81.カミングアウト
大変遅れまして誠に申し訳ございません。
久々のリアルパートをお楽しみくださいませ。
よろしくお願いします。
光の粒子になった後、俺はまたあのシステムメッセージを見ていた。
―プレイヤー:カゲツが死亡しました。アカウント制限 12:00―
「まあ、こうなることを覚悟してやったわけだけどさ」
サッとヘッドセットを取り外し、ベッドから起き上がった。
中途半端に終わるのは久しぶりだから、違和感がすごい。
とりあえず、ケータイをチェックする。
三人のグループを確認する目的で開いたけど、通知の量がかなりすごいことになっていた。
「うお、OLAからの転送メールが大量に……」
OLAほか、MMOのゲームには大抵、ゲーム内のメッセージをリアル端末に連携させる機能がついている。
だから、こういうこともあるにはあるだろうが、半分くらいが海竜帝との戦闘中のチャットメッセージだ。
チャットメッセージは本来、リアルタイムで俺に届く。
だが、ゲームオーバーになった仲間のメッセージは基本的にこのような形でログとしてみることができるようになっているのだ。
「みんな、いろんなことを言ってくれてたんだな……」
ログを見る限りほとんどの仲間は、閲覧モードでレイドの続きを見ていたらしく、メッセージが届かない俺たちに向けて、多くの言葉をかけてくれていた。
特に俺が固まってしまった場面には多くの言葉が残っていた。
ありがたいなと思ってみていると、そのログ以外のメッセージが残っていることに気付いた。
「これは……ユーカ?」
なぜユーカからメッセージが来ているのだろうと不審に思いながらも、開いて確認してみる。
―――――――――
あんた、忘れてないでしょうね?
クーレが遠い存在だなんて、最低なこと言ったの。
私は忘れてないから。
というか、絶対に忘れさせないために、もう本人に言ったから。
明日の放課後、逃げずに待ってなさいよ?
――――――――――
「は?」
いやいや、ちょっと待ってくれ。
正直、色々あって忘れてた。
でも、そこまで切れられるような発言をした記憶はないぞ?
……百歩譲って、言ってしまったとしよう。
なんであいつが絡んでくるんだ!
なんで本人に言うんだ!
これ、絶対に面倒な奴だろ……。
「華月ー! ご飯だよ!」
下から姉の呼ぶ声がした。
生返事をして、ふらふらと部屋を出る。
今日はシチューだろうか?
いい匂いだし、おなかもすいているのにため息が出そうだ。
「華月、最近結構OLAにどっぷりみたいじゃない。お姉ちゃんともプレイしてほしいんだけどなー」
「確かにどっぷりだけど、姉さんとゲームをするのはなんか気分的にちょっとなあ」
「えー、華月のかっこいい槍裁きとか、もっと近くで見てみたいんだけど」
「いやいや、まだ全然だし、槍から武器も変えたし……って、ん?」
ちょっと待て。
姉さんにゲーム内の俺を知られたことはあったっけ?
最初にゲームオーバーになった時は話をしたこともあったが、基本的には家ではOLAの話はしないようにしている。
なのに、なぜ……?
「姉さん、正直に答えてくれ。俺とゲームの中であったことはある?」
「ないよー。私はお仕事してたから、みんなを見つけても話しかけられなかったんだよ」
「つまりは俺のことを、ゲーム内で見てるのか?」
「そりゃあねぇ」
「どこで!?」
全く記憶にない。
黒歴史みたいなのを姉さんに知られるわけにはいかない……。
「目立ってたじゃない、あなたたち。攻・城・戦で」
「そうか……確かにあの時は目立ってた。でも、しっかり仮面をつけていたはずなのに……」
「そうね、普通に見ているだけなら気づかなかったかも。でも、お姉ちゃん、お仕事柄、みんなのデータを見られたのよね」
「は? 姉さん、一体なんの仕事を……?」
「どーもー、解説のユイアですっ!」
「ああああああああ!」
なんてことだ。
あの試合のすべてを解説していた女性プレイヤーが、姉さんだった!?
