84.“竜”と“姫”と“悪魔”と
今回は説明くさいですがどうかついてきてください。
ここから、走り出します。
よろしくお願いします。
元々、このOLAというゲームは、あるプロジェクトの実験場でもあった。
AIの進化と開発である。
ゲームという形で多くの人間を巻き込みながら、AIはどのように進化し、発達していくのか。
また、どのようなAIが求められているのか。
そういったことをこのプロジェクトでは研究していた。
まだ、御木本真一郎という男が開発チームにいたころの話だ。
次世代のAIはやはり、感情を持って、自律進化していくAIなのではないかという見解が研究者の大半だった。
しかし、人間の感情というものはとても複雑なものであり、人間が作り出すことなどできるはずがないというのも事実であった。
そこで、実験の前段階として、NPCにビックデータ解析を基にした多種多様な性格とその受け答えのパターンを導入した。
会話のバリエーションを増やすことや、性格ごとの反応のプログラミングは開発陣にとっては骨の折れる仕事であったが、何とか形にすることができた。
それが、今のOLAのNPCである。
ただ、このやり方では、AIに進化はないのである。
新たな会話を追加しても、感情に即した反応をいくつできるようにしても、結局はこちらの用意した以上のことはしない。
AIの研究としては、「リアルな人間」に近づけることに成功したものの、既存の技術の限界を見たに過ぎなかったのだ。
そこで、天才御木本は創り出した。
人間と同じように、人格の形成はできなくとも、性格に合ったふるまい方を学習していくことができるAIを。
それが、現在の特殊シリーズAI。
“竜”、“姫”、“悪魔”なのだ。
御木本は情熱的な研究者であったと同時に、熱狂的にゲームが好きな開発者でもあった。
彼はこのシリーズAIを、ゲーム内の特別な位置につける。
すなわち、特別なオーブとセットのサポートキャラクターとして存在させたのである。
「そう、今コータ君やトロンさんが持っているような強力なオーブのことだ」
ウィリアム・エドウィン・キングは語りを一時中断し、光田渉に笑いかけた。
戸惑う渉を面白がるかのように目を細めると、彼は説明に戻る。
「何が言いたいかというと、“竜”や“姫”って存在はあのゲームでは一種の鍵だということなんだ。“悪魔”は正確には実験段階の作品も多いんだけど、“姫”は全員彼の最高傑作だよ。もし、彼が生きていれば、さらに“姫”AIを作ることも可能だったろう」
「ということは、それはできなかったんですね?」
今村詩乃は静かに聞いた。
ウィリアムは頷く。
「そうなんだ。“姫”シリーズを完成させた翌月、御木本真一郎という男はこの世を去っている。この会社もしっかり辞めてね。おかげで彼の自宅に資料をもらいに行くまで、誰も彼の死に気付いていなかった」
「死因は?」
「病死だったってね。ま、もともと身体は強くなかったことも記録されているし、しょうがないといえばそれまでなんだけど……いかんせん、開発陣に残されたデータの数が圧倒的に少なかった」
複雑な面持ちを見せるウィリアムに、一同は言葉をつぐんだ。
彼は再び語る。
「僕はその時、入社したばかりの新人だったんだけど、御木本作品ともいうべきデータの数々を見て歯噛みをする思いだった。なぜこれほど優秀な人間が亡くなってしまったのかと。ただ、大事なデータを遺してくれなかったことに対する憤りのようなものもあった。“悪魔”と“竜”のAIキャラクターの研究についてはしっかりと残っていたのに、“姫”については完成版のデータが五人分しか残っていなかったんだ。信じられるかい? 後世の研究者が喉から手が出る程ほしかったデータのすべてが研究段階のものも含めてすべてないなんて」
ウィリアムの語りは静かであったがとても熱の入ったものだった。
しかし、ふうと一呼吸を置くと先ほどまでの淡々とした話し方に戻る。
「まあ、とにかく、こういった事情で、“姫”と“竜”と“悪魔”は特別なんだ。さて、昔話に戻ろう。これは、彼がそうして“姫”AIを完成させる間近のことだった。彼から会社の上層部にメールが届いたんだ。内容を抜粋するとこうだ」
―――――――――――
私は、このゲームを創ることに命を懸けているし、現状のシステムでも次世代の最高の出来になることは疑っていない。
ただ、このままでは足りないと感じる点がいくつかあるのだ。
現在新型AIの開発を進めているが、彼らを導入した際の世界への影響は計り知れない。
ましてや、彼らを自分の能力として定着させたときのプレイヤーの喜びは大きなものだろう。
しかし、そのあとはどうなる?
彼らにとっての第二の人生をうたっている私たちがその先の楽しみを用意しないでどうする?
