67.峠
C94参戦した方はお疲れ様でしたー。
熱気も人も尋常じゃないですよね。
お身体に気をつけてお楽しみくださいませ。
よろしくお願いします。
山林地帯はその名の通り山を登っていく感覚で景色が変わっていった。
木々は高所にあるからか、あまり背が高くなく、密度もそこまでではなかった。
ただ、満身創痍の俺たちにとって大変なのは、なれないアップダウンの道とそこに現れるモンスターだ。
そこまで高いわけではないが、山は山ということなのだろう。
高山地帯によく出現するという猛禽類のモンスターが襲い掛かってきた。
なにせ、俺は今武器を持っていない。
その上、足場もあまりよくない。
俺たちはほとんど逃げの一手で潜り抜けていた。
それなのに、前方を走るあの怪しい人影には、モンスターが襲い掛かる気配がない。
絶対になにか特殊なことをしている。
俺たちの疑念は確信に変わった。
それはいいのだが、再三そのようなことを繰り返していたら、ずいぶんと俺たちと奴の距離が離れてしまった。
見失わない位置には付けているが、そろそろ厳しくなりそうだ。
「ねえ、こんな時こそ、アリスちゃんの力を借りればいいんじゃないかしら」
「突然何を…」
「確かに、ユーカの言う通りかもしれないな」
「コータまで!」
二人とも一体何を言ってるんだ。
アリスに戦う力なんて…。
そういえば、小さな火の球を吐けたような?
「あんたが過保護だからいけないのよ!アリスちゃんだって立派な竜種なんだから!」
「キュイ!!」
「!?」
アリスが俺の懐から勝手に出てきた。
そして小さな白い翼をはためかせて、俺たちについてくる。
「アリスお前…いつもグダってるから速く飛ぶことなんてできないと思ってたけど…普通に飛べたのか」
「そんなの当たり前でしょう?」
「アリス、頼んだぞ!」
「キュイ!!!」
コータの声にこたえるように、アリスが若干前に出た。
そして、口内に炎を宿す。
炎はみるみる成長し、ハンドボールくらいの大きさになった時、アリスがそれを前方に放った。
まっすぐに飛んでいくそれは、見事奴の背中に当たる。
炎はローブを焦がし、飛びちった火の粉が地面を少しかすめた。
影が若干前に倒れる。
「よくやった!さすがアリスだ!」
「お前…こんなことできるなら、もっとはやく言えよ…」
「アリスは話せないんだから、言えるわけないでしょ?それに、私たちはもう少し後に実践するつもりだったのよ。緊急事態だから、こんな感じになっちゃったけど」
それでも俺は十分に驚いた。
俺といるときはいつも俺に乗っかって寝ていることがほとんどだったから。
予想外の成長だ。
でも、今はそれに気を取られてばかりではいられない。
感謝の気持ちを込めて、アリスの頭をポンとなでる。
キュと小さく鳴くアリスは、走り出した俺たちについて来た。
今のうちに、追いつく。
それが無理でも、距離を詰める。
傾斜のせいで、上手く前に進めていないが倒れた相手はまだ起き上がっていない。
これは行けるか。
そう思って、しばらくだった。
地面がにわかに揺れ、土の下から岩がせり上がって来た。
俺たちは急に現れた障害物に驚き、咄嗟に足を止めた。
徐々に大きくなっていく岩は、段々とある形を型取り始めた。
頂点がビルの二階ほどはある大きなそれは人型をしていたのだ。
つまりは、岩でできたゴーレムだ。
「“岩石ゴーレム”…あいつさては、また黒い玉を…」
「いや、そうでもないらしいぞ」
コータが指差したのは、もう一体のゴーレムを召喚している奴だった。
黒い玉を使っているわけではないから、このゴーレムも同じだろうというのだ。
「でも、そんなのわからないじゃない。あの黒い玉は遠隔操作できるかもしれないわよ?」
「そうか?なら、実験してみよう。“召喚型”<囁き拾いの大悪魔>」
お馴染みの黒い炎と共に現れたのは、美形老紳士のカインである。
「今回は何の御用でしょうか?」
「いや、待って、コータコスト余ってたの?」
カインとの会話を遮って、俺は聞いた。
いやだっておかしいじゃん?
結構消費してたんじゃないの?