「いやー楽しかったよ。ピンクの仮面で、かなりえげつない攻撃をしたりしてたから、仮面スタッフさんたちはどんなひとなんだろうなって調べてみたら、華月たちなんだもん。よく知っているみんながこんなことをしてるんだと思ったらねぇ」
「やめてくれ。あれは巻き込まれただけなんだ。ピンクは特に俺の趣味じゃない!」
「えー、華月は可愛いんだから絶対にピンクも似合うのに」
「そういうことじゃないって……」
我が姉ながら、この自己主張の強さはとんでもない。
俺は可愛いよりもかっこいいを目指しているって何回も言ってるのに。
「それにしても大変ね。あの黒い玉を使う奴ら。開発側ではBB団って呼んでるみたいね。BLACK BALLの頭文字だって。ダサいわよね」
「なんで姉さんがそんなことを? というか、開発側の情報まで……」
おかしい。
明らかに異常だ。
しかし、姉さんは何でもないような顔をして言う。
「私にもいいコネがあるのよ。そのうちあなたも会うことになるわ」
意味深すぎる答えにもっと詳しい情報を求めようと俺は口を開きかけた。
しかし、その口は姉さんの右手に防がれた。
「食事中に乙女の秘密をそんなに探らないの。それに、私は面白いことが好きなの。ここまでしか言わないのはこの方が面白いからよ」
もごもごと口を動かもそうとしても、姉さんの握力がすごくて抜け出せない。
いつの世も弟は姉に勝てない運命なのだろうか。
「そんなに急がないの。今のあなたには現実にも片付けなきゃいけない問題があるんでしょ? あっちとこっちはつながってるんだから、こっちの生活も大切にしなきゃだめよ?」
「ぷはっ!」
姉さんがウインクの後に右手を離してくれた。
ウインクってリアルにできるやついたんだ、なんてどうでもいい感想を抱きつつ、俺は現実逃避をしようとしていた。
姉さんの言う通り、俺にはリアルに恐ろしい問題が待ち受けているのだ。
――――――――――
キーンコーンカーンコーン。
終業のチャイムが鳴る。
サッと席を立ち、速攻で帰ろうとして、ふと立ち止まった。
「さすがに、今日はまずいか……」
「何がまずいのよ?」
後ろを振り返ると、腕を組んで仁王立ちをしている。
危なかったな……。
いや、まあ、俺が悪いんだけど。
「なんでもないよ。それで、何をするんだっけ?」
「ちょっと付き合いなさい」
有無を言わせぬ口調でそんなこと言われたら黙ってついていくしかない。
俺は蓑田に導かれるままに帰り道の途中にある喫茶店に入った。
「いらっしゃい」
気品のあるマスターのあいさつに俺は思わずたじろいだ。
こんなに“大人”な店に入ったことがないからだ。
しかし蓑田は気にせずに店内をきょろきょろとする。
そこそこの人数が、店内にまばらに座っている中、窓際に座る一人の少女に目が留まる。
どこかで見たことがあるような……?
なんてことを考えていたら、蓑田がその女の子の席に向かって歩き出した。
疑念を抱えながらも後ろからついていく。
窓際の少女は分厚いレンズの丸眼鏡をかけて、鶯色の薄手の長袖シャツを着ていた。
文学少女というイメージがぴったりな落ち着いた雰囲気の女の子だった。
「さ、こっちでは初対面でしょうけど、私の気が収まらないから、ここで華月には謝ってもらうわ」
「え? まず俺は何をどう謝ればいいんだよ」
「何にもわからないで来たんだ……。ま、いいけど。私はユーカに言われたから来ただけだし」
「なんだ? まず、誰なんだ?」
蓑田が、短く息を吐いた。
「クーレよ。もちろん、中の人って意味だけど」
「はっ?」
いや、それは完全に予想外だった。
リアルで会うなんて会うことになるとは思わなかった。
「中元紅葉よ。あなたの名前とクラスは聞いてるからいらないわ」
「なんでクラスとかまで知ってるんだよ……。同じ高校?」
「そうよ。ま、もみじちゃんは一個下の一年生だから。そこまで知らなくても当然だと思うけどね」
「一個下!?」
一個下でバーチャルアイドルしてるなんてすごすぎるな……。
驚いてまじまじと彼女を見てしまう。
「そんなに見ないで、変態。クーレとは全然見た目が違うからバカにしてるんでしょ。あなたにとって遠い遠い存在のクーレとは」
「なっ! そんなことは! というか、一個下なら敬語くらい使って話したらどうなんだよ! 俺なんて年上だと思ってゲーム内で敬語になってたじゃないか!」
「いい気味だわ! 私を怒らせた罰よ! プチざまぁ的なやつよ!」
「んなぁ!?」
ヒートアップしているうちにいつの間にか、俺は対面の席に収まっていた。
「あんたたちねぇ、まずは落ち着きなさい」
俺たちの頭にげんこつが落とされた。
「痛って……! いきなり何すんだ」
「あんたたちがうるさいからでしょう? 他のお客さんに迷惑だわ」
ばさりと切り捨てる蓑田は、正直、OLAよりもすごみがある。
もみじという少女も涙目であった。
「痛い……。私は抗議してただけなのに……。なんて馬鹿力」
「馬鹿力じゃないから。もみじ、あんたももう少し素直になりなさいよ。華月はさっさとあの時の言葉を謝って取り消しなさい」
「あの時の言葉ってなんだよ」
「夢みたいな時間だったとかなんとか。私はそれが無性にイラついたの。こんなに近くにいる、同じ高校生なのにって」
それはお前、普通にアイドルってすごいじゃないか。
活躍してるのを画面越しで見ちゃったら、一歩引いちゃうだろ。
「優花、いいって言ったじゃない。私が少し遠い存在に感じるのは、普通なのよ」
「だとしても、よ。遠くにいるなんて思われるのはいやだったの。もみじちゃんのこと知ってるとなおさら、なんかもどかしいのよ。頑張ってる様子が見えるのに」
「それを言われてもなあ、俺は今クーレの正体を知ったわけだし……」
知ったからって別に何が変わるというわけでもないけれど。
あの時感じた“キョリ”は急には変わらないし。
「正直、私は初めて仲間らしい仲間ができたからうれしかったの。だから、あんまりキョリとか感じてほしくないのだけど……」
「ほら! だからとりあえず謝りなさいよ、華月!」
「いいわよ。謝罪なんていらないわ。ただ、一つ私としてほしいことがあるの」
「な、なんだよ?」
目の前で急に雰囲気を変えた彼女に驚く。
眼鏡の奥で、くっきりとした二重の目をこれでもかと細め、悪い顔をしていた。
そして彼女は聞き惚れるような甘い声で言った。
「私とデートしましょうよ、センパイ?」
あまりの驚きに、俺と蓑田は時が止まったように口をあんぐりと開けていた。




