92.たどり着く
昨日更新しようと思っていて忘れてました……。
よろしくお願いします。
「とりあえずは一件落着といったところかな」
「びっくりしましたね。最後に爆発していくところとか」
イェルカさんの言葉にクーレが反応する。
俺たちはみな一様に武器を下ろして、肩の力を抜いた。
「あいつは、【八獄】のプレイヤーだといっていた。この先にある“幻界の入り口”には奴らが近づいてほしくない理由があるんだろう」
「にしても、コー君すごいよ! 【八獄】のプレイヤー相手に勝っちゃうなんて!」
スピニーさんが興奮気味にコータに詰め寄る。
コータは肩を揺さぶっているスピニーさんの手を優しくのけるようにしながら言った。
「そんなんじゃない。ちょっと相性が良かったのと、あいつが本気で来なかっただけだ」
「確かにあいつのオーブとは相性がいいように思えたけど、言うほどかしら?」
ユーカがそれに反応する。
戦闘がひとまず終わったことから、全員の緊張感が抜け、歩きながら会話が弾むようになってきた。
しかし、その内容はやはり先ほどの【八獄】の話になっていく。
「そもそも、あれだけのモンスターを召喚するのは並みの能力じゃないわよね」
「いや、あれはモンスターデータの上書きのような現象を引き起こすオーブだと思うぞ」
「どういうことですか?」
コータが自分のオーブをなでながら言う。
「俺のオーブの能力は、モンスターのステータスに混乱を上書きするのが基本的な能力なんだ。だから、最初から上書き不可能に設定されているものには手出しができない」
「なるほど。一般の市民モブとか、プレイヤーとか、ボスモンスターなんかは運営の設定的に上書き禁止になってるから何もできないってことか?」
「そういうことだ。頭の回転はそこそこなんだな、お前」
余計なお世話だ。
しかも、「良い」とか「早い」じゃないのかよ。
俺は少しだけ不服の視線をコータに送った。
当然、あいつはそんなもん見ちゃいない。
「でも、だからって、あいつのオーブがわかるわけじゃないですよね?」
クーレが不思議そうに聞いた。
コータはそれに静かに答える。
「まあ、確定ではないかもしれないが、俺のオーブの能力が効いたってことからなんとなく予想できる」
コータは人差し指を立ててこちらを向いた。
いつもならドヤ顔をしていそうなコータが、珍しく神妙な顔で説明を始めた。
「まず、俺のオーブはモンスターにしか効果がない。だけど、あいつらには効果があった」
「それは、モンスターなんだから当たり前なんじゃないの?」
「いや、思い出してほしい。あの仮面を壊して倒した時のことを。もうすでに原型をとどめていないモンスターの死体が出てきただろ?」
言われてみれば確かにそうである。
仮面をはがして倒したモンスターは、全く違う姿になっていた。
顔も体も大きさも何もかも違うのに。
少し不思議だったのは俺のオーブのストックが全く増えていなかったことだ。
でも、その謎もコータの次の説明で解決した。
「あれはモンスターの死体に、仮面をつけることで、モンスターの死体に仮面のモンスターであるという情報を上書きしたからできることだ。だから、実質俺たちはゾンビみたいな敵と戦ってたってことだな」
「なるほど。経験値が全然入ってなかったのもそのせいか」
「だろうな。経験値はもとになったモンスターが死んだ時点であいつに振り分けられてるだろ」
「私たちにとっては全然おいしくないですね」
クーレが残念そうに言う。
イェルカさんがそれに苦笑いを返した。
「それはしょうがないよ。こちらのメリットになるようなことを【八獄】の奴らが簡単にしてくれるわけがない。まあ、もともと“召喚型”で出てきたモンスターは倒しても経験値が入らないからね。それとおんなじだと思うよ」
確かに言われてみればそうだ。
俺がオーブで呼び出したモンスターたちも一度倒れているものだから、経験値は入らなかったはずだ。
「それにしても、最後の爆発は驚いたな」
「確かにな。正直、最初からあの攻撃を強いられてたら俺も勝ち切れたか怪しかった。悪魔は賢かったが、プレイヤーがそこまで賢くなかったのが幸いしたな」
「そうかもしれませんね。最初から爆発を連発されてたら、私たちもかなり大変な状態になっていたことは間違いないでしょうね。ですが、やはり、私たちが全員本気で相手をすればわからなかったと思いますよ?」
タテハさんはそう言って笑った。
スピニーさんもそれに続く。
「そうね。【八獄】って、イベントボスになってるときはもっと補正がかけられて強化されているけれど、あいつは一般プレイヤーの上位の方って感じだったもの」
「ボスになった【八獄】は手が付けられないもんな。僕もそれには同感だよ。【死神】がボスのイベントは、正直ボス戦よりもしんどかったよ」
イェルカさんが出した【死神】という単語で思い出した。
俺たちがトロンさんに初めて会った時、フィールドを破壊せんばかりに戦っていたあの姿を。
「でも、それを差し引いても彼は弱い方だね。【八獄】の最弱候補じゃないかな」
「そんなことわかるんですか?」
