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Only Life of Arcadia  作者: kaisen
第4章 キョウゴク
86/103

85.月に酔う

今回から新章になります。

少し短めです。

大筋しか決まってないので、自分でも怖いです。

よろしくお願いします。


 深夜の中心街に月の光が降り注ぐ。


 歓楽街の煌々とした灯りが、月に反発するように揺らめいている。


 芸者が呼び込みを行い、酒飲みたちの歓びの声が響く。

 キョウゴクの城下町ではよくある光景である。

 

 月が傾き始めるまで、人々の宴は続く。


 キョウゴクのNPCやプレイヤーは祭りが好きな者たちが多いのだ。


「時に【黒幕(フィクサー)】さん。新しいイベントの進捗はどうですかね? そろそろ……ねぇ?」


 宵町の地下にひっそりとある酒場で、黒いローブを着た二人組が静かにやり取りをしていた。

 

 地上の喧騒とは対照的で酒場は静かな音楽が流れている。

 

 客はこの二人の他に誰もいない。

 酒場の店主も、煙草をふかしてまどろんでいる。


「まあ、そんなに慌てるな。私たちのような日陰者は時が来なければあからさまに動けないのだよ。【傾国】の君、貴女の出番はもうすぐだ」


 淡々とした男の声が虚空に消える。


 ふふと女が笑った。


 次の瞬間には、黒いローブの人影は一つになっていた。

 

 短い息を吐いた男はつぶやく。

 

「暦の変更をしなくてはいけないな。予想外に動きが早い。このままでは、様々なものが間に合わないうちに魔王が降臨してしまう」


 黒い小さな球体が、男の周りを浮遊し始めた。

 怪しい光を出しながら、それらのうちの一つが彼の右手に収まる。


「コード:フィクサー。暦の書き換えを行う。イベント『【傾国】襲い来るキョウゴク』を三日後に設定。なお、イベント発生と同時にダンジョン“幻界の入り口”をランクアップ。星五つから、測定不能ランクに……行け」


 右手に収まった球体は、彼の声に合わせて宙に浮く。

 そして、周囲の空間がぶれる。

 そこにあったはずの黒い球体は、そのまま希薄になって消えていった。


「さて、私の求める英雄は現れるものなのだろうか……」


 男はふらりと席を立つと、金貨をカウンターにおいて酒場を出ていった。


 マスターは未だまどろんでいる。

 

 キョウゴクの夜はだんだんと更けていく。


 街にそびえる天守の最上階では、同じころ、月明かりの下で二人の男女が話していた。


「トロン。今回の遠征は少し長かったじゃない。どこをほっつき歩いていたの? 私はとっても退屈だったのよ?」

「いやいや、姫様。だからってこんなに遅くまでお話しする必要もないじゃないですか」


 トロンと呼ばれた優しそうな男は、頭を書きながら参ったなとつぶやいた。

 

「私だってそれくらいの常識はあるのよ? でも、各国の“姫”が危うい状況にあるっていうから心配なの」

「大丈夫ですよ。この城の警備は世界的に見ても相当優秀だ。それこそ、【八獄】が動くくらいでないと、ね」

「ということは……動くのね。今回の悪いニュースはそれだけ?」

「いや、まだちょっと。……【黒幕(フィクサー)】が何やらでかいことをしてる。おそらく、【八獄】の半分は動いているんじゃないかと私は疑ってますよ。厄介なことに【闇商人】が準備に加担してる。それに、『黒硝』って名前のツールまで出てきた。そして、一番悪いニュースがそういうのが集まってきてる場所が“ここ”だってことです」


 巫女のような装束に身を包んだ長い黒髪の麗しい少女は、その整った眉を少しゆがめた。


「それはまた……厄介ね。【八獄】が動くって事は大きな催しなんでしょうけど、彼らを前にしてしっかりとこの国を防衛してくれる戦力が足りないわ」


 トロンは心配をする姫に笑いかけた。


「大丈夫ですよ。俺がとりあえずは守るんで。あと、旅の途中で面白いプレイヤーに会いましてね。そいつらの協力もあるなら、結構安泰だと思うんですよね。この情報はガモウの情報なので信用もできます。私も、この目で確認しました」


 ふぅんと先ほどとは一転、面白そうなものを見るような表情をした姫は、トロンに問う。


「わかりやすくその人たちの強さを教えてくれる?」

「海竜帝を倒したのは彼らです。人数だって、通常の推奨人数の半分以下。これでどうです?」

「なかなかね。誰か、“天限武装”を手に入れたのかしら?」

「おそらくまだですね。でも、きっと明日あたりには手に入れるでしょう。仲間の何人かとは直接話ができたので、もしかしたら私の家の方に来るかもしれない」

「さすが、手を回すのが早いわね」

「お褒めにあずかり光栄です」

「……ふざけてるのかしら?」


 少し頬を膨らませる姫に、トロンは静かに微笑んだ。


 姫は続けて言う。


「そうなると、しばらく竜狩りの余興はお預けなのね。“幻界の入り口”も封鎖にしようかしら」

「どっちでも構わないでしょう。もともと、近寄る人間も少ないところですし」

「それもそうね」


 月はとうに天頂を過ぎ、傾き始めていた。


 城内に入る光の角度も変わり、二人の顔は半分闇に沈んだ。


「さて、そろそろ寝ることにしましょうか。私はまだまだ平気だけれど、あなたはいったん帰った方がいいでしょう?」

「そうですね。そうさせてもらいます。最近は忙しかったから、たまにはのんびりしたい気分だ」

「私のせいとでもいうつもりなのかしら?」

「とんでもない」


 小さく鼻を鳴らした姫は、まあいいわと言い席を立った。


「あまり無理をしないようにね」

「姫様こそ、デリートされないように気を付けて」

「余計なお世話よ、おやすみなさい」


 トロンは闇の中に溶けるようにして消えていった姫の背中を見送ってから、城の外へ飛び出した。


 腰から複雑な形の笛を取り、口元に当てる。


 それに息を吹き込むと、およそ人には出せないような高い音が響き渡った。


 すると、どこからともなく、青い竜が一匹現れた。

 鞍の付いたその竜は慣れた様子で瓦屋根に着地し、首を垂れて、トロンを待っている。


「お疲れ。家まで頼むよ」


 ギュアと一声鳴いて、竜は飛び立った。


 その背で、トロンはメッセージを確認し始める。


「ガモウのやつ、仕事が早いね。……と、アーサーが私に会いたいって? 戦争イベントでも始まるのか? それはやめてほしいなあ」


 苦笑いをこぼすトロンは、了承する旨をメッセージで返した。


「さて、彼らはどうするのかな。おそらく、運営側で動くんだろうけど、対立はしたくないなあ。特に、彼を覚醒させたら確実につらいな。各個撃破じゃないと。……って戦うことを考えてもしょうがないか。話し合いで解決しないとね」


 月明かりが竜とトロンを照らしている。


 その光の清らかさは、数多の思惑が渦巻くことなど感じさせない。

 しかし、世界は確かに胎動を始めていた。


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