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21話 決勝戦VS神戸海稜⑤

「関長ちゃん、あなたがセカンドやって」


 陽子先輩のその言葉は、みんなを面食らわせたと思う。


「えっ」


 誰もが目を見開いたり、眉をひそめたりしてたけど、ただ、明日葉だけがその表情を崩していなかった。


「あなたは中学の時、ずっとセカンドをやっていたのでしょう」


 明日葉が中学時代にセカンドを守っていたとか、私だって初耳だった。


「陽子さん、時間が」


 再び球審がこちらの様子をうかがっている。早くしないといけない。


 先輩の気持ちもよくわからないけど、肝心の明日葉がどう思っているかもわからない。いつも通りの仏頂面だった。


「どう? 関長ちゃん」


 なんだか、息苦しい。みんなが次の展開を待つ。静寂が覆う。だけど、もやっとした雰囲気は、明日葉の声が、全部吹き飛ばした。


「やります……やらせてください!」


「よし」


 陽子先輩は満足そうに頷いた。先生も納得したのか、球審に守備の交代を告げにいく。


「さあ、行こうみんな。延長戦へ!」


「おー!」


 千庄ナインが守備に就く。


 少しの間だけ鎮火してしまっていた千庄部員達の炎が、再び燃え上がってきた感じ。でも、一番興奮しているのは私だと思う。


 熱い。ただでさえ、さっきのタイムリーで興奮しっぱなしなのに、さらに体がふわふわしてきた。


 一度ベンチに戻った明日葉が自分のグローブを用意し、グラウンドに出てくる。けがをしてしまった美羽先輩が、明日葉に一言掛ける。明日葉は小さく頷いた。


◇◇◇◇


 七回裏が始まる前、内野陣はずっと明日葉にボールを回していた。そもそも美羽先輩の怪我は想定外の出来事で、明日葉はなんも用意していない。とりあえず肩を動かさなければならなかった。


 光先輩の投球練習が終わり、キャッチャーから二塁へとボールが渡る。明日葉が二塁ベースに入り、送球を受け取る。


 不思議な感じだ。明日葉と、隣同士で守備に就くなんて。


「大丈夫?」


「あんたさ、わたしより緊張してない?」


 ボール回しの明日葉はいつも通りの軽快な動きを見せていて、緊張のかけらも見せていない。確かに、私の方がドキドキしているのかもしれない。


「だって……」


「わたしのことはいいから、集中して」


 そう言いきった横顔は、凛々しくて、とても頼もしかった。


「この回きっちり抑えて、延長に行きましょう!」


「おー」


 七回裏の海稜は八番バッターからの攻撃だ。プレイ直後、光先輩の投じたの第三球目、バッターが放った打球は、切れの良い音を残した。


 野球には、代わった直後の守備位置に打球が飛んでいく、なんていう格言がある。その言葉通り、打球は明日葉の方へ、一二塁間へと鋭く、低空飛行していった。


 明日葉は低い姿勢のまま駆け出し、左腕を伸ばし飛び込む。ボールを捕まえる。


 素早く送球の体勢をつくる。といっても、ほとんど崩れたままの姿勢から、手首を最大限に使った送球――スナップスローでボールを放る。


「アウト!」


 一塁審の宣告とともに、興奮が、場に渦を巻いた。


「ナイス、ナイス!」


 私はただ、アホみたいに手を叩いて喜んでいた。うまく表現できないほど興奮しっぱなしだった。


「ワンアウト!」


 土壇場で同点に追いつき、さらに代わったばかりの選手のファインプレー、一気に流れはこっちに来てもおかしくないけど、相手もそう簡単に終わってはくれなかった。

 九番、続く一番バッターがともに出塁し、ワンアウト一、二塁、逆にサヨナラのピンチとなる。


 ここで千庄は守りのタイムを取った。内野陣がマウンドに集まる。


「次を考えると、ここは絶対抑えたい。できればゲッツー取りたい」


 陽子先輩が言った。この場面で迎えるは、嫌らしいバッティングの二番打者だ。その次が上橋さんだっていうことを踏まえるとここで終わらせたいところだ。


「ゴロ打たせるから、頼むよ内野陣」


 輪の中心、光先輩が言う。内野陣も力強く返事した。


「OK」


「はい!」


 内野陣は各ポジションに戻る。球場中の音が血気盛んに鳴り始める。決着か、それとも延長か。もうすぐ、すべてが決まる。


「桜希」


 守備位置への帰り際、明日葉の声に私は振り向く。


「わたしのことは気にしないで、いつもどおりでいいから」


 なんだか新鮮な光景。私は「OK」と小さく、しっかりと目を合わせて答えて、ポジションに戻る。


 サインの交換が終わり、光先輩が投球モーションへと移る。


 先輩の腕が振られた瞬間、ほんの少しその場で跳ね、着地する。かすれた金属音が鳴り、体が一目散にボールを追う。打球は一塁側ファールグラウンドへと転がっていく。


 自分でも体がキレていることが実感できていた。打球への反応、判断が瞬時に行えている。点を取られたら負け、そんな場面。もちろんドキドキで心臓はバクバクだけど、それと同時に過去味わったことのない心地の良い感覚に浸ってる感じ。


