表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/101

関長明日葉の話② 

 人生最高の試合だった。七回裏の代走からの出場で、打席は一回だけ、守備機会も数回ほどだったのに、めちゃくちゃ疲れた。全神経を使い果たした感じ。


 決勝戦のあと、わたしはたくさんの称賛を受けた。たぶん、人生で一番褒められた日だった。


 今までわたしはどっちかというと集団では浮いていて、こんな扱いを受けることはなかった。自分の、この厄介な性格のせいだっていうのはわかっているけど。


 だから今日受けた感覚は、とても新鮮で、素直に嬉しかった。


 絡んだことのないような先輩たちにも、いろんな言葉をもらった。そのどれもが、わたしのあの活躍は想像していなかったみたいな口振りだった。


 でも、主将、陽子先輩だけは違った。


「あなたのセカンドは、ホント思いつきだったけど、上手くいってよかった」


 試合後、先輩はそういう風に切り出した。


「わかってたの。青見ちゃんの隣にいるべきはあなただってね」


 試合が終わってすぐ、先輩はとても嬉しそうに、子供みたいに泣いていた。そんな主将の姿を、みんなして微笑ましく見守った。

 

「だから、あなたがセカンドをやるべきだと思ったから」


 先輩がわたしに、あなたがセカンドをやって、と言ったときは、一瞬だけ驚きがあった。そして、先輩はずるいと思った。あんなとこで、出来ませんなんて言えるわけがない。


 ただ、やりたいと思ってしまう自分がしっかりといた。想像したこともあった、わたしがセカンドにいて、桜希がショートにいる光景を脳裏に浮かべることもあった。


 それが実現するとしたら、三年生が引退して、新チームになってからだと考えていた。まさかあんなとこで初めてが訪れるとは思わなかった。そしてそれが、あんなに上手くできて、楽しいものとは想像していなかった。


 わたしは、陽子先輩に感謝しないといけないかもしれない。


「あの……ありがとうございました」


「うん、こちらこそ」


 わたしが頭を下げると、先輩は目を細め、続けた。


「私はあなたのことを誤解していた。あなたは青見ちゃんに悪影響を与えるような存在だと思ってた」


 突っ込みどころの多い発言だった。悪影響を与える存在ってなんだよ、とか、あなたはどれだけ桜希のことが好きなんですか、とか、必死に突っ込みを抑えた。


「だから、あなたにはキツく当たったこともあったかもしれない」


「何のことだかわかりません」


 わたしが言うと、先輩は小さくクスッと笑った。正直、主将に嫌われている自覚はちゃんとあった。


「先輩って、変な人ですね」


 陽子先輩は不思議な人だ。大人っぽく見えるときもあるし、とても子供みたいに見えることもある。理性的な人にも見えるけど、感情的な振る舞いを見せるときもある。この辺が魅力的で、先輩は部員たちに慕われているのだろうと思った。


「……変な人だなんて、あなただけには言われたくないわ」


 二人して笑った。変な会話だった。

 

◇◇◇◇


 帰りのバスの中は、だんだん静かになっていった。


 優勝の興奮さめやらぬ中、最初は歌ったりして、大盛り上がりの車内だった。しかし、制服姿のみんなはさすがに疲れてきたのか、今では近く同士の会話が数カ所で散発しているだけだった。


 寝ている人も多い。わたしも寝たい。けれど、窓際の席に座る隣の桜希が、わたしの肩によりかかり、寝ている。それだけなんだけど。


 意識するほうがおかしいのはわかっている。でも、なんだか心がざわざわする。落ち着かない。「すーすー」という寝息が聞こえる。


 桜希を前にして、どんどん自分が大胆になっていくのを感じる。七回裏、絶望に沈んだ桜希の顔を見たときは、どうにかしなくちゃって思って、あることないこと言いまくった。


 桜希を前にすると、なんでもできそうな気がしてくる。最後の打席、圧倒的に分が悪かったはずなのに、打ててしまった。


 ちらっと横目で桜希を見る。長いまつげが伏せられ、瑞々しい肌に、幾本かの影を作っている。


 魔が差した。わたしは桜希の頬に、つん、と人差し指を突き立てた。桜希は「んっ……」小さく声を漏らした。


 なんだか楽しくて、何度も押してみる。弾力のあるきめ細やかな肌が、何回でもわたしの指を跳ね返してくる。そのとき、横から不快な声がやってきた。

 

「なに桜希の顔で遊んでいるの?」


「ぎゃ!」


 わたしの愚挙をのぞき込んできたのは、通路を挟んだ席に座る末広さんだった。


「あんた、さっき寝てなかった……?」


「今起きた」


 なんてタイミングの悪い奴だ。


「それより、桜希の顔に何してたの?」


「……顔に蚊がいたから、一応払っといてやったのよ」


「へえ」


 当然、末広さんはまともには受け取ってくれなかった。こうなってくるとめんどくさいから、わたしは寝たふりをしようとした。


「アドバイス、ありがとね」


 目をつぶったわたしを気にせず、末広さんは続ける。


「明日葉ちゃんが言ってた、もっと素直にボール見ろっていうのと、戦う相手は昔と違うのよ、ってやつ。わたしは結構真剣に考えて、それでわかったの。わたしはいろいろ考えすぎてたって。パワーの違う男子相手にしてたから、いろいろと考えすぎなきゃいけなかった。

 でも、今の相手は同じ女子。もっと自分を信じてシンプルにやってみようと思って。だから、三打席目、シンプルになにも考えず、バットにボールを当てることだけに集中した」


 また、この人はわたしをからかっているんだと思っていたけど、それにしてはやけに長くて、熱を帯びていた。


 頭のいい末広さんらしからぬ、少し要領を得ない、まくしたてるような言葉たちだった。


「わたしが適当に言った出任せでそんな考えるなんて、大した想像力ね」


 わたしの皮肉を無視し、末広さんはやけに感情的に、


「今日でみんな理解したと思うけど、ホント、明日葉は……凄いと思う。わたしは君が一番だと思う」


「……あのさ、寝るんだから、静かにして」


 居たたまれなくて、もう話を切り上げさせた。一瞬だけ見た末広さんは、今まで見たことがない顔をしていた。笑いも浮かべてなかったし、しゃべり方も変だし、瞳をまっすぐこちらに向けているし、いつもの彼女じゃない気がした。


「ごめん、変なこと言って。……おやすみ」


 末広さんはそれっきり黙った。やっぱり変な人だと思った。わたしの周りに変な人が多い。


 ちょっと体を桜希の方に寄せ、わたしは目を閉じた。体は疲れているはずなのに、全然、眠れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