36.貸し工房
よろしくお願いします。
コータは、会えますかに対していいえと答えられなかった。
俺たちのやることにひと段落ついたこともあったし、何よりスピニーさんの声がすごい悲しそうになったからだ。
「あー、それはちょっと…からの、悲しそうな声に慌ててオーケー出すコータ。思い出すと笑えてくる」
「あはは、ほんとよね。普段のコータと違いすぎて可笑しいわ。モテる男は辛いわね」
「待て。俺はそんなつもりで諸々のことをしたわけじゃない」
本当に慌ててるコータはコータらしくない。
あの仏頂面で首を捻っている様とかちょっと面白い。
「とにかく、一旦“タルトレット”に戻ることは確定なんだから、まずは戻って考えようよ。ちょっとアリスが危なっかしいし」
「そうね。最近アリスが活発なのはなんでなのかしら。エリアで狙われるときにはしゃがないで欲しいけど」
「はぁ、なんで俺がよくわからんことに時間を取られなきゃいけないんだ…。アリスのように自由に過ごせたら楽なんだがな」
「別にあなたの装備はリメイクもしないんだし、情報収集だと思って行って来なさい。女の子を泣かせるのは私が許さないわ」
飛び回って近くをウロウロしてるアリスを捕まえ、俺たちは“タルトレット”にワープした。
例のごとく時計塔に戻ってきたけれど、ここからは正直コータとは別行動だ。
「30分後に噴水広場近くのカフェだっけ?」
「あぁ、そうなってるが、バーチャルじゃあ飲み食いなんてできないのにどうしてカフェに行くんだろうな」
「雰囲気も大切なのよ。早く行きなさい。待たせたら死刑よ」
「それはやりすぎだろう」
コータはなんだかんだで一人でカフェの方に向かった。
俺とユーカは、コータの背中が見えなくなってから小声で話し始める。
「これ、どうなるんだろう?」
「私としてはスピニーさんが何か考えて誘ってる感じも否めないけど、確実に面白いことにはなると思うわ」
「何かって?」
「それはわからないわよ。でも、一目惚れみたいなこと、現実にあると思う?使えそうだから近づいたって考える方が自然じゃない?」
「あー、それは確かに。俺にはラブコメが目の前で始まったように見えちゃったけど、単純すぎるかー」
「当たり前でしょ。女の子は強いのよ。軽く見ないで」
ユーカは手厳しい。
でも、いつかもそんなこと言われたし、当たってたからなあ。
こういうことに関しては素直に意見を聞いておこう。
逆らうと面倒だし。
「さ、行くわよ。リメイクするならそれなりの場所が必要だから。この時計塔に貸し工房があるの、そこでやるわ」
「なるほど。ついて行けばいい?」
「そうね、アリスちゃんの服も作ってみたいし」
俺たちはそうして、時計塔の貸し工房とやらに行くことにした。
時計塔は高さがあることもあり、その建物内にいくつかの施設がある。
それらはほとんどが運営の用意した初期の貸し施設であり、初心者から熟練者までプレイヤー全員が使える施設になっている。
俺とユーカが来たのは貸し工房。
ユーカのようなクラフト系の【職業】を持っている人がたまに使う施設だ。
利用料も少しは取られるが、ほとんどのものを製作できる環境が存在し、他人に邪魔されないということが人気らしい。
「クラフト系の【職業】になっていても、自分の工房をもって仕事のように職人をやってる人は少ないのよ。あなたが最初に武器を買ったっていうプレイヤーのおじさんはかなり特殊な例だわ。やっぱりこんな世界に来たら、自由に旅をして楽しみたいと思うのが普通だもの」
「そうだよね。俺もいろんなところに行きたいなあって思うよ。“タルトレット”だってこんなにいいところだし」
旅をして、街で少し暮らして、また他の街まで旅をする。
これは現実ではなかなかできないことだ。
俺は、かわいいものを求めてこのゲームを始めたけど、毎日スクリーンショットが大量に増えていくくらい沢山のものと出会っている。
きっと今の俺は、かわいいものと会うのもそうだけど、知らないものすべてに出会うのが楽しいのだろうと思った。
時計塔の貸し工房は、地上4階くらいの位置にあった。
部屋の中は、作業台のような広いテーブルと、かまどのようなもの、色々なものが詰まっている棚などが整理されて配置されていた。
全体のデザインはどこか古ぼけた感じになっており、この世界の歴史を感じさせるようだ。