「…話の腰を折るなよ。俺はこの中で一番レベル高い上に、さっきまで使ってたのはほとんど技能の方だ。これくらいのことができるように余裕を持ってコスト調節してるに決まってるだろ」
「でもさっきまでの道は全くオーブも何も使ってなかったし、今だってアリスに攻撃を任せて何もしなかったじゃん」
「…あのなぁ?」
「ちょっと、カゲツうるさいわよ。さっきまで何もしなかったのは単純に何もできなかっただけよ。コータのオーブはモンスター特化だし、技能はそこまで射程が長くないわ。ここで出し渋ってるわけないじゃない」
「なる、ほど。…そうだな」
「全く、アリスの成長を自分だけ知らなかったのがそんなに嫌だったのか?」
「そんなっ…」
「お話は終わりましたか?」
突然、話を遮ってきたのはカインであった。
彼は静かに続けた。
「敵が迫ってきておりますが、どういたしますか?」
見れば、初めに現れたゴーレムがこちらに向かってきている。
二番目に現れたゴーレムは、前方でその巨体に黒い玉の持ち主を乗せて、歩いて行こうとしているところだった。
コータがため息をつき、カインに言う。
「あいつが操れるかどうか試したい。ただのモンスターならこっちの管理下に入れることができるはずだ。そうしたら、奴を追うための足にする」
「なるほど。承知いたしました。それでは、第二権能まで発動してよろしいのですね?」
「頼むよ。代償はイェンでな」
「かしこまりました」
何やら、コータとカインにさかわからないやり取りをした後に、カインは黒い炎を纏った。
そして、いつもの静かな声で詠唱を始める。
「“悪魔のささやきを聞きなさい。すべてを私に委ねなさい。地獄の侯爵の名の下に、貴様の心を私が貰う”」
カインにまとわりついていた黒い炎が一気にゴーレムの頭に向かっていった。
そのまま焼き尽くしてしまうのではないかと思うほどに、ゴーレムの頭が燃え上がる。
腕を振り回し抵抗するゴーレムは、しばらくすると完全に沈黙した。
カインはその姿を確認してこちらを振り向く。
「掌握、完了致しました」
「よし、乗り物確保だ」
「すごい…。コータのオーブにこんな力があったなんて」
「こいつはコストの面ではそうでもないんだが、コスト以外の代償が必要だからあんまり使いたくないんだよな」
「へえ、ちなみに今回はどれくらいの代償を払ったの?」
「ざっとわ俺の所持金が四分の一は減ったな。銀行預けてる分は除くが」
すごい。
コータの所持金って、手持ちでも百万イェンはあったはずだぞ。
俺じゃ、一回も使えないくらいの代償だ。
「まぁ、その話は今いいんだよ。せっかく足が手に入ったんだから、これに乗ってあいつを追いかけるぞ」
「追いかけてどうするの?」
「カインが捉えられる範囲に入った瞬間、いつも通り混乱させる。そしたらあいつを振り落として拘束する」
「確かに、それならいけそうだ。少し急ぐか」
こうして俺たちはゴーレムの上に乗っての移動を始めた。
ゴツゴツの岩でできたゴーレムである。
当然、足場は悪く、休める状態でもない。
急ごうとは言ったものの、歩幅は大きくも歩みの遅いゴーレムに乗っているのはもどかしく、イライラが募る。
俺たちの視界には、常に前方のゴーレムが同じくらいの速度で歩いているのが見えていた。
「こう、見えてるのに何もできないのはムズムズするな」
「落ち着け、最大効率はでてるはずだ」
「当たり前よをこんなに足場の悪いところに登らせておきながら、無意味だったなんて言われたら、あなたの首を叩き斬ってやるわ」
「怖いこというなよ。“怪力女王”さん」
「あんた…!」
「ここでケンカするなよ!」
なんだか緊張感が欠けているように思ったのと、不安定な足場と状況に気を張っていたこともあって、少し大きな声が出てしまった。
コータが肩をすくめる。
ユーカが短く息を吐いた。
「はいはい、ごめんなさいね。そんなにピリピリしないでよ。命がかかってるわけでもあるまいし…」
「ある意味、この先の色々なことが、この追跡の結果によって変わるけどな。でも、そこまで緊張することはないだろ」
「…ちょっと前まで、コータが一番イライラしてたくせに」
「なんだと?」
「今度はあんたたちがケンカするの?」
俺たち三人はそろってため息をついた。
ただ、それだけでもなんとなくスッキリした気分になり、顔を上げるとコータと目があった。
コータは何も言わず、前を指差した。
「見ろ、峠を越えた。海の手前に見えるあの街が、海岸の要塞都市として作られた“ラジニア”だ」
峠から見渡した先に、海岸に沿って大きな防壁を作り上げ、多くの船が出入りしている港町が見えた。
傾きかけている日差しが海の沖の方を照らして眩しい。
その夕日を受けたゴーレムの影が前方に見える。
「やっぱり、あいつは“ラジニア”に向かってるみたいだな」
「“ラジニア”には何があるわけ?」
「確か、あの都市はこの大陸の交通網の重要拠点だったはず。東や南の海洋、大陸にあるエリアに行きたかったら、ここを通るしかないのよ」
「つまり、こいつらの本拠地はもっと東か南にあるってことか…」
ゴーレムの速度は下り坂でも特に上がることはなく、前と付かず離れずの距離を保っていた。
カインを使った作戦を早く決行したいところだが、射程が少し足りないらしい。
ただ、ゴーレムから降りてしまうと、カインの足では追いつけない。
そんな、微妙な距離感にあるのだ。
「あーもう、焦れったいな。目的地もはっきりして、視界にあいつが見えているのに、俺たちはどうすることもできないなんて」
「落ち着け。さっきは取り乱していたが、このもどかしい時間のおかげで俺の頭は冷えた。少し思いついたことがあるんだ」
みいい感じのこと言ってるようだけど、二人ともカッコ悪いことに変わりはないわよ?」
に…それで、今の状況を考えてみたんだが、港から出る船の種類はあいつを捉えてしまってはわからない。都市の中まで追跡しないか?」
コータの問いかけは一見良案のように思えた。
言われてみれば、確かにその可能性はある。
しかし、ユーカが口を挟む。
「それって少しリスキーじゃない?もしかしたら、都市の中で見失ってしまうかもしれないし、ちゃんとした船に乗るとは限らないわ。密航かも」
「だからこそ、都市の中まで入り込んで追跡する必要があると思わないか?それに、都市に入って仕舞えば、簡単には出られない。協力者が出てきたとしても、目撃者もたくさんいる。どうだ?かける価値があると思わないか?」
それは確かにそうだと思う。
簡単にはそれで行こうとは言えない問題だけれど。
だんだんと“ラジニア”が近づいてきた。
ふと、目の前のゴーレムの動きが若干おかしいことに気づいた。
少しずつ、沈んでいっているようだ。
ふと、奴の顔がこちらを向いたような気がした。
そして、にわかに俺たちの乗っているゴーレムが一気に崩壊を始めた。
「くそっ!プレイヤーの意思で出したり消したり出来るタイプか!」
コータの声とともに、俺たちの体が重力に従って落下していく。
夕日の沈む海が視界の上方にひゅんと消えた。




