7.走れ
よろしくお願いします。
ユーカと合流してから、事のあらましを聞いた。プレイヤーが依頼に介入してくるなんて信じられない。
オーブのこともあるし、難易度が跳ね上がるどころの話ではない。自分だけのことを考えれば、俺は依頼をこれ以上進めるのは嫌だった。
初心者だし、レベルも低いし、初期装備だし…。
でも、コータの表情やユーカの口調は、そんなことを言わせてもらえるようなものではなかったし、俺自身、どうにも放っておくことができないと感じていた。
「これから、どうするつもりなのよ?」
ユーカの質問に、コータは淡々と答えた。
「依頼を達成するよ」
視線の先にいる“アルカディアドラゴン”が小さく鳴いた。
大人の“アルカディアドラゴン”のほうは、もう助からないだろうというのが、コータの見立てだった。
俺は、悲しくなって、2人の会話の間も、ずっと“アルカディアドラゴン”を撫でていた。親に守られた子竜は、その小さな体を親の体に寄り添わせ、自分の存在をアピールしている。
“アルカディアドラゴン”の親子を抱きしめながら、少しだけ目を閉じた。
不意に、声が聞こえたような気がした。
目を開けると、腕の中にいたはずの親竜はおらず、光の粒子が漂っていた。
俺たちは時間の都合で、依頼を中断してログアウトした。
高校生にとって、こんなに長いイベントを一日で終えるのは難しい。
ログアウト後もゲーム内の時間は進むので、次に行ったら森の様子はまた少し変わっているだろう。進み具合はこちらの三倍。だから、ゲーム内で明日の放課後は、今から2、3日後ということになる…。
コータやユーカの空気が重かったこともかなり心配だが、俺は何より、置いてきてしまったあの子竜ことが気になってしょうがなかった。
―――翌日。放課後。
ろくに聞いていないのがわかるような授業態度で、1日を終えた俺たちは、さっとOLAのログイン時間を打ち合わせた。そして、ほとんど言葉も交わさずに一直線に帰宅する。
ログインした後、すぐさま時計を確認した。時間は、ゲーム内であれから2日半が過ぎている。
手早く合流を済ませた俺たちは、依頼再開の手続きをして、競うように“南の密林”エリアに移動した。
「依頼が再開できるってことは、まだ密輸組織はここにいるってことだ」
「PKがしたいならそりゃあ待っているでしょうし、当然ね」
森は、前回ユーカが木々を切り倒して進んだことにより、どんな道を行けばよいのかがはっきりと分かるようになっている。今回はこの道をたどるように、全員が臨戦態勢で進んでいった。
「ユーカ、戦ったプレイヤーはどちらの方向に潜んでいた?」
丘のふもと、ユーカと俺たちが分かれた場所に着く手前で、コータは問いかけた。
ユーカは簡潔に答える。
「南よ。何人かと戦っているうちに援軍がやってきたのもそちらだったから、まず間違いはないと思うわ」
俺たちは、丘のふもとに来てから地図を確認した。地形まで大体が描かれている地図には、南がさらに高低差のある岩場のように記されていた。
コータが、そのある一点を指さして呟く。
「おそらく、敵の本拠地はここだ」
そこには、地形がでこぼこが途切れたように表示されており、不自然な空白があった。
「なるほど。ダンジョンになっているということね」
「ダンジョンって?」
「ダンジョンは、あるエリア内に存在する、エリアの環境とは全く違う構造をした空間の総称だ」
コータの説明によると、小さな構造物でも、公式の設定した周辺エリアの環境と違う場合はダンジョンとして扱われるらしい。
「マップは公式が1日ごとに更新してくれるが、少し正確な衛星スキャンみたいなものだ。環境の変化はエラーとして検出される。だから、屋外に造った家とかでも、はじめはダンジョンとして扱われるんだ」
「つまりこのダンジョンは、敵の作った建築物か何かの可能性が高いってこと?」
「十中八九そうでしょうね。公式がダンジョンを作る際は、もっと範囲が広いもの」
俺たちの中で、方針が決まった。
とにかく敵拠点を制圧すること。
