35.春?
よろしくお願いします。
コータは、紫の和装女性に近づいて話しかけた。
「すみません。ガモウさんの仲間の方ですか?」
「ん?そうだケド、どうかしタ?というか、これはどうイウ関係なノ?」
コータが自分から他の人に話しかけるなんて珍しい。
でも、やろうと思えばこんなに普通に話せるっていうのに少し驚く。
社交性がない系のやつだと思ってたからなあ。
学校ではあんまり誰かと話している印象ないし。
「ガモウさんが依頼で“フェアリーランプ”が欲しいってことで、うちのチームのメンバーにいる【蒐集家】のやつが付き合ったんです。俺たちはその付き添いなんですよ」
「ふーん、まタ、あのアイドルに貢いでルのね。別にいいケド、チームの訓練をさぼルのはあり得なイわ」
彼女はツンとした表情を崩さない。
切れ長の目が冷たい印象を与える。
顔はかなり美人なので、怖いイメージが余計あるのかもしれない。
「い、いやー。すまねぇな。ちょっと、な。やっぱりプレゼントは大切だろうよ、な?」
俺の影から、ガモウさんが声を上げる。
さっきまでとはかなりテンションが違うので、少し面白い。
しかし、彼女は全く表情を崩さないどころか、さらにキツい表情になってにらむ。
「ガモウがそんなことダと、私タチも困るのよ!」
「すみません。そんな怒るようなことだとは思いませんでした」
突然、コータが謝る。
そんなキャラじゃないだろうに。
ユーカと俺は目を見合せて困惑する。
コータはよどみなく続けた。
「俺たちも反省してるんですが、お二人がすごいチームのメンバーだと聞きました。できれば、もっと情報を教えてもらいたいので、フレンドになって貰えませんか?ガモウさんの暴走も通報できると思えますよ」
「なっ…」
思わず、声が漏れてしまった。
こんなことがあるのか?
コータに突然のラブコメ展開がきたのか!?
この変わりようはすごすぎる。
もう一度ユーカと目を合わせてしまったくらいだ。
恐ろしすぎる…。明日は槍でも降るんだろうか?
そして一番謎なことは、これで紫の女性が頬を染めているように見えるってことだ。
「い、いヤ、そんな、始めテ会った人とフレンドになルなんて…」
「無理ならば、しょうがないのですが…」
「えっ、無理っテ訳じゃないというカ、寧ろ全然OKというカ…」
「よかった!ありがとうございます!」
なんだその爽やかスマイルは!
お前にそんな顔ができるのか!
見た事ないぞ!気持ち悪いぞ!
ちょっと顔がいいからって、調子乗るなよ!
「うわぁ、スピニー姐さんがそんな感じになるとは…」
俺の後ろでガモウさんが呟いた。
けど、それはダメなのではないだろうか。
案の定、少し柔らかい表情で話をしていたスピニーさんがこちらに鋭い視線を向けた。
その顔は、様々な葛藤をはらんでいるかのようだった。
後ろのガモウさんが体を硬直させたことだけは伝わる。
次の瞬間、スピニーさんは、驚くような速さで俺の目の前に来ていた。
そして、後ろのガモウさんに速攻で腹パンを入れる。
「あがっ…」
うめき声の聞こえたすぐ後には、スピニーさんの姿が初めの位置に戻っていた。
俺たちはその動きに目を奪われる。
トップチームに入っているプレイヤーはこんな動きをするのかと、驚いてしまったのだ。
彼女は何もなかったように、落ち着いたトーンで話した。
「皆さん、ご迷惑おかけしまシタ。このバカを見かけたラ、コータ君を通じテ私に連絡するようニお願いしマス。それでは」
踵を返して、“スイーティオの森”の方へ消えていくスピニーさんは、振り返り際にコータに向かって小さく手を振っていた。
綺麗な黒髪が揺れて、すぐに森の闇に同化していく。
手を振られたコータは、それとも気づかずに無表情で森の方を見ていた。
なぜこんなむず痒い気持ちになって友人を見ているんだろう。
ちょっと腹が立つな。
とりあえず、なんでフレンドになろうと思ったのかを聞かないといけない。
俺は、すぐさまコータに質問した。
「ねえ、なんでスピニーさんとフレンドになったんだ?普段はしない感じであんなに話しかけたりして」
「そうね。それはとても気になるわ。噂話のネタとしてはピッタリな話だし、純粋に変貌が気持ち悪かったし」
コータは気持ち悪いという言葉に顔をしかめた。
「気持ち悪いとかいうな。やめろ。俺はただ、あの面倒な人への抑止力が欲しかっただけだ。便利だろう。トップチームとのつながりができるってことは」
至極真剣に答えるコータは浮かれたことができるような人間には見えない。
けど、あの行動はちょっとなあ。
