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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
三章 真夏の全国高等学校女子硬式野球選手権大会
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23話 お誘い

 兵庫県大会決勝の日の夜は、めちゃくちゃ眠れた。その翌日は休みで、ひさしぶりに平穏で何もない休みの日を過ごした。考えてみれば、県大会までの一ヶ月ぐらい、ずっと野球漬けの日々だった。


 録画していたテレビ番組だったり、ネットの動画サイトを巡回したり。そんな間でも、昨日の試合のことを思い出す。


 最後の二打席での感覚は、今まで生きてきた中で最も心地よいもので、とにかく神経が研ぎ澄まされていた。あの感覚をまた味わいたいと思った。


 その翌日は朝から練習があった。県大会が終わったばかりだけど、全国女子硬式野球選手権はすぐそこだ。


「えーと、あたしの手の怪我ですが、なんとか選手権までには治りそうです。ご心配をおかけしました」


 練習最初のミーティングで、藤田美羽先輩は言った。先日の試合で美羽先輩は先日の試合で上橋沙音璃の豪速球を右手に受け、途中交代となってしまっていた。


「治るまではやれることをやって、みんなの練習のサポートをしていきます。本番までには完璧に治して、チームの戦力になりたいと思います」


 美羽先輩は、言葉を選びながら、所々言葉を詰まらせながら話した。おそらく、その胸中にはつらいものもあるんだと思う。


◇◇◇◇


 練習はいつもどおり進んでいく。県で優勝したからって、急になにかが変わるわけではない。私たちは、やれることを一つずつやっていくしかない。


 ただ一つ、明確に変わったことがあるとしたら、


「桜希」


 練習の合間、明日葉が私を呼んだ。


「とりあえず、わたしがセカンドをやる」


 そりゃそうだろうとしか思わなかった。美羽先輩が間に合うかわからない。しかも決勝の時、ぶっつけ本番であんなに上手くプレーしたのに、明日葉がセカンドをやらないなんて選択肢はあるのだろうか。


「藤田先輩に、君にセカンドを託すって言われたから、やらないわけにいかないから」


「そっか、がんばろうね」


 私が言うと、明日葉は小さく頷いた。


「うん」


 これで話は終わりなのかと思ったけど、明日葉は、まだなにか言いたいのか、ずっと私を見ていた。


「なに?」


「……あのさ、今週末、予定ある?」


「今週末? 練習があるでしょ」


 今は夏休みだけど、選手権まではほとんど部活でスケジュールが埋まっている。でも、私としては大歓迎だ。


「そうだけど……」


 明日葉はそれだけ言って消えた。なんだか変な感じだった。


◇◇◇◇


「ふー」


 休憩中、水道の蛇口を回し、思いっきり水を顔にぶっかけると、とても気持ちよかった。とにかく暑い。 


 だんだんと日は高くなっていく。これから暑くなっていく一方だろう。


「あっついね」


 私が気持ちよく水と戯れていると、陽子先輩がやってきた。


「関長ちゃん、セカンドやってくれるってね。まあ、やってくれなきゃ困るんだけど」


 先輩は水を顔に浴び、タオルで拭いた。


「美羽先輩に託されたからやる、って言ってました」


「へえ」


 美羽先輩はランニングとかには参加していたけど、ボールを使った練習、バッティングのときはサポート役に徹していた。誰よりもはつらつと声を出していた。


「昨日、美羽が病院に行って診断を受けた後、私に電話してきてさ。試合に間に合うか微妙だから、あたしはもうマネージャーになるって言ってたの」


「えっ?」


「手が使えなかったとしても、足が使えるでしょ、とかなんとか説得して、まだやるって思い直させたけど。あれは、美羽なりのプライドじゃないのかなって。

 仮に美羽の怪我が完全に治ったとしても、きっと、関長ちゃんが望むならセカンドは彼女になる。それをわかってるから、やめたいと思ったんじゃない。怪我のせいにすれば、後輩にポジション盗られたって事実を隠せるし」


 あんまり聞いてて心地の良い話ではなかった。


「重たい話ですね……」


「別にあなたにも関係ない話じゃないのよ。あなたが入ってすぐにショートのレギュラーになったことで、ベンチに下がった子もいる。レギュラーになるってそういうこと」


 そうか、って合点のいった私は、想像力の足りない人間なのだろう。


「末広ちゃんも含め、三人も一年がレギュラーになった。それで結果が出た。チームが強くなったのは事実。でも、その分涙を流した人がいるってこと忘れないでね」


「はい」


 改めて身が引き締まる。美羽先輩、そしてみんな、たくさんの人の思いを背負って戦わないといけない。


「青見ちゃんも関長ちゃんも強い子だから、きっと、美羽の分も活躍してくれるでしょ」


 先輩の言葉に「はい」と、しっかり返事ができた。


◇◇◇◇


 練習の最後は、今までとはちょっと違うシートノックだった。


 明日葉がすぐそばにいなくて、ちょっとだけ離れた隣のポジションにいる。いつもとは違う感じだった。


 そもそも私たちは、一昨日の試合で初めて二遊間を組んだのだ。これが初めてのノックでの二遊間という事になる。試合ではぶっつけ本番でやるしかなかったけど、やっぱり連携とか、練習で確認しないといけない部分はたくさんある。


