14話 準決勝VS成徳学園①
準決勝の舞台は、これまでとは違う球場だった。
真っ黒な土の内野を囲む外野は、綺麗に切りそろえられた天然芝。太陽の光を浴びた芝は、みずみずしく緑色に輝いている。
内野スタンド、外野スタンドともに十分な座席数を持ったここは、プロ野球の試合が行われるほど設備の整った、県有数の球場である。
センター後方にそびえる大きなスクリーンには、いろいろな文字が刻まれている。先攻、千庄、後攻、成徳学園、スコアボードにはまだ数字が刻まれていない。
『一回表、千庄高校の攻撃は、一番ショート、青見さん』
「プレイ!」
球審が声高く宣言をし、試合が始まる。バット越しに投手をひとにらみ、ひと呼吸、神経を高ぶらせる。
相手、成徳学園のエース、小林さんが、キャッチャーのサインをのぞき込む。小林さんは右の本格派投手で、光先輩と匹敵するレベルの県内有数の好投手だった。
ワインドアップ、振りかぶって投じられた第一球は、外へと逃げていきながら、ストライクゾーンを通過していった。
「ストライク」
シュート、小林さんは外へと鋭く逃げていく球を得意球としていた。たぶん、この軌道だと右バッターにとってはそうとうしんどい。
でも、私のような左バッターには右相手ほど絶対的に有効ではないはずで、他の球中心に攻めてくるかも。
二球目、ストレートが外にはずれる。次は絶対ストライクを入れてくると思った。ストレートでもシュートでも、どんな球でも対応できるようにする。
三球目、今度はドロンとストライクゾーンを割っていく、カーブだった。
右足でタメを作る。ポイントまで待つ。タイミングよく、せき止めていたエネルギーを解放し、鞭のようにしなるバットでボールを巻き込む。
カキーン――快音だった。一塁線に寄っていたセカンドの頭上を越え、ライトとセンターの間を走っていく。
ライトが追いつくのが見えた。そのボールが内野に帰ってくるころには、余裕で二塁に到達していた。
「よし」
ノーアウト二塁、さっそくの得点チャンスを作ることができた。
『二番セカンド、藤田さん』
サインは送りバント、美羽先輩はこれを初球で決め、私は三塁へと進んだ。
『三番サード、吉川さん』
陽子先輩はベンチの芹沢先生のサインを伺った。今日初めて使われる右打席を掘り、しっかりと足場を整える。
先輩は初球から打ちにいった。右バッターにとって内に食い込んでくるシュートボール、腕を畳み、見事に捉え、打球は痛烈なライナーになった。だが、そこはサードのテリトリー、あっさりとボールは捕らえられる。
「わっ」
抜けたと思って、体が本塁に向いていた。運動の向きを180度変換し、頭からベースへ戻った。サードもグラブでベースにタッチにしにきていた。
「セーフ!」
あ、あぶな、ツイてない。火の噴くような、文句なしの当たりだったのに。
結局、続く四番、中村先輩も倒れ、初回に先取点とはならなかった。
◇◇◇◇
二回から四回まで、千庄は四球とエラーのランナーしか出せなかった。
相手の投手、小林さんのストレートとシュートのコンビネーションの前に凡打の山を築かされる。私の二打席目もショートゴロだった。
千庄の先発、二年生の佐伯奈桜先輩がここまで好投を続けていた。エースの光先輩はできるだけ温存したい。いけるところまで奈桜先輩に投げてもらう予定だった。
ただ四回裏、ピンチが訪れる。
この回の先頭バッター、二番打者が放った打球は、三塁線へのゴロだった。それはベースに当たり、三塁ベンチへと転がっていく。陽子先輩が拾ったとき、ランナーはすでに二塁に到達していた。
続く次の三番は送りバントで、ランナーを一つ進める。そして、次の四番の打球、前進守備を敷いていた私の頭上を、ふらふらとしたフライが漂い、落ちる。ポテンヒットでの先取点だった。
三塁側、成徳側のスタンド、ベンチが湧き、一塁側、千庄側に静寂が広がる。私たちはこの大会、常に先行して逃げ切っての勝利だった。つまり、初めてリードを許したことになる。
「タイム」
守備のタイムが取られ、内野がマウンド周りに集まる。
「全部打ち取った打球だから、ついてないだけ。この調子でね」
陽子先輩の言葉に、奈桜先輩が頷く。タイムが終わる。
五番バッターが放った打球は、三塁間へのゴロだった。懸命に腕を伸ばし、私は、深い位置で追いつく。下半身で踏ん張る。なんとか一塁へ送球をしようとしたけど、あきらめた。明らかに間に合わない。
全然良い当たりじゃなかったのに、またしてもついてない。飛んだ位置が良かっただけのコースヒットだ。
悪い流れは止まらない。奈桜先輩はここから連打を浴び、3点という重たいリードを許したところで、この回はようやく終わった。長い、長いイニングだった。
◇◇◇◇
