73.賭けと贄
お待たせいたしました。
OLA久しぶりの更新になります。
よろしくお願いします。
俺が取れる選択肢はそれほど多くはない。
このまま攻撃するか。
オーブを使ってもう何体か海竜を呼び出すか。
オーブといえば“魂装”もあるが……。
どちらにしろ、時間は持たないだろう。
特にこのままやり続けることと、海竜を呼び出すことはジリ貧になることが目に見えている。
だとしたら、一か八かで。
「“魂装:海竜”!!」
キャロンの時とは違う青みがかった光が俺の体を包む。
キャロンを纏うときは彼女の感覚が少し流れ込んでくるような感じがある。
だが、今回は感覚が違う。
なにか少し機械的で冷たい感覚があるのだ。
ただ、その違和感がどうであれ、俺の身体に海竜の力を纏うことには成功したらしい。
頭には海竜の頭部をモチーフにした装備を得て、手足にはヒレのようなものがついた小手を装着した。
そして、一番大きいのは、海中での戦闘が可能になっている。
これは大きい。
どうやら、賭けには勝ったらしい。
キャロンを“魂装”したときよりは、かかるコストが増えているが、逃げるだけなら残りの時間は大丈夫そうだ。
「よし、これで……!」
そう思った瞬間、乗っていた海竜の体力が費えた。
俺の身体は足場を失い、宙に浮いた。
海竜が襲い来る中、海に沈む。
先ほどまでの俺ではこの状況に対応できなかった。
しかし、今は動ける。
現実世界よりも泳げる。
呼吸にも全く影響はない。
少しの浮遊感を伴うだけで、ほとんど自由に動ける。
海竜が噛みついてくる。
その動きは竜というより蛇のようだ。
俺はハルバードを地上と同じように振るい、海竜の頭を正面から受け止める。
動き自体はゲームだからなのか問題なくできたが、踏ん張ることができない。
やはり、水の中は勝手がいくらか違うようだ。
だが、今の俺には海中を自由に行動できる装備がついている。
脚を思い切り動かして、海竜の動きから逃れるように上方に向かう。
ハルバードを振り切り、体を海竜の目の前から外して、突進の力をいなす。
別の海竜もこちらに迫ってきているが、俺の感覚はこれで大体整った。
ここからは海中で暴れてやろう。
向かってきた海竜の下、腹側に向かって滑り込んでいく。
いくら外装の鱗が硬かったとしても、腹は大抵柔らかいものだ。
案の定、白く無防備な腹が見える。
ハルバードを振りかざし、その腹を大きく切り裂いていく。
裂傷ダメージとハルバードによる攻撃ダメージにより、海竜の体力はゼロになった。
「次!」
群がってきた海竜は十匹をくだらなかった。
しかし、海中で優勢をとることができた俺にとってはあまり脅威ではない。
しっかりと一匹ずつ仕留めていく。
ただ、問題が一つ。
「海竜帝が迫っている! カゲツ、早く戻れ!」
そう、俺のことを襲っていたのは海竜帝に呼び寄せられた海竜たち。
その一部である。
本軍とも呼ぶべき海竜帝はすぐそこまで迫っていた。
勝つことが不可能なことを考えると、時間の猶予はほとんどない。
俺はまとわりついてくる海竜を薙ぎ払って、船の方へ急ぐ。
倒せなくてもいい。
とにかく、迫りくる海竜帝から逃れなければならない。
海中での動きはもうマスターした。
思い切り水を蹴る。
全速力で船の影を追う。
後ろから水に乗って伝わってくるプレッシャーが俺を焦らせる。
GRAAAAAAANNN!!!
海の中にも咆哮が聞こえた。
にわかにチャットが騒がしくなる。
「海竜帝の咆哮がでた! ブレス攻撃が来るぞ! ユーカは阻止の準備!」
「わかった! シャウラさん! 牽制で一発お願いします!」
「了解! 〈雄を侵食したる兇腐鋏〉!!!」
シャウラさんの武器から酸弾が放たれたのが見えた。
しかし、その攻撃は海竜帝に当たらない。
海竜帝はブレスを吐き出し、酸弾ごと船の方を狙ってきたようだ。
ボルトガさんが船の前に出てきて、大盾を構える。
「〈甲殻剛力守堅盾〉!!!」
黒光りする大盾から紫色の光がほとばしった。
光を纏った大盾がブレスを真正面から受け止める。
深い青に染まったブレスは、ボルトガさんの屈強な体をものともせず、後ろに追いやった。
ボルトガさんは、このまま船に被害が出るのを防ぐためにか、ブレスをはじくように体をひねり、盾をふるう。
どうやら、クーレさんの尋常じゃない絶対防御とは違い、衝撃を吸収するというよりは、弾くことや防ぐことに特化した性質をもったオーブなんだろう。
だから、その場で防ぎきれなくても、弾くことができる。
ただ、今回は弾かれたブレスが俺の方に飛んで来た。
海中に飛んできたそのブレスを間一髪でかわす。
だが、すべてをかわし切るのは不可能だった。
鋭いブレスが俺の腕をかすめる。
焼けるような痛みが走り、俺の体力がぐんと減る。
「かすっただけで半分持ってかれた……! 慎重にいかないとやばい」
俺が体勢を立て直しているうちに、船の方から通信が入った。
「船の一部が破損した!! とりあえず、航海に支障はないからこのまま進む! だけど、これ以上損害が出ると危ないかもしれない! 最悪の場合はNPCだけ逃がすような動きになると思う! みんな、覚悟しておいてほしい!」
イェルカさんが操舵を中断してまで連絡をくれた。
やっぱり無傷とはいかなかったらしい。
この依頼を受けてしまっている以上、NPCを助けるのは必須にして最重要条件。
