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Only Life of Arcadia  作者: kaisen
第2章 タルトレット
33/103

32.登録

よろしくお願いします。

 思えば、あの沈黙は一瞬だったのかもしれない。

 ラトさんが、すぐ後に言ってくれたのは希望を示す言葉だったから。


「ただ、これはこのままではというお話です。あの蝙蝠のデータがしっかり解析できればその限りではない、というのが開発部の見解です」

「じゃあ、蝙蝠のデータが取れれば…」

「はい、データ抹消まではしなくても良いかもしれません」


 俺たちは安堵の声を漏らした。

 何故だか、ゲームの話だとしても、存在を抹消されるっていうのはどうにも納得できなかったのだ。

 そこにいるはずの、生きているとはいえずとも確実に存在しているはずの人物が、誰にも知られなくなるというのは、何か悲しすぎる。


「俺たちの攻城戦に出る目的が一つ増えたってことだな」


 コータが噛みしめる様に言った。

 ラトさんも同調する。


「そういうことになりそうですね。彼らが攻城戦イベントと大規模依頼イベントに参加することは確定のようですから」

「これは、頑張らないといけないね」

「ええ、ま、イベント始まる前にそいつらを捕えられたらとても楽なんだけど」


 少し空気が柔らかくなった。

 とりあえずの不安が払拭され、みんなに余裕が出てきたんだろう。

 空気が重いのが苦手な俺としてはありがたい。


「報告は以上です。また、何かあれば連絡します。ゲーム内時間で3日後からイベントが開始しますから、それまでは英気を養ってください」

「イベント登録場を見張ったりはしなくていいの?」

「厄介なことに、犯人グループの技術は相当レベルが高く、登録されたとしても、アカウントをこちらから操作するのは厳しいと思われます。登録場で皆さんまで、セーフティがかかってしまっては大変です。これ以上犯人グループを刺激しないためにも、なるべく本番、逃げられない状況で対応する形を取るので、見張りは必要ありません。イベント本番で力を貸してください」


 ラトさんの説明に全員で了解の意を伝える。

 何やら大ごとになってきたけど、俺たちは謎の高揚感に包まれ、全く臆することはなかった。

 寧ろ、先に得た安心感から、妙な使命感に駆られていた。


 ラトさんと別れ、俺たちはイベントへの登録を済ませることにした。

 いくらラトさんとこんな話をしていても、イベントへ登録していないと攻城戦に参加することができない。


 攻城戦は六人でチームのため、登録も六人まとめて行う。

 全員揃うのは不可能という観点から、はじめに登録をした人がチームの名前とパスコードを受け取り、 それをメンバーに教えて、メンバーは各自それを使って登録していくというシステムだ。

