86.出立
年内は週一更新でお願いします。
キョウゴク編本格スタートです。
よろしくお願いします。
“キョウゴク”という国は、侍のいた時分の日本をモデルにして町を作っているらしい。
NPCもそれに合わせて、和装もしくはモダン和服のような恰好をしているものが多い。
そういった雰囲気を楽しむために来ているプレイヤーが多いのか、すれ違うプレイヤーもほとんどが和服に身を包んでいる。
風情があって見ている分にはとても良いのだが……。
「やっぱり、自分が着るっていうのは違う気がするんだよね。なんていうか、コスプレしてるみたいでムズムズするというか」
「なに? 文句あるわけ? せっかく周りの人たちの世界観を壊さないようにっていう私の配慮がわからないの? ちゃんと新作でかっこかわいいのをこしらえてあげたのに」
「いやいや、そんなに怒らないでよ……」
俺に向かってすごい勢いでまくしたててくるのは、俺が今着ている着流しを作った【仕立屋】であるユーカだ。
かなり性能もよく、着心地もデザインも申し分ないというのは、さすがの一言に尽きるが、これは気持ちの問題である。
おいそれと退くことはできない。
それに、だ。
「だいたい、俺にそこまで怒るなら、コータにも怒れよ。なんであいつはいつもの軍服のままなのに何も言われないんだ?」
そう、コータはこれだけこだわりの強いユーカの服を着なくても済んでいるのだ。
一体どういうことなのか。
次第によっては、俺の衣装も元に戻るかもしれない。
「ああ、コータね。コータはいいのよ。彼女が、あのままがいいんだって。着物も一応彼女に渡してあるから、好きなタイミングで着替えさせてって言ってあるわ」
「な、なん……お前、ついにスピニーさんまで……。恐ろしい」
「人聞きの悪いこと言わないで。スピニーさんの恋が本物っぽいから応援することにしたの。コータはまだビジネスパートナーのような感覚でいるみたいだけど……ま、そのうち目覚めるでしょ」
なんでもないように言う彼女は、少し大人に見えた。
俺なんかそういう話もほとんどしたことないのに……。
「ずるいぞ、コータ」
俺の恨み言は、少し離れてスピニーさんと会話をしているコータの耳には入らず、むなしい負け犬の遠吠えのようになってしまった。
「まあまあ、そんなに落ち込むことないじゃない。せんぱ……じゃなかった。カゲツ君だって、こんな美少女とリアルで知り合いなんだよ?」
そう言ってきたのは久しぶりに一緒に行動することになったクーレだ。
今までと同じように上から目線で余裕のある態度をとると宣言していた彼女だが、中の人がどんなもんかわかってしまった関係で、俺はもう遠慮を感じなくなっていた。
ただ、確かにポップなピンク色をベースにしたモダン和服に身を包んだ彼女は美少女である。
でも、そんなことでごまかされてはいけない。
「お前がどれだけ美少女でも、俺には関係のない話なんだよ。人に見られてもいいようなアバターも操作できるようになったからってはしゃぐんじゃない。親友に先を越された俺の気持ちがわかってたまるか……!」
「美少女なのは否定しないところが、センパイのかわいいところだよね。このアバターだと堂々と一緒に動けるから楽しいなあ」
「ほんと、ネット上の方が生き生きしてるわね、あなたは」
「いやあ、それほどでも!」
上機嫌な二人の少女に挟まれて、いよいよ俺の反論の機運は削がれてしまった。
大体、面倒そうな話になっているというのに、よくもそんなに楽しそうにしていられるものだ。
俺とユーカがリアルで、クーレの中の人である紅葉ちゃんといろいろしていた時のこと。
なんと、コータはOLAの開発者にあってきたというのだ。
どんな人に会ったのかまでは教えてくれなかったが、そこで手に入れてきた情報の多くを俺たちに共有してくれた。
中でも、直近の課題であり、重大なことが一つ。
【八獄】の長、【黒幕】の拘束だ。
どうやらキョウゴクにいるということまでは、わかっているらしい。
コータがその話を持ってきたときに、俺などは意味が分からず、正直やろうとも思わなかった。
しかし、コータやスピニーさんだけでなく、イェルカさんまでも同席したうえで、協力してみようと思うなんて言われたら引き下がろうとも思えない。
それに、イェルカさんが言っていた言葉が気になった。
「……面倒ごとは、少し楽しみが増えたと思えばいい、ね」
何度思い出しても、都合のいいキレイごとだけど、俺は少し、キレイごとを信じてみたくなった。
「急に独り言つぶやかないで。気持ち悪いわよ?」
「ユーカお前、最近俺への遠慮がなくなってきてないか?」
「そんなことないわよ。元に戻っただけ。カゲツの実力もついてきたし、もう優しくしなくてもいいかと思って」
「今まで、あれで優しくしてたのか?」
恐ろしいことを言ってのけるユーカに戦慄を覚えつつも、自分の力がついてきたのを確認出来て少しうれしい感情がある。
なんとも複雑な気分だ。
それを見ながら、クーレがクスクスと笑う。
「仲いいんだか悪いんだかわからないですね。私も混ぜてほしいくらい」
