82.デート……sideA
いつもながらお待たせして申し訳ございません。
高校生の心の浅さって、過ぎ去るとわからない……。
よろしくお願いします。
「ちょっ、ちょっと待って!? もみじ、それは早まってない!?」
蓑田が慌てたように再起動した。
続いて俺も再起動する。
「そうだよ、俺は紅葉ちゃん? のことをまだちゃんと知らないし……」
俺の動揺も隠し切れない。
対する紅葉ちゃんは、楽しそうにクスクスと笑う。
「早まってないから、心配しないで。知らない男女がお互いを知り合うにはそれが一番じゃないかなって思っただけだし。あ、センパイって言っちゃったから敬語の方がいいですか?」
「いや、そういうことではなく……」
「紅葉ってそんなキャラだったっけ?」
俺たちの困惑は止まらない。
それをよそに紅葉ちゃんはグイグイ来る。
「何なら今から行きましょう。さあ、優花センパイも一緒に!」
「え!? ちょっ、ちょっ!」
蓑田が紅葉ちゃんに手を引かれた。
そのまま席を立って、会計の方へ向かう。
「え、二人とも、これどうすんの?」
紅葉ちゃんが俺の方を振り返ってにこりと笑う。
「センパイも来るんです。お会計、よろしくお願いしますね、セーンパイ?」
「は? え?」
訳が分からないうちに、二人は外に出ていってしまった。
呆然とする暇もなく、俺も会計を終え、急いで外に出る。
「遅いですよ。女の子は待たせちゃいけないんです」
「いや、俺、置いていかれたじゃん」
「もみじ、ホント、何をするつもりなの?」
困惑する蓑田と俺を全く気にせず、紅葉ちゃんは続ける。
「だから、デートですよ。デート。次はどこに行きましょうかねぇ。あ、そういえば、優花さんこの前、話題のラブコメが見たいって言ってたじゃないですかー。ちょうどいいからこの際見に行きましょうか!」
俺たちの手を引くように紅葉ちゃんはどんどん前に進んでいく。
このまま流されても、紅葉ちゃんの真意がわからない。
どうにかしようと考えを巡らせてみてもなかなかいいアイデアも浮かばない。
結局、映画館の前まで来てしまった。
「どうするのよ、この状況!」
ここにきて小声で蓑田が聞いてきた。
「いや、俺だってわからん! どうすればいいんだこれ」
「あんたが早く謝らないからいけないんでしょ!」
「ちょっと待ってくれ! 俺が悪いのか?」
ひそひそとやりあっていると、紅葉ちゃんがこちらを振り返った。
「なにいちゃついてるんですか? 後輩の女の子がいるのにそっちのけですか? 最低ですか?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれって! おかしいだろ! 紅葉ちゃんOLAではそんなキャラじゃなかったでしょうが!」
「バカですか? あんなキラキラキャラリアルでやってられないですよ! 演出とか諸々の関係でクーレになってるときはああしてるんです!」
「あんたたち往来でそんな言い合いするのやめなさいよ! 周りの目をもっと気にして!」
蓑田に言われてようやっと気づいた。
映画館のあるショッピングモールには親子連れや中高生がたくさん訪れていた。
そんな中、こんな騒ぎをしていれば人々の目がこちらに向くのは必然。
俺たちの騒ぎを、修羅場を見るような面持ちで見つめていた。
「え、えーと……」
俺と紅葉ちゃんは一瞬固まり、途端にその場を逃げ出した。
「あっ、ちょっと!」
蓑田もすぐに追いかけてくる。
「なんで逃げるのよ! 逃げたらもっとそういう風に見えるでしょ!」
「じゃあ追いかけてくるなよ! お前が追いかけてくるともっとそういう風に見えるだろ!」
「そうですよ! センパイ方はともかく、私の名前に傷がついたらどうするんですか!」
「紅葉あんた……! もう許さないわ! 私をなめたこと、後悔しなさい!!」
「こんな時に煽るんじゃない!!」
完全に迷惑な高校生集団と化した俺たちは、蓑田に追い立てられるようにして、ショッピングモールを後にした。
いや、あのままいても絶対にいい結果にはならなかっただろうから、セーフとしよう。
「はぁ……。結局近所の公園まで戻ってきちゃったじゃない」
「それは、お前が追いかけるからだろ……!」
「……そうですよ! 優花さん、なんでそんなに追いかけてくるんですか……」
「いや、あの状況だったら誰でも追いかけるわよ」
俺たちは息の荒いまま、公園のベンチに倒れこんだ。
そこそこの距離を全力疾走してきたから、汗が止まらないし、一歩も動きたくない。
「それにしても、久しぶりにバカなことしたなあ」
「ほんとですね、私もこんなにバカなことしたの久しぶりです」
「はぁ……ほんとに……ふふ」
「はは……」
「あはは……」
疲れ果てた末の嘆息は気づいたら笑いに変わっていた。
「はーあ、なんだか馬鹿らしくなっちゃったな。こんなにいろいろして、私のこと知ってもらおうとか思ってたのに。私の計画全部無駄になったじゃないですか」
「紅葉の計画なんて知らないわよ、ひどい目にあったわ。明日学校でなんていわれるか……」
「確かに近所で騒ぎすぎたな……学校で騒がれると一番困るのは紅葉ちゃんじゃないのか?」
