38.コータと交渉と暴力
よろしくお願いします。
<大悪魔シリーズ>は、“召喚型”系統の最上位とも言われる特殊なオーブ、もしくは特殊なボスモンスターのことを指す。
俺は、これをずっと探していた。
<大悪魔シリーズ>の一番の難点は、探す手間が尋常じゃないことにある。
ボスモンスターとしての<大悪魔>は運営によって世界に散りばめられ、配置されている。
その所在の情報はどこにも公開されていないし、特殊依頼などのイベントで新たに発生する場合もあるため、ほとんど見つからない。
また、プレイヤーが既に獲得してオーブになっている場合も、全世界で一億を超えると言われるプレイヤーの中から、<大悪魔シリーズ>の所持者を見つけ出すのは難しい。
それを、スピニーさんは二つも知っていると言った。
俺の驚き、戸惑いは当然のことながら大きい。
そして何より、俺が<大悪魔シリーズ>興味を持つことを知っているという事実に驚いた。
それはすなわち、この人が少なくとも俺のオーブのタイプを理解しているということだ。
正直、どこまで理解しているのかによって、この先の立ち回りも変わってくる。
「でもね、正直コータ君に有益な情報かどうかはわからないのよね」
「なんでですか?」
「一つがうちのリーダーのオーブなの。もう一つは、単純にボスモンスターなんだけど、普通では無理よ。だって、“王”の<大悪魔>だったんだもの」
「なっ…!?」
スピニーさんのチームのリーダーが<大悪魔シリーズ>のオーブを持っているのはまぁ、たまにはあることだろうと納得できる。
しかし、“王”の居場所なんて爆弾情報を持っているとは…。
<大悪魔シリーズ>に整備されている爵位システムの最上位。
理論上<大悪魔シリーズ>最強の能力を持つ悪魔。
そんな奴の居場所を知っていたら、普通は手を出したくなるものだと思うが、無理とはどういうことなのだろうか。
「強いの。強すぎるのよ、奴は。一人でやっても絶対に勝ち目はないわ。かといって仲間を率いて大挙して押しかけるような状況を作りたくはなかったの。だから、今まで秘密にしてきた。まあ、公開しても挑めるのは数人だと思うんだけど」
「どういうことなんです?」
「んー、これ以上は、私の要求を呑んでくれないと教えられないな」
「くっ…」
これは気になってしまう。
ガセであろうとなかろうと、<大悪魔シリーズ>の情報はただでさえ珍しい。
ここで確実に情報は収集しておきたい。
しかし、デメリットが大きい。
恋人のフリをするなんてことをしたら、元々彼女を好いていたプレイヤーすべてを敵に回してしまう。
それは普段の生活を自らやりづらくしてしまうことに他ならない。
情報と面倒さをとるか、現状維持の妥協をとるか…。
「そんなに悩むなら、これから追加の条件つけてもいいよ?大抵のことなら受け入れられるし」
それはいくら何でもこちらに好条件すぎないか?
俺が疑いを持ち始めたその時だった。
「おい、兄ちゃん。そこ、変われよ」
後ろからドスの効いた声が聞こえた。
不可解に思い、後ろを振り返るとかなり強面の巨漢が立っていた。
目線はこちらを激しくにらみつけている。
俺は悪質なプレイヤーかと思い、きわめて落ち着いて対応する。
「すみません。予約とかしてましたか?俺たちは店に入ってからこの席に案内されたんですが…」
「何言ってんだ?」
片眉を上げて怪訝そうになる相手に対し、俺もめんどくさそうなにおいを感じ取った。
「お前が退くだけだよ。何勘違いしてやがるんだ?」
「理由を聞いても?」
「俺がスピニーちゃんの恋人だからだよ!」
おー。なるほど。
こいつが個人的な理由ってやつか。
スピニーさんの方を見ると、少しおびえた表情すらしている。
俺は何となく心配になり、スピニーさんを守る方向で話を進めることにした。
「それ、本当なんすか?」
「なんだよ、嘘だって言うのか?」
「いや、ただ、いつから付き合っているのかとか聞きたいな、なんて…ね」
「ずっとだよ、ずっと!会ったその日からだ!わかったら帰れ!」
「なるほど」
大体様子はわかった。
こいつは自分をスピニーさんの恋人だと思い込む精神異常者であり、なおかつ約束もしてないカフェに スピニーさんの姿を認めては突撃してくるような男だということだ。
そして、スピニーさんは何かが怖くて、この男に苦手意識を持っている、と。