イベントを計画しているのは知っている。
面白い催しになることも間違いない。
それでも私は、子どもの頃に見た夢が忘れられないのだ。
つまり、再三提言しているように、“終末の魔王”システムを導入するべきだと私は思うのだ。
――――――――――
「“終末の魔王”システム……」
渉たちの息は止まったかのように静かになった。
「その名の通りだ。よくあるテンプレート。お決まりの魔王対勇者の展開。これをやりたいと彼は言うんだ。確かにイベント的な要素の一つとしては面白いかもしれない。でもね、会社としてはそれを容認できない事情があった」
スライドが切り替わる。
映し出されたのは、OLA世界が荒廃し、半ば消失したような地図であった。
「これだよ。なんだかわかる? “終末の魔王”降臨後、侵略を食い止められなかった場合のOLA世界さ。しかも、彼が要求してきたのは、破壊された土地の自動修復の禁止。つまり、そこに生きているものとして、その世界を本当の意味で守る戦いをプレイヤーにさせたがってたんだ。これでは、OLAというゲームの運営が成り立たない。ユーザーが離れていってしまう。こういった内部の意見によって、いくら天才といえども、彼のアイデアはつぶされた。彼が退職する前日の話さ」
ウィリアムは苦笑する。
「彼は本当にこの世界に生きたかったんだろうね。この広大な世界の細部にまで凝った設定をつけて、それに沿ったオブジェクトやキャラクター、モンスターを配置していった。知っているかい? OLAには暦があるんだ。この世界に合わせて作られたものだけど、ゲーム内で突発的に特別依頼が発生するのは、この暦に合わせて様々な事件が設定されているからなんだよ」
スライドが再度切り替わる。
「さて、話を戻そう。君たちの倒した“海竜帝”は確かにゲームの分類上“竜”ではあるんだけど、さっき言ってた高度な“竜”AIとして機能するようにはなっていないんだ。あくまでも、あれは最上位に位置するモンスター。本体のAIを構成する鍵は君たちの手に入れたアイテムにある」
スライドに表示されていたのは、中心に不思議な形の穴がある円盤のようなアイテムと、円盤と対になるように作られたとわかる鍵のようなアイテムだ。
「これはね、“兵器型”のオーブを“天限武装”状態にするためのキーアイテム。“天限の窓”と“天限の鍵”。竜帝と名の付くモンスターを推奨人数以下で倒せば得られるようになっている」
道理で見たことのないアイテムだと、渉と詩乃は納得した。
ウィリアムは続ける。
「このシステムが、御木本真一郎のやりたかった“選ばれしもの”システムなんだよね。世界中のプレイヤーを探しても、各オーブの最終段階に到達した人はほとんどいない。トロンさんはβテストから協力してもらっているとはいえ凄まじいプレイヤーだよ」
「ちょっと待ってください。各オーブってことは、“召喚型”と“魔術型”にも同じようなものが存在してるってことですか?」
詩乃が聞いた。
ウィリアムは少し驚いたように眉を上げたが、ふっと笑って言う。
「そうだね。あるよ。さっきも言ったようにAIとセットのシステムだから。でもね、“悪魔”と“姫”は少し面倒なんだ。特に“姫”がね。ただ、僕の一番伝えたいことがそこに絡んでくるから、それが終わってから説明することにしよう」
再び、スライドが切り替わった。
次に映し出されたのは渉たちがOLA世界で散々追い求めていた黒い球体であった。
名称として『黒硝』という文字が掲げられている。
「これが、今回問題になっている物体。僕たちはこれに『黒硝』という名前を付けた。端的に言ってしまえばこれはバグツールの一つなんだけど、その性能が普通じゃない」
次のスライドには今までに確認された『黒硝』に関する事件の一覧と、そこで起きた出来事の概要がまとめられていた。
「出始めたあたりから順に見ていってもらえばわかると思うけど、明らかにこいつは“進化”してるんだ。OLA世界のオブジェクトに干渉していくという基本は変わらないのにできることが増え続けている。そして、最近発覚した一番危ない事件がこれだよ」
そこには顔を黒いローブで隠した男とも女ともつかない怪しいプレイヤーが映っていた。
周りには『黒硝』と思わしき物体が浮遊している。
この画像に渉が敏感に反応する。
「【八獄】……【黒幕】か……」
ウィリアムはその様子を一瞥してから言った。
「君の言う通り、こいつはイベント専用敵対プレイヤー集団【八獄】のトップとされているプレイヤー【黒幕】トゥルースだ。けれども、実はこいつ、この世界の管理AIの一人なんだ」
「なんだと!?」
渉が大きく反応した。
それをなだめるかのように詩乃が肩に手を添える。
ウィリアムは顔色を変えない。
「すまない。表向きには秘密なのだが、事件は既に暦に沿って用意されているんだ。わかってくれ。こいつはそれを実行に移していくAIに過ぎなかった」
「過ぎなかった?」
渉のとげとげしい声が響いた。
「ああ、過ぎなかった、だ。『黒硝』がこいつに取り入ったらしい。【八獄】は完全なる敵対勢力だ。今回の“海竜帝”騒動もおそらくはそれが原因だ」
「……あんたら、そんなのんきに構えてていいと思ってんのか?」
渉の口調はもはや、相手を攻撃するようなものになっていた。
しかし、ウィリアムは動じない。
「そんなこと思っているはずがないだろう? だから君たちなんだ。もちろん、僕も出る。次の大事件を起こされる前に【黒幕】の身柄を拘束し、機能を停止させる」
「俺たちみたいな一般プレイヤーを巻き込んでおいて、できるのか?」
ウィリアムはニヒルに笑って答えた。
「できるに決まってるさ。僕は、君たちを買ってるんだ。【黒幕】の場所も把握済み。後は少し大規模になってしまうけど、実行するだけだ。相応の見返りは約束しよう。どうだい? 協力してくれるかい?」
「……俺だけの意見じゃ決められない」
ウィリアムはにっこりと笑った。
「それはそうだろうね。協力してほしいということだけ伝えておくよ。いいかい? 【黒幕】は、キョウゴクに潜んでいる」
渉は舌打ちを一つして、席を立った。