だから、最悪は全滅レベルの被害を受けても、NPCが無事なら報酬がもらえる。
イェルカさんの話はつまり、依頼を最優先にするってことだ。
「イェルカ! 私のかけている幻惑の魔法がそろそろ解けるわ! あいつらの速度が少し上がるかもしれない! もう一度使うのにまだ少し時間がかかるからそれまで耐えて!」
嵐とは別に、俺たちの視界を少し曇らせていた霧が少しずつ晴れていった。
俺は別行動をしていたからあまり気づかなかったが、タテハさんはずっとこの魔法を展開していたらしい。
霧の切れ目から、この船が航行している陸地の影が見えてきた。
土くれの壁。
断崖絶壁である。
これは確かに上陸できない。
だからこんなに海竜帝から逃げる羽目になっているわけだけど……。
「みんな! ちょっと西の方角を見てくれ!」
コータから通信が入る。
俺たちはそろってそちらの方角を見た。
すると、霧の晴れた海に、嵐に吹かれながらもこちらへ向かってくる赤い屋形船があった。
その船の上部、ちょうど屋根のあたりに白装束を纏った女性が立っていた。
「あれは……?」
白装束の女性は、海竜帝が目に入ったところで、舞を披露し始めた。
何かのイベントかと思い、そちらを見ていた一同は再度海竜帝の様子を確認する。
しかし、海竜帝にあまり変化はなく、俺たちの船に対して一直線に突っ込んできていた。
「あのイベントはいったん無視だ!! 全速力で逃げる! 牽制攻撃を!」
コータの声が聞こえた。
それに続くみんなの承諾の声。
俺は、現状海竜帝に最も近いということもあり、全力で船の方へ体を向けた。
海竜帝の迫る速度。
時たま飛んでくるブレス。
俺たちの乗っている船はところどころ破損していた。
だが、スピニーさんのオーブで作ったというエンジンがなかなかいい仕事をしているようで、そこまで 致命的なピンチは訪れていなかった。
それでも、甲板や俺のいる海中は忙しかった。
ひっきりなしに襲い掛かってくる海竜を倒し、船を守りながら、海竜帝の攻撃にも気を配る。
仕様なのか、海竜帝は一度攻撃をすると、しばらく動かない。
それを利用して逃げているのだが、だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
「海竜帝のリキャストが早くなってきてる! 牽制を今までよりも多めに入れてくれ! それと、やっぱりあの船、俺たちの方についてきてるよな?」
「おそらくそうね。狙われないのをいいことに私たちの船の近くに寄ってきているし……」
海竜帝のリキャストの加速と、不審な屋形船。
海竜をなぎ倒しながら、俺は屋形船の方を見やる。
すると、歌がかすかに聞こえた。
歌詞はよく聞き取れないが、何やら、祈りをささげているようだ。
「祈りのうたっぽいのをあの女の人がうたってるのが聞こえる! 誰か何か知らない!?」
俺の声に即座に反応したのはイェルカさんだった。
「カゲツ君! それが本当なら、その人たちを止めないといけない! 彼女たちはおそらく、海竜帝を信仰している“キョウゴク”の少数民族だ! その歌には、海竜帝を強化する力がある!」
全員の驚きや息をのむ声が聞こえた。
「それじゃあ、どうすれば!」
「とりあえず、船に乗り込んで話を聞くんだ!! どうにもできなかったら、ジリ貧になって、港に着く前に僕たちがやられる!!」
「そんな……!」
思いがけず、大切な案件を預けられることになってしまった。
とにかく急がなければならない。
「カゲツ君の穴は私が埋めるわ!」
「私ももう一度幻惑の魔法が使えるようになったからかけておく! カゲツ君頼むわ!」
スピニーさんとタテハさんの声に送られて、俺は水を蹴った。
海竜を屠りながら、少しだけ海竜帝に近づく形だ。
海竜帝に近づくほどにプレッシャーが増すが、攻撃しなければ大丈夫だと言い聞かせて屋形船を目指す。
朱色に塗られた船は船底も同じ色になっていたので見つけることは容易だった。
海竜が若干近くに群れている。
どうやら、この船を襲おうとしているらしい。
中の兵士らしきNPCが必死に奴らを押し返しているのが見て取れた。
海竜帝に加担しているのに、その手下のような立ち回りの海竜には襲われるのか?
俺は疑問を抱きつつも、船の間近まで迫った。
「な! 人がおるとは何事か! 生贄の儀式を邪魔させてはならん! 殺せ!」
ふいに、俺の頭上から声が降ってきた。
それを合図に、海に向かって、弓やら長槍やらの攻撃が飛んでくる。
殺せというセリフに反応して、身を引いていた俺は何とかその攻撃のすべてをかわすことに成功する。
そして、水中から顔を出して、彼らに声をかけた。
「待ってくれ! あの海竜帝にその歌を聞かせてしまうと奴が強化されてしまうんだ! 今すぐそれをやめて話を聞いてくれ!」
その時、船上に確認できたのは豪華な着物を着た老人が一人と、和風の鎧をまとった兵士が三人だった。
先ほど聞いた声と同じ声で、老人ががなる。
「うるさい! 我らの主神様がお怒りになられたのはお前らのような外界の者がこの土地に侵入してくるがゆえ! 消し去られてしまえ!」
「そしたらあんたたちも困るだろう!」
老人はにやりと笑って言った。
「わしらは無事に帰れる。この生贄がいる限り。お前に心配されるようなことではないわ」
……久しぶりに、ムカつくセリフを聞いた気がした。