「混ざらなくていいわよ。あなたは十分一人でやっていける強さでしょ?」
「そうだぞ。盾役は貴重な存在だってことを痛感したからな。もう二度と大量召喚はやりたくない」
「えー、あれは格好いいと思いますけどね。そのおかげで、【蒐集家】なんていうサポート職業でもいろんな方と一緒に戦えていたわけですし」
「なんだ、バカにしてんのか? 本格的なダンジョン攻略をすることがあれば、俺の技能はかなり有用だぞ」
わかってますよーと笑いながら言うこいつは絶対に俺をなめている。
リアルが知れてから距離が近くなって、なめられ始めた感がある。
普通、先輩は立てるものだろ。
いや、年齢とか全く考えない典型が親友にいるし、俺も大概かもしれないが。
引き笑いを少し残して、クーレが続けた。
「はー……でも、今日から決定的な差がついちゃいますね。なんたって、ユーカさんは“天限武装”のオーブにレベルアップするわけですから」
「まあ、それはたしかだろうな」
「その話なんだけど、やっぱり私でいいのかしら? クーレやボルトガさん、シャウラさんとかのオーブも“兵器型”でしょう? 私がもらうっていうのはなんか気が引けるっていうか……」
そう、コータの持ってきた情報によってこの間手に入れたアイテムの正体がわかった。
オーブを一段上の性能“天限武装”状態にすることができるという特殊アイテムだったのである。
討伐に参加したプレイヤー全員の承諾が必要なため、会議が開かれたのだが、選ばれたのはユーカだった。
理由としては、チーム全体の最大火力を上げる必要があったこと、もともとシンプルな能力ゆえに進化時に何かあったとしても使いこなせる可能性が高かったことなどが挙げられた。
さらには、他の“兵器型”持ちのプレイヤーがユーカに譲るといってきかなかったのだ。
「私だけ強化できるなんて、申し訳なくて……」
「いや、とても合理的な判断だったと思いますよ。どうしてもって人もいなかったですし」
「俺もその点は同感だ。この前みたいに俺が〈魂装〉を最大限に発揮できる状況はそうそうない。いつもはユーカがやってくれてる役割だから、俺としては助かるよ」
「ほらね、決まったことですから、前向きに行きましょう」
「そうね……なるべく期待には答えてみせるわ」
「あはは、ユーカさん硬いんだからー」
ユーカは少し思い悩んでいるように見えた。
でも、俺には何に対して思い悩んでいるのかを察する力はなかった。
とりあえず、ユーカの心が晴れればいいと願いながら、細かいことはクーレに任せたと心の中で念じておく。
「おーい! カゲツ君! ユーカちゃん! クーレさん! 全員揃ったよ!」
少し離れた場所にいたスピニーさんから声がかかった。
今日はいろいろな目的を果たす第一段階として、トロンさんに会いに行こうという話になっていた。
最後に集合したメンバーはイェルカさんである。
「さあ、今日からキョウゴクでの活動が始まるわけだけど、まずは海竜帝討伐時にいなかったメンバーの紹介から行こうか。クーレちゃん、自己紹介を」
「はーい。このアバターでの私は、ただのプレイヤー、クーレです! ユーカさんたちの後輩なので、末っ子的な感じでかわいがってくださいね!」
「……カゲツ、クーレってこんなだったか?」
「あとで話そう……」
コータが懐疑的になるほどきゃぴきゃぴとした挨拶をしたクーレは満足げに笑った。
イェルカさんは一つ微笑んで、俺たちに言う。
「よし、新メンバーを加えたところで、今日の目的を再確認しようか」
「ズバリ、トロンさんに会いに行く、ですよね」
「その通り。クーレちゃんともうまくやっていけそうだ。今回は残念ながら、ボルトガとシャウラが不参加だから、道中の戦闘はクーレちゃんが盾役になってくれるかな?」
「了解です!」
なんか、息が合うな、あそこ。
面白い。
「それで、トロンさんに会ったら、オーブの進化方法を詳しく聞く、と」
「そうだね。そこはなぜか開発部の先輩も教えてくれなかったからね」
「あのウィリアムって人はうさん臭かったな」
「こら、コー君、そういうこと言わないの」
なんだ、この三人。
家族か。
仲良しだな。
横を見れば、ユーカが複雑な顔をしている。
わかる。
ちょっと違和感だよな。
「とにかく、この首都からは少し離れたところに遠征に行くから、道すがら【黒幕】についても聞いていくことにしよう」
全員が頷き、肯定の返事をした。
「それじゃあ出発だ。いざ、新天地へ」
楽しそうな様子のイェルカさんは年上であるはずなのに一番子どものようにキラキラとしていた。
片やスピニーさんとコータは二人で仲良く歩き、お姉さん力を如何なく発揮したタテハさんにクーレがなついて仲良く歩く。
その後ろを俺とユーカは複雑な顔をして歩いていた。
「ねえ、恋って盲目っていうじゃない?」
「ああ」
「つぶしてもいいかしら、全員の目」
「さすがに、八つ当たりが過ぎるんじゃないか?」
「大丈夫。目撃者はいなくなるわ」
死んだ目をして危険なことを口走るユーカをなだめながら町を出る。
先行きがとても不安な旅立ちとなった。




