嘘って、最初のと、さっきの。どっちが?」


 最初の“来たくなかった”か、“楽しかった”か、どっちが嘘なのか。明日葉は立ち止まった私に振り向き、


「察してよ、馬鹿」


 私たちは再び歩き出した。人々のざわざわと、楽しかった祭りの名残を感じながら、手をつなぎ、来た道を帰っていった。 

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