31.報告
よろしくお願いします。
「おい!ちょっとこっちに来てくれ!兵士が一人倒れてる!」
不意にコータの声が聞こえた。
あいつが大声を出すなんて何があったんだと、急いでコータの方へ向かう。
コータが出てきたのは、闘技場の控え室に通じる通路だった。
確か、この先にはキャップがいたはずだ。
狭い通路を六人が走る。
控え室は近くにあるため、すぐに扉が見えてきた。
なるほど、警備がいて扉が閉まっているはずの控え室に、警備がいない。
扉はコータが開けたにしても、この城のNPCが仕事を放棄するわけがない、
「来てくれ!ステータス表示が『昏睡』になってるんだ!所々文字化けしてるし、俺にはどうしようもない」
コータが上半身をそっと起こしたその兵士は、名前や状態表示はしっかりしているのに、それ以外のテキストやステータスが、欠けていたり、謎の文字になったりしていた。
どう見てもおかしい。
コータが続けて言う。
「キャップも姿が見えない。あいつがやったとしたら、俺はあいつを絶対に許さん」
確かに、キャップは俺たちの決闘中はここにいることになっていたし、この兵士とも気さくに話していたはずだ。
いきなり襲いかかって昏睡させるのも何かしっくりこない感じがある。
若干、パニックになりかけていた室内に、ラトさんの落ち着いた声が響いた、
「皆さん、一旦落ち着きましょう。こう見えて、私はこのエリアの管理者です。運営本部と連携してバグなどの対処はします。今回は私の預かりということで穏便に済ませましょう。騒いでも、解決しませんから」
焦っていたコータも少し冷静になったようだ。
こんなにコータが取り乱すのは珍しいけど、普通にびっくりしたから気持ちはわからなくない。
俺もラトさんのおかげで落ち着いたし、なんだかんだで大人ってすごいなあと思う。
俺たちはその後、できることもなく時間も時間だったのでログアウトすることにした。
高校生は無限に時間が使える訳じゃないからなあ。
テイムモンスターであるアリスは時計塔にあるモンスターの待機場所に預ける。
現実にはモンスターを連れていけないから、待機場所みたいなのがあるんだよな。
パンナちゃんのところに預ける手もあったけど、ラトさんが却下した。
パンナちゃんがすごくしょんぼりしてた。
明日また城に集まって、この先の話をするからすぐに会えるんだけどね。
なんて、明るい話とかをしてみたけど、コータの表情は優れない様だった。
キャロンとアリスに初めて会った時もそうだったけど、コータはたまに怖い感じになる。
他のゲームほそんなことなかったのに、ちょっと心配だ。
ログアウトする直前まで、コータのその様子は変わらなかった。
翌日。
俺は学校で渉の姿をよく観察してみた。
最近ゲーム内でめっちゃ一緒にいるから、渉って言うの久しぶりだな。
実はそんなこともないんだけど。
「華月、今日のあなた気持ち悪いわ。どうしたのよ?」
「ゆっ…蓑田か。直球でそういうこと言うのはどうかと思うよ」
「しょうがないじゃない。気持ち悪いんだから。みんなそう思ってるわよ」
「それはさすがに酷すぎでしょ」
蓑田が通常運転で俺を貶してくるのが怖い。
渉の元気がなさげだったからちょっと気になってただけなのに。
「何をしゃべってるんだ?」
「華月があなたのことを見まくっていたから、気持ち悪いって指摘してたのよ」
「別にそこまで見てないでしょ!」
コータはとても嫌な顔をした。
待って待って、それだとマジでやばい奴みたいじゃん。
蓑田め、面倒なこと言い始めやがって…。
渉は少しだけその顔を続けたあと、あきらめたように溜息を吐いた。
苦笑を浮かべて、めんどくさそうに言った。
「まぁ、お前たちが何か心配してくれてるだろうことはわかったよ。大丈夫。そこまで思い詰めてない」
「あら、バレてたのね。あなたがそんなことを言うなんて思ってなかったわ」
「ほんとにそれだよね。どういう風の吹き回しなんだろ」
「お前ら…バカにしてんのか?」
渉の顔がいつも通りにゆがんだ。
目つきの悪さは変わらないけど、さっきよりも目に生気が戻ってきた気がする。
「バカにはしてないわよ。それより、今日はログインしたら時計塔?それとも城まで行くの?」
蓑田が話の流れをぶった切ってOLAの話をする。
つまるところ、みんなあの後の動向が気になってしょうがないのだ。
今がテスト期間とかじゃなくて本当に良かった。
「とりあえずは時計塔だな。ラトさんからメールが来た。全部説明してくれるってよ」
「よかった。あんまり大ごとにはならなさそうだね」
「そうだといいな」
三人で会話することで少し落ち着いた。
とりあえずは、残りの授業を片付けて早めに家に帰る。