密輸組織ならば、そこに盗品や取引禁止の品物が蓄えられているはず。守りは堅いだろうが、攻め落とせれば一気に問題が解決する。
「敵にはテイマー系のプレイヤーともう1人か2人仲間がいるはずだ。昨日ユーカが倒したプレイヤーは、この依頼にもう介入できないはずだから心配する必要はない」
「プレイヤーの数はほぼ同じ。戦場はあっちに有利…。ちょっと厳しい戦いになりそうね」
「それでもやるしかないだろう。カゲツ、覚悟はできてるな?初心者だからとかいう言い訳は許さん。生き残って目にもの見せてやれ」
「…うん。“アルカディアドラゴン”の仇を取らなきゃ…!」
コータはふっと笑うと、マップをしまった。
3人の足は敵の本拠地へ向かって走り出していた。
“南の密林”の特徴として、大地が丘陵地帯のように起伏に富んでいることがあげられる。野生のモンスターも独自の進化を遂げたものが多く、個体数は少ないものの、出会うと厄介なものが多いといわれている。
その1つが、屈強な大猿型モンスター、“サスケエイプ”である。こいつらは1匹でもそれなりの強さを持つ上に、大樹をうまく渡り歩き、まるで上空から降ってくるかのように奇襲攻撃を行ってくる。さらには群れを作り、“キングサスケエイプ”というボスの下で完全な統制下におかれる。
この害悪モンスターの群れが、目的地目前の俺たちを襲った。
「きぃぃぇぇぇえぃぃぃ!!!」
上空からの奇声に、俺たち3人は足を止めた。
まだ襲い掛かってくる気配はないが、“サスケエイプ”がいることはすぐに分かった。コータが事前に情報をくれていたからだ。
俺は指示を仰ごうとコータのほうを見た。
そこにあったコータの表情は驚くほど不機嫌そうだった。いや、マジでビビる。デフォルメされてこれとか、リアルで見たらどんな顔だよってくらいには不機嫌である。
コータはその顔のまま言う。
「お前らは行け。こいつらにかまって依頼失敗とかなりたくないからな」
「いいのか?」
「当たり前だ。俺のオーブはこいつらと相性がいい。それよりも、依頼の制限時間が表示され始めたのに気づいたか?」
本当だ。ステータス画面の右上にカウンターができている。タイマーのようにデジタル表示の数字がどんどんと減っていく。
「おそらく、この“サスケエイプ”に会うのがトリガーだろう。面倒だが、こいつらを放置するのもまずい。かといって、敵方のプレイヤーを野放しにもできない。このカウンターが表示されているのは向こうも同じだろうからな」
「つまり、コータが抑えている間に私とカゲツで拠点をたたくってこと?」
「そうだ。カゲツには悪いが、少し耐えてもらうぞ」
コータはもうこの方針を変える気がないようだ。
それなら、俺のやることは1つ。
「任せろ。対プレイヤー戦闘は初めてだけど、何とかしてみせる」
「さすがだな」
ユーカが小さく息を吐いた。
やけに大きく聞こえたそれを合図に、コータが叫んだ。
「行けっ!走れっ!」
俺とユーカは全速力で走り出す。
「きぃぃいいぃぃ!!!」
戦線が動き始める。
上から俺たちの進行方向に3匹の“サスケエイプ”が落ちてきた。
ユーカが戦闘斧をひらめかせ、2体を同時に屠る。
俺は槍で首と胸を刺突する。
槍のリーチがやつらの腕に勝った。
崩れ落ちていく“サスケエイプ”にとどめを刺さずに、前だけを目指す。
後ろからもサルたちの足音が聞こえる。
しかし、そのすべてをねじ伏せるように、コータの声が響いた。
「お前らの相手はこっちなんだよ!“召喚型”!!<囁き拾いの大悪魔>!!!」
戦場に黒い炎が逆巻く。
“サスケエイプ”の注意がそちらに向いた瞬間に、俺とユーカは手近な個体をなぎ倒して包囲網を抜け出た。
黒い炎がはじけて霧散し、見知ったイケオジ様が現れる。
「お呼びですかな、ご主人」
「派手に出てきたもんだな」
「お望みのようでしたから」
「…よくできた悪魔だ」
俺はその時のコータを見ていなかったけど、きっと笑って言っているのだと思った。
そんな、根拠のない想像が、俺の体に活力を与えているようにも感じた。




