表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/101

15話 準決勝VS成徳学園②

 とめどなく吹き出す汗が気にならないほどには、集中できていたと思う。


 成徳学園に勝つまであと少しだった。五回に千庄が逆転したあと、エース光先輩の登場で、試合は一気に沈静化する。相手のエース、小林さんも六回、七回を0に抑え、試合は4対3のまま、最後の攻防を迎えた。


 七回裏、成徳の攻撃は八番からで、光先輩は一球で打者を料理した。セカンドフライ、決勝進出まで、あと二つ。


『――さんに代わりまして、蒔岡まきおかさん、背番号12』


 代打をコールされた背番号12の選手が、元気良く走って打席に向かうと、大きな声で言う。


「お願いします!」


 その声に呼応するかのように成徳ベンチが活気を増す。右打席に入った代打のはきはきとした姿、この人はチームのムードメーカーだと感じた。


 警戒すべき空気を感じ取ったのか、光先輩は二球ボールを続ける。バッターは冷静に選ぶ。


 そして三球目、不用意に入ったスライダーを、代打はレフト前に運ぶ。快音が成徳ベンチの盛り上がりを引き起こし、球場全体を巻き込んでいく。


 ここで回るのは一番、四回目の打席となる。成徳の主将でもあるその選手は、今日は二安打と好調だった。


 さらに相手の流れは続く。こんな大事な場面、打ち気にはやってもおかしくないのに、相手の主将は四つのボールを選ぶ。ワンアウト一二塁と、私たちにとっては最大のピンチ、相手にとっては最大のチャンスとなる。


 最大の山場だった。相手ベンチには、声を枯らさんばかりに声を出す選手たちの姿があった。あっちにも絶対勝ちたい気持ちがもちろんあって、でも、勝者はどっちかだけだ。


 千庄はタイムを取る。短かった。やるべきことは共有されている。


 試合が再開し、二番打者が右打席に立つ。守備のサインを確認し、全神経を次の一瞬に備える。


 初球だった。球足素早いゴロが、お誂え向きのように私の真っ正面にやってくる。


 左手で捌く。顔をあげたとき、美羽先輩セカンドはまだ塁に入れそうになかった。迷いが生じる。動きが鈍る。


「先輩!」


 ええいと、私は自分で塁を踏んで、そのまま一塁に送球をした。


「ゲームセット」


 最後は私がひとりでゲッツーを完成させ、ピンチを脱し、ゲームは終わった、試合終了後の整列をした。涙を流す相手の選手もいた。「がんばって、決勝」って言われた。


「ごめん桜希ちゃん。最後、ちょっと遅れた」


 ベンチの後かたづけをしているとき、美羽先輩に両手を合わせ、謝られた。


「いえいえ。大丈夫ですよ」


 とは言ったものの結構あぶなかった。もう自分で塁に入ろうとしたとき、先輩もこっちに向かってきているのが見えた。もしかしたらぶつかるもしれなかった。


 美羽先輩の次に私の元にやってきたのは、明日葉だった。


「最後、迷ったでしょ」


 やっぱり、ああいうのはすぐ見破られてしまう。


「まあ、あれは先輩が悪かったんだろうけど」


 明日葉はそう言った後、次の言葉を飲み込むように黙った。だから、私は訊いた。


「それより五回の場面だけど、あそこ、なに考えてたの」


 五回の明日葉の連続盗塁、そこがずっと気になっていた。行動の元となった部分が知りたかった。


「別に。ただ、わたしがなにかしないとこの試合、やばいと思っただけ」


「もし失敗したらって、思わなかったの?」


「バカ、そんなこと思ってたら、あんなことしないから」


 後かたづけを終え球場の外に出るときには、すでに次の試合を行う両校がグラウンド入りしていた。準決勝の第二試合がこの後、行われる予定だった。


◇◇◇◇


 私たちはバックネット裏の席に陣取り、もう一つの準決勝、明日の決勝の相手を見る。


 周りには、千庄の部員たちが座って食事を取ったり、おしゃべりしている姿が多く見られる。この辺りの座席は、上を屋根で覆われており日陰となっていて、激しさを増す暑さもここなら若干和らぐ。


「なんとか最後一本出て良かったあ」


 横に座っている乃愛が言った。明日葉の盗塁、チームの逆転につながった今日の乃愛のヒットは、初戦以来の結果だった。


「やっぱり明日葉ちゃんのアドバイスが効いたみたい」


「アドバイス?」


「うん。明日葉ちゃんに打撃のアドバイスを聞いたら、“なんで控えのわたしがレギュラー様のあんたに教えなきゃいけないのよ”」


 安易にイメージできる言い方だった。


「それでも引かずに聞いたら、“ひねくれた物の見方してるから、ボールがはっきり見えないのよ。もっと素直にボールを見なさい。あと、あんたが戦う相手は昔とは違うのよ”ってね。まどろっこしい言い方するよね」


