66.影過る
お待たせいたしました。
OLA更新です。次話以降もこれくらいのタイミングには間に合うように投稿していきたいと思います。
一週間に一回以上は絶対キープしたい…。
よろしくお願いします。
“竜殺し”。
それは、OLAのトッププレイヤーになる必須条件と言われている。
理由は単純。
奴らが強いからである。
竜というモンスターは、最弱と呼ばれている“アルカディアドラゴン”を除いて、基本的にはレイドボスモンスターとして現れる。
各エリアに1種類ずつ配置されている奴らは、特定の条件が揃うか、特定の場所に行くと姿を見せる仕組みになっている。
竜と戦う際の推奨人数は大体20人前後だ。
それも、一定以上のレベルが求められる。
しかし、トッププレイヤーになる人物は大抵、このレイドボスを一人で狩ることができる。
というよりも、狩ることができたものでなければ、トッププレイヤーにはなれないのだ。
“兵器型”の神話級オーブ、“天之破魔斬”。
神話級オーブはゲーム内でも1人しか手に入れられない。
しかし、その取得要件はオーブの獲得者が出た時点で公開になるのが習わしである。
“天之破魔斬”の取得条件は“邪毒竜ヤマタノオロチ”の単独討伐。
トロンはそれを成し遂げ、神話級オーブと【須佐之男】という固有の職業まで手に入れた尋常ではないプレイヤーなのである。
そんなプレイヤーを前にして、俺が今とても恐れているのはアリスの存在がバレることである。
“竜殺し”が趣味だと言うならば、もしかしたら、キャロンやアリスが狙われるかもしれない。
正直、キャロンは最早殺しても死なない。
俺がいる限り、何度でも召喚できるようになっている。
問題はアリスなのだ。
一応テイムモンスターというくくりではあるが、竜のテイムは本当に珍しい。
だからこそ、他人に傷つけられないように配慮はしているつもりだし、なるべくなら時計塔に預けてきている。
ただ、そうはいっても俺たちは基本的に一緒に行動している。
今回の戦闘ですら、アリスは俺たちと一緒に戦場には来ているのだ。
彼が、アリスを見たら、どう思うのだろうか。
まだ子竜である彼女も殺してしまうのだろうか。
俺には、それが心配であった。
俺たちが苦戦した“荒野竜”をいとも簡単に倒してしまう彼が、俺が守ると決めたアリスに手をかけないか…。
“荒野竜”が倒れた安心感よりも、彼の情報を聞いた途端にこういう不安を強く感じるのは、“魂装”で一体となっているキャロンの感情が表れているのだろうか。
いずれにせよ、状況の整理が必要だ。
「あの、助けていただいてありがとうございました」
「気にしないでくれ。趣味みたいなもんだよ」
「さすがは“竜殺し”…。でも、どうしてこんなことを?」
少し踏み込んだ質問かもしれないが、やっぱり確認しておきたい。
この人は、俺にとって安心できる人なのかを。
「あー、それはね…」
「ごめんなさい。悪いけど、ちょっと待ってもらうわ」
「どうかしたのか?」
突然ユーカが俺を遮った。
俺とコータの腕をユーカ強引に引いていく。
「いいから、ちょっと!」
「私のことは構わなくていいよ」
連れていかれる俺たちにトロンさんが言った。
ユーカはコータと俺を少し離れたところに集めてささやく。
「一体なんなんだ…」
「覚えてる?このエリアに入って最初に現在のレイド参加人数が表示されたでしょ。そこに、3人って書いてあったはずなの」
確かに、そんなことが書いてあった。
でもなんで今このタイミングで…。
「わからない?そのうちの一人はこの人なのよ。トロンさん。マップを開いて見てみればわかるわ。“荒野竜”の死体が消えてないからまだレイド状態だもの」