だから、自分の情報をなげうってでも現状を何とかしたかったわけだ。
さて、ここまでわかったら、俺は身の振りかたを考えなければならない。
ひとつ、このまま男の言うように引き下がって帰る。
スピニーさんとの交渉は決裂。
後のことは知らないとすべてをぶん投げる…。
いや、まだそこまで俺の心は腐っちゃいないつもりだ。
ならば、とりあえずこの場はこいつを抑えて、スピニーさんの安全を保つか。
これなら後味は悪くないし、交渉の続きもゆっくりできることだろう。
しかし、現場を目の当たりにしたことで、俺に同情を誘ってくるかもしれない。
交渉に不利になるのは避けたいところだ。
俺は、そこまでいい人間じゃない。
それならばどうするか。
スピニーさんの要求を呑んだうえで、俺の利益が最大になる方法は、この場でスピニーさんに追加要求をしつつ、この巨漢を抑えることだ。
「なぁ?俺の<大悪魔>の情報収集を手伝うつもりはあるか?」
「はぁ?なんだてめぇ?」
俺の問いに、巨漢が反応する。
少し遅れて、スピニーさんの声が聞こえた。
「あ、あります!」
俺は、いい情報網を手に入れたらしい。
思わず笑みがこぼれる。
「上出来だ。…おい、あんた。嘘はよくないぞ?」
「あぁん?さっきからごちゃごちゃとうるせぇ小僧だな!」
巨漢の拳が俺の目の前に迫る。
街中じゃ、ダメージも与えられないのに、何をしてるんだか。
俺は奴の拳を躱して、すぐそこにあった扉から表に出た。
「来いよ。目のピントが合ってないんじゃないのか?」
「このクソ野郎…!!」
パンチを避けられて頭に血が上ったのか、スピニーさんに一切かまうことなく、奴は俺の方へ向かってきた。
今度は胸倉をつかもうとしてきたので、躱さずになすがままになる。
「おい!!さっきからふざけてんじゃねぇぞ!!なめてんのか!!」
俺は精一杯ムカつく顔で、ムカつく言い方で、巨漢に言った。
「なめてんのかって?それはこっちのセリフだ。俺の彼女のことを恋人だとか抜かして暴力で解決しようとしやがる。相当に頭の悪い人間のやることだ。そうだろう?力でしか勝るものがないからそれだけで勝負してるわけだもんなぁ?」
「お前…!!!!!」
「落ち着け、また怖い顔をして。脅しが大好きだな。俺はそんなお前にもチャンスをやるよ。この落とし前、“決闘”でつけないか?殴る蹴るで俺に直接ダメージを与えるにはそれしかないぞ?」
俺はとても悪い笑みをしていることだろう。
こいつの回らない頭では答えはひとつだ。
「上等だ!!!やってやろうじゃねぇか!!!!吠え面かきやがれ!!!!!」
ほら。
これに追い打ちをかけてやろう。
「決まりだ。ほら、今からメッセを送る。ルールは当然、『アンリミテッド』でいいな?」
「お前…!!!俺を殺せるとか思ってやがるのか!!!」
決闘ルール、『アンリミテッド』。
通常、決闘が終われば、アイテムなどの損失はすべて元に戻り、アカウント制限を食らうことがない。
しかし、このルールで行うと、消費したものはもとに戻らず、しっかりとアカウント制限のかかる立派な死を体験できるのだ。
俺は、決闘後、こいつに狂った行動を起こさせないために、保険としてこの形をとった。
こうすれば、この後アイツはしばらくゲームにログインできない。
その間にラトさんに報告してしまえばいい話だ。
野次馬も騒ぎを聞いて集まってきた。
スピニーさんもこちらを心配そうに見ている。
実際に戦ったら、こいつなんてスピニーさんに普通に負けるだろうに、何をそんなに怖がっているのかはわからない。
だが、気の毒なのはわかったし、約束をした以上、解決しなければ筋が違う。
なにより、俺はケンカを売られ、迷惑をかけられたことの恨みを一心に乗せることだけは決めていた。
「準備はいいか?」
「その、すかした顔をボロボロにしてやるよ!!!!」
俺は、サーベルを抜刀した。
奴はナックル系の武器だ。
恐らく“兵器型”。
いつも通り、俺はオーブを使えないということだ。
だが、全く問題はない。
こいつにはラトさんのような闘気も何も感じられない。
要するに、ただの人形。
一人用ゲームをやってるのと何ら変わりはないのだ。
カウントが終わる。
<DUEL START!!>
システムメッセージが、いつも通りに視界に現れた。