 乃愛の明日葉の物真似はよく似ていた。言葉の意味は分からなかったけど。


 この高い位置からだとグラウンド全体が一望できた。次に準決勝を戦う高校のシートノックが始まった。


 最初のチームのユニフォームは深い藍色で、胸のところに白色の文字があしらってある。キャップもストッキングも藍色で、他校の部員にとっては、あこがれと恐怖の存在である。


 彼女たちこそ去年の全国選手権ベスト4校であり、県大会5連覇中、神戸海稜高校だった。


 ぱっと見ただけでも、他のチームとは動きがあきらかに違う。打球に追いつくスピード、捕ってからの早さ、送球スピード、成徳も強かったけど、比べるレベルにない別次元の動きだった。

 

 その卓越した集団の中でも一人、さらに圧倒的な存在感を誇示する選手がいた。


 男監督であるノッカーが、サードへ打球を打つ。ラインいっぱい、三塁線への打球をサードは逆シングルで捕球する。


 捕った後は一瞬だった。体勢を整えないままのジャンピングスロー、まるでメジャーリーガーみたいだった。


「肩つよ……」


 ほとんど上半身だけの力で投じられたのにも関わらず、送球は真一文字の軌道を描く。女子野球ではありえないほどの絶世のプレーだった。


 あれが、上橋うえはし沙音璃さおり、私たちと同じ一年生。


 ポジションはピッチャーで、中学生にして女子野球選手にとっての大きな壁130キロを何度も計測したという、正真正銘の怪物だった。


 加えて端正なルックスとモデル並の高身長、マスコミに引っ張りだこにならない理由がなかった。


 彼女が出ていたテレビ番組は強烈に印象に残っている。野球自慢の芸能人と対戦し、完璧に押さえ込んだ。


 本気で悔しがる芸能人をよそに、彼女は将来の目標を問われこう言っていた、“150キロを投げたい”と。


 シートノックが終わり、グラウンド整備のあと、両チームがホームに整列する。挨拶が球場全体に響き、後攻めである海稜の選手たちがグラウンドに散っていた。


◇◇◇◇

 

 大方の予想通り、試合は一方的な展開になった。四回が終わるまでに海稜が9対0で、前評判どおりの別格の強さを見せつけていた。


 背番号15をつけた海稜の先発ピッチャーは快投を続けている。ここまで出したランナーは内野安打一本のみと、支配的な投球だった。


 ほとんどの高校ならエースになれる、この人が背番号15をつけている海稜の層の厚さが恐ろしい。そんなチームで上橋さんは、一年生にしてエースに君臨している。


 彼女の身長は私よりもちょっと高いぐらいだろうか。体の輪郭はなめらかな曲線を描く。ブロンドのロングヘアは一挙ごとに舞う。


 打撃を見る機会はまったく無かった。三回の打席でフォアボール三つとバットを振る機会さえなかった。守備では才能の片鱗を随所に見せていた。なんでもない動き一つ一つが、神々しささえ感じる。


 藍色のユニフォームをまとい、金色がかった髪をなびかせプレーする彼女の姿は、グラウンドを舞うアゲハ蝶かのようだった。

 

『三番サード、上橋さん』


 五回の表、場内にその名がアナウンスされる。三塁側、海稜の応援団はもちろん、球場全体が大いに沸く。

 

 午前中行われた私たちの試合よりも、あきらかに観客数が多い。たぶん、というか絶対みんな、上橋さん目当てだった。


 上橋さんが優雅に歩いて、右打席にて構える。一死満塁、相手のピッチャーは、疲労で投球のコントロールを失っていた。


 それでもピッチャーは逃げられない。上橋さんへ投じられた一球目のことだった。

 

 歓声をあげるよりも、呆気に取られた人の方が多かった。球場全体が一瞬、無音になった。誰もが息を呑んだ。


「あっ……」


 打球はフェンスを越え、レフトスタンドに突き刺さった。ホームラン――しかも、満塁ホームラン。


 球場に音が戻った。誰もがどよめき、彼女をたたえる。割れんばかりの歓声が彼女を包み込む。


 そんな騒然をよそに、彼女はゆっくりとダイヤモンドを一周した。喜ぶ素振りを見せず、淡々とダイヤモンドを一周し、本塁を踏んだ。


◇◇◇◇


 そして五回裏、上橋さんはマウンドに上がった。13対0この回を押さえれば、海稜のコールド勝ちとなる場面での登場だった。


 結果から言うと、彼女は相手を三者三振に抑えた。ストレートを12球続けただけ、相手は一球も前に飛ばすことができず、一回だけファウルにするのが精一杯だった。


 彼女は流れるような投球フォームから糸を引くようなボールを投じる。その時、彼女の頭から帽子が離れ、金の髪がふわっと舞う。


 ボールが、キャッチャーのミットに大きな音を立て収まる。数コマ遅れて、球審がコールする、ストライク、と。


 打者は何もせず立っているか、闇雲にバットを振るか、どちらにせよ変わりはない。彼女は落ちた帽子を拾い、キャッチャーからの返球を受け取る。


 そんな光景が何回も続いた。一球ごとに観客の熱が上がっていく。完全に彼女の一人舞台だった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