 野球は、楽しい。

 

 四球目、光先輩が投じたのは外への直球、バッターがはじきかえした先は、私の所だった。


 少し右、三遊間への打球。一、二、三歩でボールの正面に入る。


 捕って、ボールを握り替え、二塁へ送球する。明日葉が二塁に入り、ボールを捕球して、右手に握り替え、一塁に送る。


 私が捕球し明日葉を経由して一塁手の手に渡るまで、ボールには一切の緩慢を許さなかった。ボールは、俊足の二番打者が一塁に着くよりも早く一塁手のミットに収まった。

 

「アウト!」


 自然とガッツポーズが出た。6-4-3のダブルプレー、最高の結果で延長戦へと突入となる。


 もしゲッツーが取れなければ、ワンアウト満塁の場面で上橋さんを迎えることになっていた。足の速いバッターランナーってことを考えると、二つのアウトを一気に取り、この回を終わらせてしまうには、最速のプレーが必要だった。


 だから私は、自分のポテンシャルのありったけをプレーに込めた。そしたら明日葉は、私の動きぴったしに動いた。タイミングばっちりで二塁に入り、ボールを受けて、すぐさまの送球を見せた。


 二人で併走してベンチに戻る。


 明日葉は黙ってグラブを私の方へ差し出した。私はそれに自分のグラブを合わせ、ハイタッチをした。


 その後、先輩達にもみくちゃにされながらベンチに戻った。最高のテンションが保たれたまま、攻撃前の円陣が組まれた。


 だけど、


「どしたの陽子」


 みんなの前に立った陽子先輩は顔を伏せ、なかなか話し出さなかった。光先輩がみんなを代表して問うと、


「なんか……泣きそうで。なんかすごい幸せで、きっとこの日は一生忘れないと思う」


「もう。まだまだこれからだってのに」


 光先輩に突っ込まれ、陽子先輩は顔を上げる。そして、いつもの主将らしい顔で言った。


「ごめん……気にしないで。さあ、延長戦。みんなで心を一つにして、いこう」


「オー!」


 円陣が解けると、私はとりあえず水分を取った。


「ふー」


 冷えたスポーツドリンクで体を満たすと、大きめの息が口から漏れた。七回は、絶望から歓喜へと、夏の豪雨みたいに一瞬で流れていった。腰を下ろし、つかのまの休息を取っていると、首筋にひんやりとした感触が伝わった。


「冷た……!」


「ナイスバッティン、それと、ナイスプレー」


 振り返ると、陽子先輩が冷やしたタオルを私の首に押し当てていた。


「ちゃんと体を冷やさないと」


「どうも」


 陽子先輩、私の横に座る。帽子を脱いだ先輩の額には、汗の露が光っていた。


「やってくれると思ってた、あの子なら」


 “あの子”というのが明日葉のことを指しているのは、先輩の視線の先から簡単にわかった。


「どうして、明日葉をセカンドに?」


「それは、チームにとっては一番だと思ったから。あと――」


 先輩は、あからさまに間をとって、続けた。


「大好きな二人の後輩にとっても、これが一番だと思ったからさ」


 私は「そうですか」って言ったけど、正直、先輩の言うことがわからなかった。


◇◇◇◇


 八回表、千庄の攻撃は無得点だった。


 四番から始まるという期待のもてる打順だった。けど、続投となった上橋さんが完璧な立ち直りを見せ、三者連続三振という結果に終わる。


 八回の裏の海稜はまたもやサヨナラのチャンスを作る。しかし光先輩が決死の投球、ナインも守備で盛り立て、スコアボードに0を刻む。


 二時間半を越えた決勝戦は、延長九回へと突入していく。


「乃愛」


 この回は乃愛の打席から始まる。乃愛は、いつもどおり、飄々《ひょうひょう》とした表情だった。


「さっきみたいなの、頼むよ」


「どうかな。上橋さん、さっきはわたしのこと舐めてたし。ちょっと厳しいなあ」


「そういうのもうやめたら」


 私たちの会話に割り込んできたのは、明日葉だった。


「その謙遜みたいなのうざいから」


「……もし塁に出れたら、二人は絶対に返してね」


 そう言って乃愛は、打席の準備に向かう。明日葉は、「よくわからない奴」とつぶやいた。


 相手の投球練習が終わり、乃愛が打席に入る。私と明日葉は、隣に立って打席を見守った。


 九番に入っている明日葉はこの後、今日最初の打席を迎える。私の前の三人のうち誰かが出たら、私へと回る。


 初球のストレート、甘く入ったように見えたけど、乃愛のバットは空を切った。上橋さんのストレートは登板直後よりも遙かに速くなっているように見えた。


「私、明日葉のこと信じてるよ」


 二球目、今度はスライダーだった。ボールゾーンへと逃げていくスライダーにバットは止まらず、二つ目のストライクをとられてしまう。


「一生信じるって決めたから」


 一球ボールを挟んだ後、四球目のスライダーを乃愛は当てることができず、三振となった。ベンチから「ああっ」ていう声が漏れた。


「だったら、もう一個だけ信じて」

 

 明日葉は私のことを見つめて、言った。


「わたしは塁に出る。そしてもう一回ホームを踏む」

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