言われて俺たちはマップを開いた。
そこには確かにレイド参加人数6人と記されている。
「いい?私たちの当初の予測は、ここにあの黒い球を使うやつが表れるんじゃないかってことだった。そして、戦闘中、この3人の中で姿を見せた人はいない。最後にトロンさんが助けてくれたけど、それにしたって後の二人が出てこないのはおかしいわ」
「確かにそうだな。確実に分け前が減る。何なら、俺たちよりも先に倒していてもいいくらいだ。トロンさんも」
「そうなると、この人たちの目的は…?」
俺たちが猜疑心に駆られていると、後方からトロンさんの声がかかった。
「すまんが、ちょっといいか?そろそろ、奴が来る」
奴、という言葉に引っ掛かりを覚えた。
しかし、その違和感を考える前に恐ろしいほどの威圧感が俺たちを襲った。
「さあ、さすがに今度は動きを封じるだけじゃすまないだろうな…」
「一体、何が…」
「来るぞ」
驚くほど大きな音が空気を震わせた。
近くにいたトロンさんが刀を手に取ったかと思うと、前方の虚空に振りぬく。
何もないはずのそこからガキンという金属音が響き渡った。
何事かとそこを見ると、先ほどまで何もなかった空間に、大きな鎌が現れていた。
「チッ、このバケモンが…!!」
「それはお互い様だろう?」
黒い影がサッと俺たちの上を飛んで行った。
そして、すぐ近くに着地した音がした。
今度は、その影の姿も見える。
「お前は…“八獄”の!」
「【闇商人】、ベクター・バート…」
みるみる顔がこわばっていくコータと、息をのむユーカ。
俺は、黒のボロボロのマントに包まれたかれのことを何も知らず、立ちすくむばかりだった。
視界が揺らぐようなその存在感のなさが妙に気になる。
「なんで君みたいなイベント専用敵プレイヤーに、私が狙われないといけないんだろう?理由を教えてくれないか」
トロンさんの優しそうな声がどことなく冷たく感じる。
そして、その言葉にあったイベント専用敵プレイヤーという言葉に、以前受けた説明を思い出す。
“八獄”とは、運営と契約を交わしたプレイヤーであり、それぞれ、イベントの黒幕としてふさわしいような悪名と特殊職業を有していること。
また、全員が実力者であり、対人イベントもよく行う関係で、能力などもイベント中はかなり強化されていること。
“八獄”の名の通り、そのようなプレイヤーは全部で八人いることなどである。
噂だと思って聞き流していたが、まさか実在するとは…。
ただならぬプレッシャーを放つ人物であることから、普通のプレイヤーじゃないことはわかる。
このにらみ合い、おそらく始まるであろう戦闘、そのどちらにも俺は関与できないことがはっきりと感じ取れた。
ゆら、と黒のシルエットが話し出す。
「【須佐之男】さんよォ、ちょっと倒されてくれるだけでいいんだわ。俺には今それが必要なのよ」
「ほぅ?あの有名な“魂狩り”か。君の【特殊職業】の能力で、私の魂をとって、どうしようっていうのかな?」
「そいつはちょっと教えられねぇな。なんせ、『上』は次のイベントの準備だってンだからよ」
「なるほどね」
極めて冷静な声でトロンさんが答えた。
そして、少し逡巡するふりをして口を開いた。
「私の知っている【闇商人】という男は、徹底した秘密主義者だ。関係者以外には秘密を決して洩らさない。だから、闇市場は、今日も元気に動いている。そんな君が、この三人のいる前でそんな重要な話をするはずがない…。つまり、彼らも関係者だね?」
黒いローブがわずかに衣擦れの音を立てた。
俺たちもトロンさんの話に聞き入ってしまっていた。
トロンさんは続ける。
「もし仮に、この三人が関係者となる話であれば、『黒い球を使う奴』というのが仮想敵であるようだ」