ここで様々なひとが、種々の実験や作品制作を行ってきたのだろうと自然に想起できるあたりは、さすがOLAの運営さんは仕事が細かいなと感じた。
「さあ、始めるわ。まずはあなたの装備を私に渡して」
「わかった」
言われるがまま、全身の装備を渡す。
初期インナーだけの状態は、本当に久しぶりだ。
ユーカが装備を見つめながら、うーんとうなっている。
「なるほど。結構いい職人さんだったみたいね。ここまで割と激しい戦いをしていたはずなのに、耐久があまり減ってないわ」
「それはやっぱりすごいことなの?」
「ええ、初心者用の装備ってすぐに買い替えることが多いからここまで頑丈に作らないのよ。労力がもったいないでしょう?」
「それは、まあ、そうだね」
「それに、こんなに品質も良くないわ。もう少し防御力も低めで設定されているから、耐久尽きて壊れるときが、初心者を脱する目安だとすら言われるのに」
「そんなにか」
ユーカがここまで情熱的に語るなんて。
あのおじさん、すごい人だったのかもしれない。
「よし、決めたわ。私はこの装備をあなたの今後をしっかり支えるものにリメイクしてあげる。ほとんど買い替えなくて済むような、あなたと一緒に進化していける装備にするわ」
「そんなことできるの?」
「当たり前じゃない。私の装備も、クーレの装備もそういう作り方をしたの。任せなさい。自慢じゃないけど、私はそこそこ優秀な【仕立屋】なのよ」
個人的には【仕立屋】が装備の作製をできることに疑問があるのだけど、ユーカ曰く、縫う系のものは縫える技能があればいいということになっているらしい。
OLAならではの仕様だそうだ。
複数の【職業】が装備を作れることは、その手の人たちの幅を広げてくれるから、運営の配慮なんじゃないかとも言っていた。
そんなユーカは、コマンドを何かいじったかと思うと、巨大なミシンを出現させた。
俺はついびっくりして声を上げた。
ユーカは不思議そうな顔でこちらを見る。
「そんなに驚くことかしら?プレイヤーが大きなものを突然出すなんてよくあることじゃないの」
「いや、ごめん。突然だったし、こんなに大きいとは思わなかったから」
彼女の出したミシンの大きさは、軽く小さな机くらいのサイズがあるミシンだ。
この広いテーブルの実に三分の一を占めてしまった。
きっといま、ミシンを挿んで正面から話したら、顔が見えなくて困っているだろう。
「準備は整ったわ。性能はこちらで決めていいかしら?」
「うん、頼むよ。俺にはどんなのがいいかわからないし」
「ふーん、まぁ、いいけど。華月、あなたの人に任せてしまうところ、ちょっとは変えないと女々しいわよ?」
「なっ…!馬鹿にした?しかも、リアルの名前で?」
「気のせいよ。それより、私はこれから集中するから黙って。あなたの装備をリメイクしてあげるんだから」
「…わかったよ」
俺は何も言い返せなくなり、テーブルの少し離れたところに腰を下ろした。
頭の上からアリスを下ろし、机の上に座らせる。
そりゃ、ちょっと女々しいってのは前から知ってたけど、こんな場面で言わなくてもいいじゃないかと思う。
ただ、少し、決断力がないのは自覚してるけど。
それに、やりたいこともまだ見つかってないし。
せっかくこんな素敵な世界で過ごすことができるんだから、何か目標を立ててやってみるくらいはしたいんだけど。
「どうしたらいいんだろうねー」
あくびを漏らしながらキュァと鳴くアリスに話しかけてみる。
当然答えは返ってこないんだけど、なんか安心するんだよな。
この間の決闘でキャロンを呼んだときは、必死にその姿を追っていたみたいだって言うのはもう聞いてる。
心なしか、体も大きくなったように感じる。
「いつか、お前もキャロンみたいにかっこよく戦ってくれるときが来るのかな」
鼻先をこつんと小突いてみる。
パスパスと空気が漏れる音が聞こえるくらいで、俺のことなんて気にもしていないみたいだ。
これはリラックスしているんだろうか、なめられているんだろうか。
「どっちでもいいから、スクショとっとこ」
暇になった俺は、アリスのスクショ大会を始めようかと思い立った。
しかし、その時、窓の外からきゃーという悲鳴が聞こえた。
四階にあるこの部屋まで届くなんて何があったんだろうと、近くの窓から外を覗く。
時計塔からも見える広場の真ん中。
そこには、コータの胸倉をつかんで持ち上げる巨漢の男がいた。