これを再確認したような感じだ。
放課後。
全力の早歩きで学校を後にし、家に着いた俺は、さっさと部屋着に着替えてOLAを起動した。
どうにも、キャップや兵士さんの様子が気になるのだ。
兵士さんはNPCだけど、何か放っておけない感じがある。
これも、OLAに取り入れられている最新のAI研究のたまものだろうか。
ログインすると、時計塔の待合スペースの一角に、コータとユーカがすでに来ていた。
小走りでそこへ行き、手早く席に着く。
「ごめん。待った?」
「いや、今来たところだ。さっきラトさんへの連絡は済ませた。きっとあと少しで来てくれると思うぞ」
コータはサーベルを研いで、刃を眺めながらそんなことを言った。
ユーカがその横で、軽くあくびをしている。
「カゲツ、アリスちゃんはどうしたの?早く引き取ってきなさいよ」
「あ、確かにそうだった。道理で頭が少し軽いわけだ」
「そういえば、アリスを頭にずっと乗せてるわね。首とか痛くならないの?」
「もう慣れたよ。じゃ、ちょっと引き取ってくるね」
俺は再び立ち上がり、アリスを預けた空間へと足を向ける。
昨日来たばかりなのに、少し昨日の街並みが懐かしく感じる。
まあ、そう見せているのは、一晩のうちに始まった新しいイベントに合わせたゲーム内の飾り付けがほとんどだ。
今日からイベントの登録期間なのだ。
普段“タルトレット”を根城にして活動しているプレイヤーは、全員がこの機会にイベントに参加してくるだろう。
俺たちも後で登録しなければならない。
「その前にはこの事件っぽいのが解決してるといいなあ…」
引き取りを終えたアリスに、そんな言葉をかける。
アリスがちゃんと理解してるのかはわからないけれど…。
いや、この顔。このあくび。
間違いなく何にも考えてないな。
「お前はいつになったら、ちゃんと起きるんだろうな」
まどろんでいるアリスをひと撫でし、頭の上に登らせてやる。
ちょっと重いけど、これが定位置になり始めているなあ。
俺がコータたちのもとへ戻ると、ラトさんが来ていた。
ようやっと、話が聞けるらしい。
「こんにちは。お揃いのようですので、今回起きたことの調査結果についてお知らせいたします」
深くて姿勢のいい礼をすると、ラトさんは何やらコマンドを操作し始めた。
ちょっとして、コマンドから目を離し、俺たちにあの微笑みを向けると、ラトさんの口は動き始めた。
「現在、このあたりには、運営コマンドで消音の効果を付与しておきました。これで、私たちの話の内容は周りのプレイヤーにも聞こえません。今回はいくつか機密事項に準じそうなものがあるのでこの形で失礼いたします」
そんな前置きがあってラトさんが語った内容を簡単にまとめると、こんな感じだ。
あの控室には当時、キャップと兵士の二人がいた。
二人は楽しく談笑していたが、途中でキャップがあることに気づいた。
怪しい三人の使っていた監視用の蝙蝠らしき影を室内に見たのだ。
兵士と二人でそれをどうにかしようとし、結果、キャップが殴り飛ばした。
すると、蝙蝠が赤黒い光を放ち、消滅した。
ただ、それと同時にキャップの視界も謎の文字列で埋め尽くされたのだという。
OLAの安全システムは人体へのダメージを最小にすることを目的として作られている。
この瞬間、キャップは強制的にログアウトさせられ、復旧のために未だログインできない状態に陥っているらしい。
「キャップ様のアカウントが復旧作業のために制限されているのは、運営でも把握している不具合でした。幸いにも、今日中に復旧が完了しそうなので、明日からは今まで通りプレイできるはずです」
「つまりは、キャップは犯人じゃないってこと?」
俺の問いにラトさんは頷く。
「十中八九そうですね。アカウントに負荷を加えていたのは完全に外部のプログラムでしたし、兵士NPCの昏睡バグが始まった時間とも完全に一致していました」
「ということは問題は…」
「キャップがつぶしたとかいう、三人組の蝙蝠か…」
コータが難しい顔をしながらつぶやいた。
ラトさんはそれに続けて言う。
「もう一つ、残念なことがありまして…。例の兵士NPCの昏睡状態を正常に解除する手立てがありません」
「つまり、どういうことなのよ?」
「あの兵士NPCはこのままでは、全データの抹消、作り直しという形にもっていかざるを得ないということです」
抹消…?作り直し…?
意味が素直に入ってこなかった。
とても静かに、コータが聞いた。
「それは、ゲーム世界的には死亡…という形になるんすかね?」
ラトさんは同じく静かに答えた。
「死亡よりも厳しいですね。生きたという記録すら消滅します」
ユーカが息をのむ声が聞こえた。
四人の間に嫌な沈黙が訪れた。