聞かれていた、らしい。
でも、何も言ってこないということは、中立か、あるいは味方か。
「だとすれば、私の仲間の情報に面白いものがある。『パンナ姫誘拐事件』。これが、密かにイベントの中で起こったそうじゃないか。その上、相手は未知のアイテムやオーブを使う。これって、全部、つながってたりするのかい?つまり、君のボスと…」
「おおっと、もうやめとけ?ここから先は、拳で語ろうやァ!!!!」
影が一瞬で消えた。
近くで金属音が鳴り響く。
ふと、横を見ると、先ほどと同じように、トロンさんの刀の鞘が大きな鎌を受け止めていた。
「残念、私は普段、話し合いを主に推奨してるんだけどなっ…!」
トロンさんの刀がベクターの鎌を身体ごと吹き飛ばした。
こちらを向いて、トロンさんが言う。
「君たち!まだ近くにその仮想敵はいるはずだ!すぐにこの場を離れて探せ!私に会いたかったら、東の“キョウゴク”という国においで!」
「ちょっ…!まだ状況が!」
「いいから!この辺はもう、竜と戦う以上にひどいことになる!」
俺がまだ言い終わらないうちにトロンさんがまくしたてた。
そこに、吹き飛んだベクターの声が聞こえてくる。
「戦闘中によそ見とはァ!!いい度胸じゃねぇかァ!!!!!」
吹き飛んだ時と同じかそれ以上の速度で、こちらに突っ込んでくる白髪の男が見えた。
それでも彼の素顔は、黒い布で覆われ、見ることが叶わない。
「ほら!早く!行くわよ!当初の目的を思い出しなさい!」
「でも…」
「うるさい!俺も本当ならあのくそ野郎をぶちのめしたいが、実力が足りねぇ。ここは“黒い球の奴”を探すぞ!情報がなさすぎる!」
すぐ近くで激しい衝撃が起きた。
俺は思わずそちらを振り返る。
地面がひび割れていた。
余波で地形オブジェクトが破壊されるとは、なんて次元の戦いだ。
そこに当然のように立っている二人も尋常ではないことは明白である。
「いくぞ!“荒野竜”の死体の方だ!」
コータの声に我に返る。
現状、状況を整理できるほど俺の頭はさえてはいないが、大切なのが例の力を持つ奴の捜索なのはわかる。
それらしき影が、確かに“荒野竜”が倒れているあたりにあった。
その影は、死体の頭に手をかざすと何やら黒い糸を引っ張りだしていた。
その糸は煙のようで、実態がつかみがたい雰囲気である。
後方の二人の戦場が若干遠ざかったようで、音や衝撃が和らいだ。
俺たちは急いで、そいつのもとへ向かう。
「あいつ!また何か怪しげなことを!」
「止めるのよ!とにかく、ここで仕留めるの!」
「無茶言うなって…!俺のコストはもう空だぞ!」
俺だけじゃない、レイドボスとの戦闘により、俺たちの消耗はかなりのものであった。
俺の“魂装”はすでに解除されているから、遠距離攻撃は使えない。
ユーカも巨大戦闘斧を作り出せないでいる。
直接的な攻撃手段がないのだ。
「攻撃できないのなら追跡だ。もうあまり迷っている暇はない」
コータが言った。
心なしか、走るスピードが上がっている。
「ここで逃したら、絶対に後で後悔することになる。急ぐぞ!」
全員が全力疾走になる。
どうしても俺は少し遅れてしまうが、そんなこと気にしていられない。
奴の足はもう“大アルカディア荒野”から南、“ペグコット山林地帯”へと向かっていた。
ここは俺のマップにない場所だ。
もし、“南の密林”の時のように、エリア内に人工建造物を作られてしまっては発見できない可能性がある。
どうしても、今追う必要があるのだ。
ぎりぎりの力を振り絞りながら、俺は走った。
戦場にいるトロンさん以外にも、いくつかの忘れ物をしていることを、無意識で感じながら。