「わかるよ。今までに出てきている【八獄】のメンバーは四人。イベント外で見たことがあるのは二人だ。イベント外で見たことのある二人は、【死神】と【首領】。風格が違った。彼らは既に“天限武装”のオーブを所持していたんだろうね。勝てる気がしなかったよ。イベント外だったから戦闘はしなかったけどね」
イェルカさんはかなり戦力差や戦況を読むのに長けている。
その人がそういう風に言うということが何だか恐ろしく思えた。
イェルカさんはしかし、こうも続けた。
「ただ、このチームのプレイヤーのほとんどは面白いオーブと戦い方を持っているから、チームで立ち回ればあるいは勝てるかもしれないけどね」
「面白い?」
俺は首をひねった。
イェルカさんがわらう。
「筆頭のカゲツ君がそんな顔してるのはおかしいでしょう。少しは自覚があると思ったんだけどな」
「いや、タテハさん、俺のは変わってるとは思いますが、面白いとは思わないですよ? 面倒だし」
「何言ってんのよ。対戦相手にとっては何が起きるかわからないブラックボックス。味方にとってはどうとでも戦い方を変えられる存在。第三者からしたら、面白いこと間違いなしよ」
「……ちょっとほめてる?」
「ほんの少しだけね」
「珍しいこともあるもんだ」
ユーカに無言で小突かれる。
チームの中に、クスクスと笑いが起きた。
先ほどまでの緊張感がようやっと取れてきた気がする。
やっぱり、みんな少し不安だったのだ。
未知の高難度ダンジョンに挑むというタイミングで、敵プレイヤーに襲われるなんてアクシデントがあったのは。
なんかこう、うまく言えないけど、来るものがあるんだよな。
別に現実の自分になんの影響もないのだけど。
「あ、ここから先、ちょっと道っぽくない?」
スピニーさんが指さす方向には、積もっている雪が薄く、下地の黒い道がわかる部分があった。
積雪していなければ、黒土の整えられた街道だっただろうその道は、木々の間を避けて、吹雪の中へ続いていた。
「ここからまた気候が厳しくなるのか」
「“幻界の入り口”ってそんなやばいところにあるの?」
「そりゃ、高難度ダンジョンだからね」
吹雪は不思議と、道に雪を大量に積もらせるようなものではないらしい。
視界を奪うためか、演出のためか。
とにかくエフェクトのようなものの一部なのだろう。
地面を見て歩かないと、道をしっかりと辿ることができそうにない。
マップもいつの間にかエラーを起こしており、この先に行くのが厳しい状態になっている。
「この吹雪と、トロンさんのところでもらったマップ。それから、あの灯台の光。“幻界の入り口”っていうのは、結構恐ろしい場所だね」
「そうね。おそらく、この吹雪は演出とともに、マップの阻害をしているエフェクトだろうし、この道は辿り間違えると、きっとどこか別の場所に行ってしまうことになりそう。あの灯台の光の意味を知らなければ、ここにはそもそもたどり着けないかもしれないし」
イェルカさんとスピニーさんがそんな話をしているのを聞きながら、俺は道の先を眺めた。
結構歩いてきたからか、遠くの道まで見えるくらい視界がよくなってきている。
雪の積もった針葉樹が大きな間隔をあけて並び始めたころには、吹雪はもうほとんど止んでいた。
代わりに見えたのは、天高くまで続いているような断崖のシルエット。
「そろそろ、見えてきたかな?」
「やっぱり、あのでかいのが“幻界の入り口”なの?」
俺たちは自分の目を疑わざるを得なかった。
このオープンワールドにおいて、明らかに異質な空の見えない景色。
雪にまみれた断崖に、どんな巨人が使うのかと思われるほどの大きな門がむき出しになっている。
「そうとしか考えられないだろうね。マップにも、場所の名前だけが表示されてる」
「見て。あの手前にあるちっちゃいの、時計塔じゃない?」
大きすぎる門や断崖とは対照的に、ポスト程度の高さしかない時計塔はひどく小さく見えた。
俺たちは、その時計塔を中心に存在している少し開けた場所に歩を進めた。
いつも時計塔がある都市のこうした広場に比べて二回りほど小さいが、時計塔に近づき、操作してみると、いつも通りの機能がほとんど使えることがわかった。
「なるほど。ここで、取り合えずリスポーン登録ができるらしいわね」
「つまりは、ここから先は死ぬ前提ってことだな」
全員がリスポーン登録を済ませ、アリスのようなテイムモンスター系は連れていかないことを確認し、俺たちは時計塔を中心に円くなった。
「さて、ここまで来たわけだけれど、この先の試練は一日がかりだといっていたね。どうしようか」
「さっき確認した通り、明日の土曜日にしましょう。他の二人もいてほしいし」
ユーカがそう言ったことに全員が頷いた。
さすがに、全員の口数が少なくなっている気がする。
俺たちは他愛無い話をして、そのままログアウトする運びになった。
「大変そうだけど、頑張ろう」
「そうですね」
イェルカさんの声にユーカがそんな反応をしてログアウトしたのが印象的だった。
イェルカさんの顔には何とも言えない笑いが浮かんでいた。




