68.ラジニア
今週も一回以上の更新は守っていきたいと思います。
よろしくお願いします。
俺たちは落下地点から転がるように前進した。
必ず相手は俺たちの存在に気付いている。
逃げ切られる前に視認できる範囲にまでは距離を詰めなくては。
俺たちの気持ちはとても急いていたが、峠を下りきり、都市の方を見やると、奴は要塞都市ならではのイベントに止められていた。
「検問か」
「“タルトレット”とかではなかったイベントだ」
「当たり前よ。この規模の検問をする都市は港町だけ。ゲームの設定的には、大陸間で安全保障に関する条約が結ばれているかららしいわよ」
「これには、プレイヤーだろうとNPCだろうと捕まるしかない。すり抜けようとすれば、それこそ奴らとしては面白くない結果になるだろう」
「なら、俺たちもここに並ぶしかないってわけか」
少し救われた感じがした。
だが、安心はできない。
これから都市に入るまで俺たちとの間に結構な人間が順番待ちをしている。
こいつらを待っている時間で雲隠れされたらどうしようもない。
「これは少しチャンスかもしれないぞ?」
「どうして?このまま待っていたら、都市の中に入った時点でかなりの賭けだと思うのだけど」
「このままだったら、な。俺の知り合いが、この都市で武器屋を営んでるんだ。基本的に出るにも入るにもワープが使えず、検問を必ず受けなければならない“ラジニア”には先回りなんてできない。でも、中に協力者がいれば別だ。監視くらいはしてくれるさ。なにせ、その知り合いも、間接的には奴らの被害にあっているわけだからな」
俺たちは、ようやっとたどり着いた“ラジニア”の検問列に並びながらそんなやり取りをしていた。
コータの中ではなにやら作戦が出来上がっているらしい。
俺とユーカには全く分からなかったが、コータは自分のシステム画面を開いてメッセージを送っているようだ。
夕日が沈んでいる時間だというのに、検問の列はまだ長い。
コータ曰く、都市の出入りを厳しく管理してはいるものの、ゲームの世界で昼にしか入れないシステムなのは良くないという判断がされたらしい。
それにしたって、検問で待つというのもなかなか大がかりだと思うが。
「この検問の真の意味はこの待ち時間にあるのよ。聞いたことない?」
「ないなあ。まず、検問ってシステムがあること自体、今知ったから」
「なら、後学のために教えといてあげるわ。ちょっとステータス画面を開いて」
「後学って程じゃないだろ」
そういいながら、俺はステータス画面を開いた。
すると、そこには状態異常表示として見慣れないアイコンが描かれていた。
「きっと、“試練”っていう状態異常が付与されてるんじゃない?」
「確かに…なんなんだ?これは」
「簡単に言ってしまえば毒状態よ。全ステータスの時間による減少。10分間の制限が設けられてて、その時間耐えきれば、都市に入ることができる」
「かなりえげつないな…。それって大丈夫なのか?」
ステータスを実際に確認してみると、確かに時間経過とともに値が減少している。
体力まで減っているものだから、最悪、ここでゲームオーバーもあり得た。
「大丈夫に決まってるじゃない。基本はこの先のエリアに耐えられるのかを測るものだから、最大値まで回復した状態でデバフが始まるし、耐えきったら全回復してくれるわ」
「へえ、それならまあ大丈夫なのか。でも、毎回やることないんじゃ…」
「それはしょうがないのよ。演出だし、不公平感が出るとクレームが来るんだから」
「社会の闇だな」
コータとユーカが怖い。
でも、この検問の意味をなんとなく理解できたのは良かった。
ただ待たされてるだけだと思うと疲れるだけだしね。
それにしても、コータの連絡した人は誰なんだろう。
黒い玉の被害にあってるようなものって言ってたけど、俺たち以外にそんな人いるのか?
と、考えていたその時、コータがメールを受信したらしく、システム画面を開いていた。
「お、ラッキーだ。都合がついたらしい。…別の奴の都合もついちまったようだが、二人には特に関係ないな」
「後半が気になるけど、とりあえずは追跡が続けられそうってことでいいの?」
「あぁ、大丈夫だ。割と心強い味方が何人か増えた」
「へえ、顔が広いんだな、コータ」
「いいや、俺じゃないよ。顔が広いのは」
少し苦笑いを浮かべながらコータはそういった。
その表情には触れず、助っ人となる人について聞こうと思ったとき、奴が検問に入っていったのが見えた。
俺たちから検問所まではあと数人いる。
コータの助っ人が間に合ってくれるのを祈るばかりだ。
「派手なことにはならないだろうが、逐一俺に状況を報告してきてくれるようにしてるんだ。お、検問が終わったみたいだ。追跡を開始してくれるらしい」
そう言うコータは俺たちにマップを共有してくれた。
まだ俺の入手していない都市の内部の地図だ。
「検問は一人ずつだから、先に説明しておく。情報だと、犯人は大通りをまっすぐ行って、港の方へ急いでいるらしい」
コータは指で地図上の道をなぞった。
確かに、都市の玄関口のような広場を抜けたところから、南の方に向かって一本の通りが伸びている。
「俺はこの都市初めてだけど、大丈夫かな?」
「心配するな。順番は俺が一番、お前が二番、三番にユーカだ。こうすれば迷うことはないだろう」
「迷いそうになったら立ち止まりなさいよ?」
「遭難の基本だから」