 少し複雑だが、要は後から来る人は作られたグループに入る感じだ。


 俺たちは先にラトさんたちが登録しているので、後から入るプレイヤーである。

 パスコードもチーム名もしっかりと記録していたので、大きな問題はない。

 ないのだが、チーム名がちょっとキツい。


「なんだ『姫とクーレとスタッフ』っていうチーム名は…」

「嘘じゃないけど、ちょっとセンスないよね…」

「はぁ、あの子、小物とか洋服のセンスは抜群なんだけどね…」


 三人の溜息が揃う。

 今更変えることもできないので、さっさと登録してしまう。

 すると、チーム名を告げた瞬間、窓口の職員さんに呼び止められた。


「あ、チーム『姫とクーレとスタッフ』の方ですね。預かり物があるので、少しお待ちください」


 職員さんはそうして奥へ行ってしまった。

 俺たちはカウンター前で、何だろうかと首を捻った。


 やがて、こちらに戻ってきた職員さんは、腕に袋を抱えていた。


「お待たせしましたー。確認お願いします」


 職員さんはカウンターにそれを置いて、ガサゴソとした。

 中から出てきたのは、三つの目元だけの仮面(ベネチアンマスクという奴だろうか)。

 それと、大量のお金だった。


「この、仮面…のセンスは置いておくとして…」

「問題はこの大金ね」

「こちらに、お手紙も預かっております」


 職員さんがすっと封筒を差し出す。

 コータがそれを受け取って読む。


「なるほど。お金は例の依頼の件か。一応依頼完了ってことで報酬をくれたらしい」

「こんなにたくさん?」

「あぁ、パンナ姫の友人になっていただいたお礼に、だとさ」

「律儀な人ね」

「というか、感覚が少し違うんじゃないかな?」


 報酬のお金の総額は100万イェンだった。

 かなりぜいたく品を買うことができそうだ。

 チームでもらったお金だから、使うものも限られてきそうだけど。


「こっちの仮面についてはなにかないの?」


 俺は少し気になってコータに聞く。

 ベネチアンマスク自体はそんなに悪いものじゃないと思うんだけど、色がおかしい。


「さすがにピンクとスカイブルーとイエローはね…。きっとあの子の好きな色とか、アーティストとしてのイメージカラーだと思うけど」

「ユーカ、さすがだな。クーレのイメージカラーを用意したらしい。本人は目立てばいいと言っているらしい」

「こんなのつけてたら目立つに決まってるよ…」


 個人的に目立つのは得意じゃないので、あんまりこれはつけたくない。

 しかし、指定されてるならしょうがない。

 問題は、誰がどの色を付けるのかだ。


「まずは、ピンクがユーカとして、残りのどっちを俺がつけて、どっちがコータのものになるのかだね」

「確かにそうだな」


 何となく話がまとまろうとしたところで、ユーカが待ったをかけた。


「待って、私はイエローがいいわ。私のオーブと衣装との相性が一番いいの」

「え、そうしたら、ピンクをつけられる人がいなくなるよ?」

「あなたがピンクをつければいいじゃない。きっと似合うわ」


 これはまずいことになる。

 こういうことになってくると、俺はいつも二対一になって負けてしまう。

 追い詰められる前にコータに先制攻撃をしなくては。


 そう思って振り返ったところ、そこにはすでに、スカイブルーの仮面をつけて悠然と立っているコータがいた。

 俺は慌てて聞く。


「ちょっと待って、まだ決めてなかったよね?なんでコータがそっち使ってるわけ?」

「ん?お前がピンクなんだろ?ほぼ決まったようなものじゃないか」

「いやいや、まだだから。まだ決まってないから」

「えっ?私も決まったと思ってたんだけど、ダメだったかしら?」


 またユーカが面倒なことを言ってくる。

 俺をもてあそんで楽しんでるだけの癖に。

 そう思って言い返そうとすれば、ユーカもすでにイエローの仮面をつけているではないか。


「な!ユーカまで、まだ決まってないのに勝手に着けて…!ピンクはユーカが使うのが普通じゃないの?」

「何を言ってるのよ。今時、普通の人なんていやしないわ。好きなもの使って何が悪いのよ」

「それはそうかもしれないけど…」


 くっそー。絶妙に答えづらい感じに返してきやがって…。

 ユーカたちには口だけじゃ絶対に勝てない。

 なら、ここは伝家の宝刀を抜くしかない。


「みんな、ここはじゃんけんにしよう。それしかない。このままじゃ、議論がまとまらないよ」

「まとまらないも何も、反対派はカゲツだけなんだが?」

「民主主義で大事なのは少数意見の尊重だ!」

「めんどくさいわね。じゃんけんでいいわよ」

「しょうがない。カゲツはワガママだからな」


 くつくつと笑う二人に早く拳を出すように催促する。


 何をそんなに面白がってるんだか。

 二人はいつもからかってくるからなあ。

 どうにか、権威を回復したいところだ。



 不毛な言い合いをやめて、俺たちは大規模依頼イベントにも登録することにした。

 せっかくだから、このイベント期間を思いっきり楽しもうということになったのだ。

 それは、別にいいんだけど。


「周りの視線が痛い…」

「結局、じゃんけん負けてるじゃない。そういうところがからかわれる原因よね」

「じゃんけんは運じゃないか…」


 ちょっと落ち込む。

 今回はうまくいくと思ったんだけどなあ。

 二人とも本気で馬鹿にはしてないから、逆にびっくりしてたし。

 一回目で一人だけ負けるって…。


「うじうじすんなよ。ほら、登録済ませたら仮面とっていいぞ」

「罰ゲームはさすがにひどいと思うんだよね」

「慣れるためだと思え。それに、だ」

「あなたが視線を集めるのは、装備と仮面が釣り合ってないからよ」


 二人がそろって俺の服を批判してくる。

 いや、初期の安い奴だしデザインもめちゃくちゃ質素なのはわかってるんだけど、あのおじさんから買った大切なものだからなあ。


 そんな言い訳を心で唱え続けていたら、さっき後にした攻城戦の登録場の方がにわかに騒がしくなった。


「なんでクーレちゃんのチームに俺は入れないの!!スタッフって!!スタッフって…うらやましいいーーーー!!!!」

「やかましいわ。人様に迷惑かけないで。こっちまで風評被害食らうのよ」

「まあまあ、こいつはクーレの大ファンだからしょうがないよ」


 男女が複数集まったグループのようだ。

 このVRMMOであれだけ堂々と会話できるのはすごいと思う。

 きっと自信があるんだなあ。


「おい、早く登録するぞ」

「はーい」


 立ち止まっていたら、コータに注意された。


 傍から見たら俺たちもあんな感じなのかなと少し想像しながら、カウンターの前に並んだ。



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