 ただ、私たちはとても息が合っていた。


「ショート!」


 ノッカーの先生が、私の右側へ打球を打つ。正面に入り、捕って、右手に持ち替え、明日葉セカンドに送球する。明日葉もすぐに一塁へボールを転送する。


 決勝の七回裏、私たちが初めて捕ったゲッツーの再現のようなプレーだった。


「セカンド!」


 今度は明日葉への打球、右へ来た打球を捕り、バックトス――肘を支点に、ボールを外へ押し出すようなトス。ボールは、二塁へ入った私が、捕りやすくて、送球に移りやすい位置へ、寸分の狂いもなく、完璧なタイミングでやってきた。


 私たちの連携は完璧だった。楽しかった。いつもより早く送球してみたり、もっと早く二塁に入ってみたり、美羽先輩との時よりレベルの高いことを要求してみたけど、明日葉はちゃんと付いてきた。


 ノックが終わった後、明日葉に「完璧だったね」って言うと、


「わたしが合わせてあげてるの」


 と、返してきた。それはちょっと違うと思った。どっちが合わせていると言うより、自然に合ってしまうっていうのが、事実なような気がした。


「あのさ……」


 明日葉はなにかを気にするように、周りを見回した。さっきと同じように、なにか言いたげな表情だった。でも、もじもじするだけで何も言わない。


「なに?」


「な、なんでもない!」


 そう言って消えてしまう。今日の明日葉は、ずっとおかしかった。その謎というか理由が解けたのは、練習が終わってからのことだった。


◇◇◇◇


「あれは……」


 練習が終わり、私は駐輪場までの道を乃愛と歩いていた。駐輪場には、学ラン姿の、クラスメイトの姿があった。


「今練習終わり?」


「うん、小幡君も?」


 短髪の小幡君は「うん」と頷いた。男子野球部の一年生、未来のエース、らしい。


「あのさ、青見さんに話があるんだけど……」


 小幡君が言うと、乃愛がにやにや笑いながらどっかへ消えた。


「優勝おめでとう、大活躍だったらしいじゃん」


 私と二人っきりになり、彼は言った。


「ありがと。男子は……ベスト8だよね」


「うん。成徳にあと少しで負けた」


 ちょっとした会話を挟み、彼は、


「青見さん、週末の祭りの花火、俺と一緒にいかない?」


 わざわざ二人っきりにしたんだから、なにか特別なことがあると感じたんだけど……どうしよう。


 今週末にあるお祭りは、この地域の夏の風物詩だ。特に夜の花火のときはたくさんの人で賑わう。もちろん私も毎年行っているけど、今年は部活のことが頭にいっぱいで、存在を忘れていた。


「そっちは大会控えてるから、無理にとは言わないけど……」


 どうしたらいいかわからなかった。別に断る理由もないけど、行く理由もない。ていうか、こうやって面と向かって誘われると断りにくい。メッセージとかで、スマホ上のやりとりだったら、気軽に返事もできるのに。


 私がひたすら困っていたときだった。横から、第三者の声だった。


「だ、だめ……!」


 どこから現れたのか、それは、明日葉だった。


「桜希は、わたしと行くから!」


 明日葉が言うと、私と小幡君の「えっ?」って声が重なった。


「そうなの?」


 小幡君に事実確認を求められ、私はほとんど反射的に、


「……うん」


 って答えた。小幡君は、


「そっか。ごめん、時間使わせて」


 寂しげにそう言って、寂しげな背中を見せて消えていった。


 そして、二人が場に残った。明日葉は、なぜか何も言わず、去っていこうとした。


「ちょっと待って」


 私は明日葉の手を掴んだ。


「どういうこと? 明日葉さん」


「嘘に決まってるでしょ、あんたが男にうつつを抜かさないよう、断る理由を作ってあげたの!」


 明日葉はそう言って、私の手を振りきった。そのまま歩いていった。


「ひどい。嬉しかったのに」


 私が呟くと、明日葉は背を向けたまま、


「だったら、今すぐ小幡君にやっぱ行きたいってライン送れば」


「違うよ。明日葉が誘ってくれたのが嬉しかったの」


 明日葉はこっちを向いて、でも、顔を背けたまま、言った。


「……じゃあ、一緒に行ってあげてもいいけど」


 もしかして、今日一日明日葉が少し変だったのは、祭りに私を誘いたかったからなのだろうか。で、なんか小幡君に先を越されそうだったから、慌てて出てきたみたいな。


 一緒に行ってあげる、という明日葉の申し出を、もちろん私は断らなかった。こうして今年の夏休みのスケジュールが、部活以外のことで初めて埋まることとなった。

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