「さすがに、街中で遭難なんてしない。なんだと思ってるんだよ」
くすくすと笑う二人に俺は少しあきれてしまった。
でも、なんだかこういうのちょっといいなと思ってしまっている自分がいる。
もう、勝負は目の前なんだけど。
前が順に検問をこなし、コータたちもじきに中へ消えていった。
俺もあとに続いて検問所の中に入る。
中は殺風景で、憲兵のようなお兄さんと彼らが待機するスペースしかない。
外とは違うオレンジの灯りに石造りの壁が淡く照らされていた。
「よし、では、簡単な質問をして終わりだ。ここにはどうやってきた?」
「徒歩で」
「仲間は?」
「います。先に行きました」
「その子竜は?」
「俺のテイムモンスターです」
「そうか。珍しいな。目的は?」
「恐らく、ほかの大陸に行くこと」
「なるほど、わかった。通行を許可しよう。このタグが、滞在許可証だ。滞在中は携帯するように」
本当に簡単な質問だけで終わってしまった。
後から聞いた話だと、それっぽい演出を取り入れてほしいという要望に応えたらしい。
ロールプレイをして楽しんでいる人たちにとっては楽しいだろうな。
検問所を抜けてすぐ、教えられていた大通りが広がっているのが見えた。
迷わず、その道へ駆け出す。
と言っても、大通りは流石に混雑していて思うようにスピードが出せない。
市場のような感じなのだろうか。
NPCもプレイヤーも、通りの左右に展開された屋台のアイテムを熱心に見ている。
この雑踏をすり抜けて前の二人に追いつくというのはかなり難しいことであるように思われた。
まず、全く視認できてないし。
仕方なく、メッセージを送信するだけに留め、なんとか大通りを前進する。
大通りの長さは都市の造り的にそこまで長くはない。
通りの半ばまで行けば、海が見える程開けた広場が見えてきた。
さすがにあそこまで行けば誰かと合流できるだろう。
そう信じて、歩を進める。
ふと、メッセージが届いた。
コータからである。
内容は、港に急いでくれというもの。
理由は分からないが、港に向かえばいいらしい。
きっと、船着き場にあいつの逃げようとしている船があるんだろう。
一人納得し、マップを開く。
港は目の前に見えている広場をすぐ右手に行ったところにあった。
今もちょうど、遠くから来た船がそちらの方向へ舵を切っているのが見える。
「ハーイ、少年!私も連れてってくれない?」
振り向けば中華系の顔立ちをした美人の女性が立っていた。
「ス、スピニーさん?なんでここに…」
「そんなの、コー君に会うために決まってるじゃない!」
「さ、さすがですね…」
いまだ、この美人の思考回路がどうなっているのかは理解できないけど、コータを中心に回っていることだけはわかる。
でも、本当にどうやってこの情報を知ったんだろう。
それがすごい疑問だ。
「ね、早く行きましょう!コー君の役に立たなくちゃいけないんだから!」
「わかりましたよ…」
いつの間にか、主導権を握られている。
この人のペースはどうもわからない。
実力のある人なのはわかるんだけど。
港への道は大通りに比べて人の量が少なかった。
スピニーさんは軽い身のこなしで前へ前へと進んでいく。
俺はそのあとに続きながら、周りを見て怪しい奴がいないかどうか確認する。
港の方は整備されていてきれいな石畳が続いていた。
観光用の客船もあれば、漁船のようななりをしたものもあった。
しかし多くは、旅客船のようだ。
パッと見た感じでも旅客船には様々な種類がある。
大型で鋼鉄製の立派なものや小型で木造の質素なもの。
中には、一人乗りのシャープなものもあった。
そして、旅客船の共通点は行き先ごとに停泊場所が異なっていることだ。
「すごいでしょ。何度来ても、ここはテーマパークの待機列みたいよね。こう人が多いんじゃ、人探しは難航しそうね」
「スピニーさん、かなりいろいろ知ってるみたいですね」
「当たり前よ。この前の不戦勝騒ぎがあったんだから。それを盾にして運営に協力要請を取り付けさせたわ」
「すごい行動力…」
ドヤ顔を見せつけてくるスピニーさんは本当に強い女の人って感じだ。
それにしても、この人の量は想定してなかった。コータはどうしているんだろうか。
噂をすればなんとやら、というやつだろうか。
コータからメッセージが届いた。
内容は、“キョウゴク”行きの待機列に集合しろというもの。
「スピニーさん、コータからメッセージで…」
「見たよ。了解した、と言いたいんだけど…あそこ、“キョウゴク”行きの近くの漁船停泊場所を見て」
スピニーさんに言われてそちらを向くと、何人かの黒いローブを着た影が動いているのが見えた。
スピニーさんが続いていう。
「絶対にあれは怪しいわね。さすがに見過ごしていくのはどうかと思うから、私はここで別れるわね。コー君には連絡しておくから」
「えっ…でも」
「私はここで成果をあげてコー君の役に立って見せるわ!」
え、えぇ…。
ま、まあ、放っておけないのはわかる。
とりあえず、スピニーさんに任せようか。
「じゃっ、あとで合流しましょう!」
俺が何を言う間もなく、スピニーさんは漁船の方へ走って行ってしまった。
俺は気を取り直して、“キョウゴク”行きの停泊場所へと急ぐ。
夕日はもうほとんど沈み、あたりは暗闇が満ちてきた。
港町特有の、柔らかな炎の明かりが街を照らしていく。
夜の海はひどく暗く、大きな怪物のようにも見えるのだった。