「全然大丈夫ですよ? 言ってもバーチャルアイドルですからね。バーチャル空間内でしか会えないキャラクターの中に私はいるだけ。現実空間の私とクーレというキャラクターを同一だと考えている人なんていませんよ」
「なるほどな、言われてみればそうか」
俺は紅葉ちゃんの話に納得して頷いたが、紅葉ちゃんはどこか悲しそうな顔で続けた。
「でも、それってたまには悲しくなるものなんですよね……。なんていうか、本当の友達がいないみたいで」
困ったように眉尻を下げて笑う。
なにか少し耐え難い。
「でも、学校の友達はいるだろ?」
「それが私、全然いないんですよねー。ちょっと、ぼっちこじらせているというか、うまくコミュニケーション取れないというか」
「意外だな、こんなに普通に話せてるのに」
「いやー、ゲーマーのお二人には分からんでしょうが、女の子って大体は休日にショッピングとかして遊ぶ生き物なんですよ。それにほとんど参加できないことがどれだけの影響を及ぼすと思います?」
見当もつかない。
だが、言われてみれば確かに、うちの姉さんも蓑田も、割と友達と外出している気がする。
「紅葉、こいつに言ってもわからないわよ。光田と二人でいれば幸せそうなこいつに言ってもね」
「そうでしたね」
「おい!」
誤解を生む言葉を訂正する間も無く、紅葉ちゃんが小さく笑った。
「だから、今日は楽しかったです。何にも厭わないで絡めるお二人がいて。久々に放課後を遊んで過ごして。しかも、クーレとしての活動の話もできる。本当に気が楽で、知り合えて良かったなあと、こんな無駄話してても思いますね。恥も外聞もなく、こうして語っちゃうくらいには」
ちょっとクサい台詞を言いすぎたかなと言って、舌を出す紅葉ちゃんは俯いて続ける。
「でも、やっぱり、遠くて特別なんですかね、アイドルって。こんな、大したことないない小娘なのに」
その言葉は、俺の胸にぐさりと突き刺さった。
あの時に呟いた独り言を、蓑田に咎められた意味がわかった気がした。
蓑田は知っていたのだろう。
だから、友達として過ごしていたのだろう。
俺にとっては突然で、困惑ばかりの出会いだったけど、もっと大切な意味があったのだ。
あの時、映像の中にいるクーレというバーチャルアイドルは、それまで俺たちが一緒に戦ってきた人物とは違う人に見えた。
輝いていて、決して手の届かない星のような存在だと思った。
でも、それは勘違いだったのだろう。
そう見えただけで、クーレというアイドルは一人の人間で、その人はちゃんと心を持っていて、感じ考えることがあったのだ。
知らない内に、キャラクターの裏に隠れて、寂しく震えている心があったのだ。
そんな当たり前なことが、少しの時間離れただけで、少しの距離を隔てただけで、簡単に意識の外に行ってしまう。
今の今まで、全く気づけなかった自分が、酷く醜い人間のような気がしてきた。
同時に、罪悪感が募る。
「ごめんな、紅葉ちゃん」
「え?」
気付けば、謝罪の言葉を口にしていた。
「独り言とはいえ、遠い存在っていうのは、俺が言っていいことじゃなかった。こんなに近いのにな。結局、クーレのライブも見られてないし、メールにも返信してない。振り返れば振り返るほど、最悪なやつだよ」
「やっと気付いたの、馬鹿ね」
うるさい。
馬鹿だよ。
知ってる。
「馬鹿だから間違えたんだよ、本当にごめん。これからちゃんと、紅葉ちゃんと紅葉ちゃんが演じているクーレというアイドルを見るから。だから、友達になってくれないか? 今度こそ、ちゃんと信頼できる友達になりたい」
言ってることはクズの極み。
やってることもクズの極み。
それでも、前に向くためのけじめはつけなきゃいけない。
「しょうがないですね……そこまで言うなら許してやりましょう。ただし、今度のライブは絶対に来ること。あと、学校で寂しくなったら優花さんと一緒に私のところまで来てください」
若干照れながらぼそぼそとそういった紅葉ちゃんは、どことなく、やわらい雰囲気になったような気がした。
「わかった。約束するよ」
「私の分まで勝手に約束して……ま、紅葉に対してしっかり接してくれるなら私はそれでいいけど」
「優花さんはなんだか保護者みたいなこといいますね」
「確かに」
「何よ、二人して」
誰かが吹き出し、暗い空気は掻き消えた。
そういえば、と紅葉ちゃんが言う。
「光田さんは今日いないんですね。優花さんからメールもらった時から不思議に思ってたんですけど」
「ああ、それね」
蓑田は、少し眉根を寄せた。
「本当はこっちに一緒にいてもらいたかったんだけどね。なんか、偽彼女のスピニーさんとデートという名の情報交換会をやるらしいのよ」
「へえ、なんの情報を交換するんだろう。俺たちの持っている情報なんてほとんどインセルとは共有し終わってるけどな」
「そうね、だから、あるとしてもあっちからの情報提供なんだけど……」
首をひねる二人に、紅葉ちゃんがすねたように言った。
「合同チームの話も私がいないときになった話なので、私がいるときは私に構ってください」
俺たちは二人で顔を見合わせて笑った。
「そうだな、意外と普通のアイドルさん」
「な! 友達になったからって気安くからかわないでください!」
騒がしい俺の一日は最後まで騒がしく暮れていった。