五回表が始まる。マウンドにはもちろん、小林さんが立ちふさがり続ける。打席には乃愛だった。
とにかくなにか突破口が欲しかった。ここまで一安打に抑えられている中で、三点差をつけられた。この事実は重たく、雨雲のように千庄ベンチを曇らせる。
乃愛は初戦以降、ヒットが無かった。
「なんか、ずれてるんだよね」
自身の調子について乃愛は、そう漏らした。乃愛の打撃はいつもどおりに見えた。けど、バットは快音を見せてくれない。
ただ、この打席は乃愛に久しぶりのヒットがでた。乃愛らしくないと言えばらしくない、初球を叩いてのレフト前のヒットだった。
「関長さん、代走お願いします」
すかさず芹沢先生が動く。千庄のダグアウトから、代走を告げられた明日葉が、元気いっぱいに一塁に向かった。
乃愛の足は遅くない。それでもここで代走を出すのは、よっぽど点が欲しいのと、明日葉の走塁が、かなり信頼されているってことだ。
続く八番の日菜子先輩の打席、芹沢先生は、明日葉に“いってもいい”サインを出した。
ここは三点差で、ランナーを貯めたい場面だ。盗塁の必要性は、あんまりない。でも、明日葉は走った。それも二回も。
初球のストレートがボールゾーンにたどり着き、キャッチャーの送球が二塁に到達する間に、二塁ベースを盗む。
そして二球目、変化球が外へと逃げていく間に、二つめの盗塁を仕掛けた。キャッチャーは右手に持ち変えるときにボールをこぼす。あっという間にノーアウト一塁が三塁に変わった。
複数点が欲しいときに単独での連続盗塁は、セオリーから外れ過ぎた、不可解なプレーだった。厳しい人が監督なら怒られてもおかしくない。でも、その恩恵は思った以上に大きかった。
千庄ベンチは最初、騒然としていた。でも結果的にノーアウト三塁にチャンス、熱気にあふれた声が上がり始める。
予想外の盗塁を許し動揺したのか、相手バッテリーは日菜子先輩にフォアボールを許す。九番、投手の奈桜先輩のところで代打がでた。その先輩は、サード前への緩い打球を打ち、三塁ランナーの明日葉は生還した。
しかも、日菜子先輩が二塁に進んだ。なおもチャンスに私の出番だ。
「ナイスラン」
帰ってきた明日葉に声を掛けると、明日葉は顔を逸らしながらも、私の差し出した手にタッチした。明日葉は、試合の流れとか球場の雰囲気を一瞬で変えた。
打席に立つと、今までより視界がすっきりして見えた。
一塁が空いているこの場面、もしかしたら私を歩かせられるとも思ったが、相手バッテリーは勝負を仕掛けてきた。
初球は外のストレートがボール、二球はシュートをファウル、二球はカーブが内に食い込んできて、ボールゾーンを通過した。けど、
「ストライク」
思わず「えっ?」と言ってしまった。球審が「なにか?」と言いたげに私を見る。すぐに視線を逸らした。完全にボールだって思ったのに。
追い込まれたことで、狙い球としてわからなくなった。他の人にはショートを多投してきているけど、私相手の配給は、全球種まんべんなくって感じ。
投手の右足が上がり、セットポジションからの四球目が来る。吹っ切れた。狙い球は無し、どんな球でも打つ。全能感というか、なんでも打てる感じがする。
シュート――空間を滑り逃げていくボールを逆らわず、センター前へと運ぶ。この間に、日菜子先輩が帰り、一点差となった。
千庄の勢いは止まらなかった。陽子先輩がセンター前に落ちるポテンヒットでつなぎ、四番、中村先輩のレフト線を破る二塁打で、ついに天秤は私たちの方に揺れた。この回に四点、一気に逆転した。
◇◇◇◇
「青見ちゃん、ナイスバッティング」
五回裏の守りが終わり、ベンチで腰を掛け一息ついていると、陽子先輩が横に座ってきた。
「先輩もナイスバッティングでした」
「今日はつきがないと思ってたけど、さっきはちょっと運が良かったかも」
五回裏の守りはあっという間に終わった。奈桜先輩に変わり、満を持して登場した光先輩が盤石の投球を見せた。流れは完全にこっちに傾いている。
「やっぱり関長ちゃんの盗塁、あれが流れを変えた」
結局、それに尽きる。三点を先行され、向こうの手に渡っていた試合の流れは、明日葉が強引にこっちへ引っ張り込んだ。
「前に先生がね、絶対に点が欲しい、流れが欲しいってときは、あの子を出すって言ってたから。ホント、期待通りの活躍。……って、そういう話をしていると、青見ちゃんがすごい嬉しそうな顔をするのね」
「えっ」
陽子先輩は、小さく微笑んだ。
「でも私も、あの子はなにかやってくれそうで、見てるとワクワクする」
私たちがそんな会話をしていることを知らずか、噂の本人はベンチの一番前に立ち、声援を送っていた。
「さあ。光のためにも、もっと点とりにいきましょう」
準決勝は、終盤へと差し掛かっていく。