「あなた、よくないわね、ほんと。言葉の選び方も、何もかも。感受性が低いわ」
「なんでそんなに言われるのかがわからないんだが」
「本人にはこういうことはわからないものなのかな」
首を傾げるコータは俺たちの内心を全く知らない様子だ。
俺たちはこの先が思いやられると溜息を吐いた。
コータはやはりこちらにはお構いなしに言った。
「さて、面倒な奴もいなくなったところで、ちゃんと環境調査をするぞ」
「あー、うん。それはしないといけないよね」
いきなり現実に引き戻されたけど、これは必要なことだ。
回収されていったけど、ガモウさんのくれた情報はかなり有用だ。
特に、環境調査は念入りにしないといけない。
このマップめちゃくちゃ広いみたいだし。
「確か、高低差に気を付けてマップを作らなきゃいけないみたいだったけど、どうしようか?何かメモするものある?」
「私が紙とペンを持ってるわ。デザイン用に持ち歩いているの」
「よし、それじゃあ誰かがそれで書けばいいわけだ」
「待って、俺は製図なんてできないけど、二人ともできる?」
大問題だった。
どんなに環境を調査しても記録できないなら意味がない。
恐らく、詳細な地図を描けるあのチームは【製図家】という【職業】のプレイヤーがいるんだろう。
彼らの技能はマップを確実に作れるというものだったはずだから。
その【職業】がいない場合はどうしたらいいんだろうか。
「映像だけはスクリーンショットに残しておけばよさそうだけど、位置がわからないよなあ」
「しょうがない。今回はモンスターの生態調査とかに留めるか」
「そうね。ちょっと無理がありそうね」
俺たちは今回とりあえず、モンスターを探して一通り戦ってみることにした。
事前の情報として、このエリアには特殊な生態を持っているモンスターが割と存在していることはわかっている。
例えば“片足化け猫”。
こいつはばねのように足を使い、地上をはねて移動する。
変則的な動きで敵を翻弄して、奇襲攻撃を仕掛けてくるモンスターだ。
結構このエリアでは弱めな部類のモンスターらしいけど、倒すのはめんどくさい。
あとは、“怪鳥ギール”とかいうモンスターも面倒だけど沢山出てきた。
毎回俺の頭の上にいるアリスを狙ってくる。
アリスは戦えないから襲われると本気で困るから厄介だ。
こんな感じでほとんどすべてのモンスターについて、分析をしつつ倒していった。
この検証をやっていく中で分かったのは、やはり高低差のある斜面などでは戦闘がしにくいということ。
どうしても体勢が不安定になるし、敵もほとんどがこの地形に適応し、地形の影響を受けない奴らだから、相手に有利な状態からのスタートなのだ。
といっても、頑張れば俺でも槍だけで倒せるのが大半だったし、とんでもなく脅威なわけではない。
ただし、油断するとヤバそうな感じではあったから注意は必要だ。
しかし、一番の収穫は、コータのオーブがどんなモンスターにも関係なく効果があるということが分かったことだ。
前回の密林エリアでは、群れるという特性で効果の薄いモンスターがいた。
それが今回はないということはでかい。
モンスターの処理は実質コータ一人で十分だということだからだ。
「なかなかしっかりモンスター狩りをしちゃったな」
「まあ、調査しないといけない案件だったからな。しょうがないだろう。その分、カゲツのレベルも上がったんじゃないか?」
「そうだな。基礎レベルも【職業】レベルもどっちもしっかり上がったから、結構なステータスアップになったんじゃないかな」
正直、結構ありがたい機会ではあった。
俺のステータスが低いことはクーレさんとの決闘でも実感したことだったし。
まだ、全然強くなれてる感じはないけど、どうにか追いつきたい。
「カゲツの技能のおかげで、リメイクに必要な素材も手に入ったから、とりあえず今日のところは帰りましょう」
ユーカがそう言って俺たちをせかす。
やることもやったから、俺たちとしても異論はない。
マップを開いて“タルトレット”にワープしよう。
そう考えたときだった。
コータのもとにボイスチャットが入ってきた。
「スピニーさんからだ…」
コータがスピーカー状態で応答ボタンを押す。
「あ、あの、さっきハ、ありがとう!」
「こちらこそありがとうございました」
「それデ、この後会えタリしない、ですカ!?」
「…はい?」
スピーカーから響き渡るスピニーさんの声に、俺たちの空気が凍り付いた。
コータも不思議そうな表情になっている。
俺とユーカの目が三度会う。
なにか、いけないものを見てしまったような、好奇心がくすぐられるような感覚になった。




